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Chocolate for you

 

「えー!それ結局どうしたの?

バタフライマシンに座ったままの虎徹さんに女の子二人が訊ねた。

「そんなにガッチガチだったんだ、奥さんのチョコ。」

「それ当然食べたのよね?

僕はトレッドミルで走りながら3人の話を聞くとはなしに聞いていた。

「もちろん食ったよ。歯が立たねえなら溶かしてみろって母ちゃんが教えてくれてさ。」

「溶かすって湯せんで?

「湯せんって何?そん時はレンチンした。5秒ずつくらいで様子見ながら何回したかな。」

「そんなに硬かったの?

「おお!あれは凄かった。でもなあ、男って嬉しいんだよなあ手作りチョコって。」

「好きな子限定でしょ?はいはいご馳走様!!

急に機嫌を悪くしてパンチングマシンに向かったブルーローズさんに

虎徹さんは首を捻っている。

やれやれ、だったらどうしてあんな話に食いつくんだか。

虎徹さんが高校の時友恵さんに貰ったチョコの話なんて。

虎徹さんも鈍いけど、今のは無防備に地雷原に飛び込んだブルーローズさんの自爆だ。

ドスンバスンと派手な音を立ててブルーローズさんが大振りなパンチをマシンに浴びせる。

「なによ!この!

やつあたりだとしてもあのパンチは危ないな、手を痛めそうだ。

まあプロのヒーローのやることだし止めはしないけど。

「なんだ気合入ってんなあブルーローズ。」

どうやったらそう見えるんですか。

ほんとここまで鈍いって罪なのか救いなのか。

「ねえねえ、ボクだったら齧れたかなその固いチョコ。」

まだ花より団子なキッドさんはチョコ話の方が気になるらしい。

「はは、ドラゴンキッドだったら食えたかもな。」

ワシワシと頭を撫でられ、ドラゴンキッドさんは素直に笑ってる。

本当にあの二人は時々親子みたいだ。

「なんかチョコの話してたら食いたくなってきた。よしチョコケーキでも食いに行くか?

「わーい、行く行く!!ね、バーナビーさんも一緒に行かない?

唐突に話を振られ僕は走りながら二人を見た。

虎徹さんがキッドさんの後ろで手を合わせる『お願い』ポーズをしている。

「バニーも来てくれよ。万が一の保険に。」

「ひどい誘い方ですね。」

速度を落としてからトレッドミルを止め、僕は笑いながらそう言った。

保険というのはドラゴンキッドさんに奢ろうとして財布がピンチになった時の事だ。

なんでも以前ロックバイソンさんが大変な目に遭ったらしい。

それでも皆ドラゴンキッドさんには奢ってあげたくなるから不思議だ。

もちろん僕もその一人。

あまり現金を多く持ち歩かないからカードの利く店でないと僕も心許ないけど。

「まあ、良いですよ。ご一緒しましょうか。」

ふと見るとブルーローズさんがじっとこちらを窺っている。

しょうがない、貸し一つですよ?

「ブルーローズさんもどうです一緒に。虎徹さんの奢りだそうです。」

ブルーローズさんは一瞬嬉しそうな顔をした後、ふいと顔を背けた。

「い…いいわよ、行ってあげても。」

貴女も大概めんどくさい女性ですね。

僕が言うのもなんですけど。

 

 

「うわあすごい!

ドラゴンキッドさんがそれを見て嬉しそうな声をあげた。

「ここのお菓子はどれも美味しいですよ。」

その言葉に女の子二人がぱあっと笑顔になった。

「でも本当に良いの?こんなとこで奢ってもらっちゃって。」

ブルーローズさんが遠慮がちに僕を見上げた。

移動する車の中で行き先が『虎徹さんの奢りで近くのカフェ』から

『僕の奢りでゴールドのホテル』に変わったからだ。

僕がいるとどうしても騒ぎになる。

けれど店のグレードが高ければ僕を見てバカ騒ぎする客もまずいない。

そこを0にすることは出来ないだろうけれど。

僕の奢りになるのは一緒に行くことで多少騒がれる迷惑料だ。

「レディは笑ってご馳走さまって言ってればいいんですよ。支払いは男の仕事です。」

そういうと女の子二人は顔を見合わせて笑顔を浮かべた。

「「ご馳走になります。」」

「お前そう言うのほんとサマになるなー。」

感心半分呆れ半分と言った顔で虎徹さんがしみじみと言った。

「悪いな、誘っといて奢らせることになっちまって。」

虎徹さんが済まなさそうに言った。

「いえ、僕の都合で店を決めたので。」

「今度二人の時に一杯奢るよ。」

「楽しみにしてます。」

僕らが話している間、女の子二人はその店の目玉に目が釘付けだった。

とろとろと流れ落ちるチョコレートファウンテン。

ブラウンの他にピンクとホワイトの滝が甘い匂いを放っている。

「ねえねえ、あれどうやって食べるの?

