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あなたにチャーハン

 

チャーハンを練習してみよう。

そう思い立ったのは急に撮影がキャンセルになった日の事だった。

とはいえ、普段自炊しない僕の家の台所には食材どころか調味料すらない。

それ以前にチャーハンの作り方すら知らない。

作り方はネットで検索したものの、レシピがあまりに多すぎた。

あまりにも多様すぎるバリエーションに眩暈がした。

餡かけ?

餡って、マンジュウに入ってるあれをかけるのか!?

肉入り、海鮮、ピリ辛…。

味付けだけでもこんなにあるものなんだ。

奥が深いんだな、チャーハンって。

でも一体どれを見たらいいんだろう。

その時とある動画サイトのタイトルが目に入った。

<日系人必見!俺が食いたいのはこういうチャーハンだ!!

その直球すぎる見出しに僕は一も二もなくそれをクリックする。

野菜とエビを使ったシンプルなレシピのようだ。

そう、僕はこういうのが作りたかったんだ。

そのレシピの食材欄を写メに写し取った。

後で見失わないようにそのページにブックマークをつけてPCを一旦シャットダウン。

僕は自宅近くのスーパーに行き、食材を調達することにした。

 

ええと、要るものは…。

僕は写メの食材をカートに次々放り込んだ。

植物油ってオリーブオイルでいいのかな。

コメ…タイ米と日本米があるけど…虎徹さんだったら日本米だよな。

人参と玉葱、卵と豆。

この豆ってどれ使えばいいんだろう。

あ、この袋に3粒ずつくらい入ってるの虎徹さんちで何度か食べたことある。

きっとこれだ。

結構大きいんだな、チャーハンに入れる豆って。

次はメインのエビか。

せっかくだからと一番大きなロブスターを選んでカートに入れる。

後は調味料か。

塩と胡椒…マヨネーズは入れるわけないか。

前に虎徹さんが作ってくれたのもマヨ入ってる感じしなかったし。

 

無事に食材を調達してきた僕はさっそくチャーハンを作ってみた。

PCをキッチンのテーブルに載せ、

動画サイトの音声を聞きながら作れば失敗しないはず…だったのに。

「痛っ!!

人参があまりに硬くて力任せに切ったら指まで切ってしまった。

素早く圧迫止血したものの、指先の切り傷は地味に痛い。

僕は絆創膏が血で染まるのも構わず作業に戻った。

他人に食べさせるのなら衛生面で問題があるけど、どうせ食べるのは僕ひとりだ。

僕は玉ねぎをザクザクと切りながらこれは簡単だと思った。

外側の茶色い部分がぼろぼろ剥がれてしまうのが気になったけど。

次は豆を袋から出して…。

「硬い…。」

おかしいな。

虎徹さんちでビールのアテにいただいた時はもっと、

袋からするっと出てきたのに。

僕は一生懸命エダマメを深皿に押し出した。

卵は10個入りのうち9個を粉砕してしまい、最後の一個でやっと割るのに成功した。

どうにかこうにか卵と野菜を準備して、後はメイン食材にして最大の難関…。

「さあ、今度は貴様の番だ。」

調理台にデンとましますロブスター。

僕は包丁で奴の背中をひと思いに一刀両断…出来なかった。

「くっ…さすがに手ごわいな。」

能力使えば瞬殺だけど、そんなバカなことのために発動できるわけもない。

だがここで挫けるわけにはいかない。

二時間の激闘の末、僕はみごとロブスターに勝った。

さっき発動してても、この時点でもう能力回復してたなと一瞬だけ思ったけど。

さあ、後はこれらを一気に炒めるだけだ。

 

僕はフライパンにオリーブオイルをなみなみと敷き、

そこに食材を纏めて放り込んだ。

じゅううっと良い音が…しない。

香ばしい香りも…しない。

だんだんしてくるのかな。

フライパンを揺らすとコメがざらざらと乾いた音を立てた。

しばらくするとエビの焼けるいい匂いがしはじめた。

そしてついに、僕の初めての料理が完成した。

美味しく出来てるといいな。

なんか匂いも全然違う気がするけど。

 

 

「まずい!!

