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Four minutes

 

@AM500 折紙サイクロン

 

その日、僕がトレセンに行くと珍しく先客がいた。

僕は他の男性ヒーローたちより貧相な体格だから人の倍はトレーニングしなきゃ。

そう思って毎朝5時にここに来てるんだけど、

こんな時間に来る人なんて今まで他には誰もいなかった。

ドアの外にまでパンチングマシンを叩く音が聞こえてくる。

一体誰だろう。

スカイハイさんかな。

ジョンの散歩で普段から早起きだし。

それともバーナビーさんだろうか。

あの人も凄く真面目だからこんな早朝からトレーニングしてても頷ける。

「おはようございます…。」

僕が挨拶しながら中に入るといマシンの音が止まった。

「おう折紙!おはよーさん。お前いつもこんな早くから来てるのか?

ようと片手をあげたのはタイガーさんだった。

正直、一番予想しなかった人がそこにいて驚いた。

「タイガーさんこそ早いですね。廊下で音が聞こえたので誰が来てるのかと思いました。」

「スカイハイかバニーだと思っただろ。」

タイガーさんはそんな僕の心を見透かしたように笑った。

「…はい。ちょっとびっくりしました。」

タイガーさんは汗を拭くと側に置いてあったドリンクのボトルを啜った。

「俺も前みたいにぼけーっとしてるわけにはいかねえからな。」

タイガーさんはそう言うけど、前だって本当に怠けてたわけじゃないのに。

タイガーさんは人がいるとつい気が散ってしまうタイプなだけで。

一人の時は凄くストイックにトレーニングするらしい。

バーナビーさんがずいぶん前にそう言ってた。

確かにそうじゃなきゃあの屈強な身体は維持できるはずがない。

「タイガーさん、一度根を詰めだすと凄いですね。」

白いTシャツから肌が透けるほど汗をかいているのを見て

もう何時間トレーニングしてたのかと驚いた。

「けどこの歳でいっぺんにメニュー増やすと堪えるわー。」

「そんなに詰め込んでるんですか?

一体何時に来てたんだこの人。

「急に二部から一部に復帰してコンディション整えるの、やっぱり大変ですか?

タイガーさんはまあなと頷いた。

「折紙、俺がトレーニング増やしてるの他の連中には内緒な。」

タイガーさんは人差し指をたてて唇にあてた。

「え、どうしてですか?

内緒と言われれば誰にも話さないけれど、内緒にする意味が分からない。

タイガーさんは話すか話さないか迷ってるみたいにうーんと唸った。

「あ、言いたくなかったら聞きません!もちろん誰にも言いません!!

僕なんかに話したって仕方ないことだよね、きっと。

そう思ったけれどタイガーさんはくしゃっと僕の頭を撫でた。

「折紙の口の堅さは信じてるよ。ただ恥ずかしいから、これは俺とお前だけの秘密な?

 

ほら、俺の能力1分になっちまったろ。

でもバニーは前と同じ5分ある。

二人同時に発動しても4分ものタイムラグができちまうんだ。

そしたらその4分間、あいつの背ががら空きになっても俺は護ってやれないかもしれない。

もしその間にあいつの身に何かあったらって思うと、本当に怖いんだ。

自分の能力が1分しかなくて俺自身に何かあったらっていうことの何倍もさ。

バニーの事だから、その4分間は俺を護らなきゃって思ってるだろうし。

現にあいつ、最近なんかすげえ無茶するんだよ。

冷静で合理的なあいつらしくもない突撃とかさ。

どう考えても俺の能力が減退してるのがその理由だ。

でも、持続時間が無くなっちまったもんは仕方がない。

だから、俺は他のどんな手段を使ってでもあいつの無防備な4分間を護ってやりたいんだ。

それで前よりトレーニング増やしたんだ。

ほら、バニーも来るような時間にきつめのトレーニングしてたら

あいつ頭良いからすぐ見抜いちまうだろ。

なんとなく、あいつには知られたくねえんだよな。

まあ、男の意地とかちょっとしたプライドみたいなもんでさ。

涼しい顔して護ってやりてえんだよ。

 

 

その話に僕は泣きそうになった。

減退した自分の身を護るためじゃなく、大切なパートナーを護るため。

ひいてはそれが自分や市民を護ることにも繋がるんだ。

こんな凄い人とまた一緒に一線に立てるなんて。

「タイガーさん!僕に稽古付けてください!!