「あそこにある果物やマシュマロをピックに挿して、チョコをつけて食べるそうです。」

「面白いね!バナナあるかな。チョコバナナ作りたいな。」

あれは装置の見た目の割に可食部のボリューム感はないけど可愛らしい食べ物だ。

ブルーローズさんも口許を綻ばせた。

「雑誌で見たことあるけど、本物は初めて。」

「カリーナ、行こう。」

ブルーローズさんも笑顔でキッドさんとそこに向かう。

「すげえな。楓もこんなとこ連れてきてやりてえなあ。」

虎徹さんははしゃいでいる女の子たちの背を見て父親の顔を見せた。

過去の奥さんとの想い出話をしたかと思えば、今の娘さんを想うことを言ってみたり。

あっちこっちと忙しい人だな。

「今度こっちに来たら連れてきてあげてください。きっと喜びますよ。」

「だな。」

娘の喜ぶ顔を想像したのか虎徹さんが笑って頷いた。

「さあ僕達も取りに行きましょう。チョコケーキ、食べたくなったんでしょう?

今この場にいない人を束の間忘れてもらったって罰は当たらない。

僕たちは皿を山盛りにして喜ぶキッドさん達と入れ替わるように

お菓子の並ぶ台に向かった。

 

 

「バーナビーさん今日はご馳走様でした!

「タイガー、送ってくれてありがとう。」

「おうまたな!!

「ではまた。」

女子二人を自宅まで送り届けた後、虎徹さんの車の中で他愛ない話をしていると

カーラジオからバレンタインの話が聞こえてきた。

「そういえばさっきのビュッフェもバレンタインフェアってありましたね。」

「企画出したホテルの関係者がオリエンタル出身なのかな。」

「なぜです?

虎徹さんの話によると、なんでもあちらは女性がチョコレートに想いを託して

好きな人に告白する日なのだそうだ。

「つっても最近はご挨拶程度の意味しかねえけどな。まあ学生は別としてだけど。」

ああ、それで友恵さんにその日手作りのチョコレートを貰ったわけだ。

なぜ出来もしないことを十分な練習もせずに

その日に渡さなければいけなかったのかという疑問がやっと解けた。

「たとえどんなんでも嬉しいもんだよ、手作りって。」

「例え歯が立たないほど硬くてもですか?

虎徹さんは穏やかな笑顔で頷いた。

「好きな子が自分のためにこんなに頑張ってくれたんだっていうのがいいんだよ。」

そんなものなのか。

そこまで言われてやらないわけにはいきませんよね。

とは言っても虎徹さんの事だから僕に言外に要求してるわけじゃない。

ただ思った事をそのまま口に出してるだけだ。

それも友恵さんがどうとかではなくてもっと単純に懐かしいなあくらいのことだ。

チョコレート作りか…どれくらい難しいんだろう。

幸い14日までまだ10日以上ある。

いくら多忙でも多少は練習する時間もあるだろう。

さっき食べたケーキみたいなのは無理だとしても、

昔の田舎の女子高生よりはマシなものが作れるはずだ。

って、何を考えてるんだ僕は。

バカな独り相撲だと分かっていてもつい友恵さんに対抗意識が出てしまう。

そうでないと初恋と想い出の補正が掛かったガチガチチョコと同じくらいの

感激を与えるなんて到底無理だから。

そんなことを考えていると、ふいに虎徹さんに呼ばれた。

「ニー…バニー?聞いてるかー?

「あ、すみません。何ですか?

慌てて横を見ると、『やっぱ聞こえてなかった』と虎徹さんが苦笑してる。

「この後どうする?このままウチ来る?

シルバーステージからゴールドとブロンズに分岐する道の手前で虎徹さんが言った。

「結構腹にたまったから、飯は要らねえな。家で軽く飲む?

そうすると泊まりの流れになるな。

せっかく今日はオフなんだからチョコレート作りの練習したいな。

「いえ、今日は帰ります。少し調べ物をしたいので。」

「ん、分かった。」

虎徹さんはウインカーを出しゴールドステージに上がる急な上り坂へ入ると

アクセルを思いっきり踏み込んだ。

「お前さ…まだ調べてんの?

「何をです?

虎徹さんの妙に気遣わしげな物言いに僕は首を傾げた。

「いや…まだウロボロスの事調べてんのかなって。」

その言葉に僕はえっと声をあげた。

「やだな、違いますよ。今来ているオファーの事前調査で見ておきたいことがあって。」

僕がそう言うと虎徹さんはほっとした表情を浮かべた。

「そっか…。ごめん変なこと言って。」

そう言われてみればそうだ。

前は調べ物と言えばウロボロスの事ばかりだった。

この人びっくりするだろうな。

今ではPCのブックマークがチャーハンの作り方だらけだって言ったら。

この後そこにチョコレートのレシピが増える予定だって言ったら。

「虎徹さん…。」

「ん?

僕の家に向かう幹線道路へとハンドルを切りながら彼が返事をする。

「…いえ、何でもないです。」

「何だよ、最後まで言えよ。そういうのなんか気になるだろー。」

そう言って笑う虎徹さんの横顔に僕も笑った。

 

 

どんなに不味くても笑って食べてくれるかな。

何年も何十年もあとになっても『あれは凄かった』って覚えててくれるかな。

美味しいだけのチョコならゴールドの店で買えばいいけど、

それはきっとたくさんある貴方の想い出の中に埋もれてしまうから。

何年かたった後も『でも、あれは嬉しかった』って言ってもらえたらいいな。

美味しくなるよう頑張って作るから受け取ってくださいね。

ご挨拶程度なんかじゃない、僕の初めてのバレンタインチョコレート。

 

 

終り