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その背中をけとばして

 

本当にかっこいいと思ったんだよ?

悪い奴に捕まった私を助けてくれた時のお父さん。

いつものぐにゃぐにゃした喋り方じゃなくて、ほんとにワイルドだったし。

ああ、お父さんは本当にヒーローだったんだって見なおしたんだよ?

 

・・・なのにどうしてこうなった。

 

私は縁側でどてっと寝そべるお父さんを冷たい眼で見た。

ああ、これもう“野生の虎”じゃないよね。

っていうか野良猫ですらない。

学校の裏にいる、あのなつかない猫の方がまだ野性的だ。

いっそタマとでも呼んでやろうかな。

いやそれともこの絵面、写メをとって

バーナビーさんとブルーローズさんに送りつけてやろうか。

あの後メアド交換したんだからね。

がっかりするだろうなあ。

なんか二人ともお父さんに幻想持ってるっぽかったし。

100年の恋も冷めるって奴だ。

語弊はあるけど間違ってもないと思う。

ねえ天国のお母さん。

これどう思いますか?

ちょっと何とか言ってやってよ。

 

ああ…何か本当に腹立ってきた。

私はこの邪魔な物体に一発入れてやろうとして近づいた。

「ちょっと!おとうさ…。」

そこにあったものを見て私は言葉を飲み込んだ。

昼寝するお父さんが直前までみていたのは古い雑誌だった。

 

―タイガー&バーナビー今季も絶好調!!

そんな見出しの記事。確か去年の秋に出たやつだ。

私はその本をそっと手に取った。

この本は私も買ったけど、バーナビーさんの写真だけ切り抜いて

本体は捨ててしまったから。

このオジサン邪魔と思っていたその人が実の父なんて思うわけがない。

…ごめんね、お父さん。

私は縁側に足をおろして雑誌を読み始めた。

 

…へえ、T&Bって最初は仲悪かったんだ。

お父さんの遠回しな表現は身内にしか分からない。

雑誌には『歳が離れてるから接し方に苦労した』って書いてあるだけ。

でもお父さんは年下の扱いは下手じゃない。

面倒見は良すぎる方だとも思う。

ただ、それが露骨に子供扱いすいるから私はちょっとイラっとするんだけど。

そのお父さんが苦労したって言うんだから本当に扱いにくかったんだろう。

バーナビーさんの事、最初はいけすかないと思ってたんだろうな。

まあ、それは向こうも同じだろうけど。

こんな無遠慮で暑苦しいおじさん、そうはいないもんね。

でもそれが『だんだん何も言わなくても通じ合うようになったのが心地いい』だって。

で、バーナビーさんの方は

『パーソナルスペースが違いすぎて接し方に困惑した』か。

パーソナルスペースってなんだろ。

私は傍に転がっていたお父さんのスマホを拝借した。

うわ、待ち受けバーナビーさんだ。

どんだけバーナビーさんのこと好きなのよ。

でも待ちうけ設定するだけあってとっても綺麗な笑顔だ。

きっと画像フォルダとかメールフォルダとか凄いんだろうな。

お父さんしか知らないバーナビーさん完全プライベート写真とか。

…見たい。

いやいや、いくら親子でもそれはダメだ。

…ちょっとだけ…。

ダメ!お父さんに机開けられてキレた私がそれやっちゃだめ!!

私は何とか誘惑をこらえた。

あやうく本来の目的を忘れるところだった。

 

辞書アプリでパーソナルスペースと打ちこんで検索。

―心理的距離感。狭い人ほど物理的に近い位置に立つ傾向がある。

へえ…。

つまりお父さんが持ち前のパーソナルスペースの狭さで、

バーナビーさんの心の縄張りにズカズカ入り込んだと。

で、ほだされちゃったわけね。あちらさんは。

『小さい頃に親を亡くした僕を本気で叱ってくれたのは彼が初めてでした』か。

ちやほやするだけで距離を置く人ばかりで寂しかったんだろうな。

二人でヒーロー活動をするのは今の自分の生きがいと記事は締めくくられている。

『これからもずっと二人でヒーローを続けて行きたい』

・・・これか。

お父さんの本音はきっとこの一文だ。

だったら、この私が背中を押してあげないとね。

 

私はスマホと雑誌を元の位置にもどし、お父さんから少し離れた位置に立った。

利き脚を大きく後ろに振りあげて…。

 

「起きろこのドラ猫おおおお!!!

