愛のカタチ
「ちょっとでもこっち来てみろ!こいつ道連れに飛び降りるからな!!」
ステージ断層を噴きあげ轟々と唸る風に抵抗するような声で男が叫んだ。
遠巻きに待機する警察やレスキューが懸命に翻意を促すが聞き入れるそぶりはない。
「愛してるよ、ずっと一緒にいような。」
「も・・・いや・・・。助け・・・。」
恍惚とした表情の男の腕に抱え込まれた女が掠れる声で助けを乞う。
男は女の反応など一顧だにしない。
「俺と一緒に差別のない世界に逝こう。そうすればずっと一緒だ…。」
「イヤアア!!」
女性が必死で逃れようとするが、男の太い腕は僅かに弛みすらしない。
「あんの変態…!!」
ブルーローズが思うに任せない事態に歯噛みした。
待機を言い渡されているが今すぐ完全ホールドしてやりたい。
「性根の腐ったオトコ。骨まで焼き尽くしてやりたいわ。」
ファイヤーエンブレムもギリリと奥歯を噛みしめ、嫌悪感も露わに犯人を睨み据えた。
人質さえなければ男は今ごろ氷柱漬か丸焼けになっていただろう。
「女の人が可哀そうだよ。まだ待機なの!?」
ドラゴンキッドは回線でそう訊くが待ての指示に悄然と肩を落とした。
「おい、女子部。気持ちは分かるが焦るな。」
ロックバイソンが焦れる女性陣に冷静になれと呼びかける。
「チャンスが来たら飛びかかっていいから。今はこらえろ。」
バイソンはそう言って前方にある一台の車を見た。
傍にある犯人の乗り捨てた車のボンネットに一匹の猫が身を潜めている。
「頼むぞ折紙。」
タイガーは猫を一瞥すると猫が頷いた。
犯人が隙を見せたら飛びかかる用意はあると。
その時オープン回線で通信の入る予告音がした。
<こちらスカイハイ。準備は出来た、そして完了だ!>
<こちらバーナビー、スタンバイOKです。こちらに来ないことを願いますが。>
その連絡に中継車のアニエスが頷いた。
スーツ搭載カメラから送られてきた映像を見ると、
スカイハイがゴールド・シルバー間の中空でホバリングしている。
別の画面ではバーナビーがステージ土台の巨人像の肩で待機している。
最悪の事態に備えて、というよりはむしろこちらが狙い目だ。
「了解。万が一の時は空中班が落下者を拾うわ。でも、なんとか陸上で対処して。」
作戦Bは陸上班の失態のフォローにもみえる。
だがその実、作戦Bは被害者女性を無傷で救助するチャンスでもある。
犯人と被害者が落下の勢いで分離するからだ。
「ABどっちでもいいけど、女性だけは救助してよね!!」
アニエスの檄に全員がハイ!と鋭い声で答えた。
別れ話の縺れから逆上した男が付き合っていた女性を道連れに
ゴールドステージ端の断層から飛び降りると喚き立てている。
通常の事件なら警察かせいぜいレスキューの管轄する案件だった。
ところが市当局はヒーローに出動を要請してきた。
女性が財界重鎮の孫娘だったからだ。
「立て籠もりより厄介だな。」
現場に向かうトランスポーターでタイガーは言った。
「犯人の要求は女性の親が彼女と犯人との結婚を許すことだそうだ。」
もともとの別れ話自体、本人の意思もあるがそれ以上に
ブロンズ地区のブルーカラーとの交際を家族が反対したと。
女性の方もただ物珍しさで付き合っていたが、結婚する気はなかったようだ。
警察と司法局から入った情報に虎徹はやれやれと頭を抱えた。
「男は別れ話自体が女性の家族の陰謀だと喚いてるそうだ。」
「まあ、彼女の裏切りだと信じたくはないでしょうね。」
「それが女の方が元々貴方のような庶民と結婚する気はないと酷い振り方をしたそうだ。」
それを聞いたバーナビーはハア?と嫌そうに顔を顰めた。
「犯人も犯人なら被害者も被害者ですね。」
たまたま親が資産家階級だっただけなのに、自分を何様だと思ってるのか。
自身も上流家庭出身のバーナビーが吐き捨てるように言うと
タイガーはまあまあと苦笑しながら宥めた。
「で、それも彼女が家族に言わされてるんだそうだ。男の言いぶんでは。」
「そういう男だから愛想を尽かされたんでしょう。」
「その判断が出来ないからこうなってるわけだな。」
「偏執狂男と勘違い傲慢女。最低ですね。破れ鍋に綴蓋でお似合いじゃないですか。」
バーナビーのクソミソな言いようにタイガーは苦笑した。
「相手を逆上させるミッションがあったらお前が一番適任だな。」
「こんなのまだ序の口ですよ。」
「おーこわ。」
もちろんタイガーは分かっている。
この聡明な相棒は決してその毒舌スキルを犯人にはぶつけないと。
「とにかく犯人を刺激しない方向で相手の隙を突いて…ですね。」
案の定バーナビーがそう言うと、虎徹は頷いた。
「ヘタに興奮させると飛び降りかねないからな。」
バーナビーはふと顎に手を添えてしばし考えた。
「もしかしたら、飛び降りた直後が好機かもしれませんよ。」
バーナビーの案は極秘裏にヒーロー全員と中継本部に伝達された。
