to cover up for 〜貴方のために
For Barnaby
―四月某日 水曜日
「なあ斎藤さん、ラボのシミュレーターってもっと細かい設定できる?」
俺がそう言うと、斎藤さんはアイス用のスプーンを口からひっこ抜いて
俺の眼の前でぶんぶん振った。
「馬鹿を言うな!僕にできないことはない!!」
そんな小さい声で偉そうに言われても。
拡声器持ちだされたら堪んねえから、心の中で突っ込んだ。
「で、どんな設定が欲しいんだ。」
「うん、前から思ってたんだけどさ。」
俺は斎藤さんにシミュレーションの状況設定を話した。
「なるほどな。それだと元データがないから…そうだな、半日ほど時間をくれ。」
ってことは明日には使えるって事?
もうすぐ定時だってのに。
「そんな急がなくていいんだぜ?」
「いや、面白そうだからね。僕が興味がわいただけだ。」
だからって残業までしなくてもいいのに。
まあ、俺らもだけど斎藤さんたちヒーロー事業部は全員
定時上がりとか定休日とかねえけどな。
でも余計な仕事頼むわけだし、こんどでかいアイスの箱でも差し入れしよう。
「ありがとう、助かるよ。こればっかりは実戦でやるわけにいかないからな。」
そう言うと斎藤さんはしげしげと俺の顔を見た。
「しかし、変われば変わるもんだな。」
ん?
ああ、俺ここに移籍した直後にシミュレーターは性にあわねえって言ったっけ。
あれだけはあの頃からバニーとも意見が一致してたんで、
一年たった今もあまり使うことはなかったんだよな。
「前にシミュレーター嫌いだとか言って悪かったな、斎藤さん。明日楽しみにしてるよ。」
「変わったのはそこだけじゃないだろ。きひっ。」
斎藤さんはそう言って笑うとくるりと椅子の向きを変え
コンピューターに凄い勢いで何か入力し始めた。
この人がこうなるともう外野の声は聞こえない。
「じゃ、また明日。」
俺は斎藤さんの背中に声を掛けてラボを後にした。
For Wild
Tiger
―四月某日 木曜日
僕がラボに入ろうとした時、ふいに自動ドアが開いた。
中を振り返りながら出てきた人影と接触しそうになり、慌てて飛びのく。
「おっと悪い!」
気配に気づいた虎徹さんが手刀を切って謝った。
「ああ、バニーか。お前もここで息抜き?」
それ、貴方が時々ここで油売ってるのを自白したのと同じですよ。
「虎徹さんも斎藤さんになにか用だったんですか。」
僕がそう言うと虎徹さんはすっと視線を右上に泳がせた。
「んー、ああ、まあな。」
相変わらず隠し事のできない人だ。
「バニーは?」
よほど突っ込まれたくないらしく、虎徹さんは話を僕の方にすり替えてきた。
「僕は次の撮影まで時間が空いたんで軽くシミュレーションでもしようかと。」
僕の言葉に虎徹さんは一瞬目を見開いた。
「え…。ああ、そうか。頑張れよ。」
絵に描いたような挙動不審ぶりで虎徹さんはひらひらと手を振って
エレベーターに向かっていった。
「なんだろ、あれ。」
僕は首を捻りながらラボに入った。
「斎藤さん、お願いしてたシミュレーションもうできますか?」
「出来るよ。中に入ってメニューからスペシャルを選べ。」
斎藤さんは僕に背を向けたまま言った。
ずいぶん忙しそうだな。
「何か急ぎの仕事みたいですね。」
「ああ、タイガーに頼まれた改造で忙しいんだ。」
虎徹さん、斎藤さんに何を改造頼んだんだろう。
…ああ、そう言えば昨日『最近ワイヤーの射出が引っかかる』って言ってたっけ。
でもそれは改造じゃなくて修理だよな。
まあいいか。
僕は自分の事に専念しよう。
コントロールパネルからスペシャルを選ぶ。
あれ、僕専用になってる表示の下にワイルドタイガー専用もある。
メニューはまだ選べないようだけど。
僕は少し気になりながらも自分のシミュレーションを選んだ。
>BBJ専用スペシャル『WTカバーアップシステム』作動します。
周囲が一瞬暗転し、明るくなったと思うと僕の隣に見慣れた影が現れた。
For Barnaby
四月某日 金曜日
昨日は出動と始末書で一日が終わった。
斎藤さんは仕事が早いから頼んだものはもうできてるだろう。
「こんちはー。斎藤さん出来てるー?」
斎藤さんはガロンサイズのアイスに大匙を突っ込みながら頷いた。
「出来てるよ。スペシャルメニューのタイガーを選べ。」
は?