 

思いっきりお父さんを蹴りあげた。

「いってえ!!なんだよ蹴るなよバニー!!・・・あれ。」

誰がバニーだ。

これが<バニーの蹴り>だったらお父さん吹っ飛んでるっつーの。

ていうか、うっかり発動しなくてよかった。

私は今更『お父さんをハンドレットパワーで蹴飛ばす危険性』に気がついた。

小学生女子とはいえ、さすがに100倍だと吹っ飛んだだろう。

「いててて…。って、今俺を蹴ったの楓か?

「他に誰がいるのよ。」

私は仁王立ちでふんぞり返った。

「お前なあ!親を蹴飛ばしてなに偉そうにしてるんだ!!

お父さんが背中を摩りながら情けない顔で立ち上がった。

何よ!

あんな大怪我しても立ち上がったワイルドタイガーと同じ人とは思えない。

「お父さんがだらしないから喝を入れたんでしょ!

へっとお父さんは間の抜けた顔で私を見た。

 

「お父さんカッコ悪い!!

私はさっきの雑誌を拾って見開きをつきつけた。

1分あれば十分でしょ!!さっさと都会に帰れワイルドタイガー!!

お父さんはびっくりした顔で私を見つめ、とたんに泣きそうな顔になった。

「…お前…声が友恵に似てきたなあ。」

・・・へ!?

「今、お母さんに叱られてるのかと思ったよ。」

・・・そう、なんだ。

5歳で死んじゃったお母さんの声を、私はほとんど覚えていない。

「そうだよなあ。お父さんカッコ悪いよなあ。」

ちょっと…そんな哀しそうな顔しないでよ。

「ヒーローやりたいんでしょ。私を言い訳にしないでよね。」

お父さんの負い目はきっとそれだ。

私はバッサリとぶった切ってやった。

野生の虎を繋ぎとめる見えない縄を。

お父さんは優しく笑って私の頭を撫でた。

「頭のいいところもお母さん似だ。」

ちょっとやめてよ、調子狂っちゃうじゃない。

「うじうじしてるお父さんなんて見たくないよ。」

「ありがとう楓。お父さんまた家空けるけどいいかな。」

私は頷いた。

「私のお父さんはヒーローだよ!?こんな田舎にいるわけないじゃん!!

そう言って私はお父さんに抱きついた。

「お父さんにはいつもヒーローでいてほしいよ。」

お父さんはさっきよりもっと驚いた顔をした。

「…なによ。」

「楓…その言葉な。お母さんが俺に言った最後の言葉と同じなんだ。」

・・・本当に!?

でも、分かる気がする。

「だったら、なおのこと行きなよ。シュテルンビルトに。」

もうここにいる意味はないでしょお父さん。

「またさびしい思いさせちまうな。」

「会いたかったら私がそっちに行くから。またお小遣い溜めて。」

また豚の貯金箱買ってきてためなくちゃ。

私はそう言ってお父さんを見上げた。

「はは、それはお父さんに言いなさい。切符買って送るから。」

だからいつでもおいで。

お父さんはそう言って私をぎゅってした。

 

それから慌ただしく準備して挨拶して。

二日後、田舎のドラ猫はまたワイルドタイガーとしてあの街に帰って行った。

ねえお母さん、これでよかったんだよね。

私は仏壇の前にカーネーションの花を供えて心の中でそう言った。

あれが母の日の孝行になってるといいな。

ああ、ついでに父の日の孝行も前倒しでしておこう。

こっちはお父さんに内緒でね。

 

私は携帯を取り出し、あの人にメールした。

ワイルドタイガーがシュテルンビルトに帰って行きました、と。

 

 

終り