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時計

 

「あれ、止まってる…。」

隣のデスクから聞こえた声に僕はキーボードを打つ手を止めた。

虎徹さんが愛用の時計を見て眉尻を下げている。

覗き込むとその時計は数十分前で時を止めていた。

「ほんとだ。これ手巻き式でしょう、オーバーホールしてます?

普通なら年に一回もすればいい方だろうけど、

虎徹さんの時計はワイヤーを仕込んでるからそんな頻度じゃ足りないだろう。

僕と違って正体を隠してるからメーカーに依頼するわけにもいかないし。

「オーバーホールは斎藤さんにたまに見てもらってるけど、寿命だって。」

虎徹さんは諦めたように笑った。

メーカー純正品じゃなくいろんな部品業者に頼んで特注してもらったり

今までなんとか修理したそうだが、それでも頻繁に止まるようになってきたのだそうだ。

「デビューした時から使ってるからなあ。そりゃ寿命も来るか。」

愛しそうに時計のフェイスを撫で、虎徹さんはいよいよサヨナラかなと言った。

「もしかして奥さんから贈られたものですか?

だとしたら寂しすぎる。

何とか直したいと素直に思える。

だけど虎徹さんは違う違うと手を振った。

「これは結婚前から使ってたんだよ。初任給でデビュー記念に買ったんだ。」

「ワイヤーはどうやったんですか?

虎徹さんが市販品にあんな緻密なもの仕込めるとは思えない。

「昔はヒーロー関係者でそういうギミック作ってくれる奴がいたんだよ。」

「外部に頼んでたんですか?よく秘密が守られましたね。」

「守秘義務がなけりゃ飯食えなくなるからな。口は固かったよあの人たちは。」

虎徹さんはどこか懐かしそうな顔で言った。

今はヒーローが大手企業所属になって外部に発注するリスクを避けるから、

いつの間にか淘汰されてしまったのか。

当然と言えば当然なんだけどなんだかもったいないな。

いろんな機械や仕掛けを作る人たち、すごく興味がある。

そんな人の話を聞いてみたかった。

 

「しかし二部に移籍になった途端止まるなんて、きりのいい壊れ方だな。」

虎徹さんは仕方ないかと息を吐いた。

デビューから二部移籍まで・・・か。

まるで『5minitesのワイルドタイガー』引退と一緒に役目を終えたみたいだ。

だったら『1minitのワイルドタイガー』と共に時を刻む時計が必要だ。

ふと僕はそれを思いついて提案した。

「虎徹さん、次の時計は僕から贈らせてもらえませんか?

「は!?俺、誕生日でも何でもないよ?そんなの貰えねえよ!!

虎徹さんは驚いて僕の申し出を辞退しようとした。

そうはさせるか。

僕は畳みかけた。

 

僕は今まで虎徹さんにたくさんのものを頂いてきました。

2年前の誕生日には犯人確保のポイントを。

あれは僕にとって身内以外から頂いた初めての誕生日プレゼントだったんです。

当時は僕があんな性格だったから素直に言えなかったけど…凄く嬉しかった…。

 

「え、ああ、懐かしいな。あのでっかいダイヤ野郎な。」

虎徹さんが少し照れくさそうに笑った。

「あん時はお前の好みが分かんなくて、今思えば色気のないプレゼントだよな。」

まだまだ行きますよ、おじさん?

襷は直接貰ったものじゃないから内緒にしよう。

絶対からかわれて話が脱線する。

「それだけじゃない。貴方は本当に僕にたくさんくれました。」

 

記憶が混濁して僕が精神的に病みかけた時、チャーハンを作ってくれましたよね。

あの時は身体が食べ物を受け付けなくて結局口にできませんでしたが…。

それでも、貴方が来てくれただけで僕はどれだけ救われたか…。

 

「あん時は大変だったな…。」

虎徹さんは僕を労るような優しい眼で見つめた。

「記憶はもう混濁しないか?最近は落ち着いてるみたいだけど。」

「はい…。あの男の影響がなくなってからは。」

「そうか…。」

おっと何か湿っぽくなってきた。

しかも脱線しかけてるし、軌道修正しないと。

時系列から言えば…次はピンズだ。

あ、あれは謝ってもおかないと。

「その後いただいたピンズはすぐに紛失してしまって済みませんでした…。」

 

本当は貴方が僕を元気づけようとお揃いで買ってくれたの、凄く嬉しかったんです。

まさかそれをその日のうちに無くすなんて自分でも信じられない。

しかも貴方に拾われてるとか、もう言いわけのしようもありません。

 

「あいつに襲われた時に落ちたんだろ、仕方ないさ。気にするなよ。」

あれのおかげでお前があそこで消息を絶ったって分かったし。

その後の推理を全部マーべリックに喋っちまってえらい目に遭ったけどな。

 

虎徹さんはそう言ってバツが悪そうに笑った。

「それに本革に穴開けてつけてくれてるの見たらもう大満足よ。」

そう言って虎徹さんは僕のジャケットの襟元を指した。

本当は革に穴あけることなんて何でもないことだったんですよ。

貴方がくれるものなら僕にはダイヤにも勝る宝物になる。

「ね、僕ばかりこれだけのものを頂いてるばかりではイーブンじゃないでしょう?

僕は結論をたたみかけた。

「だっ!そこに帰るのかよ!!

虎徹さんは故なく人から高価なものを貰うわけにはいかないと思っているだけだ。

だったらそこに付加価値をつければいい。

時計が奥さんからの贈り物じゃなくてよかった。

「今までたくさんもらったお返しをさせてください。」

僕は真剣な目で虎徹さんに言った。

 

再結成の記念に、今度は僕から時計を贈りたいんです。

これからも貴方と一緒に時を刻んでいきたいから。

それでも迷惑だというならもう無理強いはしませんが…。

 

最後の方はわざと寂しそうな顔で言う。

これで確実に落ちるはずだ。

「…わかった。有り難く頂くよ。」

ほらね。

「でも目ん玉飛び出るような高いのはナシな?俺でも買える価格帯のなら。」

虎徹さんは僕の金銭感覚を相当疑ってるらしい。

そんなにおかしいかな、僕の感覚。

数千シュテルンドルらいなら大丈夫かな。

「ありがとうございます。最高の時計を贈りますから。」

「お前がプレゼントしてくれるならどんなんでも最高だよ。」

虎徹さんが嬉しそうに笑ってくれた。

…ああ、この顔が見たいから人は他人に贈り物をするんだ。

僕はまだ贈ってもいないのになんだか嬉しくなった。

 

「しかし指輪も贈ってねえのに時計貰うとか…いっそこの機会に指輪…。」

虎徹さんは何かブツブツ言ってる。

指輪と時計ってどう関係あるんだろう。

なにか日系独特の習慣でもあるんだろうか。

まあいいや。

「時計は近いうちにプレゼントします。ワイヤーは斎藤さんにお願いしましょう。」

「ああ、ありがとうな。」

虎徹さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。

 

前のが革だったから今度は金属製のバンドが良いか。

良いのがあったらお揃いで買っちゃおうかな。

帰りにメダイユ地区のショップを数件覗いてみよう。

そんなことを考えてたら経理のマダムに怒られた。

「あんた達その続きは退勤後にしなさい!!

 

「「はーい。」」

 

僕と虎徹さんは顔を見合わせて笑った。

 

終り