B誰得?
―さあ、今夜も始まりましたヒーローTV!
今宵は何と真贋ルナティック対決です!!
偽ルナティックを襲う真ルナティック!
これを包囲するは我らがヒーロー達!!
三つ巴の戦いの行方は!!
「人を殺めその罪を擦り付けんとする衆愚なる者よタナトスの声を聞け。」
「うわあああ!!!は、話が違うじゃないか!!」
偽物が頓狂な声をあげここにはいない誰かに抗議の声をあげた。
「貴様の思惑など与り知らぬこと。続きはタナトスの御前で弁明するがいい。」
逃げ腰のルナティックと追い詰めるルナティック。
その真贋は一目瞭然だった。
「くそ!ついにこうなったか!!」
「バカな奴だ。殺人を本物に擦り付けようなんて…!!」
現場についたタイガーとバーナビーはほうほうの体で逃げ回る偽物を捨て置き、
その偽物を制裁せんとボウガンを構える本物に飛びかかった。
「ルナティック!そこまでだ!!」
バーナビーは真贋二人のルナティックの間に割って入り
本物に痛烈な蹴りを浴びせんと踊りかかった。
「邪魔をするな。これは裁きだ。」
本物が鬱陶しげにバーナビーの攻撃をかわしボウガンを連射する。
「させるかあ!!」
その矢はことごとくワイルドシュートに撃ち落とされた。
「この街じゃなあ!裁きは裁判官がするんだよ!お前のやってることはただの私刑だ!!」
タイガーの咆哮に偽ルナティックがそうだそうだと被せて叫ぶ。
「お前が偉そうに言える立場か!」
バーナビーは片手で偽ルナティックの肩関節を極めるともう一方の手で仮面をひん剥いた。
「いてええ!!」
「貴様は殺人の容疑で確保する!!」
―ああーっと!バーナビーが偽ルナティックを確保ォ!!
マリオの声が現場の空に響いた。
その様に真ルナティックがふんと興醒めしたように鼻を鳴らした。
「今だ真実には辿りつかぬ愚か者。筍且の事に囚われ永久に踊りつづけるがいい。」
タイガーはその言葉にああ?と鬱陶しそうに唸った。
「目の前の事に囚われていつまでも偽物とイタチごっこしてろって意味ですよ。」
バーナビーはタイガーに通訳してからルナティックに向き直った。
「最も踊らされたのは貴方も同じことのようですがね?ルナティック。」
その言葉にルナティックはゆらりと首を傾げた。
「ヒーローとルナティックと偽物。三つ巴の映像を誰かが欲しがったってことですよ。」
バーナビーの言葉に偽ルナティックの表情が驚愕に歪んだ。
「え!じゃあのサイトは…。」
ルナティックはバーナビーの言葉にほうと感嘆の息をついた。
「真実の端緒に辿りついたか。貴様をやや見縊っていたかもしれぬ。」
「テメエ分かっててやってたのか!?」
タイガーの怒りの声にルナティックはふんと息をついた。
「何人かの愚昧なる企てなど興味はない。私は私の正義を貫くだけ。」
そう言ってルナティックは姿を消した。
そしてそれが偽物事件の最後だった。
「結局振り回されっぱなしだったな。」
「なんだったのよ結局。」
トレーニングセンターの談話室に集まったヒーローたちは
ぐったりとした表情で顔を見合わせた。
「偽ルナティックの連中はこれにそそのかされたようですね。」
イワンが警察から借り受けていたPCを開いた。
「皆さんにお話ししようとした矢先に出動が掛かってしまい、報告が遅くなりました。」
バーナビーもすみませんと軽く頭を下げた。
「いや、二人ともよく手がかりを見つけてくれた。お疲れさん。」
「で、これはどういうものなんだい?」
皆はPCを覗き込んだ。
「え!?」
「これは…!!」
それは驚くべき画面だった。
―貴方もヒーローTVで暴れてみませんか?~偽ルナティック大募集
「何よこれ!?」
「OBCのヤラセだったの?」
「そんなわけないでしょ、あのアニエスがそんなの許すはずがないわ。」
カリーナとパオリンの動揺を一蹴するようにネイサンが断じた。
「で、このネタ元は?」
バーナビーはそのURLを示した。
「このサイトはOBCの子会社を騙っていますが偽物です。」
マーべリックさんにも確認しましたが、OBCに子会社は存在しません。
当然ですがOBCもこのような違法な企画はしていない。
