いつかこの木の下で
明るい歓声が轟音とともに頭上を過ぎ去った。
賑やかな音楽に合わせてキノコの着ぐるみが踊っている。
「うー、寒いのにみんな元気だなー。」
俺は寒さに首を竦め、緩んだマフラーを巻きなおしながら言った。
「よくあんな風にさらされる乗物乗るよな。」
また迫ってくる轟音に自然と声が大きくなる。
「あれはここの人気アトラクションらしいですからね。」
育ちのいいバニーもここでは珍しく大声だ。
見上げると大鮫の口にジェットコースターが呑みこまれていく。
あー、懐かしいな。
俺あんとき、あそこ突き破って落ちたんだよな。
アポロン移籍後の初賠償金があれだった。
アレ結構高くついたんだよなー。
そんな感傷に浸っていると、バニーも辺りを柔らかい目で眺めている。
「それにしても意外だわ。お前が来たかったのがこことはさ。」
「虎徹さんとはたいていのところに遊びに行ったのにここはまだでしたからね。」
この一年ほどの間に、バニーとはいろんなとこに行った。
年相応の遊びをしてこなかったバニーに青春をやりなおさせるみたいに。
「お前こういう騒々しいとこあまり好きじゃないと思ってたよ。」
「ええ、前は嫌いでした。」
だろうなあ。
俺は好きだけどさ、こういう賑やかで楽しげなとこ。
俺たちのすぐ横をはしゃぎながら走っていく子供。
その子供を見失うまいと、必死で追いかけるその親。
その光景に並んで歩くバニーが穏やかに微笑んだ。
「もっとも、遊園地なんて来た記憶がほとんどないので食わず嫌いかもしれませんが。」
そう言って辺りの楽しそうな親子連れを見るバニーは少し寂しそうに見えた。
あ…そっか。
バニーの親御さんが亡くなったのはバニーが4歳と2ヵ月の時だ。
それ以前に連れて行ってたって、まあ本人は覚えてねえわなあ。
「でも虎徹さん、別にそれで僕が遊園地に行きたがったわけじゃないですよ?」
「ん?シュテルンビルトを離れる前にいっぺん行っとこうとかじゃなくて?」
俺がそう言うと、バニーの顔がふっと曇った。
やべ、よけいなこと言った。
明日のさよならを意識させちまった。
俺たちは明日、それぞれの道を進む。
今日はシュテルンビルトで過ごす最後の一日。
だから俺はバニーの希望を尊重した。
この街で辛いことの多すぎたバニーがここを嫌いにならないようにと。
でも、なんで来たかったのがここなのかはまだよく分からない。
「貴方との最後のデートですから、想い出のある場所がいいなと思って。」
そう言いながらバニーは試すような顔で笑っている。
お前、俺が忘れたとでも思ってんのかよ。
アレ覚えてなかったらそれこそマベられてるじゃねえか。
「ここ、お前が犯人初逮捕した場所だもんな。」
俺がドヤ顔で言うと、バニーは今度はハアーっと呆れたような長い溜め息をついた。
え?ハズレ??
だってここ、ロビンバクスター事件でしか来たことねえぞ。
「それは事実ですが、ここに来たい理由としては外れですね。」
はあ?
意味分かんねえ。
バニーはそんな俺を見てふふっと楽しそうに笑った。
可愛い。
意味分かんねえけど可愛い。
「ねえ虎徹さん、せっかくだからあれ乗りましょうよ。」
バニーがそう言って指差したのは巨大な屋内型コースターだった。
ああ、あそこでロビンの野郎を捕まえ…。
え!乗る!?
待って!!
バニーちゃん、待ってください!!
俺、絶叫系は苦手…。
「行きますよ、虎徹さん。」
ああ、それも始まりの日だな。
あんときはおじさんだったけど。
って、バニーちゃん、おじさん血圧上がるからそういう刺激的なのは…。
ぎゃああああああ!!!!
