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D鎮魂歌

 

―こちらスカイハイ。上空からの異状なし。

―こちらドラゴンキッド・ブルーローズ班。裏口には人の気配はないよ。

―こちらロックバイソン・ファイヤーエンブレム班。正面からも出入りはねえ。

オープン回線から聞こえる仲間の報告にタイガーとバーナビーは頷き合った。

「折紙、中はどうだ?

タイガーが訊ねるとジジッというノイズと共に声が聞こえた。

―鼠に擬態してくまなく回りましたが、屋根裏と二階には人の気配はありません。

―ただ、二階には得体のしれない機械や人一人入れそうな水槽がありました。

―ここがラボだという推測は正しかったようです。

折紙の簡潔かつ丁寧な調査報告に回線の向こうで仲間が唸った。

潜伏や潜入調査はもはや彼の独壇場だなと。

「お疲れさん折紙。やっぱお前前世は忍者だったんじゃねえの?

タイガーが言うと回線越しに嬉しそうな照れたような笑い声が聞こえた。

―僕は一旦このまま潜伏します。

「了解、今から各班突入しよう。」

―分かったよ、そして了解だ。

―うん分かった!

―うっし、行くぜ!!

 

壊れた塀から覗きこむ先には草が生い茂り荒れ果てた中庭が見える。

「俺たちも行くぞ。」

「はい!!

二人はスーツの足音を殺すようにそろそろと敷地内に踏み込んだ。

「放置されて10年…いや、もっとかな。」

バーナビーは周囲を注意深く観察した。

水の枯れた噴水の上には罅割れて首の落ちた小便小僧。

塗装のすっかり剥げ落ち錆びたガーデンテーブルとチェアのセット。

その奥に硝子のそこかしこ割れた大きなガラス戸がある。

「昼間とはいえあんまり近づきたくねえような場所だなあ。」

タイガーは陰惨な雰囲気を漂わせる大きな屋敷を見た。

近代ヨーロッパ建築は美観を保っていれば市の文化遺産にでも指定されそうな

重厚な造りだが、今はそれが返って薄気味悪さを倍増させる。

「完璧にお化け屋敷だな。ここってもとは何なの。」

タイガーはメットの下で顔を顰めバーナビーに訊ねた。

「管理官の話では、市の名士だった方の邸宅だとか。」

「跡継ぎがいなくてお家断絶でもしちまったのか?

バーナビーはいいえと首を振った。

「嫡男はいたそうなんですが、その跡継ぎが家族を惨殺して自らも命を絶ったとか。」

うええ、とタイガーは変な声を出した。

「以来、ここは『出る』と有名で取り壊しすらされずこうなったと。」

「なんだよそれ、ガチでお化け屋敷かよここ。」

訳あり不動産を相続するものもなく、売りにも出せない瑕疵物件。

市内のはずれで交通の便が悪いせいか周囲に民家の一件もない。

行政も手を出せない民間の家屋は朽ちるにまかせたというわけか。

「オカルトに興味のないイカレ科学者には格好の場所だな。」

興味本位で探検に来るものもないとは言えないが、

スピーカーで人工音声で怨嗟の声でも流せば大抵は退散するだろう。

「じゃ、真冬の昼の肝試し始めますか。」

虎徹は気乗りしなさそうな声で言った。

その雰囲気にバーナビーがくすっと笑う。

「怖かったらしがみついても良いですよ。」

「バカ言え、そっちこそ手を繋いでやろうか?

「お気持ちだけで結構です。」

軽口で言い返すとバーナビーは中途半端に割れたガラス戸を蹴り割った。

「バカ!大きな音を立てる奴があるか!!

タイガーは驚いてバーナビーを窘めたが、当の本人はしれっとしている。

「誰かが逃げる気配があればそれを捕えるチャンスです。」

しゃあしゃあと言ってのけたバーナビーにタイガーはハアと肩を落とした。

「…お前、だんだん俺に似てきてないか。悪い意味で。」

「一緒にしないでくださいよ。廃墟のガラスを蹴り割っても賠償金は生じません。」

言うだけ言って一人で廃墟に足を進めたバーナビーはふとふりかえり、

中庭で薄気味悪そうにあたりを見回しているタイガーを呼んだ。

「行きますよおじさん。」

「はいはい、今行きますよバニーちゃん。」

 

「うわあ、気持ち悪いね。ホラー映画みたい。」

言葉とは裏腹にロッドを振り回しすたすたと歩きながらドラゴンキッドが言った。

裏口から入ったそこはだだっ広い調理場だった。

ここが惨劇の現場だったのか、古い血の跡がべったりとそこらじゅうにこびりついている。

「そ、そうね。…こ、こわくなんか…ないけど…。」

長年ヒーローをやっていればいつかはこんな現場に出くわすのだろうか。

「ヒ…ヒーローたるものこれくらいで怖がったりなんか…。」

へっぴり腰でそろそろ歩くブルーローズの手をドラゴンキッドはそっと取った。

「実はボクこういうの苦手なんだ。手繋いでても良い?

