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いつのよも

 

「お誕生日おめでとう!!

クラッカーが弾け、幾つもの声が重なり紙吹雪が飛ぶ。

人の輪の中で本日の主賓が気恥ずかしそうに白い頬を染めた。

「みなさん、ありがとうございます。」

頭の上にプラスチックの王冠を乗せられたバーナビーが

それを片手で押えながら祝ってくれる仲間たちに軽く頭を下げた。

「うちの店の自慢料理、どんどん食べて飲んでちょうだいよ。」

ネイサンがそう言って控えていたマッチョなボーイに

ありったけ持ってきてちょうだいと豪快にオーダーする。

大きな鳥の丸焼きにクリームいっぱいのバースデーケーキ。

「ほら、くっついてますよ。」

バーナビーがパオリンの口許のクリームを拭ってやった。

「なんか歳の離れた兄妹みたいね。」

カリーナがそう言うとイワンがうんうんと頷いた。

「こんな可愛い妹がいたらいいでしょうね。何でも買ってあげちゃいそうだ。」

バーナビーがそう言うとパオリンも笑った。

「ボクもこんなお兄ちゃんいたらいいな。組手の稽古してもらうんだ。」

そっちかよと皆が笑って突っ込んだ。

 

「さて、そろそろいいかしらね。」

ネイサンはタイミングを見て二人の妹分に目配せした。

「バーナビーさん、これボク達からプレゼント。」

「タイガーは皆と合同ってわけにもいかないから他の6人からよ。」

「アンタ達にぴったりだと思って買ったのよ。大事にしてよね!!

女子三人がピンク色の大きな包みをバーナビーに手渡した。

「皆さん何買ってきてくれたんですか?

「なんかずいぶんファンシーな包みだな。27の男にやるにしては。」

「バーナビー君ぜひ開けて見てくれたまえ。」

女子に買い出しを頼んでいたらしい男性陣も興味ありげに包みを見た。

「じゃあ失礼して…。」

バーナビーが丁寧に包みを解いていくと中から現れたのは

白いタキシードを着た虎と白いドレスを着た兎のぬいぐるみだった。

バーナビーは一瞬固まったがすぐに立て直した。

「これを選んでくださったのはカリーナさんですね?

カリーナは半ばいたずら半分で選んだのかふふんと笑った。

「まあね。虎と兎でアンタ達にぴったりでしょ。」

カリーナはどうやらその人形の本来の用途を知らないらしい。

「ドレスの兎も可愛いけど、男の子の兎があったらよかったのにね。」

パオリンも屈託なく言った。

「去年は虎のぬいぐるみでその前が兎のぬいぐるみ…。」

「バーナビー君のベッドルームもずいぶん賑やかになるね!

「てかお前らこの人形意味知って…いてえ!!

ネイサンはアントニオの爪先にピンヒールを突き刺しつつ

苦笑しながら虎徹とバーナビーを見た。

「それ、近々使えるといいわねハンサム?

虎徹は口にしかけていた焼酎をブフッと噴いた。

ネイサンの意味ありげな言葉にバーナビーもきょとんとする。

けれどすぐに両手にウェルカムドールを抱き皆に嬉しそうに笑った。

「え、あ、ありがとうございます。でも使うって…?

「あらやだ知らないの?じゃ後でタイガーに聞いてみなさいな。」

ねえ、とネイサンがじっとりとした視線を虎徹に向ける。

<あれ地味に俺に『そろそろケジメつけろ』っつってるよな…。>

虎徹はこの場をどう切り抜けようか思案した。

このままだと公開プロポーズさせられかねない。

雰囲気の流れを変えるには…。

「バニー!これは俺からプレゼント!!

虎徹はそう言って有名なアクセサリーショップの小袋を差し出した。

「わあ、虎徹さんありがとうございます。」

嬉しそうにショップバッグを受け取るバーナビーに女子部が身を乗り出した。

「なになになに!?

「ね、ハンサム開けてみたら?

