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ほかほか

 

その日は結構寒かった。

普通にしてても肌寒いってのに…。

 

―プレジャーボートが一艘シュテルンビルト沖で座礁!

荒天で波が高すぎてレスキューが近づけないの。行って救助して頂戴!!

―大雨でイーストリバーが増水して中州に取り残された人がいるの!!

このままじゃ流されてしまうわ!!大至急行って救助して頂戴!!

―サウスシルバーの断層間排水設備が破損して、

このままじゃ下のサウスブロンズに甚大な被害が出るわ!行って…

 

 

だっ!

なんで今日は水モノばっかりなんだよ!!

市民全員に水難の相でも出てるのか!!

俺たちは出動を繰り返すたびに全身水浸しになり、

サウスシルバーの雨水の滝から下層の市民を避難させてなんとか出動を終える頃には

全身ずぶ濡れ、がくがくブルブルと震えが止まらないありさまだった。

トランスポーターに戻ってシャワーを浴び、乾いた服に着替えても

身体の奥に溜まった冷気が抜けきらないみたいに寒い。

「ううう・・・さ、寒すぎる・・・。」

俺は備え付けの毛布を体に巻き付けてなんとか温まろうとした。

見るとバニーも毛布の蓑虫みたいになって縮こまっている。

「バババ…バニー…だだ、大丈夫か?

寒すぎて口が思うように動かねえ。

それはバニーも同じで、止まらない震えを宥めるように両手で身体を摩りながら

声には出さず頷いて返事をした。

「おおお、お前、ねね、熱、は?

元々の体温が低いバニーにはこの寒さは堪えるはずだ。

びっしょりと額に張り付く髪を払って熱を診た。

熱はない。

逆に冷え過ぎて額が氷のようだった。

「…ヤバい。低体温症起こしてるんじゃないか!?

俺は必死でバニーの身体を摩った。

「病院行くか?もう少し頑張れよ。」

「だいじょう・・・ぶ、です・・・。」

バニーはそう言うけど、こいつは半端なく我慢強い。

「俺も体冷えてるからあんま効かねえかもしれねえけど。」

俺は自分の毛布を広げて胸元にバニーを抱きこんだ。

その上から俺のぶんの毛布を二重に被せる。

お互い熱いシャワーを浴びて毛布を被っているのにちっとも温かくならない。

それでもバニーは俺の胸に頬を埋め少しだけ笑った。

「あったかい・・・です・・・。」

「この状況、冬山だったら死んでるな。」

俺は今にも眠ってしまいそうなバニーの背を摩った。

トランスポーターで眠っても死にはしないだろうが、

それでも睡眠で体温が放散するのは避けた方がいい。

「バニー、もうちょっと頑張って起きてろ。」

「…1235711…。」

「なんだその数字。」

「素数です…。寝ないように…数えないと…。」

「やめて!俺が眠くなる!!

その時シュッとドアの開く音が聞こえた。

 

「二人ともお疲れさん。」

斎藤さんが業務用サイズのアイスの大箱を持ってラウンジにやってきた。

「おや、お邪魔だったかな。」

抱き合う俺達を見た斎藤さんは大して慌てた様子もなくニッと笑った。

アイスの乗った大匙を口に運びながら。

「君たちもどうだい?カロリーも補給できるぞ。」

「斎藤さん…それ、見るだけで・・・寒い・・・。」

きひっと笑った斎藤さんは若いアシスタントスタッフに目配せした。

「冗談だよ。君達にはこっちの方がいいだろう。」

アシスタント君がもってきてくれたのは温かいココアだった。

俺はそっとバニーを放してソファの背もたれに凭れ掛けさせた。

名残惜しい気もするけど、今はあったかい物で胃を温めたほうがいい。

俺はまず盆から取ったカップをバニーに持たせた。

「持てるか?熱いから気をつけろよ。」

子供のように頷いたバニーをちょっと可愛いと思いながら自分のぶんのカップを取る。

持っただけでほっとするこの温もり。

「美味そう!いただきます!!