 

 

僕は初めて作ったチャーハンの味に絶望した。

あんなに炒めたのに、コメが生みたいだ。

いや、焦げ付いた分だけ生より悪い。

枝豆が硬い上に青臭い。

もっと柔らかくて塩気もある豆が、全然あの味になっていない。

人参と玉葱は黒焦げの部分と生の部分が

混じり合ってとても食べられたもんじゃない。

だがもっとひどいのはロブスターだった。

火の通りがまばらでビチョビチョとした気持ち悪い食感。

とどめに食材すべてを包みこむオリーブオイルが最悪に合っていない。

僕は人生で生まれて初めて、食べ物(だったもの)を捨てた。

うっすら涙目どころか本当に泣いてしまった。

一品ずつ良いものを選んだのに生ゴミになり果てた食材に申し訳なくて。

責任もって頑張って食べようとしたけど、やっぱり無理で気持ち悪くて。

でも僕は目を拭き何度もうがいをして口をさっぱりさせた。

食材は全部使い切ってしまったけれど、このままでおくものか。

なにが悪かったかを検討して、明日再チャレンジだ!

出来ないことを出来ないままにしておくなんて、天下のBBJの名がすたる!!

…とか思ったわけじゃない。

 

ただ、『旨い!!』って、そう言ってほしいだけだ。

ただ、喜んでほしいだけだ。

誰って、虎徹さんにだ。

だからこのまま諦めるわけにはいかない。

「負けるもんか!

 

次の日、僕はまた買い出しに来た。

同じ失敗を防ぐため、僕は昨日たくさんのレシピを読み

料理サイトのノウハウを読み漁った。

なんていうか、間違いが多すぎて笑ってしまった。

昨日の敗因は材料が微妙に間違っていたことと、

フライパンを熱する前に全ての食材を投入したことだった。

あと、コメではなくスチームドライスでないといけなかった。

それさえ分かれば今度こそ失敗しない!

オイルは菜種油という種類を。

エビはあんな大きなのじゃなくてシュリンプで。

うちには炊飯器がないから日系デリでスチームドライスを。

炊飯器を買ってもいいけど、今回は見送ることにした。

新たな惨敗フラグが立ちそうな気がするから。

豆も今回はボイルしてあるものを買うことにした。

あ、卵よぶんに買わなきゃ。

そんな感じでカートに必要な食材を入れていくと、

ある棚を通りかかった時に僕はそれに目がいった。

冷凍食品のカット野菜だった。

へえ、人参や豆、コーンなんかが細切れサイズになっているんだ。

見ればその横に冷凍のエビもある。

これを使えば難易度はずっと下がりそうだ。

ただ炒めるだけなら、いくら初心者の僕でも失敗しないだろう。

けれど僕はそれを使う気はなかった。

だってこれは好きな人に食べてもらうものの練習なんだ。

冷凍食品なんて共働きの主婦が毎日の生活で使うんなら良いけど、

特別な誰かのための料理に使うのは怠慢としか思えない。

「うん、これはない。」

僕は冷凍庫を開けもせずその通路を去った。

 

人参でまた手を切り、卵は10個中7個粉砕し、熱したフライパンで火傷した。

それでも今度は香ばしい匂いが台所に立ちこめた。

きっと今度は成功する。

台所で格闘すること一時間。

昨日はニ時間かかったことを思えば大進歩だ。

「よし、できた。」

僕はフライパンの中身を見てIHの熱源をオフにした。

「後は味さえよければ…。」

さあ、お皿にあけてチャーハン第二弾の試食だ。

 

「…美味しくない。」

 

僕は一口食べてはあーっと長い溜め息をついた。

ご飯はべとっとしてるし、塩とコショウを振るのを忘れて味がない。

人参と玉葱は大きさがバラバラで小さいものは焦げてるし

大きいものは火の通りが悪くて生だった。

エビが昨日ほど生臭くないのだけが救いだ。

「でも、泣くほど不味くもない。」

ただ美味しくないだけだ。

自分で言うのもなんだけど、裕福な家に生まれ、

両親を亡くしてマーべリックさんに引き取られてからも、

彼も富裕層だったから食事にだけは事欠かなかった。

はっきり言って昨日の自分の料理が自分の人生で一番まずい食事だった。

それって幸せなのか不幸なのか微妙だけど…。

でも、これはなんとか食べられるレベルだ。

昨日のは生ごみだったけど今日のこれはまだメシだ。

お食事とは口が裂けても呼べない。

そう、僕にとって人生二番目にまずい食事だけど。

でも昨日よりははるかに上達してる。

今度こそ!!

