ビューティフルライフ
@カリーナとバーナビー
「何してるんです?」
うわ、よりによって…。
トレセンの休憩室でキュウリパックしていた私はハンサムにこの顔を見られて
思わず眉間に皺が寄った。
「…見て分かんない?パック中なの!」
あーあ、こいつにだけは見られたくなかったのに。
ハンサムは何も悪くないのは分かってるけどつい声に険が出ちゃう。
だって、笑ったりバカにされたりすると思ったから。
でもハンサムは笑ったりせず、ただ不思議そうに首をかしげた。
「それ、効くんですか?僕も最近なんだか肌の調子がいまいちで。」
その言い方は効果があるなら試してみようかなとか、そんな感じだった。
学校の友達が美容話に食いついてくるノリ。
でも肌荒れしてるようになんか全然見えない。
「うそばっか。嫌味なくらいお綺麗な肌してるじゃない。…30前のわりには。」
ほんとにつるつるでアラサー男子とは思えないんだけど、
素直にそう言うのが悔しくてそんな言い方になっちゃう。
でもハンサムはそんな私の言葉尻の上げ足を取ることもなく、
ただ首を横に振って長い前髪を掻きあげた。
「ほら、ここ酷いでしょう?」
「やだほんと、痛そう。どうしたのよそれ。」
それはほんとに痛々しかった。
髪の生え際から目尻の端くらいにかけて赤くなってる。
バーナビーは髪を下ろし困ったように笑った。
「最近、長時間ヒーロースーツを着た後はいつもこうなるんです。特に暑い現場だと。」
そっか…。
私と違ってフルフェイスだもんね。
換気機能はあるんだろうけど、やっぱ蒸れるのかな。
「大変だね、あんた達のスーツ暑そうだし。」
「僕と虎徹さんはフェイスオープンできるとはいえ火災現場だとそうもいきませんしね。」
そりゃそうだ。
一酸化炭素とか有毒ガスの充満してる現場ではマスクが生命線だもの。
「じゃあ昨日の火災現場でその肌荒れが酷くなっちゃったんだ。」
「そうなんです。汗は沁みるし、明日は撮影も控えてるので何とかしたいんですが。」
ハンサムは心底困ったような顔で言った。
そうなんだよね。
私たちって火傷や傷が付きものの仕事してるのにグラビアとかの仕事が入る。
大きい傷は画像で処理されるけど、小さな傷をメイクで隠されると痛いんだよね。
同じ悩みを抱える同志だと思うと、ハンサムに対する険はなくなっていく。
私で力になれるならなってあげたいって思えてくる。
「キュウリパックはまだ始めたばかりだけど、効き目はあると思うよ。」
これは美容の大先輩ファイヤーエンブレムから聞いたものだから。
でもなあ…。
ハンサムがこれする意味あるのかな。
「ハンサムだったら一流エステとか行けるでしょ?」
ファイヤーエンブレムは言ってた。
こういうのは続けられないと意味がないって。
だから私のお小遣いで毎日できるちょいテクを教えてくれたんだ。
わたしなんかよりもっともっと美にお金をかけられるハンサムが
なにもお小遣いの少ない女子高生と同じことすることないじゃない。
そう言ったらハンサムは困った表情を浮かべた。
「会員制エステで施術中に出動コール、やりかけのパックを拭いながら全力疾走が3回。」
…ああ。
「結局1度も最後まで施術を受け終わることのないまま、1か月で退会しました。」
…あああ…。
「店のヘアバンド外し忘れてトランスポーターで虎徹さんに爆笑されたこともあります。」
ああああーーーーー!!!
わかる!
わかりすぎる!!
そうなのよね!
なんで今って時に限って呼び出されるよね!!