ブルーローズはドラゴンキッドの屈託のない顔にふふっとわらった。

強がりなんてこの小さな同志の前では不要だった。

「…ありがと。」

ブルーローズは小さくて温かい手を握り返し、ドラゴンキッドは少し歩調を緩めた。

「ボクひとりだったら絶対こんなとこ入るの嫌だけどブルーローズと一緒なら心強いよ。」

前を見据えたままドラゴンキッドは笑った。

「ここまではタイガーさん達に美味しいとこ持ってかれてるもん。ボクたちも頑張ろうね。」

ブルーローズはその言葉に恐怖心が氷解して行くのを感じた。

この子となら何だって出来るような気がする。

この子に危害を加えるものは私が許さない。

自然にブルーローズの背筋が伸び、前を見る視線が強くなった。

「絶対捕まえようね、ひどい実験してる奴。」

「うん!

 

「この隣、臭うでござる…。」

折紙は鍵の掛かった扉の前で座り込み考えを巡らせた。

鼠に擬態しているから組織の連中に見つかっても気取られることはないだろう。

そう思ってくまなく調べ周ったがここだけが入れない。

廃墟の中の封印された扉とは露骨に怪しすぎる。

「扉を切断するは容易。しかし…。」

もしここにウロボロスの連中がいたら自分一人では手に負えない。

「ここは皆に連絡して待つが賢明でござるな。」

もしかしたら敵の誰かが来るかもしれない。

折紙は傍にあった椅子の物陰に身を潜めた。

「気になるのは…本当に何か臭うような…。」

すんすんと鼻を鳴らした小さな鼠はその悪臭にオエッとえずいた。

 

「まずは一階を洗ってから二階かしらね。」

折紙は二階には人はいないが怪しい設備があると言っていた。

一階に何かあるなら、あるいは何もなければ報告するだろう。

「一階を三か所から攻め入って退路を断ち、全員で二階に踏み込む段取りだったな。」

「しかしもったいないわねえ。結構いい家よ、ここ。」

ファイヤーエンブレムは玄関ホールに散らばるガラス片を避けながら歩いた。

ホール中央に転がるシャンデリアは経年の劣化で落ちてきたのだろうか。

「いくら大金持ちでも息子に殺されたんじゃ浮かばれないな。」

そういえばバーナビーの両親も富と名声に恵まれつつも、

二心を持った親友に殺められたんだったか。

幼い我が子を残して逝くのは辛いだろうが、

成長した我が子に殺められるのも哀しい話だな。

ロックバイソンがそんなことを言うと、ファイヤーエンブレムはそうねと微笑んだ。

「…いくら親子でも、どこかで決別しなければ不幸になることもあるのにね。」

往時は豪奢だったであろう朽ちた調度品を撫でてファイヤーエンブレムは寂しげに言った。

「…いくぞ。これ以上不幸な人間は出させない。」

その強い言葉にファイヤーエンブレムは頷いた。

「んもう、こういう時の牛ちゃんってカッコいいんだからあ。」

「どわあ!!尻を揉むな!!

 

「あれは…なんだろうか。」

スカイハイは敷地のはずれに小さな小屋を見つけた。

そっと近づいてみるが人の気配はない。

「こんにちは、そしておじゃましまーす。」

小声でいいスカイハイは小屋の中に踏み込んだ。

一人では危険かもしれないが屋根は古いトタンだ。

いざとなれば吹っ飛ばして上空に逃げればいい。

スカイハイは足音で気取られぬよう、地面すれすれを浮きながら奥に進んだ。

「これは…発電装置のようだな。しかも稼働している。」

轟々と唸りをあげる機械を前にスカイハイは困惑した。

「稼働しているということは何者かがここに居るということ。まずは連絡だ。」

それは良いとして、この電源は落とした方がいいだろう。

必要であれば壊した方がいいかもしれない。

だが上空から風の力で破壊すれば目立ってしまい、屋敷に居る仲間が危なくなる。

「困ったね。私は機械は得意ではないんだ。こういうのに一番詳しそうなのは…。」

スカイハイはPDAで彼に呼びかけた。

 

 

「発電装置が動いている!?

