←TOP


111

 

肌寒さを感じて、俺は珍しくバニーより先に目が覚めた。

もう11月だもんな。

バニーの家は外気温のセンサーに反応して

自動的に室温が快適な温度に保たれる。

だからこの家で寒いということはないはずなんだが。

不思議なもので、それでもなお晩秋ともなれば厚めの布団が恋しい。

寒いかどうかより、気分的なものかもしれないけど。

ついでに言えば、素っ裸で寝てるほうが悪いんだろうけど。

俺は肩からずり落ちたブランケットをそろーっと引っ張り上げた。

「ん…。」

俺の上腕を枕に眠っていたバニーが微かな声とともに身動ぎした。

あ、やっべ。

超がつくほど神経質なバニーは、ほんの少しの刺激で目を覚ます。

こいつ、前世はほんとに兎だったんじゃなかろうかと思うほどに。

 

<大丈夫。天敵なんかいないから、もう少し寝てな。>

俺はゆっくりとバニーの背を撫でた。

下手に声かけると起きちまうから、

黙ってあやすように、慈しむように。

しばらくすると、穏やかな寝息が微かに聞こえた。

ふわふわの金の髪が俺の鼻先を擽る。

「こて…さん…。」

幸せそうな寝顔で、少し掠れた甘えるような声で俺を呼んでる。

もぞもぞと身を捩って、俺に抱きつくように腕を絡めてくる。

マジかよ、ちょっと可愛すぎんだろ。

俺はなんかすげえ嬉しくなって、バニーをそっと抱きしめた。

バニーが俺の腕の中で安眠している。

それは俺にとってこの上なく幸せなことだ。

 

寝つきが悪く、眠りが浅く、頻繁に悪夢に魘される。

バニーはこれで本当に身体が休まっているのかと

心配になるくらい眠るのが下手だ。

「あの…。僕が寝ててうるさかったら叩き起こしてくださいね。」

初めてベッドを共にした夜、バニーは気恥ずかしそうに言った。

だから鼾とか歯ぎしりとか、こいつの美意識的に許せないような、

でも人から見ればただの生理現象的なことを言ってるのかと思った。

実際はそんなかわいいもんじゃなかった。

 

まあ、最初の何回かは驚いた。

ほんとに寝てんのかと思うほどの大声で叫んだり、

そうかと思うと、別の夜には泣くわ呻くわ。

最初のうちは、寝ながら苦しんでいるのが見ていられなくて

その都度、バニーを揺すって起こした。

バニーは夢だったと分かると、今度は気落ちしたような顔で

項垂れて必ず言うのだ。

「夜中に迷惑をかけてすみません…。」と。

それだけ苦しむような悪い夢を見て、起きたら今度は人に気を遣って。

なんでそう、自分が辛いほうへ辛いほうへ行こうとするかなあ。

「迷惑なんかじゃねえよ。でも…大丈夫か?

俺はバニーの額をびっしょりと濡らす冷や汗を拭い、

貼りついた前髪を払ってやった。

「昔からなんです…。何度見ても慣れませんね…。」

そう言って無理に笑おうとするのが余計に痛々しい。

どんな夢かは聞かなくても分かる。

こいつのトラウマと言ったらあれしかないから。

 

「慣れるわけねえだろ。…辛いよな。水でも持ってこようか?

まだ息が乱れているバニーの背をさすりながら俺が言うと、

バニーは俺の手を握り、掠れた頼りない声で答えた。

「いえ…。ここに、いてください。」

酷い夢を見た後なら誰でもそうだと思うけど、もう一度眠るのは怖いものだ。

さっきの続きを見るような気がするからな。

「バニー、無理に眠らなくていいから。横になって目だけ瞑っとけ。」

俺はバニーの気持ちが落ち着くまで、

不規則な呼吸を繰り返すあいつの背中をさすっていた。

…知らないうちに寝落ちしてたけど。

それでも、翌朝になってバニーが

「昨夜はあれからよく眠れました。」って言ってくれた。

以来、バニーが魘される夜は寝たまま背中を撫でることにした。

 

そのうち、俺は何となく悪夢と安眠の法則に気がついた。

悪夢の引き金になるのは疲労とストレス。

中でも最悪なのは当然だけど火災の絡む事故・事件。

安眠になるのは…本人に言ったら蹴られそうだが…セックスだと思う。

やってスッキリするとかじゃなくて、生きてる実感があるかどうか。

やっても駄目な日もあるし、あくまで俺の勝手な推測だけど。

 

だから、誕生日の夜くらい気持ちよく寝させてやりたいと思って、

昨夜の俺はかなり頑張った。

こういう時、本気出したオッサンはすごいんだぜ?

まあ、バニーちゃんの悦び方も半端なかったけどな。

綺麗な子が乱れるとこんなに滾るもんなんだって感動したくらいだ。

何度も何度も、精魂尽き果てるまで

激しく互いを貪り合うように交わった。

 

で、今もバニーは安らかな寝息を立ててるってわけだ。

とことんまで生きてる喜びを感じてくれたようだ。

腕枕のせいで右腕感覚ないけど、これくらいお安いもんだ。

今、出動要請かかったらちょっとヤバいけどな。

まあその時は頼りになる相棒に頑張ってもらうか。

俺はバニーの髪をそっと撫でてそんなことを考えていた。

 

「ん…。」

バニーは小さく唸って、ゆっくりと目を開けた。

寝起きのせいか、近視のせいか。

焦点の定まらない表情が妙に幼く見える。

「おはようございます、虎徹さん…。」

無防備な笑みに、昨夜の安眠を感じられる。

「おう、おはよう。よく眠れたみてえだな。」

俺がそう言って乱れた髪を梳いてやると、

バニーは嬉しそうに頷いた。

「はい…。虎徹さんと一緒にいて、何か笑ってる夢を見ました。」

その言葉に俺は無性に嬉しくなって、バニーを思いっきり抱きしめた。

「任せとけ。本当にお前の25歳の年を笑いで埋め尽くしてやるから。」

今までたくさん泣いて苦しんだ分、

これからはたくさん笑って生きていけ。

 

お前の新しい一年が、今日から始まるのだから。