忘年会
「じゃあみんな、今年もお疲れさま―!!」
「カンパーイ!!」
ネイサンの音頭で皆がグラスを掲げ、互いにぶつけ合った。
「折紙先輩、サシミ来ましたよ。どうぞ。」
バーナビーが店員から受け取った刺身盛りの大皿をイワンに回すと、
イワンは困ったようにその大皿を前に箸を止めた。
「お?どうした折紙。好きだろ、和食。」
口についた生ビールの泡を手の甲で拭いながら虎徹が訊くと、
イワンはもじもじと言いにくそうに小さな声で言った。
「実は僕…生の魚が苦手なんです…。」
それを聞いたカリーナがへーと大きな声をあげた。
「いがーい。日本食なら何でも好きかと思った。」
日本オタクのくせにという言外の意味をつい感じてしまい、
イワンは猫背をさらに小さく丸めてしょんぼりする。
「魚のレアは慣れないとハードル高いですよね。」
バーナビーはしょうゆ皿に山葵を解きながら
イワンをフォローするように言った。
「って、ハンサム箸使い上手!!そっちも意外だわ。」
カリーナの素直な称賛に、バーナビーは箸を持つ自分の手を見て苦笑した。
「いやだな、日系と華僑の前で言わないでくださいよ、恥ずかしいですから。」
「いやいや、バニーほんと箸使うの上手くなったよ。」
初めはこう握りこんでたもんなと、虎徹は自分の箸を拳で握りこんだ。
「バーナビーさんは、どうやって箸の使い方覚えたんですか?」
イワンはずっと練習しているが箸を未だに上手く使えず、
よく行く日本食の店で恥ずかしいのだと言った。
「僕は虎徹さんと昼食に行くようになって覚えました。」
その言葉にカリーナは微かな嫉妬を覚えた。
<タイガーとランチ…。いいなあ、同じ会社って…。>
タイガーってお昼何食べるんだろうと、カリーナは虎徹をそっと窺い見た。
「タイガーさんとバーナビーさんってお昼どうするんですか?」
「外食か持ち帰り。こいつ意外と牛丼とかよく食うんだぜ。」
その言葉にアントニオが呑んでいたテキーラを噴いた。
「ハンサムが牛丼!?似合わねえ!シュテルンビルト一牛丼屋が似合わねえ!!」
「意外だ。そして予想外だ。」
「タイガー。あんたあんまりハンサムを貧乏舌にしないでよ?」
「タイガーさんファストフード好きだもんね。」
「全部俺のせいかよ!!」
「牛丼行こうぜっていうのだいたい虎徹さんですよね。」
いいながらバーナビーも笑っている。
「でも僕も楽なんですよ。ああいう店は女性が少ないんで。」
その言葉に一同がああと頷いた。
「人が飯食ってる時にサイン寄こせだの握手しろだの言う奴いるからな。」
「その点、牛丼店のお客さんは忙しい男性が多いので。」
「目の端でチラ見してSNSで『隣でBBJ牛丼食ってる』って呟くぐらいか。」
「ちなみに特盛汁だくで。」
「慣れてんな!てか、そんだけ食ってその細さかよ!!」
<それちょっとムカつく…。私なんてミニでも太るのに…。>
「ふふ、大きなドンブリかっ込んでるハンサムなんて想像つかないわー。」
「はは、さすがにかっ込みませんよ。」
「なあ、もしかして牛丼屋って『BBJのイメージ』的にNGだった?」
虎徹は初めて思い至り、心配そうに言った。
「え?僕のファン層は男性層が薄いのでいいんじゃないですか?」
ああ、でもとバーナビーは口許に手を当て考える時の癖を見せた。
「中高年男性はワイルドタイガーの主力ファン層なので被るのはよくないか。」
真顔でそう言ったバーナビーに虎徹が目を丸くした。
「え、俺のファン層そこなの!?」
「やだ、知らないの?あんたネットで『オッサンの星』って呼ばれてるのよ?」
アタシでも知ってるのにとネイサンが楽しげに笑う。
「知るか!なんだよその二つ名!!」
憤慨する虎徹の隣でカリーナがオッサンの星と小さく呟いた。
<帰ったら検索してみよう…。>
「ちなみにハンサムは『最重度虎廃』『虎廃の星』『KOT』なのよね。」
「それは光栄ですね。」
「なんだよ虎廃って。てか、バニーなんで意味知ってんの? 」
「え、まあ…。いろいろと。」
「帰って検索してごらんなさい。」
<虎廃も帰ったら検索しよう。>
「検索ったって俺んちパソコンねえよ。帰りバニーんち行っていい?」
「いいですけど…。家泊まったらまた飲んで忘れません?」
<また家で呑み…。お泊り…。それって逆お持ち帰り…。>
「お前スマホ持ってるだろうが!スポンサーが泣くぞ!!」
「もったいない!そして持ち腐れだ!!」
「畳みかけるな!!最近スマホで小さい字見るの疲れるんだよ!!」
「ボク知ってる。それ老眼って言うんだよね!!」
「パオリン、そういうことズバッと言っちゃだめだよ…。」
<タイガーが老眼…。>
「だ!違う!ただの疲れ目だ!!」
「そう言えば虎徹さん、最近髪の生え際に白いものが…。」
<タイガーに白髪…。>
「お前が言うとリアルだからやめて!!ベッドで『あ、白髪発見』とか勘弁!!」
「お前がその生々しい言い方をやめろ!!」
「そうですよ。それにベッドじゃなくて更衣室で見つけたんですよ。」
「よけい淫靡だからやめろっつーの!!ハンサムお前キャラ変わってるぞ!!」
「ちょっと。」
ネイサンの声に盛り上がっていた一同がぴたりと静まり返った。
「カリーナ大丈夫?なんか眼が死んでるわよ?」
<タイガーが老眼で白髪で…。>
<虎廃の星が虎を逆お持ち帰り…。>
<更衣室で…淫靡…。>
パオリンはカリーナの眼を見て、無邪気に机の上を指さした。
「カリーナ、これとそっくりな顔になってるよ。」
その指の先にはさっきの刺身盛りの大皿。
添えられた大きな魚の虚ろな目がぼんやりと天を見つめていた。
針を外すために開けられたその口は笑っているように見える。
「あはは…。」
カリーナの乾いた笑いにネイサンがやれやれと溜め息をついた。
「ほんと今年もお疲れ様。来年もまた頑張りなさいな。」
終り