バーナビーの声にタイガーが振り返った。

「何か見つけたのか、スカイハイ。」

タイガーの問いに頷いて答えながら、

バーナビーはスカイハイがPDAを通じて見せるその機械を眺めた。

「詳しいことは現物を見てみないと何とも…。」

画面を見て困惑するバーナビーの肩をタイガーが叩いた。

「ここは俺に任せてバニーはスカイハイと合流してくれ。」

「でもそれじゃタイガーさんが…。」

タイガーはバーナビーのPDA画面を覗き込みスカイハイに言った。

「スカイハイ、中庭の硝子戸から中に入って俺と合流だ。バニーはそっちへ向かわせる。」

スカイハイはシュッと片手をあげた。

「分かった!そして了解だ!!バーナビー君、気をつけて。」

「スカイハイさんも。すぐに向かいます。」

バーナビーは回線を閉じ、発電室に向かった。

「タイガーさんも気をつけてくださいよ!

「心配すんない!これでもベテランだぞ俺は!!

駈け出していったバーナビーが見えなくなってからタイガーはしまったと呟いた。

お化け屋敷で一人になってしまったと。

「スカイハイがこっち来るまで居てもらえば良かった。」

側にあるべっとりと血のついたソファは鋭い刃物で切り裂いたような跡が。

「どう考えてもここ『現場』だよな…。」

その時カタンと何か音がした。

「うひいい!!

倒れたテーブルの側から出てきたのは一匹のネズミだった。

「あ、折紙。良いとこに来た!!

タイガーが呼びかけるとその声に怯えたのか、

大きな家鼠はちいいっと鳴いて壁の孔に消えて行った。

「なんだ本物か…。…スカイハーイ!早く来て―!!

タイガーの情けない声がぼろぼろの応接室に響いた。

その時だった。

 

―緊急連絡!皆さん大至急二階突きあたりの部屋に来てください!う、うわあああ!!

 

折紙の悲愴な声に全員が身をこわばらせた。

「折紙さん!?

「行くわよドラゴンキッド!!

「ちょ!大丈夫なの折紙!!

「二階の突き当たりだな!!

「折紙君!大丈夫かい!?折紙君!!

「くっそお!とうとう出やがったか!!

「おのれウロボロス!!折紙先輩に何をした!!

 

大広間の階段を駆け上がり突き当たりの部屋へなだれ込んだ一同が見たものは…。

ゾンビ映画もかくやというような劣化コピー人間だった。

その数約10体。

 

のたり

よろり

 

フラフラとした動きでどこも見ていないような表情でじりじりとヒーローたちに迫る。

「気持ち悪い!

「でたな改造人間!!

「ったくほんとに薄気味悪いコ達ね!!

「ウッシャア!纏めて片付けるぞ!!

「折紙君、大丈夫かい!?

「皆さん気をつけて!街のチンピラとは様子が違います!!

「こんなの表に出たらパニックだ!こいつらにゃ悪いが消させてもらうぞ!!

 

その時だった。

「薄気味悪いのも消されるのもお前たちだ。人間崩れのNEXTども。」

隻腕の老人がヨボヨボと歩み出た。

「電源を落とされてはこいつらがダメになるんでな。予定より早いが…。」

盗聴器がそこかしこにあったのか、お前らの手の内は読めているというように

老人はにたりと嗤った。

「死んでもらうぞヒーロー共。」

「てめえがこの事件の黒幕か。」

タイガーの詰るような声に老人はへっと嘲るように笑った。

「黒幕?そんな大層なものではないわ。ただの捨て駒じゃ。」

その捨て鉢な言いようにヒーローたちが眉根を寄せた。

「なんでもいい!要はお前がこのゾンビどもを造ったんだろうが!

「そうだ!お前の目的はなんだ!!なぜこのような非道な実験を!!

その声に答える気はないといわんばかりに老人はあらぬ方を見た。

「化け物対化け物。まあ、最後の余興にはなるかの。」

老人は枯れ枝のような手を振りかざした。

うおおおお!!

地を這うような声をあげ、劣化改造人間たちがヒーローに襲いかかった。

ヒーローがそれに応戦しようとした時だった。

 

タアン! 

 

ヒーローたちと怪物の間を青い炎がすり抜けた。

「人の理を忘れた愚かな科学者よ…タナトスの声を聞け。」

バルコニーにゆらりと現れたその人影から放たれた青い炎が老人を呑みこんだ。

「うぐああああ!!!