タイガーがあるってことはバーナビーもあるのか?
スペシャル…これか。
ほんとだ、バニー用のもある。
あいつ用のメニューってどんなんだろ。
まあ専用メニューだしな。
蹴りとか跳躍力に関係あるだろうから、俺向きのメニューじゃないだろうけど。
ちょっと悔しいけど、機動力は若いあいつの方が上だ。
ま、いいか。
俺は持久力で勝負するか。
バニー用、ちょっと触ってみようかな。
そう思ったけどやめた。
あいつは自分の努力を人に見せたがらないタイプだ。
ここはスルーしてやるのが大人ってもんだよな。
ほんとはちょっと気にはなるけど、俺は自分用のメニューこなさないとな。
>WT専用システム『BBJカバーアップシステム』作動します。
照明が落とされ、周りが業火の幻影に包まれた。
For Buddy
四月某日 金曜日
やれやれ。
二人とも申し合わせたように似たような依頼をしてくるとはな。
しかもそれを二人とも相棒には知られないようにしたいなんて。
まあメニュー見たらばれるけど、そこはお互い上手く誤魔化してくれ。
僕はもう少し精度を上げられないかと二つのプログラムを見た。
それはお互いがお互いを守るためのプログラム。
先にシミュレーターの改造を依頼してきたのはバーナビーだった。
「もっとうまく虎徹さんの援護をしたいんです。」
彼は言った。
僕は今まで他人を排除して生きてきました。
だから、どうしても人の心の機微を読むとかフォローするとかそういうのが苦手で。
そんな僕がKOHの称号を獲れたのは虎徹さんが
いつもうまくフォローしてくれたからなんです。
彼がいなかったら、僕は何度も暴走していたと思います。
虎徹さんが支えてくれたから、僕は今までやってこれました。
でも、僕は虎徹さんの相棒だから。
僕も彼を支えなくては対等になれない。
僕も虎徹さんをもっとフォローできるようになりたい。
そうしたらきっと来年は僕たち二人でランキングのワンツーを獲れる。
いや、どうしても獲りたいんです。
だから、お願いします。
虎徹さんの破天荒な行動パターンをシミュレーションで再現してください。
多少、オリジナルより無茶をするくらいでも構いませんから。
そうすれば、きっと傾向と対策がもっと明確になると思うんです。
バーナビーは頬を紅潮させてそう言った。
大切な人の役に立ちたい。
眼がそう語っていた。
新人とはいえトップヒーローが初々しい表情でそんなことを言うなんてな。
しかも、外面はともかく本心では人を寄せ付けなかったあのバーナビーが。
データの再現は簡単だった。
何せその破天荒なトリックスターが散々蓄積した行動パターンは
全てスーツ内のデータに収まっていたからね。
「虎徹さんにはどうか内緒でお願いします。」
バーナビーはそう言って恥ずかしそうに笑った。
タイガーが同じような依頼を持ちかけてきたのは次の日だった。
彼の希望内容は「火災現場とバーナビーのトラウマ」だった。
バーナビーが幼いころ殺人と放火で両親を失ったのは知っていた。
だがタイガーは言った。
これは絶対秘密でお願いします。
バニーは火災現場に今も酷いトラウマを抱えてるんです。
もちろん現場では普通すぎるくらい普通というか…、むしろそれ以上で。
あいつ火事場のポイント獲得率は他の事件と比べてもぶっちぎりで高いんです。
それは…言いかえればとんでもないストレスを
使命感とか高揚感でむりやり誤魔化してるっつーか。
その分、トランスポーターに引き揚げた後いつもリバウンド症状が出るんです。
嘔吐とか過呼吸とか、ひどいときは失神したこともあります。
あいつ火事場で無理しすぎなんすよ。
あれじゃ、いつどんな事故に巻き込まれてもおかしくない。
だから、火事場であいつが限界超えちまわないようにサポートしてやりたいんです。
いくら俺が実践主義だって言っても、
