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王子様と女王様

 

「うわあ、前すかすか。なんでこのシートこんなに後ろなのよ。」

カリーナはすらりとした脚を軽く曲げ伸ばしして、

不思議そうな表情で左に座るバーナビーの横顔を見た。

「ああ、そこには虎徹さんしか座りませんから。」

調整はシートの右側に電動レバーがあるから、それで調整してください。

シートベルトを締め、イグニッションキーを回しながらバーナビーはそう続けた。

「タイガーの指定席なんだ、ここ。」

じゃあ、シートはこのままでいいかな…。

少しのヤキモチと、彼の居場所に収まる心地よさに

カリーナの白い頬が僅かに紅潮した。

「そこのグローブボックスにサングラスが入ってます。よければ使ってください。」

「うん、ありがと。じゃあ借りるね。」

カリーナが少し大きいサングラスを掛けたのを見て、

バーナビーはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

深夜のゴールドステージは街灯こそ多いが車は殆ど走っていない。

 

「あの、ごめんね。タイタンの不手際なのに送ってもらっちゃって…。」

「いえ、どうせ途中ですから。気にしないでください。」

ブルーローズのラジオにバーナビーがゲスト出演したその日、

タイタン社側の手配ミスで、ブルーローズの送迎の車が来れなくなった。

その日に限ってタクシーもなかなかつかまらず、

困惑していたカリーナにバーナビーが家まで送ると申し出た。

「未成年の女の子が深夜独りでタクシーに乗るのも不用心ですし。」

バーナビーがそう言うと、周囲のスタッフも安心したように頷いた。

彼なら送り狼になることはないと安心してカリーナを任せられると。

カリーナもその心配はしていないものの、

じゃあお願いと素直に甘えられなかった。

「え…でも、家シルバーだから方向も距離も全然…。」

「そんなこと気になるなら送るなんて初めから言いませんよ。大丈夫です。」

カリーナは遠慮と困惑ですぐにありがとうと言えなかったが、

時刻は深夜2時、他に選択肢はない。

「サングラスとか適当に変装する必要はありますが、それでよければ。」

自分の車に女性が乗っているのをマスコミに嗅ぎつけられたら、

カリーナが面倒事や危険にさらされる可能性もある。

かといってブルーローズの恰好のまま家に帰れば、

それはそれでまた面倒だ。

 

それでカリーナは衣装部からウイッグとスカーフを借り、

バーナビーのド派手な車で送ってもらうことになった。

「ねえ、あんたは大丈夫なの?その…ゴシップとか。」

カリーナはハイウェイを流れる景色を見ながら、

バーナビーに遠慮がちに訊ねた。

 

「ああ、僕のほうはどうとでもなります。」

むしろ女性の影があったほうが、真実を隠蔽できていい。

冗談交じりでそう笑うバーナビーに、カリーナはもうと苦笑する。

「上手い事利用されたってわけね、私。」

唇を尖らせ、少し膨れたふうを装ってカリーナは少し責めるように言った。

「だから言ったでしょう、何も遠慮はいらないって。」

してやったりとバーナビーも視線を僅かに彼女に向ける。

「あ、でもタイガーは?女性を乗せたって喧嘩のもとにならない?

「虎徹さんになら本当のことを話せば済むことです。それに…。」

なによ、と続きを促すカリーナにバーナビーは悪戯っぽく笑った。

「少しくらい、気にさせるのも悪くないかなって。独りで悶々とするでしょうね。」

カリーナはさらりとえげつない事を言ったバーナビーをまじまじと見た。

 

うっわ、ドS。腹黒。

ヒーローTVのマリオに言っとこ。

今度からハンサムのキャッチコピー、変えろって。

Sの王子様とか。

 

「ドSですか。否定はできませんね。」

バーナビーは苦笑しながらゆっくりとハンドルを切り、

ハイウェイから一般道へ出ると静かに速度を落とした。

閑静な住宅街の仄かな街灯が星のように煌めく。

「タイガーはどっちかな。」

SMかですか?…ドMだと思いますよ。僕と付き合ってる時点で。」

カーナビに目を遣りながら、バーナビーはあっさり言いきった。

「ぷっ…。確かにそうかも。ていうか自分で言ったし。」

タイガーってよっぽどドSを惹きつける才能あるのねと

カリーナはけらけらと笑った。

 

「さあ、つきましたよ。」

路肩に静かに停車すると、バーナビーはドアロックを解除した。

「家の前まで送りましょうか?

バーナビーはシートベルトを外そうとするが、カリーナはいいよと制した。

「ううん、大丈夫。ほら、パパがそこに。」

見ると家の前に壮年の男性が心配げにこちらを見ている。

メールでバーナビーが送ってくれると連絡入れといたんだとカリーナは言った。

「今日は本当にありがとう。あの、話できて楽しかった。」

「僕もです。また機会があればぜひ。おやすみなさい。」

バーナビーの笑顔にカリーナも自然に表情が綻んだ。

「うん、じゃお休みなさい。」

 

カリーナはそう言って車を降り、バーナビーにもう一度手を振ると

父親のもとへ走って行った。

 

「予定よりだいぶ遅くなったな。」

バーナビーはナビで目的地をブロンズステージの一角に設定しなおした。

ふと携帯を見ると、不在着信に「Kotetsu」の文字が数行並んでいる。

メールフォルダには未読メールも数件。

いずれも来訪がずいぶん遅い恋人への心配が滲み出ている。

すぐに連絡して安心させたほうがいいような、放置してみたいような。

「さて、なんて言おうかな。ドSの王子様でいくか、可愛い子ぶっとくか。」

バーナビーはちょっと悪戯したい気持ちを抑えてリダイヤルした。