ヒーローあるあるにわたしは激しく同意して、もうやってあげるしかないって思った。
「しょうがないな。じゃあそこ座って。おネエ様直伝のパックやったげるから。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
ふふ。
ほんとはね、一回こうやってハンサムの顔で遊んでみたかったんだ。
パックだけじゃなくてメイクとか。
だって、認めるの腹立つけどほんとに綺麗な顔してるんだもん。
後でちょっとだけお化粧もさせてもらお。
いいよねそれくらいの役得。
「お代はラテと春限定のケーキで許してあげるわ。さ、綺麗にするわよ!」
Aネイサンとパオリン
トレーニングが終わって更衣室でメイク。
さてこの後は牛ちゃんと飲みに行くからいつもよりちょっと派手目のアクセもつけて。
すると鏡に興味津々と言った表情のドラゴンキッドがひょいっと映り込んだ。
「うわあ、そのイヤリングすっごく綺麗だね!ファイヤーさんにぴったり!!」
「うふ、ありがと。ねえ、ちょっとつけてみる?」
そう言ったらキッドはぶんぶんと首を横に振った。
「ダメダメ!絶対似合わないから止めとくよ。」
「そうお?可愛くなると思うんだけど。」
「ブルーローズは綺麗なものとか似合うけど、ボクがつけたらおかしいよきっと。」
んー、この子にも似合うと思うけど、ある意味そうねえ。
ドラゴンキッドみたいな溌剌とした若いエネルギーが漲ってる子には、
こんな手の込んだ装飾品なんてなくたって、本人がキラキラしてるものね。
でもこの子がこういうものに反応するなんて珍しいわ。
「キッドもこういうのが目に映る日があるのね?」
何があったのかしら。
そういうニュアンスで聞くと、キッドは頷いた。
「さっきね、あっちでブルーローズとバーナビーさんが肌のお手入れの話してて。」
ああ、なるほどね。
男性がそういう話をしていたから美容に対する彼女の心のハードルが少し下がったと。
男の人がキレイの話をするなら男の子にあこがれる自分がその話をしてもOKと。
グッジョブよハンサム!!
あいつの美容に対する考えは女子にかなーり近いけどそこは伏せといて。
いい機会だからもっと突っ込んじゃお。
「キッドはまだ若いからお化粧やスキンケアよりファッションかしら。」
「でもボク、スカート穿くのやだよ。」
あらあら、可愛い=極端なガーリーって思ってるのね。
「ねえ、ドラゴンキッド。可愛いってそれだけじゃないのよ?」
「でもパパたちが国から送ってくるの、レースひらひらとかなんだもん。」
親心よねえ。
気持ちは分かるけど、ゴリ押ししちゃあ逆効果よご両親。
でも素材はいいのにもったいないわあ。
女になりたかった男もいれば、男の子になりたい女の子もいる。
分かってはいるんだけどね。
この子はアタシと同じ性癖なわけじゃないのも分かってるから、
余計にもったいなく感じちゃうのかしら。
だってこの子、本当に男になりたいんじゃなく
ただ大人の女になるのが怖いだけって感じだものね。
ま、思春期の女の子なら時々あることだわ。
ここはおネエ様が綺麗なオンナへの入り口を少しだけ開いてやりましょうか。
入るも入らないもこの子に委ねればいいだけのことよね。
アタシはドラゴンキッドの短い髪をそっと撫でた。
そう言えばアレ、ベリーショートにしてから留めにくいのか最近見かけないわね。
「あのご両親から贈られた花の髪飾り、アンタにとっても似合ってるわよ?」
着けないの?と聞くとドラゴンキッドはこくんと頷いた。
「大事にはしてるけど、本当はちょっと恥ずかしいんだ。」
「何が?」
親御さんの気持ちは理解してるようだし、何が恥ずかしいのかしら。
「可愛いものをつけてる自分を人に見られるのが。何か笑われそうで。」
ああ、そういうことね。
「ばかね、笑うわけないじゃない。すごく素敵になるのに。」
こんな素敵な女の子を笑う奴がいたら直火焼きにしてやるわ。
そう言ったらドラゴンキッドが安心したように笑った。
「ファイヤーさんがそう言ってくれるならちょっとチャレンジしてみようかな。」
ふふ、いい子ね。
この子って根はとっても素直だから、見え透いたおだては要らない。
歳のわりに頭がいいというか勘が働くからすぐ見抜いちゃうしね。
ただありのままを認めて、『でもこういうのもありよ?』って言ってあげればいいだけ。
黄宝鈴はとってもキュートで素敵な女の子。
ただ、それを本人が一番分かっていないから教えてあげましょう。
