僕たちのルール
2 一緒に帰ろう
現場に向かうトランスポーターの中で嫌な沈黙が続いている。
緊張感なんかじゃない、ただ険悪なだけの淀んだ空気。
「なあ、バニー。」
「なんですか。仕事の話なら聞きます。」
時間が一年遡ったのかと思うほどの冷たい声。
つんとそっぽを向いたまま、バニーはスーツの具合を点検している。
俺はやれやれと溜め息をついた。
「その態度、公私混同と取られても仕方ないぞ。」
「だから『公』の話は聞くと言っているでしょう。」
ほんと、去年のバニーちゃんに逆戻りだな。
先週、会社で過呼吸起こしたときなんか可愛かったんだけどなあ。
なんかちょっと弱々しくて。
息が苦しくて俺の腕掴んできたときなんか、
このオジサン殺しって思うぐらいキュンと来たのに。
ああ、こんなこと言ったらまた怒るんだろうなあ。
そうでなくても久しぶりのツン発動中だってのに。
なんでこんな事になってるのかと言えば、しょうもない話だ。
一言で言ってしまえば痴話喧嘩だ。
原因は…まあ俺のせいなんだけど、これもしょうもないことだ。
一応謝ったんだけど、バニーはよけい怒った。
「どうして僕が怒ってるのか考えてから謝ってください!!」
あー、それ楓にもよく言われるんだよなあ。
俺の本音からいえば、そんなことで目くじらたてんなよ、なんだけど。
「直接、仕事に関わることじゃない。」
「なら、聞きません。」
にべもないとはこのことだ。
それでも、この話はちゃんと聞いてもらわないといけない。
俺たちがお互い、一生引きずる心の傷を負わないために。
「バニー、いいから聞け。」
俺の声色が変わったのに、聡いこいつは気づいた。
「一つ提案がある。大事な話だ。」
喧嘩はあとだ。
お前の言い分をちゃんと聞いて、そのうえで謝るから。
とりあえず今は休戦して出動に備えよう。
お前はしっかりしてるから
このままだと連携に支障があるとかは思ってない。
ただ、最悪の事態になった時このままじゃまずいんだ。
ヒーローとしてじゃなくて、俺たち個人の問題としてだ。
俺の真剣な顔に、バニーの意固地になっていた表情が動いた。
「どういう意味ですか。」
よし、聞く耳を持ったな。
そこが去年と違って、根が素直な今のバニーちゃんだ。
「先週の多重追突事故、お前も見ただろ。あの女の子…。」
バニーはあの光景を思い出したのか、さっと顔が青ざめた。
歳はバニーと同じくらいだろうか。
彼女は事故現場で恋人の遺体に縋って泣き叫んでいた。
「どうして私を置いて逝くの!!」…と。
橋の上でタンクローリーが横転したことによって生じた多重追突事故。
原因は公にされていないが、テロの可能性もあるということだった。
タンクローリーの横転の仕方が不自然だったらしい。
わざと横転させ、積荷の可燃ガスに引火させたのではないか、
渋滞する幹線道路を狙った事件なのではないかという話もある。
だがそこは警察の考えることだ。
俺たちは必死で救助に当たった。
でも、こういう事件では必ずしも全員が助かるわけではない。
事故…もしくはテロを起こした車の真後ろにいた小型車は
タンクローリーの下に頭から突っ込み押しつぶされる格好になった。
小型車を運転していた青年は助からなかった。
その近くで生存者の救助にあたっていた俺たちが見たのは…。
現場に駆け付け青年の身元確認をした女性の、
気がふれたのかと思うほど激しく泣き叫ぶ姿だった。
「あの子、喧嘩したままなんてあんまりだって…。ずっと泣いてだろ。」
痴話喧嘩したまま別れたのが、そのまま永久の別れになった。
バニーは俺の言わんとするところを察したようだ。
綺麗な顔を辛そうに顰め、視線をすいと外した。
「彼女には悪いけど、同じ轍は踏みたくないですね。」
よかった、分かってくれたか。
俺だって嫌だよ。
喧嘩したまま、もし俺がドジ踏んで死んじまったら…。
こいつの心に一生消えないトラウマがまた増えることになる。
もちろん逆もしかりだ。
こういう仕事だから、死はいつも隣合わせだ。
だけど、些細な仲たがいをしたままではやりきれない。
遺されるほうの心の痛みを思うと、とても成仏できそうにもない。
「お互い、トラウマはもうお腹いっぱいだもんなあ。」
「これ以上は処理不能で確実にフリーズしますね。」
よかった、わかってくれて。
バニーは握手するように右手を差し出してきた。
「了解しました。一時休戦ですね。」
バニーはふっと不敵な笑みを浮かべた。
「覚悟してくださいよ、後でたっぷり罵ってあげますから。」
「お手柔らかに頼みます…。」
全部終わったら、好きなだけツン全開で文句言ってくれてもいい。
だから、お互い今日も生きて帰ろうな。
お互い、置いて逝かれるのはもう嫌だもんな。
まして、最後の言葉が心にもない罵倒じゃやりきれない。
仲直りのハグをまだしてないんだからさ。
「じゃ、華麗なる連携決めに行きますか。」
「僕より多くポイント取ったら、さっきの件は水に流して上げますよ。」
「お、マジで?じゃあいつもよりワイルドに吠えまくるぜ!!」
「言っときますけど、僕も本気でポイント取りに行きますからね。」
俺たちは突きあい、笑いあった。
<タイガー&バーナビー、目的地到着。チェイサー出撃準備完了。>
スタッフドライバーの声がトランスポーター内に響き、
俺たちは気を引き締めてチェイサーに乗り込んだ。
「行きますよ、虎徹さん!」
「いつでもどうぞ、バニーちゃん!」
バニーがスロットルを全開で噴かす。
俺はこの飛ばし屋に振り落とされないようハンドルをしっかり握る。
唸りをあげてダブルチェイサーがハイウェイに飛び出した。
こうして俺たちの間に、また一つ約束事が増えた。
<喧嘩したままで出動しない>
終り