10年目のありがとう
「ありがとな。」
俺は小さなショップバッグを手に店を出た。
「ありがとうございました。」
ドアを開けた綺麗な店員さんが恭しく俺を見送る。
流石ゴールドメダイユの一流店。
バニーならこういう店も慣れてるのかもしれないけど、
俺は買い物してる間中、どうにも落ち着かない気持ちだった。
でも店の人にいろいろ相談して、納得のいくものが買えたし大満足だ。
「バニー喜んでくれるかなー。」
俺は浮き立つような気持ちで駐車場へ向かい、停めてあった車に乗り込んだ。
早いものでマーべリック事件から12年が過ぎた。
今年で俺は49歳、バニーは37歳になる。
ちょうど出会った頃の俺の年齢にバニーの方が追いついたわけだ。
事件の翌年1年のブランクを経て再結成。
その後もコンビ解散だのなんだの色々あったけど二人で乗り越えた。
そしてその翌年、今から10年前に俺たちは結婚した。
シュテルンビルトでは同性婚は合法だが、まあ大変だった。
まず俺の家族の説得。
一番の懸念事項だった楓が理解してくれたのはよかったが、
オリエンタルタウンではまだまだ同性婚は認知度が低い。
お袋と兄貴は最初いい顔をしなかった。
表向きは『楓の事を考えろ』と言われたが、狭い田舎町の事だ。
この町で暮らす自分たちの世間体というものも
考えてほしいというのが実情だろう。
俺は仕事の合間を縫って何度も帰省し、周囲の理解を何とか得ることができた。
最終的には楓が二人を説得してくれたのが決定打だったが。
おかげで俺は今でも楓に頭が上がらない。
次は仕事関係だった。
バニーはイメージ重視の売り方をしていたこともあって、
ロイズさんは難色を示したが、こちらはベンさんが味方してくれた。
「虎徹がもう一度幸せになるのに反対なんかするかよ。」
最終的には会社も応援すると言ってくれた。
仲間たちは最初から祝福してくれた。
ブルーローズなんて泣きながらバニーに詰め寄った。
「不幸になんてなったら許さないんだから!絶対幸せになりなさいよね!!」と。
逆に応援しすぎて大変だったのはアニエスだった。
「あんた達の挙式と披露宴の特番組むわよ!!もちろん生放送だからね!!」
いくら同性婚が浸透してきたからって、TV中継までやった著名人はいない。
「だからやるのよ!あんた達と同じ立場でまだまだ肩身の狭い人の福音になるわ!!」
そう言われると断りにくいんだけど…。
アニエスが言うとどうにも嘘くさいのはどうしてだろう。
だが、それに反対したのはバニー自身だった。
「それだけは出来ません。」
僕たちの結婚はたくさんの方々に無理を言って認めていただいたんです。
本来ならこのことを公にしたくない方もいるはずだ。
僕は虎徹さんを愛していますし、結婚できて幸せです。
今が人生で一番の幸せだと言っても良いくらいに。
ですからこそこそ隠そうというわけではありませんが、
なにも中継を入れて派手にショーアップする必要もない。
そうすることで誰かを困らせたくないんです。
どうか、僕たちの事をそっとしておいてください。
そのことが一番の餞になると思って。
バニーの言葉にアニエスは驚いた顔で俺の方を見た。
「どういうことなの?」
俺も正直、その点が一番困っていた。
「バニーさ、挙式も披露宴も結婚指輪も要らないって。」
「信じられない。どうしてまた。」
バニーは困ったような笑みを浮かべた。
「派手なことをすると…幸せが逃げるような気がするんです。」
4歳の時に両親を殺され、
ヒーローとしての絶頂期にあの事件でサマンサさんを失った。
バニーは自分自身気付かないうちに思い込んでしまったようだ。
幸せは手にした途端に消えてしまうものだと。
しかもバニーの恐れる『幸せが消える』は死と直結している。
そうまで言われると俺も無理強いは出来なかった。
本当は結婚式も指輪も新婚旅行も、
友恵としたことはすべてバニーにもしてやりたかったんだけどな。
今までたくさん苦労したバニーに最高に幸せな日を贈りたかった。
けどそれを本人が怖いと思うのでは仕方がない。
実家の方にもそういう事情だからと説明したら、
最初あれだけ反対していた母ちゃんはバニーに優しく言った。
「それならせめて写真くらい撮っておきなさい。」
長い結婚生活で虎徹とぶつかったり上手くいかないこともある。
そんな時に写真を見てもう一度頑張ろうって思えるもんだからね。
二人で綺麗な写真撮ってうちにも送ってちょうだい。
私たちは田舎者だから初めは結婚することに反対したけど、
みんな貴方の事は大好きよ、私の大切な三番目の息子。
母ちゃんが電話でそう言った時バニーは涙を流した。
咽ぶ声で何度もありがとうございますと繰り返して。
その時思ったんだ。
俺は絶対にこいつに『消えない幸せ』をやるんだって。
一生かけて、だ。
あれから10年。
つまんねえことで喧嘩したりもするけど、俺たちは幸せにやってきた。
俺は体力的な問題で数年前にヒーローを引退。
今はヒーローアカデミーで講師をしている。
バニーは今でもベテランヒーローとして一部リーグでKOHに君臨している。
そんなあいつも最近減退の兆候が出たそうで、今季を限りに引退を決めた。
進学でシュテルンビルトに来て一時は一緒に住んでいた楓も
去年大学を卒業してNEXT研究機関に就職した。
ヒーローになるか研究の道に進むかずいぶん悩んで、