作戦Aはセオリー通りに交渉人が犯人の要求を聞きだし
なんとか投降するように仕向ける。
それが失敗した時の作戦Bは犯人が人質もろとも
断層端から飛び降りるように仕向ける。
待機していたスカイハイとバーナビーが犯人、被害者の両名を救助。
犯人を救助した方はそのまま確保する。
真下のシルバーステージには分厚いマットが幾つも敷かれ、
救急車と警察車両も待機している。
中継ヘリは犯人を刺激するので使わない。
その代わりヒーロー所属会社全てに協力させ、ヒーローのスーツについた
カメラ映像と音声をライブでOBC中継車にまわす。
日頃ムチャばかり言う敏腕プロデューサーは『女の敵』には手厳しい。
<アンタ達、こういう女性の敵を確保するのも市民全員のためよ!!>
ヒーローを焚きつけ各方面との調整をしつつ、アニエスは整った唇の端を歪めた。
<そんな変態、二度とおかしな気が起こらないようにやっちゃいなさい!>
そこに一本の電話が掛かってきた。
「はい。ああ…いつもお世話に…え!?」
突入のきっかけもつかめないまま時間が過ぎていく。
警察、レスキュー、ヒーローに取り囲まれ後ろは都心の断崖絶壁。
犯人は完全に詰んでいた。
詰んでいるからこそ、こちらが下手を打つと男の行動が危険なものになる。
「このままじゃあの姉ちゃんがもたねえ。」
「犯人の方も追い詰められてヤバい目をしてるしねえ。」
ジリ貧か忍耐の時か。
全員が次の一手を探しあぐねていたその時、回線にアニエスの声が飛んだ。
<面倒なことが分かったわ!あの男、サイコキネシス系のNEXTよ!!>
「ええ!?」
「なんだって!?」
「サイコ系ってざっくりしすぎだろ!テレキネシスか?テレパスか?」
アニエスは警察から回ってきた資料を全員の回線に流した。
男は衝撃波を操るNEXTだった。
有効範囲は半径5メートル程度とそう広くはない。
「まあ、なんていうかしょぼい射程圏ではあるけど…。」
ファイヤーエンブレムが面倒ねと眉を潜めた。
「制限があるだけに危険な能力です!油断できませんよ!!」
バーナビーが楽観するなと注意を喚起する。
「男がこの力を使うとしたら…。」
タイガーの額に冷たい汗が流れた。
警察の交渉人がなにごとか犯人に訴えかけた。
そして次の瞬間…。
「もういい!!もうたくさんだ!!」
男の錯乱した声が膠着した現場に響いた。
「一緒に逝こうマイスイート。生まれ変わったらいっしょになろうね。」
その言葉に女性の顔が恐怖で引き攣った。
ドオン!
衝撃波で自身を撃った男と羽交い締めのままの女性がもろともに宙を舞った。
「イヤアアアア!!!」
空を裂く悲鳴にすぐさまスカイハイとバーナビーが空を翔ける。
「スカアァイハァーイ!!」
凄まじい速度で落ちる二人を上昇気流が押し上げた。
「ふぐあ!」
「きゃあ!」
二人は気流で分断され、男の方が舞い上がる旋風の受け皿から転げ落ちた。
「ハァッ!!」
バーナビーが背中の飛翔ユニットを噴射させ男に一気に迫った。
「手を伸ばせ!早く!!」
一瞬ためらった男は縋るようにバーナビーに手を伸ばした。
その手を確実に掴み身体を抱えるとバーナビーは向きを変えた。
地表までは距離がありすぎる。
「しっかり掴ってろ!」
バーナビーはステージを支える巨人像に不時着しようとした。
その時男が呟いた。
「もう…意味がない…。」
「は!?なんだ!?」
男は首を振り虚ろな目でバーナビーを見た。
「もう生きてても意味がない。一人は怖いから一緒に死んでくれ。」
そう言うや否や、男はバーナビーの頭に衝撃波を当てた。
「ぐっ!!」
バーナビーの視界が一瞬暗転した。
すぐ傍に迫っていた巨人像にしたたかに背を打ちつけ、
巨人像の僅かな突起に引っ掛かって落下は免れた。
<頭…フラフラする…。今ので・・・のうしんと・・・。>
バーナビーはそれでも必死で意識を保った。
「ねえ、一緒に死んでよ。一人じゃ怖いよ。」
身勝手な男の声にバーナビーは怒りで意識を繋ぎとめた。
「誰が…貴様などと!!」
「ぐ…。」
犯人が不穏に唸り、バーナビーは咄嗟に両腕で犯人の喉元を締め上げ失神させた。
だがまた視界が揺れ、意識が遠くなる。
<まずい…このままじゃ…僕も…。>
なんとか立て直そうとするが身体がぐらりと傾ぎバランスを失う。
プロ意識からか犯人を放すまいとしっかり押さえこんだまま、
ずるりと巨人像からこぼれ落ちたバーナビーの身体が空に放り出された。
その映像がバーナビーの内蔵カメラを通じてタイガーのモニターにも映し出される。
「バニー!!」
タイガーは大声で叫んでステージ断層めがけて駈け出した。
「ムチャよタイガー!!」
複数の悲鳴と制止を振りきり地を蹴ってタイガーが跳んだ。
断層の端にワイヤーをつけ一気に急降下する。
眼下に見える紅い影。
追いつけ!追いつけ!!