まさか廃屋に火をつけてあいつを引きずりこむわけにもいかねえし。
お願いします。
火事場であいつがやばくなった時、俺はどう動けばいいのか。
事前に把握しておきたいんです。
少しでも…あいつの精神的負担を減らしてやりたいんです。
タイガーの眼は、セブンマッチの時に閃光弾を作ってくれと
言ってきた時と同じ色をしていた。
相棒を護りたい。
その気持ちは十分に伝わってきた。
だから僕はありったけのデータを総動員して、
シミュレーションシステムの中に、幻のバディを作り上げた。
バーナビー用にはいつも以上に暴走特急な幻影タイガーを。
タイガー用には煉獄の中で限界を超えてしまった幻影バーナビーを。
どちらも一緒にいるのはストレスフルな仕上がりだ。
だが、あの二人ならそうは感じるまい。
僕は二人のシミュレーター利用記録画面を見た。
>「タイガーさん、落ち着いてください!!」
>『落ち着いていられるか!!一気に攻め込むぞバニー!!』
>バーナビーは暫く逡巡して、タイガーの特攻を許した。
>犯人グループが正面から突っ込んできたタイガーに気を取られた瞬間、
>バーナビーが上空からの奇襲攻撃で犯人の撹乱に成功。
ふむ。
前の彼なら「ありえない」と罵ったり、逆に盲従的にタイガーに合わせたものだが。
タイガーの作戦プランを肯定したうえで、その穴を上手く塞いだな。
喧嘩するタイムロスもなくなり、また盲目的に従うことによる
タイガーの暴走助長効果もない。
結果、タイガーが一番彼らしいやり方で結果を出すことができる。
まさに内助の功って奴だな。
いや、女房役ともいうか。
今度はタイガーの映像だ。
燃え上がる火災現場、これはよく再現できている。
だが人のトラウマを再現するのは骨が折れた。
なにせ、こっちはデータが一切残っていないのだから。
犯罪被害者や災害被害者のPTSDデータの寄せ集めで
バーナビー自身の性格を反映しきれていないかもしれない。
ここは改良の余地がありそうだ。
>「…う…。あ、ああ!!」
>「バニー!?」
>天井が崩落する火災現場でバーナビーの精神が限界を超えた。
>「父さん…母さん…!!」
>タイガーは周囲の状況を把握し頷いた。
>「この上階に要救助者がいるか不明。だがバニーはもう無理だ。離脱させる。」
>タイガーはバーナビーを抱え、鉄筋にワイヤーを巻きつけた。
>床を蹴って一気に降下、地上にバーナビーを下ろすと、
>自分はワイヤーを巻き上げて現場に戻っていった。
>「医療班!バーナビーが負傷した!!後を頼む!!」と言い残して。
ふむ。
ひっぱたいて正気に戻すかと思ったが。
ああ、そうか。
正気に戻すということは任務続行。
つまりバーナビーをさらなるトラウマに晒すということか。
本人のプライドや心の事を考えた結果「負傷による撤退」と宣言したと。
なおかつ自分は最速の手段で現場復帰か。
タイガーの奴、本当にバーナビーの親かなにかのようだな。
僕は記録映像を停止して伸びをした。
二人とも、一年前とは比較にならないほどコンビとして良くなってきている。
だったら僕も頑張って技術で支えないとね。
そうときまればシミュレーターの難易度アップだ。
僕は冷凍庫からガロンサイズのアイスを取り出し、膝に抱えた。
―Advent 土曜日
「虎徹さん、遅くなって済みません。」
「いや、俺こそ急に呼び出して悪い。」
「どうしたんです?急に飲みに行こうなんて。」
「いや、久しぶりに時間できたし。たまにはゆっくり話でもしたいなって。」
「奇遇ですね。僕もそう思ってました。」
「マジで?やっぱ気が合うなあ。」
「そうですね。」
―偽物虎徹さんの暴走ぶり、ほんと酷かった。
―ここんとこトラウマで病んだバニーちゃんばっか見てたからなあ。
「やっぱり本物の方がいいな。」
「あー、本物は落ち着くわ。」
…え??
終り