「タイガーのセレクトすっごく気になるわぁ。」

貰った当人よりすごい気迫で三人がプレゼントと虎徹を交互に見た。

パオリンは単なる好奇心だがあとの二人の目には

『しょうもないものだったら私が許さない』と書いてある。

その迫力にイワンが怖気づいてアントニオの陰に隠れた。

「うわあ…女の人が彼氏に貰ったもの評定する場面見ちゃった…。」

「いや、それいろいろ違うだろ。気持ちは分かるがな。」

「誰だってパートナーの選んだものならきっと何でも嬉しいはずさ!

スカイハイ純粋すぎる。

全員そう思ったが誰も顔には出さない。

「ね、早く開けなさいよ。」

ピンクのネイルに突かれ、バーナビーは虎徹に失礼しますと言って包みを開けた。

「わあ…これはバングルですか。」

バーナビーはそっとケースから二つのバングルを取り出した。

マット加工されたステンレスに四角を組み合わせた文様のようなものが彫られている。

「もしかしてこれ虎徹さんとペアですか?

直径の違いに気がついてバーナビーは気恥ずかしそうに笑った。

「そうそう、ちょっと小さいほうがお前のね。」

そう言って虎徹は小さい方をバーナビーから取りあげると

彼の左手首にそっとそれを嵌めた。

「で、こっちが俺の分と。」

虎徹は右手首にそれを嵌め、バーナビーの左手に並べて見せた。

初めてのお揃い。

なんだかくすぐったいような照れくさいような。

そんなバーナビーの表情に仲間はへえと虎徹を見直した。

 

「よかったねバーナビーさん。すごく似合うよ!

「虎徹にしちゃ気の利いたもの選んだじゃねえか。」

「ほぉんと。何が出てくるのかひやひやしちゃったわ。」

「いいなあ、タイガーとお揃い…。」

カリーナは一瞬泣きそうになるのを堪え、そこにあったグラスの水を一気に呷った。

ひっく。

喉から細い声が出たのに気づき褐色の手がそっとその背を撫でる。

「それにしても不思議な模様だね。」

キースはしげしげとバングルの文様を見た。

5つの黒い四角が組み合わさった模様、4つの四角で出来た模様。

その二つが交互に彫り込まれている。

「それな、日本のオキナワって島の縁起物なんだって。」

虎徹はスマホでその柄の織り込まれた着物を検索した。

「これこれ。」

「ミンサーっていうんですか?僕の知ってる日本と雰囲気が違いますね。」

日本という言葉に食いついた折紙がスマホを覗き込んで不思議そうに言った。

「なんでもこの柄は『いつの世も』を現わしてて、ずっと一緒にいようって…い…み…。」

そこまで言って虎徹は急に恥ずかしくなってきた。

スマホで聞きかじってこれはいいと思った小ネタを話すノリで口にしたが、

仲間の前で盛大にのろけている自分にたった今気がついて。

仲間はもう好奇心が抑えられないという面持ちで二人を見ている。

「え…あ!俺なんか喋りすぎたかも…。」

見ればバーナビーも顔を真っ赤にして俯いている。

 

「ヒューヒュー!ファイヤーヒュー!!

「くっそ!独身ビーフにみせつけんな虎徹!!

「うわあ、バーナビーさん愛されてますね!!

「すごーい!タイガーさんすごくロマンチックだね!!

「意外だ!そしてそうは見えなかった!!

「うう…ほんとに…おめでと…。」

カリーナはまたグラスの水を呷った。

喉が熱い。

カリーナは氷とライムを口に含み、こみ上げる物を何とか押しとどめた。

「いつの世も…。」

それは亡き妻友恵に捧げられた誓い

心のどこかでそう思っていたバーナビーはまだ信じられない気持でいた。

「僕と…ずっと一緒に…。」

「えーと、うん。そういう意味なんだけど…。」

虎徹が困ったように頭を掻きバーナビーを窺い見た。

顔をあげたバーナビーはこの上なく幸せそうに笑った。

「本当に嬉しいです。虎徹さんありがとうございます。」

大事そうにバングルをもう一方の手で包み、眦に涙が浮かんでいる。

その表情に虎徹はほっと胸をなでおろした。

「喜んでもらえてよかったー。」

 

ほら俺さ、お前の24の誕生日ん時サプライズ失敗してるだろ?