それだけのことなのよ、ドラゴンキッド。
「じゃあ今からアタシとデートしましょうか。」
「え?なになに?どこ行くの?」
牛ちゃんとの約束まではまだまだ時間があるし、ちょっと付き合ってよ。
そう言ってアタシは可愛い妹を連れだした。
トレセンの廊下を横切ってエレベーターを待つ間に作戦会議。
さあ、どこに行きましょうか。
お高い店はこの子が怯えてしまうからシルバーのショッピングセンターで
色々試して遊びましょうか。
いいのがあったらプレゼントしちゃお。
義理がたいこの子が可愛いものをつけるきっかけになるようにね。
やーん、こういう光る原石を磨くのってすっごく楽しいのよねー。
なにもフリフリヒラヒラのやりすぎガーリーだけが『可愛い』じゃないのよ。
この子を最高にキュートに見せるならエッセンスとしての
ボーイッシュも当然ありだし。
お肌ぴちぴちなんだからメイクはまだ要らないわね。
「おネエさんに任せてついてらっしゃい。」
「らじゃー。」
敬礼して笑ったドラゴンキッドと手を繋いでアタシは歩きだした。
ねえところで知ってる?ドラゴンキッド。
仲間の中にね、アンタの事最近すごく可愛くなって、
時々目を合わすのも辛いって言ってる奴がいるのよ。
誰かは言えないけどね。
ほら、今も廊下の端で見切れてる。
可愛くするのが怖くなくなったらきっともっと毎日がハッピーになるわよ。
アタシが保証してあげる。
B虎徹とバーナビー
「へー、それでおでこにそんなもん乗っけてんの。」
虎徹さんはスライスしたキュウリを一枚摘まんで不思議そうな顔をした。
僕は額にキュウリを乗せたまま、落ちないように顎をあげたまま頷いた。
「なんもしなくても綺麗な肌してんのになあ、お前。」
何もしてないんじゃなくて、何もしてないように見せてただけですよ。
役者は楽屋での準備風景を観客に見せない、それだけの事で。
そう言うと虎徹さんは分かったような分からないような顔をした。
「だって俺はお前が徹夜で寝不足とか現場で大怪我とかも見てんだしさ。もう一緒だろ?」
分かってないなあ。
そういう類のものと、単純な肌あれじゃ見られたくない意味が違うのに。
言っても分からないだろうな、この人は。
そう思っていると虎徹さんがふとリビングボードの写真に目を向けた。
「そういや友恵もなんだかんだと顔に乗っけてたなあ。ヨーグルト顔に塗ったり。」
へえ、キュウリじゃなくてヨーグルトパックか。
皆色々考えるんだなあと僕は友恵さんの写真を見た。
享年で30代前半だっけ。
もっとも病没だから亡くなる直前の写真はないだろうけど。
それにしたって写真を見る限りもっと若く見える。
東洋系は若く見える人種だけど、それ以上にスキンケアとか頑張ってたんだろうな。
「ヨーグルトに蜂蜜入れてかき混ぜるからさ、楓がくれるもんだと待ってるわけよ。」
はは、そりゃそうだ。
小さい子にはどう見たっておやつだ。
それをお母さんが顔に塗ったらびっくりするだろうな。
もしかして僕の母さんもそんなことしてたのかな。
「食いもの粗末にするなって言ったら怒られてさ。理不尽だよなあ。」
虎徹さんは懐かしむような目で苦笑した。
言っちゃなんですが、当時の貴方の少ない収入の中での工夫でしょう。
夫に綺麗だと思われたかった女心をそんなふうに言ったんですか。
…お察しします、友恵さん。
何だってこんな唐変木に惚れてしまったんでしょうね。
僕はローボードに並ぶ彼女の写真に心の中で話しかけた。
「なんで気がつかないんだろうなあ。」
虎徹さんは僕の髪を掻きあげ、少し赤みの引いてきたそこを撫でた。
「傷があろうが、多少のそばかすがあろうが、好きだったらそんなの気にしねえのに。」
…まったく、ほんとこの人は天性の人たらしだ。
「どうして分からないんでしょうねえ。」
僕は彼の手に自分の手を添えた。
「好きだから、一番綺麗にした自分を見てほしいだけなのに。」
虎徹さんは僕の額からキュウリを剥がすとそこに軽くキスをした。
「んじゃさ、俺がもっと綺麗にしてやるから。来いよバーナビー。」
その低い声が僕を蕩かす。
悔しいけど、どんなエステよりキュウリパックなんかより効果絶大の美容法。
それは愛する人に愛されることだそうだ。
美の伝道師ファイヤーエンブレムさんがそう言ってた。
僕を一番綺麗にしてくれるのは貴方だけなんて、口に出しては言ってあげないけど。
僕は誘われるまま虎徹さんの胸に額を寄せた。
終り