「い、いただきます。」

バニーも震える手でどうにかカップを持った。

飲むと冷えだけじゃなく疲れまで癒されていくのを感じる。

「はー、生き返るー。」

「ほっとしますね。」

やっと喋る元気が出たのかバニーが疲れた顔で笑った。

 

「あー、帰って熱い風呂入りたい。」

俺がそう言うと、逆上せやすくてシャワーばかりのバニーも頷いた。

「あ、そう言えば。」

俺はスマホで最近チェックしていた記事を見た。

「この近所に大型の銭湯が出来たって。バニー、行ってみねえ?

「セントウってなんですか?

大きな風呂の写真を見てバニーは怪訝な顔をしている。

「公共の浴場だよ、でかい風呂。シュテルンビルトじゃ水着着ないと入れないけど。」

俺の言い方にバニーは眉を潜めた。

「まさか日本では裸で?

「そうそう。うちの田舎も日式の銭湯があるんだけど良いもんだぞー。」

裸の付き合いなんて日系ばかりのあの町ならではだろうな。

バニーはその話に信じられないと思ったんだろうが、まあそうだろうな。

人前で全裸になる習慣なんか世界でも珍しい。

男が男にレイプされるのが珍しくないこの街ではまあ、ありえないだろうな。

当然シュテルンビルトの風俗法は日式の入浴法を公共の場では認めなかった。

てか、日式だったらバニーの全裸を他人に見せることになる。

・・・ないな。

うん、ない。

俺としては裸で風呂入りたいけど、ここは風営法さまさまだ。

「水着ということはオンセンというよりスパなんですね?

バニーは念押しのように訊ねた。

「そうそ。温水プールのもっと温かい版だな。」

記事によれば水着のレンタルもあるって言うし。

スパ施設のほかにマッサージや食事なんかもできるそうだ。

お、簡単な宿泊施設もあるのか。

あったかい湯船浸かって、アツアツの飯食って。

帰るのが辛かったらここで泊まっても良いかも。

シルバーステージの中間層向けだからそう高くもない。

凍死寸前のバニーの身体も元に戻るんじゃないかな。

俺の話にバニーは既に前のめりだった。

「いってみたい・・・です・・・。」

バニーはまだ舌がうまく動かない口調で言った。

「決定!斎藤さん、このスパで俺たち降ろしてよ。」

良いよと笑って斎藤さんはまた大匙でアイスを口にした。

 

 

スパは水着着用ルールこそあるものの、本格的な銭湯だった。

脱衣所ならぬ更衣室に竹の籠とかレトロな体重計が置いてあって、

オーナーは俺と同年代のオリエンタル出身なんだろうなって感じだ。

「おー、いい雰囲気だなー。」

重い硝子のスライドドアの向こうはいい感じの湯けむりが立っている。

竹と笹をあしらった和風の装飾はこっちの人にも受けるらしい。

「虎徹さん、手を放さないでくださいよ。」

「分かってるよ。滑りやすいからゆっくり歩けよ。」

シャワーで汗を流して、俺はバニーの手を引いて湯船にゆっくり向かった。

バスルーム内は眼鏡が着用禁止だったからだ。

「折角来たのにどんな所かほとんど見えない…。」

不満そうに口を尖らせたバニーも、俺が手を繋いでやると

満更でもなかったのかそれ以上は文句を言わなかった。

「足元気をつけろよ。」

「はい。」

ぎゅっと握った手がまだ冷たい。

早くあったまろうな。

「ここ、段差になってるからそっと入れよ。」

少し俺にしがみつくようにしてバニーがそっと湯船に足を浸けた。

「気持ちいいー。」

さっきとはうって変わって間延びした声でバニーが言った。

手で湯船の底を探ってそっと座る。

俺もその隣にドボンと腰を下ろした。

「うー。骨身に沁みるなー。」

俺も肩まで熱い湯に身を沈める。

シュテルンビルト初のスパは時間が遅いこともあってガラガラだった。

ほんの数人の客がバニーに気がついてちらちら見てるけど、

そのオッサン達も「あ、有名人がいる」と思っただけで声はかけてこない。

「お前のファン層のお嬢さん方に捕まらなくてよかったな。」

「本当ですね。さすがに今ファンサービスする気にはなれません。」

男ばかりの湯船でバニーはすっかりくつろいで大きく伸びをした。

バニーのファンのほとんどはここには来ない。

日式銭湯をまねて男女別にしてるせいだ。

おかげで俺たちはのびのびと風呂で遊べた。

ジェットバスに入ってみたり打たせ湯に当たってみたり。

時々屋外に設えられたデッキチェアで寝そべって湯当たりするのを防いだり。

上がる頃にはあれだけ冷え切っていた身体がすっかり温まっていた。

 