なんかまたやっちまうじゃねえかって不安でさあ。

ああ、もうバニー泣くなよー。

 

虎徹は感極まったバーナビーの涙を拭いながら頭を撫でた。

「ふふ、ハンサムよっぽど嬉しかったのね。」

「最高のお祝いですね。いいなあ。」

「仲がいいって素晴らしいね!…おや?

キースは自分の飲みかけのジントニックのグラスが

いつの間にか空になっているのに気がついて首を捻った。

「飲みきった覚えがないんだが…。酔ったかな。」

「あ!それってもしかして今カリーナが…!?

イワンが驚いて言ったその時だった。

「カリーナ・ライル、一曲歌います!!

そう言うとおぼつかない足取りでバーの一角にあるステージに歩いて行った。

「ちょっとあの子大丈夫?

「あいつももう20歳だろ。酒くらい…。」

「そうじゃないわよこのおバカ牛!

 

ステージに立ったカリーナに皆の目が注がれた。

ピアノとアルトサックスが軽快な前奏を奏ではじめる。

有名な歌手の歌うバースデーソングだ。

happy  birthday

水と間違えてジントニックを一気飲みしたとは思えない声。

皆が歌姫の曲に合わせ手拍子を打ち、身体を揺らす。

虎徹はバーナビーの肩に腕を回し、頬を寄せて歌った。

 

 

「今日は本当にありがとうございました。」

バーナビーが皆にお礼を言うと仲間たちは意味深な笑みを浮かべた。

「じゃ、タイガー。ハンサムをおうちに送っていってね?

「虎徹、まあ頑張れ。良い夜を。」

「なになに?何をがんばるの?

「パオリン、カラオケでパフェ食べようか!ね、カリーナも!!

「うん!パフェ食べよカリーナ!!

「うん…こうなったら歌いまくってやるわ!!

「帰りは二人とも僕が送るからね。」

「折紙アンタいい子ねー。」

「おやすみ、そしてグッドナイトだ!

わあわあと言いながら手を振る彼らと別れ、

虎徹はバーナビーとそっと手を繋いで歩きだした。

「虎徹さん?タクシー拾うならこっち…。」

虎徹はちょっと笑って道の先を指した。

「うん、もうちょっと歩いて行かねえか?

バーナビーは深夜のデートのお誘いにはにかんだように笑った。

人気のない公園を横切って黙って歩く。

互いの手がいつもより少し温かいのはアルコールのせいだけじゃない。

 

「月が綺麗だな。」

虎徹はふと空を見上げそう言った。

「本当ですね。ふふ…虎徹さん日系人だなって今あらためて思いました。」

バーナビーの言葉に虎徹はうん?と首を傾げた。

「日本の人は月とか雪が好きってイメージがあるから。」

雪月花とかそういう意味だろうか。

虎徹は笑ってバーナビーの手を握る力を少しだけ強めた。

「それもあるけどさ。誰だったか昔の作家がそう言ったんだよ。」

愛してますって言葉の代わりに、月が綺麗ですねと。

虎徹は恥ずかしいのか言葉尻をややぶっきらぼうに言った。

「ずいぶん遠回しな表現ですね。よく分かったな、相手の女性。」

バーナビーが驚いてそう言うと虎徹は『だよな』と笑った。

「俺はさ、欧米系みたいにloveを上手く言うの下手だから…。」

月を見ながら虎徹は言った。

「表現が分かりにくいかもしれないし、もどかしいかもしれないけど…。」

虎徹の言わんとすることを察してバーナビーは頬を染め頷いた。

「どんな難問でも読み解いてみせますよ。僕は貴方のパートナーですから。」

そう言ってバーナビーはバングルにキスをした。

いつも虎徹が結婚指輪にそうするように。

「いつの世も一緒にいましょうね、虎徹さん。」

虎徹は歩みを止めバーナビーを抱きしめた。

一つになった二人の影を月の光が細く長く照らし出していた。

 

 

終り