Happy Happy X'mas
楓の場合
「楓ー?お父さんから郵便来てるわよ。」
おばあちゃんが封筒を持って部屋に入ってきた時、
私はタブレットでT&Bの古い動画を観ていた。
それはジェイク事件よりちょっと前のテロ事件の放送だった。
「はいこれ。あら、ずいぶん前のヒーローTVねえ。」
おばあちゃんは私に封筒を差し出しながらタブレットを覗き込んだ。
「そうそう、この時虎徹が大怪我して。放送見て冷や汗出たわ。」
タブレットの中で蹲るお父さんの背中を見ておばあちゃんが困ったように笑った。
私の手前、取り乱すわけにもいかず必死で堪えたんだろうな。
遠い町で息子が大怪我する映像を見て…。
きっとこういうことがあるから私には秘密だったんだ、お父さんがヒーローだって。
「ごめんなさい、あの時ひどいこと言ったよね私…。」
そう、あの時私は大怪我したWTをイケてないとバッサリ切って捨てたんだ。
バーナビーならもっとスマートにやるのにと。
ごめんねお父さん。
皆のためにこんなにも身体張ってたのに…。
「私、何にも知らなかったから。何にも見てなかったから…。だから…。」
私は動画サイトを閉じた。
「知らなきゃいけないと思うの、WTの娘として。」
私がそう言うとおばあちゃんが私の頭を撫でた。
「やっぱりお父さんの仕事ぶりを見たくてタブレット欲しがったのね。」
おばあちゃんはそう言ってお見通しよと笑った。
「それで、どう思った?お父さんの仕事。」
「カッコ良かったりカッコ悪かったり?でも…カッコいいほうがちょっと多いかな。」
そう言って私が笑うとおばあちゃんはそうねえと頷いた。
「それより、虎徹が何か送ってきたみたいだけど…。」
クリスマスプレゼントにしちゃ変ね、封筒に入るものなんて何かしら。
おばあちゃんがそう言うのを聞きながら私は封を切った。
中から出てきたのは一組の往復切符。
「わあ!シュテルンビルトまでの列車の券!」
中を見ると手紙が入ってる。
便せんには初めて見るお父さんの字。
その筆跡が綺麗で、かなり意外。
―楓へ
メリークリスマス!
学校が冬休みになったらこっちに遊びにおいで。
俺やバニー、ヒーローの皆でパーティしよう。
ヒーロー女子3人が楓と女子会しようって言ってるぞ。
バニーは素敵なレストランにエスコートしますだってさ。
ずいぶん前に行きたいって言ってたビッグツリーも一緒に行こうな。
バニーがロビン事件で蹴倒した柱跡も見られるぞ(笑)
遊んでる途中で招集掛かったらトランスポーターで待っててもらうけど、
特等席でT&Bの生仕事見せてやるよ。
お前がこっちに来るのを楽しみに待ってるよ。
―虎徹
すごいすごいすごい!!
パーティに女子会、遊園地だって!!
バーナビーのエスコートでレストランなんて夢みたい!!
お父さんだけじゃない、ヒーローの皆が私においでって言ってくれてるなんて!!
「わあ!おばあちゃん、行っても良い?」
おばあちゃんはにこにこ笑って頷いた。
「今度の日曜日に、レストランに着ていくとっておきの可愛い服を買いに行こうね。」
おばあちゃんからのクリスマスプレゼントだって!
私はすぐにお父さんにメールした。
とっても嬉しい、遊びに行くの楽しみにしてるって。
そしたらすぐにお父さんから返事がきた。
<待ってるぞ、楓!!>
添付写真でお父さんとバーナビーさんがサムズアップして笑ってた。
ありがとう、お父さん!!