親身にその相談に乗ってくれたのはバニーだった。
「パパのおかげで自分のしたいことが見つかったの。ありがとう。」
そう言って楓は笑顔でこの家を出て行った。
パパとは俺ではなくバニーの事だ。
田舎のお袋たちとも上手くやってくれるバニーは、
今では『よくできた虎徹の後妻』として町の人にも温かく受け入れられている。
家族として生活していく中でバニー自身もずいぶん変わった。
過酷な半生に翻弄されてどこか不安定だったのが、
結婚してからはずっと落ち着いている。
大きな火は今でも苦手だが、あの頃のトラウマは少しずつ癒されたようだ。
「この10年いろいろあったなあ、ほんと…。」
俺は助手席に置いた荷物を見てしみじみ思った。
「おかえりなさい虎徹さん。いいもの買えました?」
俺が家に帰るとバニーは夕飯の支度の最中だった。
「おう、バニーに教えてもらった店で無事買えたよ。」
俺はシルバーにある服飾雑貨店の袋を掲げて見せた。
それは職場の女性教師が出産したので皆でお祝いをということで
買ってきたニットのストールだった。
ゴールドメダイユのショップの帰りに寄り道して
職員一同のお使いとして買ってきたものだ。
「お前が流行ってるっていうデザイン、売り切れ直前のラストワンだった。」
それは本当なんだが、さっきのショップバッグもこの中だ。
いわば出産祝いの袋はダミーっつーか目晦ましだ。
「そうでしたか。喜んでもらえるといいですね。」
「いい匂いだな。今日の飯は何?」
俺はジャケットを脱ぎながらキッチンの方に歩み寄った。
「久しぶりにオデンにしました。ついでにロールキャベツも入れてみました。」
見ると鍋の中で竹輪やコンニャクに混ざってロールキャベツが浮かんでいる。
結婚当初は台所の殺し屋というか、ダークマター製造機だったバニーも
今では持ち前の凝り性も相まって玄人はだしの料理を作る。
それにいつの間にか栄養士の免許まで取っていた。
「一回りも年上の夫がいるならきちんと勉強して長生きしてもらわないとね。」
なんてヒドイ言い草だよなあ。
突然の出動に備えていつでも旨いおかずを作り置いてくれるので
俺は引退後も体型がほとんど変わっていない。
チャーハンを食う機会が格段に減ったからだ。
ああ、本当にいい匂いだなー。
「うまそー。オデンはバニーのが一番だよなー。」
「いやだな。安寿さんにはまだまだ敵いませんよ。」
俺の言葉にバニーが嬉しそうに笑った。
「和風だったら母ちゃんの、シュテルンビルト風だったらバニーので同率一位だよ。」
「もう。煮えるまでもう少しかかるので先にお風呂入ってきてください。」
風呂も沸かしてくれてるあたり、もうすっかり日本風いい嫁さんだ。
ゆっくり話をしながら飯を食って。
コーヒーを飲みながら二人寄り添って互いにしたいことをする。
互いの体温を感じつつも干渉しすぎないちょうどいい距離感。
俺はコーヒーを入れ直すふりをしてそっと席を立った。
バニーはリビングのソファでタブレットをつつき何やら調べ物をしている。
その横顔を見る限りヒーロー関係の仕事ではなさそうだ。
犯罪者の履歴を見ている時は出逢った当初のような渋面をしていることが多いから。
多分CMオファーの来た企業の事前調査でもしてるんだろう。
チャンスだ。
ほんとは明日にしたかったんだけど、
気どった店の飯とか予約するとそれが出動フラグになりかねない。
それはもうお互い嫌ってほど身にしみている。
それに不意打ちという意味でなら、タイミングは今だ。
俺はショップバッグから取り出したそれをそっと隠し持ち、
何食わぬ顔でバニーの左側に腰を下ろした。
「バニー、ちょっと片手貸して?」
「なんですかー?」
案の定、バニーは右手でタブレットを操作しながら
俺の方を見ずにすいっと左手を指しだした。
よしよし、そのリアクションで正解だよ。
俺は黙ってその指にサプライズを決行した。
「…えっ!?」
してやったり!
バニーは驚いて自分の左手をじっと見ている。
その薬指には小さなダイヤの嵌ったプラチナリング。
「明日、10回目の結婚記念日だからさ。」
俺はそう言って自分の左手を見せた。
俺の薬指には指輪が二つ。
「バニー、ずっと俺と一緒にいてくれてありがとう。」
俺はそう言ってバニーを抱きしめた。
「こんな俺だけどさ、これからも一緒に生きてってくれるか?」
「虎徹さん…。」
バニーの目にみるみる涙が溢れていく。
「僕の方こそ…。貴方は独りぼっちだった僕の家族になってくれた。ほんとにありが…。」
バニーは声を詰まらせて何度もありがとうと言った。
昔俺の母ちゃんにそう言った時のように。
「貴方と出逢って結婚できて…本当に幸せです。」
バニーは涙を流しながらもこの上なく幸せそうに笑った。
「なあバニー、壊れない幸せだってあっただろ?」
バニーは嗚咽をこらえながら何度も頷いた。
「正義の壊し屋でも壊せないんだ。絶対なくならねえからな?」
「虎徹さん…。大好きです。本当にありがとう…。」
俺たちはもう言葉はいらないと深いキスを交わした。
これからもたくさんキスをしよう。
それと同じくらい喧嘩するかもしれないけど、必ず仲直りして。
たくさん飯を食おう。
海や山、今まで忙しくて行けなかったところにも一緒に行こう。
ずっとずっと、一緒に生きていこう。
な、バニーちゃん?
終り