吠えた。
何度吠えたか分からんがかなりワイルドに吠えた。
吠えすぎて声が嗄れた。
3階層分ぶち抜きでアップダウンを繰り返すコースター考えた奴、
そいつはドSだと思った。
コースターから降りた俺はフラフラになりながら
乗降口近くの鉄の柵に寄りかかった。
あー、気持ち悪い。
バニーはけろっとした顔で辺りを見回し、
俺の近くにあった大きな鉄柱を懐かしそうに撫でている。
「まだ2年も経ってないのに、ずいぶん前みたいな気がする。」
バニーはそこだけ先端のない鉄柱を見上げ、遠い目をした。
本当にそうだ。
あれがまだ一昨年のことだなんてな。
「あん時から変わったよな。俺もお前も。」
いつの間にか友恵の遺志を呪縛にしてしまった俺。
両親の死を呪縛にすることでどうにか生きてきたバニー。
過去に囚われていた俺たちは、喧嘩したりしながらも
お互い今を生きることができるようになった。
「変わったから、やっと言うことができます。」
バニーはそう言って俺に笑顔で向き直った。
「虎徹さん、あの時はありがとうございました。」
そう言ってバニーは突然俺に頭を下げた。
「え、ちょ…まて。俺お前になんかしたっけ?」
さっぱり意味が分からない。
俺むしろ『貴方は今日何をしたんですか。』って詰られたよな、あの後。
バニーはすっと頭をあげ、俺の横に歩み寄ってしゃがみこんだ。
「このあたりですよね、貴方が僕を見守ってくれていたのは。」
ええええーーー!!
「な、な、なんでそれを!?てか、いつそれを…。」
狼狽する俺の隣にバニーはしゃがみこんだまま、愛しげにその床を撫でた。
「あの後すぐ、斎藤さんにスーツのデータを見せられました。」
あ…記録装置…。
「虎徹さん、ほかのヒーローを説得して僕を追ってくれたんですよね。」
「あ、いや…その。別にお前を信用してなかったとかじゃ…。」
やばい!
この流れだとジェイクの時の、俺の痛恨のフライングまで思い出させそうだ。
でもバニーは微笑んだまま、分かっているというように頷いた。
ゆっくりと立ち上がり、柵に凭れた俺と並んで立つ。
「あの時もそういうふうには思ってませんでしたよ。」
人気のないプラットホームで、バニーは俺の肩にそっと頭を預けてきた。
まあ、あの時はよけいなことをする人だなんて思ってました。
でも、本当は少し嬉しかったんです。
それまで僕の周りには、本気で僕に向き合おうとする人なんていなかったから。
なのに、貴方はその日出会ったばかりの僕を信じてくれた。
虎徹さんのおかげで僕はあの時ロビンを逮捕できた。
だけど、あの頃の僕はたった一言のお礼を素直に言うことができなかった…。
それどころか、その後酷い侮辱まで…。
お礼もお詫びも言わないといけない、いや本当は言いたかったのに。
ずっとそのタイミングを逃していたんです。
だから今日こそ、どうしてもここでそれを言いたかった。
バニーは俺の正面に立ち、真剣な目で俺に言った。
「虎徹さん、あの時は失礼を言って済みませんでした。そして、ありがとうございました。」
ああ…。
本当に変わったなお前。
いや、きっと元はこうだったんだ。
真面目で、素直で、バカ正直で。
俺はバニーの両肩をそっと抱いた。
「バニー、お前の気持ちはよく分かったよ。俺の方こそありがとう。」
俺だって今なら言える。
俺さ、アポロン移籍した直後はなんでこんな事にって思ってた。
でも、お前と組んで喧嘩しながらもいろんな事件乗り越えてさ。
10年のヒーロー人生で、お前と一緒に走ったこの二年弱が最高の時間だった。
お前っていう大事な人間と出逢うことができた。
だから俺、マーべリックがしたことで一つだけ感謝してる。
あいつの思惑はどうあれ、お前とコンビ組ませてくれたことだ。
バニー、俺と一緒に居てくれてありがとう。
バニーの眦から綺麗な涙が一粒零れ落ちた。
「僕、もう絶対忘れません。貴方の事、絶対…。」
俺はバニーをそっと抱いた。
「俺も忘れねえよ。俺の心の中にはずっとお前が居るから。」
忘れられるもんか。
こんなでっかい泣き虫ウサギ。
俺の家族と同率一位の大切な大切なパートナー。
「僕も…心の中にずっと虎徹さんが居ますから。」
バニーの声に俺も目頭が熱くなる。
「きっと、またいつか逢えますよね…。」
「ああ、きっと逢えるさ。」
そう思えば、この先何があっても頑張って生きていける。
だから、今は離れる定めだとしても。
いつかまたこの木の下で逢おう。
俺はそう願ってバニーに最後の口づけをした。
終り