このサイトによると、ヒーローTVを盛り上げるために
偽ルナティックを募集しています。
なんでも本物を誘き出すために前科のあるものを優先的に採用するとか。
報酬は1000シュテルンドル。
ダウンタウン地区の日雇い労働者には十分に魅力的な額ですね。
しかもルナティックに扮している間に犯した罪は本物に擦り付けられる。
実際にはそううまくいくはずもないんですが、そう考える者を募集した。
粗暴犯や短絡的な犯行に及ぶ傾向のある者には二度美味しい条件です。
謝礼のほかに他人の仮面を被って好き放題できるチャンスなわけですから。
バーナビーの説明に虎徹が頷いた。
「普通に考えれば露骨に怪しい話なんだがな…。」
そういうことを普通に判断できない知能水準の者をあえて使ったのではないか。
逮捕された偽ルナティック数人と面会した虎徹とアントニオはそう考えた。
「警察とペトロフさんに確認したんだが…。」
偽ルナティックの素性はほとんどがダウンタウン地区の職にあぶれた連中らしい。
知的水準は正常値ギリギリ、教育水準は市の義務教育に形だけ在籍して終えただけ。
計画の粗を見つける知恵もなければ雇い主の素性を明らかにする術もない。
1000ドルもありゃ連中の中には喜んで手を汚す奴もいるだろう。
真ルナティックさえも局の仕込みだと思いこんでたくらいの大バカぞろいだったよ。
どいつもこいつも偽ヒーローTVのヤラセ企画を信じた挙句に、
行きがけの駄賃にひったくりから殺しまでやっちまうくらいだからな。
何らかの組織が捨て駒にするにはうってつけの連中だ。
ただ、腑に落ちねえことが一つある。
どこでこの募集を知ったのか聞いたらほぼ全員からその記憶が脱落していた。
ペトロフさんは『何かの能力で発動する暗示にかかっているのではないか』と
言っていたが、そこはまあ推測の話だ。
一応、司法局で『他人の記憶を操作できる能力者』を照会してきたが、
そんなNEXT能力は今までに一人も確認されていないそうだ。
虎徹の話にヒーローたちは分かったような分からないような顔をした。
「偽物どもの思惑は分かったが、偽ヒーローTVの正体が謎だね。」
キースの疑問にネイサンもそうねと頷く。
「そのサイトにはアクセスしたんでしょ?なんかわからなかったの?」
カリーナの疑問にイワンは首を横に振った。
「僕達がこれに気づいた時にはもうリンクが切れていました。」
「この画像は単なるスクリーンショットで現物はもう存在しません。」
ええっと驚くスカイハイを横目ににネイサンは納得したように頷いた。
「非合法なアングラサイトがいつまでもそのままなわけないものね。」
彼女の言葉には肯定するように顎を縦に振り、
しかしバーナビーはそのショットのURL部分を差した。
「ここのドメイン部分なんですが、ある法則で変換すると…。」
バーナビーはメモ機能を立ち上げ、URLのドメイン名の文字を並べ変えた。
―ouroboros
「ウソ!」
「マジでか!?」
虎徹はその文字を見て心配そうにバーナビーを見た。
「…やっぱり、連中が噛んでたんだな。」
バーナビーは虎徹の視線に気がつき、心配するなというように笑った。
「ジェイク事件に比べれば本当に瑣末な事件です。だからこそ…。」
「何が連中の真意だったか…だな。」
虎徹の呟きに一同は考え込んだ。
「この事件、一番分からないのは誰得だったのかですよね。」
イワンが遠慮がちに言うと、パオリンが首を傾げた。
「ダレトク?」
「つまり、誰に一番利益があったのかってことよ。」
犯罪組織が噛んでいるということは、必ず誰かに利益があるはずだ。
ネイサンの補足にカリーナは細い眉根を寄せた。
「ルナティックは濡れ衣着せられて迷惑した方よね。」
「迷惑ってんなら俺たちも大概だけどな。」
アントニオの疲れた声に一同が同意するように頷いた。
「偽物君も結局は得をしていないね。報酬など貰っていないだろうし。」
キースの言うことも一理ある。
ヒーロー、ルナティック、偽物。
三つ巴の三者三様に手にしたのは徒労と迷惑、増えた罪科だけだ。
「誰得でもありませんね。」
得…と呟いたバーナビーが一瞬嫌な表情を浮かべた。