バーナビーの場合
広いフロアを右から左へ、左から右へ。
これでもないしあれでもない。
「うーん…。」
何にしようと迷うんだけど、これといったものが見つからない。
考えたら誰かにプレゼントを贈るのなんて初めてだ。
クリスマスプレゼントを贈るほどの親しい相手は虎徹さんが初めてだし、
そもそも僕にとってクリスマスは忌まわしいあの事件のあった日、
そして大切な両親の命日という意味しかなかった。
虎徹さんにクリスマスプレゼントに欲しいものはあるかなんて聞かれて
初めてそういう習慣が世間にあるのを思い出した。
3年前は僕が一方的にツンケンしてた時期だし、
2年前はマーべリック事件と引退のドタバタでそれどころじゃなかった。
去年は…いわば再会そのものが互いへのプレゼントだった。
あれはあれで、人生最高の贈り物だったけど。
今年は僕も世間の風習に倣って大切な人に何かを贈ることにした。
実際にプレゼントを贈るのが出逢って3年目にして初めてだなんてね。
でも、なんかいいなあ…こういうの。
虎徹さんに何を贈ろうか迷う楽しみ。
キーケースや財布みたいな実用品も色気がないし、
やっぱりネクタイや帽子みたいな服飾品かな。
でも虎徹さん、無頓着に見えるけどあれで結構おしゃれなんだよなあ。
好みの分かれるものはやめといた方がいいかな。
虎徹さんは優しいから、少々趣味に合わなくても大事に使ってくれるとは思う。
でもどうせなら彼の拘りを理解したうえで、
虎徹さんが気に入ってくれるものを贈りたい。
本当だったら、ゴールドのテーラーにでも連れ込んで
上から下までフルオーダーしたら素敵だと思うんだけど…。
虎徹さん日系にしては背が高いし、上体ががっちりしてるから
三つ揃えのスーツなんて似合うだろうな。
ああ、それだったらネクタイとカフスは明るい緑がいいな。
だったら本人がいないと…って…。
だめだ、絶対受け取ってもらえない。
皆目見当がつかないから何が欲しいですかって直球で聞いたら
『バニーがくれるなら何でも嬉しいけど、プレゼントに極端な金をかけないこと』
って前に言われたしなあ。
僕の金銭感覚そんなにおかしく見えるのかな。
3000シュテルンドルくらいで考えてるって言ったら
虎徹さんが「0一個減らせこのセレブ!」って。
別に同額の対価なんて求めないのにな。
でも男の沽券とかプライドを考えるとそこで暴走するのはよくないか。
とにかく、予算は300シュテルンドルだ。
…それじゃこれはというような服は無理だな。
となると小物か。
時計…はダメだ。
ワイヤーギミックの事があるから何でもいいってわけじゃない。
ブレスとか指輪…もダメだ。
ブレスは奥様から貰ったお守りだって言ってたし、
結婚指輪以外のアクセを着けてるの見たことがない。
いっそペンとか手帳にするか?
虎徹さんスケジュール管理はアナログ派だしなあ。
スマホ持ってるのにスケジューラー使ってないって意味ないと思うんだけど。
でも恋人へのクリスマスプレゼントが仕事で使うもの…?
