Decade
―ああーっと!!ここでバーナビーが確保!!今季のKOHは確実かぁー!?
壮年の男が昔と変わらぬハイテンションで捲し立てた。
乗っ取った車で市内を猛スピードで暴走し続けた脱獄犯たちは
バーナビーに完膚なきまでに叩きのめされ既に戦意を失っている。
取得成績が3名確保、600ptsと画面に表示された。
虎徹は口許に深い笑い皺を刻んで頷いた。
「良いぞバニー。このまま今シーズンも勝ち逃げだ。」
トランスポーターで虎徹は白髪の混じりはじめた小柄なメカニック長と
モニターを見ながら小さくサムズアップを交した。
「さすがだなバーナビー。とても能力が減退しているとは思えないよ。」
虎徹は少し寂しそうに笑い、まだ現場でインタビューを受けている相棒を見た。
「あいつも今年で35だ。減退はパワー系の宿命かもしれないっすね。」
「君の能力が完全に消えて3年。ソロでやると決めた時はほっとしたんだけどね。」
10年前虎徹の後を追うように引退し、
その翌年これまた後を追うように復帰したことを思いだしているのだろう。
虎徹は当時の事を思い出し懐かしそうに笑った。
「あいつも大人になりましたからね。」
虎徹の引退後も二部に残るか一部に上がるかで多少は悩んだようだが、
熟慮の末に一軍復帰したバーナビーはそれ以来ずっとKOHの座に君臨している。
デビュー当時の才覚はそのままに、
踏んだ場数が彼をシュテルンビルトの王子様から帝王に昇格させた。
そんなヒーロー街道の絶頂で迎える終焉に虎徹はやるせない気持ちになる。
「俺ももう少しソロのバニーを支えてやりたかったんだけど、こればかりはな。」
「残念だな。今季で引退とは。」
斎藤はデビュー当時から関わってきたヒーローの引退を心から寂しく思った。
「とうとうヒーロー界からタイガー&バーナビーが消えてしまうんだね。」
虎徹はしょんぼりとした斎藤の肩を軽く叩いた。
「老兵はいつか次の新人に道をあけるもんすよ。」
虎徹はそう言ってモニターを見た。
ここ数年の間にデビューした若いヒーローたちが
暴動現場の混乱を収束しようと奮闘している。
「これからはあいつらの時代だ。」
大切なものを見るように言う虎徹に、斎藤も微笑んで頷いた。
湿っぽい空気が流れ始めた時、ラウンジの扉が開いた。
「ただ今戻りました。」
メットを脇に抱え、バーナビーは充実感に満ちた笑顔で言った。
「おつかれ、バニー。今日もよかったぞ!」
「まだまだぽっと出の新人に『古いんですよおじさん』なんて言わせませんよ。」
「だっ!!自分でネタにするな!!」
苦笑いする虎徹にバーナビーは屈託なく笑った。
生意気な新人は10年の歳月を経て百戦錬磨の大ベテランになり、
その目許には微かな笑い皺が浮かび始めている。
「出会った頃の『おじさん』の歳に近づいてきたもんな、お前も。」
虎徹が感慨深げに言うと、バーナビーはふふっと笑った。
「昔の誰かさんと違って年相応の落ち着きはあるつもりですよ。」
「ひとこと多いのは『可愛い兎ちゃん』の頃のままだな。」
唇を尖らせ言いたい放題言いあう二人に斎藤はきひっと笑った。
「ほら早く着替えてこい。風邪引くぞ。」
虎徹が追い立てるとバーナビーははいはいと笑う。
奥のチャンバーに向かったバーナビーを見送り、虎徹はそっと溜め息をついた。
「古いんですよって言われてからが一番脂が乗る時期なのにな。」
バーナビーの能力が減退の兆候を見せはじめたのは半年ほど前だった。
「…虎徹さん、ちょっと相談したいことがあるんですが…。」
妙に思い詰めた顔でバーナビーがそう言ってきた時、
虎徹はとうとうこの日が来たかと思った。
3年前に自身の能力が完全に失われてから、虎徹はアポロンのヒーロー事業部
チーフスタッフとして現場のバーナビーを支えてきた。
間に1年ブランクがあるとはいえ通算6年二人三脚でやってきて、
まして自身も通った道の事。
虎徹は数週間前からバーナビーの異変に気づいていた。
「今…何分もつ?」
虎徹は辺りに誰もいないのを確認してそう訊ねた。
バーナビーは一瞬驚きに瞠目した後、泣きそうな笑顔を浮かべた。
「…気づかれてたんですね。」
「ま、経験者だからな。」
虎徹はそれ以上何も言わず、悔しそうに俯いたバーナビーを抱きしめた。
あの言葉にできない喪失感は今でも覚えている。
辛いことをわざわざ口に出させる必要はない。
いま必要なのは、このどうしようもない喪失感に寄り添ってやることだけだった。
「バニー、お前がお前じゃなくなるわけじゃないから。」
虎徹はかつて兄に言われたことを無意識に言っていた。
それで気が晴れるわけじゃないことも重々知っていたけれど。
腕の中で聞こえる嗚咽に、あの日人知れず流した涙を思い出す。
「大丈夫…大丈夫だよバニー。」
虎徹はゆっくりとバーナビーの髪を撫でた。
タイガー&バーナビーを結成してから10年の時が過ぎた。
あの時共に戦ったライバルたちも今は数名を残して引退した。
ファイアーエンブレムはヘリオスエナジーのCEOに。
ロックバイソンはヒーロー業界から去り小さな店を構えた。
ブルーローズも数年前に早い引退を決め、今はカリーナとして歌手になった。
