Bunny’s キッチン―それはむしろ愛のエプロン
「えっ!!この企画…正気っすか?!」
虎徹は企画書を見てロイズに問いただした。
バーナビーは隣で食い入るように企画書を読んでいる。
「何か問題でも?いま人気なんだよ、料理できるイケメン。」
ロイズは『嫌なら辞めてもいいよ』こそ言わなかったが、
もう決定事項だからという雰囲気を漂わせた。
しかしこれは捨て置けない。
「無謀っすよ!バニーに番組の料理コーナーなんて!!」
俺にガラス食器コーナー歩かせるようなもんだと
虎徹は妙にリアルな表現で反論した。
一瞬バーナビーはむっとした表情を浮かべたものの、
いつになく自信なさそうな顔で目を逸らし、反論はしなかった。
<自信家でプライドの高い彼が言い返さない?>
ロイズは、虎徹の言うことは事実でこれはよほど下手なのだろうとは思った。
しかし、逆に完全無欠のスーパーヒーローが料理ベタというのも
女性ファンの母性本能をくすぐるかもしれない。
「わかったよ、バーナビー君にはいい先生をつけて特訓してもらう。それでいいね?」
ロイズはそう言うとさっさと会議に行ってしまった。
いいもなにもあったもんじゃないと虎徹は肩を落とした。
「…しらねえぞ、どうなっても。」
虎徹は戦慄した顔で企画書を見つめた。
「頑張るしかなさそうですね。」
学習能力が高く有能なバーナビーも声のトーンが低い。
<これ…絶対死人出るぞ…。>
虎徹は心の中で思わず念仏を唱えた。
数週間後、いよいよその企画が始まる日が来た。
バーナビーは有名な先生に料理を習っているようだったが、
日に日に生傷が増えて行くのが目に付いた。
何をどうしたら料理中にそんな怪我をするんだというものもあって、
虎徹は今日までとうとう恐ろしくて何も聞けなかった。
またバーナビーの方も練習の進捗が芳しくないのか、
試食してくださいとすら言ってこなかった。
そんなこんなで迎えたオンエア当日。
とうとう中止になったとは聞かないから、収録自体はもう済んでいるはずだ。
虎徹はその情報番組を不安そうに眺めた。
「まあ、バニーはすげえ頑張り屋だし…本番には間に合わすよな。」
出勤前の一時が出動前のように緊張感でいっぱいになるとは。
―では、今日から新スタートの企画“バニーズキッチン”です!!
ついに始まった…。
甲高い女子アナの声に虎徹は固唾を飲んだ。
「生放送じゃねえし、さすがにそう酷いことには…。」
3分後、虎徹はこの番組のプロデューサーは誰だと頭を抱えた。
>第1回目の今日はみんなの大好きなハンバーグです。
バーナビーがにこやかに食材を紹介する。
「いきなりハンバーグなあ…。あれ意外と難しいぞ。」
虎徹は心配そうに成り行きを見守った。
>挽肉、玉ねぎ、こちらは…塩です。
「バニーちゃん、それどうみても小麦粉よ?」
早くも大惨事フラグかよと虎徹は眩暈がした。
だいたいレシピで分量を言っていない時点でかなり怪しい。
>みじん切りの玉ねぎをあめ色になるまで炒めます
「バニーちゃん、それはもう消し炭色よ?」
バーナビーは黒焦げになった玉ねぎを何のためらいもなく
挽肉や調味料の入ったボウルにぶちこんだ。
「ああ、使っちゃうんだ…それ…。」
もうこの時点で結果は見えた。
虎徹は出勤しようかなと思ったが、やはり最後まで見届けることにした。
運動会でわが子が転んだからって途中で帰る親がどこに居る。
もはやそんな心境だった。
>これらの材料をしっかり混ぜ合わせます
「バニーちゃん、繋ぎのパン粉がそこのボウルに残ってるよ?」
…もう危なっかしいを通り越した魔のクッキングに虎徹はまた眩暈がする。
>肉だねを成型してガスを抜きます。
繋ぎを入れていないから当然纏まるはずもなく…。
懸命に肉を捏ねるバーナビーの表情に一瞬苛立ちが見えた。
そしてキインと空気を震わせる音をマイクが拾った。
「バニーちゃん、眼が青くなってるよ?」
虎徹はハアーと大きく息を吐いた。
「あのなバニー…。」
肉を纏めるのにハンドレットパワー使う奴があるかああ!!!!
それもう俺ら以外作れないレシピだろ!!
肉だねがガッチガチでステーキ肉みたいになってるじゃねえか!!
虎徹はTVに激しく突っ込んだ。
録画なのにどうしてこんな放送になったのか。
元々イロモノ企画だったのか。
虎徹の疑問をよそにハンバーグ…のようなものは
焼きの段階に入った。
>成形した肉だねをフライパンで焼いていきます。
バーナビーは小型のラグビーボール状になった大きな肉の塊を
半ば無理やりフライパンに押し込み、火力を最大にしていく。
「みた目だけはローストビーフみたいなもんができそうだな…。」
虎徹はオチは読めたとぐったりした気持ちでTVを見つめた。
外はこんがり、中はしっとり生。
でも挽肉だから外側焼けばいいというものでもなく。
何故かバーナビーは満面のドヤ顔で完成したそれを指した。
>ハンバーグの完成です!
ワアアという歓声のSEが入るのが異常に空しい。
白い皿にデンと横たわるブラックマター。
ソースも何も掛かっていないが、もうそんなことどうでもいい。
むしろソースを作れば悲惨度が増すだけだ。
虎徹は乾いた拍手をTVの画面に送った。
うん、ハンバーグにナイフ入れさせなかった現場の判断だけは正しいよね。
でもなんでそこだけ誤魔化そうとするかな。
もう全体にばれちゃってるよね。
バニーが飯マズ人種だって。
なんかもう途中から、
あいつに派手に失敗させるのが目的かと疑ったよ俺。
虎徹はこの企画…今回で終わりかもと半笑いで番組のエンディングを見た。
「焦げた表面削って煮込みハンバーグにすれば何とか蘇生できるかな、あれ…。」
虎徹はそれでもバーナビーの料理を何とか食べられる方へ
持っていこうとする自分に気がついて苦笑した。
「誰だって最初からうまくいくわけねえよなあ。」
高校生の時友恵が初めて作ってくれた弁当は
卵の殻入り卵焼きと、外は真っ黒、中は真っ白の唐揚げだった。
半生の鶏肉を笑顔で食った17歳の自分を今でも褒めてやりたいと思う。
それでも結婚後には料理上手と安寿に褒められる腕前にはなっていた。
楓が初めて作ったカレーは水っぽすぎたが、
愛娘の初めての手料理に感動したのは今でも覚えている。
今では実家のカレーは楓が担当するまでになっている。
「まあ結局は場数と食う側の愛情だよなあ。」
こんなもん食えねえよなんて言ったらそこまでだ。
料理の腕もその人との関係も。
虎徹はやれやれと肩を竦めた。
「次の収録の時は試食付き合うよ、バニーちゃん。」
虎徹はTVを消し、テーブルの上にあった車のキーを取った。
「でもまあ、とりあえず会社着いたらイジっとこ。」
楽しげに笑うと虎徹は帽子をかぶり玄関に向かった。
終り