←TOP



ダイニングメッセージ

 

最近、出動の後トランスポーターに帰還すると

虎徹さんは決まってぐったりとソファに身を投げ出す。

「どこか具合でも悪いんですか?

僕がタオルを渡しながら聞くと、虎徹さんは気だるそうに首を縦に振った。

「ちょっと夏バテ。歳かねー。」

「何言ってんですか。働き盛りの年齢でしょう。」

ちょっと前までおじさん呼びしてたくせにこういうのもなんだけど、

普通は男の40歳ごろって一番脂の乗る時期じゃないのか。

「ここんとこ、この暑さだろ。どうも食欲なくてなあ。」

「珍しいですね。でもちゃんと食べてるんですよね?

あれだけ人に飯食ったかだのなんだのお節介を焼いていた人だ。

当の本人がそんな不摂生するはずが…。

「ビールと枝豆とチャーハンはちゃんと食ってるよ。」

…するはずがあった!!

「貴方ねえ、それは食べてるうちに入りませんよ。」

ヒーローは体が資本と散々説教してた人がなんて食生活だ。

「だって食う気しねえんだもん。」

「子供みたいな口答えしないでくださいよ。」

まあ、気持ちは分かりますけどね。

以前の僕もそうだったし。

よし、じゃあ今度は僕がお節介焼いてみようかな。

「じゃあ、今日は僕が夕飯用意しますから先にアパートで待っててください。」

「え!バニーちゃんの飯…お手製?

なんか一瞬嫌なのかと思うような声音だったような気が。

「何作ってくれんの?

…気のせいか。

「いえ、あいにく食欲減退に効くレシピは分からないので。」

体力を落とさない食事を持っていきますから、

ビール飲むにしてもそれはちゃんと食べてくださいよ。

虎徹さんは嬉しそうに笑った。

「悪いな。なんか、嫁さんみてえだな。」

それはやりすぎたって事だろうか。

「あ…差し出がましかったですか?

僕がそう聞くと虎徹さんは違うよと僕の頭を撫でる。

「嫁さんみたいにしてくれるの嬉しいなーって言いたかったの。」

そういう言い方は友恵さんに悪い気もする。

けど…なんだかくすぐったいような嬉しさの方が大きい。

「元気の出る物もっていきますから、楽しみにしててください。」

僕はそう言うと虎徹さんは嬉しそうに眦をふにゃりと下げた。

「バニーちゃんがそう言ってくれるだけで元気出るわー。」

「元気だけが取り柄でしょう貴方。」

「はは、覚えてるぞ、それ。今聞くとひっでえなあ。」

あの時はもう駄目かと思ったけど、今こうしてネタにして笑いあえる。

やっぱりこの人には元気でいてほしい。

 

僕は自宅近くの商業施設付近でトランスポーターから降りた。

直帰の許可が出ててよかったな。

「さて、何を買っていこうか。」

闇雲にデリやグローサリーをうろつくのも非効率だな。

僕はカフェに入り、ラテを片手に携帯で検索した。

虎徹さんは何でも食べるけど、日本食や中華が好きみたいだ。

食欲不振、体力増強、和食、中華で検索。

結構いろいろ出てきたな。

「ふーん…。店に頼んだら作ってくれるかな。」

ゴールドステージのショッピングモールはある程度の客の

我儘に対するキャパが下層の店より大きい。

「よし!

僕はメニューをだいたい決めると、まずは日本食の店に行った。

和食と中華の店で持ち帰り用のオーダーをして、

それを待つ間にスーパーのグローサリーでサラダやちょっとしたアテを買いこんだ。

「これで元気になってくれるといいな。」

僕は買い物袋を提げ、表通りに出るとタクシーを拾った。

「お客さん、バーナビーだね。いつもヒーロー大変だな。」

あんまり話しこまれると鬱陶しいなと思ったが、

ドライバーは人好きする顔をバックミラーに覗かせた。

「ワイルドタイガーは元気かい?

タクシーの運転手さんはワイルドタイガーのデビュー当時からのファンだそうで、

僕の知らない昔の彼の話をたくさんしてくれた。

「あいつ嫁さん亡くしてからひどい生活してたけど…アンタ見てると安心したよ。」

なんだか身内みたいな言い方だなと思っているうちにタクシーは

虎徹さんの家の前に着いた。

「え、ここ…!!