「風呂入ったら腹減ったな。ここでなんか食ってこうぜ。」

「そうですね。僕も温まったらお腹すきました。」

チェックインした時に渡されたラフな館内着のまま

併設のカフェテリアに入ると深夜だけに誰もいない。

つけっぱなしのTVが今日のフットボールのダイジェストをやってる。

俺はうどんといなりずし、バニーはミネストローネと小さなパンのセット。

深夜二時にしては少し多いかもしれないが肉体労働の直後にしては少ない。

「虎徹さんそんな量で足りるんですか。」

「バニーこそ。お前意外と食うのに。」

「まあ、時間も時間ですし。」

本当のところはバニーは肥るのを気にしたんだろうが、

俺は…歳のせいで遅くに沢山食うと胃もたれするんだよなー。

「あー、腹いっぱいになったら帰るの億劫だなー。」

眠気でしょぼつく目を擦ると、バニーもふあと小さな欠伸をした。

「あ。ここの宿泊施設、朝までセットってありますよ。」

バニーがテーブルにあった館内サービスのメニューを俺に向けた。

見るとB&Bに風呂がついたセットがあった。

すぐそこに布団があるのか。

そう思うともう帰るのがめんどくさくなるから不思議だ。

ここはシルバーだからどっちの家も結構遠い。

「もう二時近いし、ツインの部屋で寝ていくか。」

「そうしましょう。家に帰ると寝る時間がなくなりますね。」

風呂入って飯食ってから家路につく気力がもうなくなった俺たちは

皿をカウンターに下げるとフロントに向かった。

 

「申し訳ございません。あいにくツインが満室でして。」

「あ、そーなの?じゃあシングル二つは?

「それが、今空いているのはダブルだけでございまして。」

フロントの男性は男同士でダブルは嫌でしょう?といった

申し訳なさそうな顔をした。

「あ、ダブル空いてるの。じゃあそれで。」

サラッとそう言った俺にフロント係が驚いた顔をした。

「ここの風呂と飯が良すぎてもう立ったまま寝れそうなんだよ。」

「疲れているので部屋に通していただけますか?

バニーが後ろからそう言うと、フロントの男性は驚いた顔をしたが、

すぐに気を取り直しキーをくれた。

「畏まりました。こちらはサービスでございます。」

フロント係はお客様が二人で寝るにはベッドがいささか小さいのでと

エキストラベッドを継ぎ足してくれた。

「お二方様、今日もお疲れ様でございました。」

虎徹さんの事も見抜いたのに素知らぬ顔で応対した彼はプロだ。

バニーはフロントマンを振り返り心底尊敬したような目で会釈した。

 

「おー、結構ふかふかだなこのベッド。」

「値段の割に良い部屋ですね。それに寝具がとても清潔だ。」

バニーがブランケットにくるまって嬉しそうに笑った。

「これだったら二人でぎゅってして眠れますね。」

なんか可愛いこと言うじゃねえの。

俺はご要望通りにバニーをぎゅってした。

「ふふ、虎徹さん体温高い。」

「バニーもいつもよりほかほかだ。」

この時期いつも足が冷えて俺に擦りつけてくるのにとちょっと寂しい気もする。

でもそれだけ温まってるならきっと良く眠れる。

「鼾掻いても怒るなよー?

「鼻摘まんで静かにさせてあげますよ。」

電気を消した部屋でくすくす笑って。

やがてそれは静かな寝息に変わっていった。

お休みバニー。

良い夢見ような。

 

 

終り