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いつかの3分間

 

口の中が渇く。

胸がざわざわする。

たかが記者会見じゃないか。

少し昔話をするだけだ。

そしてカメラの前で宣言するだけだ。

「僕たちヒーローはジェイクを捕えます」と。

なのに…どうしてこんな…。

落ち着け…。

僕が動揺していたら市民に混乱を…。

マーべリックさんの顔をつぶすわけにもいかない。

ただ、過去の事実をカメラの前で話すだけだ。

いつもみたいに演じればいい。

“バーナビーブルックスJr”を。

幼くして両親を喪った悲劇のヒーローを。

 

父さん…母さん…。

ごめんなさい…。

ごめんなさい……。

 

「バニー、大丈夫か?

ふいに目の前が翳り、顔をあげるとおじさんが僕の前に立っていた。

記者会見の準備で行きかう人たちの目から僕を遮るようにして。

「顔色真っ青だぞ。やっぱりやめた方が…。」

「平気です。」

突っぱねようとしても声が震える。

鈍いくせに変なとこだけ勘のいいこの人には嘘だと分かるだろう。

「ごめんな。」

突然おじさんはそう言って俯いた。

「社長が無理言い出した時、お前のこと庇いきれなくて済まなかった。」

何のことかと思えば…。

「僕も貴方もアポロンの一社員ですから。CEOの決定に反対なんて…。」

CEOだろうが社長だろうが、やっていいことと悪いことがある。」

声の大きさこそ抑えているけど、本気で怒っているようだ。

「俺は、お前の過去を…心を利用しようってやり方が許せない。」

おじさんの握りこんだ拳が震えている。

悔しそうに唇を噛みしめ、その端から血が滲んでいる。

どうして…?

自分のことでもないのに、どうしてそこまでなれるんですか。

どうして僕なんかのために…。

 

僕は溜め息をついた。

別におじさんに呆れたわけじゃない。

自分の状況への、諦めの溜め息だ。

「仕方がないことです。市民の混乱を抑えるためには…。」

そう、仕方ないんだ。

僕はおじさんにというより、自分に言い聞かせた。

だけどおじさんは納得しなかった。

「お前を生け贄にする以外にも方法はあったはずだ!!

生け贄。

そうかもしれない、今の僕にぴったりじゃないか。

「はは、生け贄の兎か。そりゃいいや。」

「よくねえよ!こんなときだけ(バニー)ちゃん呼び肯定するんじゃねえよ。」

おじさんの声が力を失った。

ああ、この人だったら。

僕はふとそう思った。

「あの…おじさん、後で…。」

僕がそう言いかけた時だった。

 

「バーナビーさん、時間です。壇上にお願いします。」

やれやれ。

らしくもないことをしようとするとこれだ。

僕は顔をばしばしと両手で叩いた。

「今行きます。」

ヒーローの顔を作って僕はスタッフの後を追った。

「バーナビー、頑張れよ。」

背中におじさんの声を受けて。

こんなときだけ本名呼びとはね。

いや、あの人らしいのか。

僕は振り返らず、片手を挙げてその声に応えた。

 

遠慮容赦ないフラッシュの嵐。

マーべリックさんの演説する声が遠い。

「バーナビーさん、その話は事実なんですか?

誰に、言ってるんだろう。

何を、聞かれてるんだろう。

僕はなぜこの群衆の中に誰かを探してるんだろう。

 

僕の意識は肉体を離れ、まるで別の場所からそこを見ているようだった。

まるで他人事のような。

映画でも見ているような。

その時、ふいに彼と視線があった。

いつも口うるさい彼が黙って僕を見つめている。

そうだ。

僕はヒーロー、バーナビーブルックスJrだ。

市民に応えなければ。

「ええ、全ては事実です。」

 

嘘くさい記者会見は何とか終わった。

会見の壇上から舞台袖に引っ込んだ途端、足がふらついた。

「あぶねえ!

倒れそうになった僕を受け止めてくれたのは

緑色の袖から伸びる、見慣れた逞しい腕だった。

「おじさん…。」

僕は彼の両腕を掴み、何とか体勢を立て直した。

「お疲れさん。よく頑張ったな。」

おじさんは僕を支えていた腕を背に回し、ぽんぽんとそこを叩いた。

子供でもあやすみたいにリズムをつけて。

いつもなら不愉快になるだろうその仕草。

今日に限って泣きたくなるのはなぜなんだろう。

「おじさん…。」

「ん?どうした。」

気がつくと僕はおじさんのベストの胸元を両手で掴んでいた。

「いつかの『僕の人生の3分』、今返してもらえますか?

「え?

僕は少しだけ身を屈め、おじさんの肩に顔を埋めた。

「…ああ、そういうことか。」

おじさんがそっと僕の背に手を回した。

「利子だ。倍返しで6分やるよ。」

おじさんはそう言って僕を緩く抱きしめた。

まさか、この人にこんなことする日が来るなんて。

でも情けないことに身体が震えて止められなかった。

「父さん…母さん…。ごめんなさい…。どうか、許して…。」

「バーナビー、大丈夫だよ。よく頑張ったな。」

おじさんの手が優しく僕の背を滑る。

僕の心の奥の奥で、「4歳の僕」が声をあげて泣いた。

 

 

終り