僕、この近くの公園を指定したのに…?

「じゃあ、あいつによろしくな!!

不思議なイエローキャブが見る間に遠ざかっていく。

 

 

「バニー…このメニューすげえな…。」

虎徹さんは僕が食卓に並べた総菜を見て何故か顔を赤くした。

アスパラのニンニク炒め、ニラレバ、ウナギの蒲焼。

大振りの岩牡蛎はフライだ。

店の人は生にレモン汁をかけるのがお勧めと言っていたけど

この時期の生のオイスターなんて自殺行為も良いところだ。

後はツナの刺身にヤマイモをかけたもの。

これは日系なら嫌いな人は少ないらしい。

生食の苦手な僕はちょっと遠慮したいけど。

後は玉ねぎのサラダに亀のスープ。

ほんと日系人って不思議なもの食べるよな。

スッポンとか言う種類の亀で食べると元気になるってホントなのかな。

これだけ食べたらきっと体力つくよなと思って、

サイトで見たもの全部買いあさってきたんだ。

 

「うまそう。頂きます!

「イタダキマス。」

あ、ヤマイモがけのサシミ食べにくいけど案外美味しい。

「もう、虎徹さんフライにマヨかけすぎですよ。」

「旨い!この牡蛎いけるな!!

「そんなにマヨまみれにして牡蛎の味するんですか?

「するする!旨いわー!!

まあ、それで食欲わくなら今日は大目に見ようかな。

「スッポンって…初めて食った。なんか、身体熱いな。」

虎徹さんは何故か食べながら僕をちらちらとみている。

「どうかしましたか?

虎徹さんはまた顔を赤らめて、妙に歯切れの悪い声で言った。

「明日オフだったろ。今日…泊まってけよ。」

…はあ?

疲れてるのに、一人で寝る方が楽じゃないのかな。

「てか、ここまでしてくれたらしないほうが男の恥だよな。」

「バニーが一生懸命、知らない食材まで揃えてくれたんだし?

何の話だろう??

「虎徹さん、話が全く見えないんですけど。」

「この精力増強メニュ―揃えといて、泊まってけで話見えないとか!!

虎徹さんはぶはっと笑った。

「かまととウサちゃん、たっぷり精つけて後でいっぱい可愛がってあげるからなー?

ちょっと待て。

さっきから何の話だ!?

精力増強メニュー!?

「この食材、全部そうじゃん。」

!!!!

「滋養強壮とか夏バテ防止とかそういう意味じゃ…!?

僕がなんか上手く回らない舌でそういうと虎徹さんはにやりと笑った。

「単品だったらな。」

虎徹さんの話を要約すると…。

女性がそういったことを大っぴらにパートナーにせがむのを下品とする日系文化で、

こういう強壮メニューを複数出すのは、

妻が夫に『抱いて』と訴える時の古典的手段なんだそうだ。

「でもそれ母ちゃんの時代ぐらいの話で、友恵でもしなかったけどな。」

つまり現代人は親世代に比べてあけっぴろげになったんで

控え目な人の多い日系社会でも既に廃れた文化ってことか!?

じゃあなんだったんだ昼間見たサイトは!!

80代のグランマが書いたのかあれは!!

「でも、バニーの気持ちはよく分かった。」

いやいやいや!

分かってない!絶対分かってない!!

「最近疲れて1ラウンドで終わってたもんな。若い子には足りないよな。」

足りてます!十分ですから!!

貴方の1ラウンドしつこいんですよ!?

「今日はおじさん頑張っちゃうよー?

頑張らなくていい!!

さっさと寝ろ!!

「一番の増強剤は兎の肉なんだけどなー?

この肉食おじさん!!

 

結論。

虎徹さんは本当に夏バテしてたのか、あのメニューが効いたのかは分からない。

ただ、恐るべき効果はあったようで…。

「バニー、ごめんなあ?俺ちょっと張り切りすぎたわ…。」

せっかくのオフを僕はロフトで昼まで撃沈する羽目になった。

二度とあんなメニューもってこないぞ!!

…悪くはなかったけど。

 

 

終り