燃え盛りながら老人が転げまわる。

「ハア!

咄嗟にリキッドガンを照射するがその氷を青い炎が呑みこんだ。

「邪魔立てするな小娘。せいぜいその傀儡どもと戯れるがいい。」

炎を纏った老人が喘いだ。

「ここで死ぬわけには…。最後のチャンスなのだ…。」

老人の呻きにヒーローたちは何のことだと注意を向けた。

「くそ…これでは…ロト・・・と・・・ック・・・の・・・」

それだけ言って老科学者は事切れた。

「ルナティック!!貴様!!

「私よりその傀儡どもを相手にしなくていいのか?

「なんだと!?

振り返ると改造人間がのろのろと外に向かっている。

「それが巷間に放たれればどうなるか。」

「くそお!皆、サイコ野郎は後だ!!

少なくともルナティックは市民を無作為には殺害しない。

「せいぜい戯れるがいい。」

言いたいように言って消えたルナティックにタイガーは歯噛みした。

「まずい!火が屋敷に燃え移った!!

炎は古い屋敷に燃え移り激しさを増していく。

改造人間を止めるにはもう…。

タイガーは断腸の思いで叫んだ。

 

「ブルーローズ!こいつらの足を固めろ!!

「ど、どうするの!?

「こいつらはもう人間じゃない。このまま屋敷ごと火に沈める!!

「そんな!可哀そうよ!!

「ああ、可哀そうだ。だけどこいつらは化け物だ。市民に危害を加える前に…。」

「それじゃアンチNEXTと言ってることが同じよ!!

悲痛に叫んだブルーローズの肩をバーナビーが叩いた。

「違いますよブルーローズさん。」

「ハンサムまで!

バーナビーは憐れむような目で動きまわるコピーたちを見た。

「彼らは死を冒涜された死者です。もう、眠らせてあげましょう。」

その言葉にブルーローズとドラゴンキッドは泣きそうに顔を歪めた。

「…わかった。」

他の仲間ももう手段はないと納得したように頷いた。

「よし、ブルーローズはここで連中を足止めしてくれ。」

「他のみなさんはバルコニーから外へ。」

タイガーとバーナビーはブルーローズの側にたちコピーと対峙した。

「タイガーさん達は?

ドラゴンキッドの問いにタイガーは蠢くコピーを指さした。

「あいつらが大人しく足止めされてくれそうか?

「僕たちが奴らの動きを封じます。」

 

 

屋敷の外に出た仲間は皆心配そうに二階を見上げた。

劣化が激しかったことと複数の薬品があったことが火の回りを早くしたようだ。

既に爆風と炎が他の窓ガラスを割り銀の雨を降らせる。

「大丈夫かな…。」

ドラゴンキッドが呟くと折紙が大丈夫と傍で頷いた。

「必ず戻って来るに決まってるでござる。」

そう言った矢先、二階の部屋の壁に大穴があいた。

「よっしゃ、ブルーローズしっかり掴ってろよ!!

「みなさん!終わりました!!

ワイヤーを駆り、飛行ユニットを噴射させて3人が戻ってきた。

「お疲れ様、そしてお帰り。」

「司法局と消防には連絡しておいた。」

「アニエスさんにも連絡済みです。」

「皆、怪我はなあい?

「ブルーローズ、大丈夫?_

 

互いの無事を確認し合った一同は消防と警察が来るのを

やりきれない思いで待った。

「結局…だれも救えなかった…。」

バーナビーの押し殺したような声にタイガーはその肩を抱いた。

「救えたよ。あれが外に出たらもっと多くの人が犠牲になった。」

「僕たちはドクターの想いに…答えられたでしょうか…。」

タイガーはただ頷いた。

「あのドクターも死を冒涜された人達もこれでゆっくり眠れる。」

「そう…ですね…。」

轟々と燃えさかる音がする。

遠くで消防車のサイレンが聞こえる。

ブルーローズは屋敷から少し離れたところに立ち、静かに目を閉じた。

「ブルーローズさん?

どうしたのかと声をかけようとした折紙をドラゴンキッドが制した。

「犠牲が出るといつもああするんだよ。皆の魂が天に帰るようにって。」

その言葉に一同は瞑目した。

勇気ある医師に。

非業の死を遂げたもう一人の自分たちに。

噴煙の上がる冬の空にブルーローズの鎮魂歌が静かに響いた。

 

終り