タイガーは必死でワイヤーを伸ばし追いすがるが…。
「くそ!加速が早すぎる!!」
もう一方のワイヤーを限界まで射出しても届かない。
タイガーの背を嫌な汗が伝った。
「バニー!!」
「バーナビー君!!」
スカイハイがバーナビーの下から上昇気流を噴きあげるが僅かに届かない。
女を抱えたスカイハイがこれ以上風力をあげれば、風を制御できず4人とも墜落するのだ。
「いかん!もう少しなのに!!」
スカイハイが歯噛みした。
だが彼のおかげでワイヤーの射程圏内にバーナビーが戻った。
「うおおお!!!届けえっ!!」
タイガーがもう一本のワイヤーをバーナビーの腕に巻きつけた。
男二人をワイヤーで保持したタイガーの肩に凄まじい負荷が掛かる。
だがその重みに負けるわけにはいかない。
タイガーは能力を発動し、どうにか持ちこたえた。
「何とか…拾った…。」
「良いぞワイルド君!!」
スカイハイの称賛にタイガーはまだだと唸った。
「俺一人で二人とも無事に下ろすのは無理だ。スカイハイ、その女を先に降ろせ。」
タイガーは二人が断層間の風に煽られるのを懸命に抑えながら言った。
「速攻で戻ってきてこの変態野郎を警察に突き出せ。バニーだけなら何とかなる!」
「分かった。それまで何とか耐えてくれ。」
スカイハイは女性を抱え地表に急降下した。
「バニー、聞こえるか。」
ワイヤーでぶら下がったままバーナビーは朦朧としながらもタイガーを見上げた。
「犯人確保、よくやったな。お前の事は俺が必ず助けるから。」
バーナビーはマスクの下で嬉しそうに微笑んだ。
「俺はお前と心中する気なんかねえからな。」
「ぼくだって・・・そんなの・・・ごめんですよ・・・。」
タイガーは頷いた。
「俺は何があっても絶対にお前と生きるぞ!!」
強風にあおられながらタイガーは叫んだ。
「一緒に教会行くなら結婚式だ!二人揃って葬式なんかごめんだぞ!!」
その言葉にバーナビーはふふっと笑った。
「調子いいですね、式あげる気なんてないくせに。」
「バカ言うな。可愛いウサちゃんを感激で泣かす最高のタイミングを狙ってんだよ。」
その言葉にバーナビーはもうと唇を尖らせた。
幸福感で弛む顔を見られなくてよかったと思いながら。
スカイハイがトップスピードで戻ってくるのが見える。
宙づりの自分たちを拾おうとヘリが旋回している。
二人は硬く手を握りあい、互いの無事に安堵した。
翌日、新聞の見出しを見た虎徹は飲みかけていたコーヒーを盛大に噴いた。
―ステージ断層間に揺れた歪んだ愛と真実の愛!!
―ワイルドタイガー愛の咆哮!『一緒に教会行くなら結婚式』!!
おそるおそるTVをつけると、昨日の一件がトップニュースで映っている。
財界要人の孫娘が起こしたみっともない騒動をぼかす狙いか、
やたらと自分達の熱愛が報道されている。
「どうしてこうなった…。」
その時携帯が鳴った。
「おはようございます。虎徹さん、TV見ました?」
「おはよバニー。今見たけど、なんだこれ。」
「やられましたね…。」
「昨日の事件の報道どこ行ったんだ?」
「あの女の祖父が報道各社に圧力をかけたようですね。」
「で、なんで俺らが生け贄になってんの?」
「バカの起こした騒ぎよりこっちの方が視聴率上がるからだそうですよ。」
「…誰が言ったかは聞かなくても分かる話だな…。」
「ところでどうしますこの収拾。」
「んー、じゃあ式あげる?とりあえず婚約会見だけでも。」
「それ今日出社したら虎徹さんがロイズさんに進言してくださいね、」
「俺が!?」
「こういう時オリエンタルでは夫が音頭をとるんでしょう?妻役は三歩下がります。」
「無駄にオリエンタル文化詳しくなくていいから!!」
電話モニターの向こうでバーナビーが楽しそうに笑った。
「一緒に心中する気はないですけど、一緒に謝りましょう。」
虎徹も笑って頷いた。
「『ごめんなさい。でもあれは嘘じゃありません』ってロイズさんに言うわ。」
モニターの向こうでバーナビーが顔を赤らめ口をパクパクさせた。
「あー、俺そろそろ出ないと遅れるから切るわ。また後でなバニー。」
虎徹は携帯を切ろうとした手を止め、まだ固まっているバーナビーに笑った。
「愛してるよ、バニーちゃん。」
終り