現役で残っているのはスカイハイ、ドラゴンキッド、折紙サイクロンだ。
スカイハイは齢も不惑を超えたが、能力の続く限り街の平和に貢献すると宣言した。
順位こそ今は3位に下がっているが、
街を護り後進ヒーローたちを教え導く彼を、人々はいまも変わらず敬愛している。
順位争いでバーナビーと毎年デッドヒートを繰り広げるのはドラゴンキッドだ。
20歳を超えた彼女はもうキッドというより立派なレディなのだが、
彼女は改名を拒み、その姿は時に荒ぶる神龍にたとえられる。
一番変わらないのは折紙サイクロンだ。
あの頃より卓越した見切れの神業に彼のスポンサーはいつも途切れない。
むろん、ヒーロー界にも新陳代謝は起こる。
何人かのヒーローが各社からデビューした。
とはいえここ数年は『新人不作続き』と揶揄されることが多く、
デビューしたての若いヒーローたちはまだポイントレースの上半分には
食い込めるほどではない。
アポロンメディアも来期から新人ヒーローを抱えるがどうなることだろうか。
「ベテランが去り、新人がまた新たなヒーロー界を作っていくんだね。」
斎藤はモニターの端に映る若手ヒーローを見つめた。
「今の子たちはちょっと覇気が足りないね。時代なのかね。」
「それもあるでしょうけど、新人が上手く育つ環境づくりって難しいっすね。」
しみじみと言う虎徹に斎藤はうん?と促すように唸った。
そういやあ昔ロイズさんに言われたなあ。
『バーナビー君が働きやすい環境を作ってやるのも先輩の仕事』って。
あん時は「なんで俺が!!」って思ったけど、今は分かるんすよ。
でもお膳立てしたら上手く育つってもんでもないんすよねえ。
虎徹がそうこぼすと、斎藤はくっくっと笑った。
「なんで笑うんすか。」
「だって君は伝説のスーパールーキーを一人前に育てたじゃないか。」
虎徹は目の前で手をぶんぶんと振った。
「あいつはもともと出来が良すぎたんですよ。性格は問題児だったけど。」
「経歴10年超えのベテランに『僕の指示に従ってください』なんてかますような、ね。」
そう言って笑いながらバーナビーがラウンジに戻ってきた。
「お前の迷台詞は本だせるほどだよな。」
虎徹が悪戯っぽく笑うとバーナビーはふむと顎に手を当てて唸った。
「出版部に提案してみましょうか。引退記念ってことで。」
「やめなさい!お前本当にやりそうで怖いんだよ。」
バーナビーは楽しそうに笑って冗談ですよと手を振った。
「まあ、来季からデビューする新人さんは真面目だし大丈夫でしょう。」
虎徹はバーナビーの言葉に頭を抱えた。
「ああ…まさかあいつがアポロンからデビューするとはなあ…。」
新人ヒーローは弱冠20歳にして首席でアカデミーを卒業した才媛。
彼女は就職先に父の会社を選び、タイガーの名を継ぐことを希望した。
「嬉しいような心配なような…。だっ!!やっぱ心配だよ楓ぇー。」
情けない声をあげる往年の名ヒーローにバーナビーは苦笑した。
「頑張って育ててあげましょう。貴方はここで、僕はメカニック室で。」
微笑むバーナビーに虎徹はそうだなと嬉しそうに笑った。
バーナビーが減退に悩んで出した答え。
それは潔く引退して、かねてから関心のあった機械工学の道に進むこと。
それも両親のアンドロイド研究をそのまま継ぐのではなく、
エンジニアとしてヒーローたちの活動を裏から支えたい。
表舞台で脚光を浴び続けることに疲れてもいたバーナビーは
そういった形でヒーローの仕事に関わりたいと望んだ。
そしてアポロンと斎藤はその答えにメカニック室に席を用意することで応えた。
「現場を知る者がエンジニアになるなんてこんな素晴らしいことはないよ。」
バーナビーの異動希望を聞いた斎藤はそう言って嬉しそうに笑っていた。
そしてそのスーツを着るニューヒーローがもうすぐ社にやってくる。
「お前が斎藤さんの下でスーツのメンテしてくれたら安心だ。」
虎徹は心からそう思ってバーナビーに言った。
「うちの娘を頼むよ、相棒。」
バーナビーは微笑んでハイと頷いた。
現場の彼を見納めるのは寂しいが、これからも共にヒーローを支えよう。
自分たちのコンビはまだまだ終わらない。
口に出さなくても通じ合う思いに二人は笑いあった。
「楓ちゃんのためなら徹夜してでも最高の状態にしますよ。ね、斎藤さん。」
斎藤は頼もしい部下の言葉にきひっと笑った。
「彼女のスーツにもグッドラックモードつけようか。手と足どっちがいいかな。」
「いやー、あいつパワー系じゃないんで。それは要らないかなー。」
というより、可愛い我が娘にそんなガチバトル用ギミックをつけてほしくない。
虎徹は親心で斎藤の提案を丁重に辞退した。
「ふむ、じゃあ新しいギミックを考案しようかバーナビー。」
「それは面白そうですね。」
「お前ら人の娘で遊ぶな!!」
「分かりましたよ。とりあえず時計は必須ですよね。」
「なんでだよ!アレ一番使わなかっただろ!!」
「僕使いましたよ?ロビンバクスター事件の時に。」
「ああデビュー戦な?…ってそれから10年間ロクに使ってねーだろ!!」
斎藤はこの10年を思いながら二人を見遣った。
「君たちは本当に面白いコンビだよねえ。」
まだまだ退屈しないで済みそうだと斎藤はまたきひっと笑った。
終り