それじゃ色気がなさ過ぎて
ただの『お世話になってる先輩へのプチギフト』じゃないか。
もうちょっとセクシーなニュアンスが欲しい。
僕はゴールド随一の老舗百貨店紳士用品フロアを
ああでもないこうでもないと唸りながら歩いた。
その時、ふいにそれが目にとまった。
それはシルバーアクセコーナーだった。
商品のターゲット対象は僕より若い世代だと思う。
とはいっても店が店だからそれなりの値段はする。
その分、シルバーといっても安っぽさなんてまったくない。
最低価格帯のプラチナよりよほど存在感のある燻し銀加工がいい味してる。
「いつもの虎徹さんのイメージではないよな。」
少なくとも虎徹さんの年代でこのアイテムはハードルが高い。
ジゴロ気どりのチャラ男なら着けるかもしれないけど。
虎徹さんは基本トラッド系だから突拍子もないセレクトかもしれない。
「でも、これだ。」
そのアクセを見てすとんと腑に落ちたような感覚を信じよう。
「すみません、これをプレゼント用に包んでください。」
僕は遠巻きに僕の様子を窺っていた女性店員に微笑んでそれを指さした。
それは、僕にとって小さな挑戦でもあった。
貴方の左手の薬指を開けてくださいなんて言わない。
だからせめて左足首にそれをつけることを許してください。
なんてね。
虎徹さん、アンクレットをつける意味なんて知ってるかな。
くれぐれも右足にはつけないように言っておかないと。
あの人は魅力的だから右につけて変な虫でも寄ってきたら厄介だ。
僕は店員にカードを渡しサインしながら表情が緩むのを必死で堪えた。
気にいってくれるといいな。
このプレゼントの意味、気づいてくれるといいな。
虎徹の場合
楓に列車の切符を送ってから、俺は一人ユリの花束を持って墓地に来ていた。
友恵の墓ではない。
バニーのご両親の墓だ。
「前にバニーを送ってきた時は墓地の外で待ってたからなあ…。」
見つかるだろうかと不安な気持ちで広い敷地の中を捜しまわること十数分。
俺はなんとかそこに辿りつけた。
同姓同名の墓じゃないかと心配したが、
墓石に刻まれた命日の日付に間違いないと胸をなでおろす。
作法は違うかもしれないが、俺は膝をついて花を供え手を合わせて瞑目した。
「はじめまして。バーナビーさんと付き合ってます鏑木です。」
物言わぬ御影石に向かい、俺は生きたご両親にするように話しかけた。
「息子さんがこんなのと付き合ってて不安でしょうが、どうぞ許してください。」
言いながら思う。
将来、楓が一回りも年上のバツ一子持ち鰥夫を
彼と結婚すると言って連れてきたら…俺はその男を殴る。
友恵が存命ならなんて言うだろうか。
女親だから楓に多少の理解をしつつも、諸手をあげて賛成はしないだろう。
親なら当たり前の心理だと思う。
で、バニーが選んだのがこのどうしようもない中古物件。
住まいはブロンズだし仕事は年俸も少ない二部。
まして、子供がいるうえ亡き妻を今も忘れない同性のオッサンだ。
「お二人のお気持ちは一人の親としてお察しします。」
ブルックスご夫妻の怒りと落胆は容易に想像できる、
だからこそ故人であるのをいいことに好き勝手はできないと
俺はバニーに内緒で命日の今日、墓参りに来た。
俺は合掌を解き両手を地についた。
「今夜、息子さんにプロポーズします。こんな俺ですが彼を必ず幸せにします!!」
そう、俺は今夜バニーにプロポーズする。
この日を選んだのは、23年前の哀しいクリスマスの想い出しかないあいつに、
温かくて幸せなクリスマスの記憶をあげたかったからだ。
あまりに苦労しすぎたせいか、今も自分が幸せになるビジョンを見られずに
俺との関係をどこか刹那のものと感じているようなバニー。
ここらで区切りをつけても良いと思うんだ。
「来年からは二人で墓参りに来ます。だから…。」
俺は墓石に頭を下げた。
「どうか、俺とバニーの結婚を許してください。」
返事など返ってくるわけがない。
俺はどれほどそうしていただろうか。
隣接する教会の鐘に我に帰り、時計を見ると結構な時間になっていた。
あまり長居するとバニーにはち合わせるかもしれない。
俺は立ち上がってもう一度墓石に一礼し、ご両親を後にした。
「さて、お次は泣けるサプライズの準備だな。」
バニーの生まれ年のシャンパンとイチゴ。
でっかいクリスマスケーキにローストターキー。
4歳以降手にできなかった「幸せな家庭のクリスマスの宴」だ。
もちろん指輪も用意したし、それより何より…。
アニエスにも根回しして今日だけはよほどの事がなければ呼ばないでくれと頼んである。
一部ならともかく、たまにはスリやひったくりの相手を後輩に任せたっていいだろう。
「さあ、今夜はバニーちゃんにワイルドに吠えるぜー。」
俺は車に戻って鼻歌交じりに街へ急いだ。
まだ決まっていない『プロポーズの言葉』をシミュレーションをしながら。
終り