 

 

「バニーその指まだ治んねえの?

練習を始めて一週間目の週末、虎徹さんの家で飲んでいるときだった。

虎徹さんは僕の指先を見て首を傾げた。

「紙で切ったって言ってたの月曜日だろ。」

毎日新たな傷が増えるなんて言えない。

「なんだか治りが遅くて。歳ですかね。」

僕はそう言ってごまかした。

「んだとこのやろ、10年早ええんだよ。」

虎徹さんが僕にじゃれてヘッドロックをかけてきた。

計算通り彼の関心が僕の指先からそれてほっとする。

「あれ?

虎徹さんが犬のように鼻先を僕の髪に埋めた。

しまった!

今日も練習してたから油の匂いが髪についたか?

「バニー、シャンプー変えた?

虎徹さんはふんふんと髪先で鼻を鳴らす。

「ああ、スポンサーの関係で…。」

僕は冷や汗を拭きたいのを堪えて必死で平静を装った。

そりゃそうだ。

出かける前にシャワー浴びてきたし。

「へえ、俺この匂い好きだな。」

そう言われると何だか嬉しくなる。

「あ、虎徹さんのグラスもう空ですね。」

明日は休みだし、まだ飲むだろう。

「僕ペリエ取ってきますけど、虎徹さん氷は?

「悪い、頼む。」

僕は虎徹さんから空のグラスを受け取り冷凍庫を開けた。

そしてそこにあるその袋を見て言葉を失った。

「虎徹さん、これ何ですか?

「へ?

なんだなんだと言いながら彼が僕の後ろから庫内を覗き込んだ。

「何ってチャーハンの材料だよ。あ、お前冷凍食品知らねえな?

 

セレブは使わないだろうが便利なんだぞ。

賞味期限も長いし最初から切ってあるし。

夜遅い出動で疲れて帰ってきて、

飯作るのに初めからエビの背ワタ取ったりなんかしてらんねえもん。

多めに炊いといた冷凍ご飯とミックスベジタブルを

だーってフライパンに入れてがーって炒めて出来上がり。

あ、決め手はマヨな?

まあ10分かかんねえな。

で、これがどうかしたかバニー?

 

虎徹さんの声が妙に遠く聞こえる。

なんだそれ。

さっき虎徹さんが作ってくれた絶品チャーハンレシピは

だーっとがーって終わるものだったなんて。

…いや違う。

慣れと経験値の差の問題だ。

そうだそうに違いない。

あと…。

使ってもよかったんだ…冷凍食品…。

 

僕はどっと力が抜けた。

意味を失った指先の切り傷が今更じくじく痛む。

「バニー?

僕は冷凍庫を閉め何とか笑おうとした。

「…いえ、なんだか急に眩暈が。」

「大丈夫か!?お前今日そんなに飲んだっけ?いいからこっちで横になれ。」

虎徹さんは僕をソファに横たえさせた。

眼の前のローテーブルに残るチャーハンのお皿。

「大丈夫か、気分悪いか?

虎徹さんが優しく僕の背を摩ってくれる。

「大丈夫です。ねえ、虎徹さん…。」

「ん?

床に膝をついて心配そうに僕の顔を覗き込む彼に

僕は情けない笑みを浮かべた。

「あなた凄いんですね。」

「は?

虎徹さんはなんのことだと言わんばかりに目をパチクリさせている。

「ごめん、意味分かんねえ。」

そう言った虎徹さんに僕は笑った。

「いいんです。」

 

だって食材が冷凍食品とマヨだって。

作る時間がたった10分だって。

あなたのお皿にはちゃんと愛情が載っているんですから。

あなたの料理はおいしくて、食べてると幸せになれるんです。

ああ、まだまだ敵わないなあ。

頑張れば僕もそんなことができるようになるかな。

いつか貴方に食べてもらいたい。

僕の心をたくさん込めたチャーハン。

 

 

終り