「視聴率…はどうだったんでしょうか。」
このところ大きな事件がなく低迷している。
アニエスはたしかそう言った。
「OBCが本当に噛んでいるってこと!?」
仰天したようなカリーナにバーナビーは首を横に振った。
「いえ、仮に視聴率が上がっていたとしてもそれは事件の副産物でしょう。」
虎徹も頷いた。
「アニエスとは長い付き合いだが、あいつは誇り高いTVマンだ。それは絶対ない。」
「あの社長がそんなことするはずもないしな。」
アントニオの見解にキースも追随した。
「マーべリック氏がそのような人物だとしたらヒーロー制度の危機だよ。」
ネイサンもしばし眉根を寄せていたがそうねと頷いた。
「仮に事業主として多少は悪いことしてたとしても、今回の件は利益になりえないわね。」
身内の不祥事でなくてよかった。
ほっとした空気がその場を包んだ。
「すみません、なんだか内輪を疑うようなことを言って。」
バーナビーがバツが悪そうに謝ると虎徹はその肩を叩いた。
「気にすんなって。アニエスには内緒にしとくから。それよりお前…。」
虎徹の言わんとすることを汲み、バーナビーは分かってますといった。
「この件をこれ以上深追いはしません。心配しないでください。」
その言葉に虎徹は安堵の息をついた。
「一件落着…じゃねえけど、この件は終わりみたいだな。」
「なあんかスッキリしないわねえ。」
こちらもすっきりしない顔でモニターを覗き込むアニエスに
二人の部下は首を傾げた。
「なんか変なのよねこの辺…。」
もう何度となく繰り返された呟きにケインはやれやれと息をついた。
「指示通り、我々は全く編集してませんよ?」
最後の偽物事件以降なりを潜めた一連の偽ルナティック映像。
収録中に見たものと何か違和感がある。
それはアニエスの経験に裏打ちされた直感だった。
だがその決定打が見つからない。
「誰もいじってないのは分かってるわ…。だから変なのよ…。」
そもそも昨日までは誰にもそんな時間なかったし、
昨夜遅くにスタッフの慰労に来た社長もこの画面を見て何も言わなかった。
現場叩きあげの社長の事だ。
何かおかしい点があればすぐにスタッフに指示が飛ぶ。
それがないということは何もないということだ。
「疲れから来る気のせいなんじゃないですか?」
メアリーが心配そうに言うと、アニエスはふうと息をついた。
「考えるだけ無駄…ね。」
これ以上睨んでいても何も見つかりそうにない。
一連の事件で、最近低迷気味だった視聴率もV字回復した。
漁夫の利という奴だ。
偽物のおかげで今期の株価に影響を与えるような事態は避けられた。
「タイガーが聞いたらまた怒られるわね。」
自嘲するようにいい、アニエスは疲れ切った体を大きく伸ばした。
とある場所のとある会合。
身なりのいい老若男女が室内の巨大モニターを退屈そうに眺めている。
画面に大写しになる三つ巴の睨みあいが今ようやく終焉を迎えた。
―例の三文芝居は終わったようだな。
―自作自演とはあの男もずいぶん懐かしい手を使う。
―へえ、前にもあったのそういうこと。
―あの茶番TVが始まった頃にな。あの男が我々と接触したのもその頃だ。
―ふーん、市民の皆さんのバカさ加減は今も昔も一緒ってわけ。
―そういうな。バカな市民がいなくなったら我々の活動もたちゆかない。
―死神の遣いと渡り合える奴がいたらスカウトしようと思ったんだがな。
―ロクなのいなかったわね。やっぱりヒーローを闇落ちさせる方が面白くない?
―無茶を言うな。リスクが高すぎる。
―あの顔出しのイケメンとか素質あると思うんだけどな。
―それこそあの男が黙っちゃいないぞ、それ。
そう言って若い男がモニターの映像をオフにした。
待機画面に蛇と剣のマークが大写しになる。
―とりあえず今回はあいつに貸し一つだな。
年配の男がやれやれと息をついたその時、室内に初老の男が入ってきた。
―噂をすればなんとやら、だな。
男は一同を見回し丁寧に挨拶した。
―やあ、みなさん。遅くなって済まない。今回はお疲れ様。
―ヘイ、アルバート。マンネリ化したTV事業に活は入れられたかい?
終り