僕が思わずそう言うとタイガーさんは嬉しそうに笑った。

「じゃあ組み手するか!ほんと言うと俺もマシン飽きてたんだよな。」

タイガーさんは気合を入れるようにバシッと拳を掌で叩きフロアの中央に歩いていく。

「よっしゃ!掛かって来い折紙!!

「お願いします!!

僕はタイガーさんに向かって床を蹴り飛びかかった。

 

 

AAM1030 ヒーロー女子部

 

「あーあ、今日もあのコンビに美味しいとこ持ってかれちゃったわねえ。」

今日の出動もあの二人の連携で犯人確保。

でもタイガーいつもと違ってたな。

どこがどうっていえないけど、なんか最近様子が変わった気がする。

と言っても別に悪い意味じゃないんだけど。

「ブルーローズ、聞いてる?

「・・・え?

あ、ファイヤーエンブレム何か言った?

「どうしたのよ、ボーっとしちゃって。」

え、別にボーっとしてなんか…。

「もう、愛しの彼をうっとり眺めちゃって。かぁわいいわねー。」

ファイヤーエンブレムが指で私の頬をつついた。

「そ、そんなんじゃないったら!!

そう、本当にそんなんじゃない。

どういえばいいのか分かんないけど、引退前とも二部の時ともなんか違うなって。

私がそう言うと側にいたドラゴンキッドがタイガーをじっと見てうんうんと頷いた。

「タイガーさん、最近すっごく先のこと計算して動いてるよね!何か別人みたい!!

その言葉に私は物凄く納得した。

「そう、そうなのよね!!

ありがとうドラゴンキッド!!

なんか『喉まで出かかってるのに出なかった言葉を思い出した時』みたいにすっきりした。

 

そうなんだ。

前はタイガーが勢いで突っ走って、バーナビーがその軌道を予測して

無理するなとか文句いいながらも的確にフォローしてる感じだった。

それは今もだいたい変わらないんだけど、何か雰囲気が違う。

タイガーの方がバーナビーの考えを読んで合わせてるって言うか。

むしろバーナビーの方が少し無理して飛ばしてる時があるくらい。

以前とは逆で、最近よくタイガーに『バニー!無茶すんな!!』って言われてる。

たぶんタイガーの時間制限が1分になったから、

その分をカバーしなきゃってそう思ってるんだろう。

私から見ても時々危ないなって思う時あるもの。

きっとバーナビーも必死なんだろうな。

減退に気づけないままジャスティスタワーでタイガーを撃って

瀕死の重傷負わせたことが今でも心の傷になってるんだとも思う。

タイガーを護りたいって気持ち、見ててひしひしと伝わってくるもの。

 

「ほんと、前よりずっとよくなったよねあのコンビ。」

今の二人を見てると、絆の強さが前の比じゃないって思い知らされる。

割り込む隙なんて1ミリもないゼロ距離の信頼関係。

「もう届かないのかな…。」

そう声に出してしまうとなんだか泣きそうになった。

「大丈夫だよ!諦めるなんてブルーローズらしくないよ!!

そう言って捕りもの劇で少し汗ばんだ小さな手が私の手を握った。

「そうねえ。ここで挫けちゃオンナがすたるってやつよねえ。」

褐色の暖かくて優しい手が私の背を撫でる。

「うん、ありがと。」

私は目尻を指で拭って、遠くでじゃれあうおバカコンビを眺めた。

 

 

BPM430 斎藤

 

これでよし。

今日は出動が多かったから解析データが多くて少し骨が折れた。

そろそろ来るころかな。

「こんにちは斎藤さん。今日のデータはどうでしたか?

「ああ、バーナビー。今出来たところだよ。」

僕はモニターに解析結果を出した。

タイガーとバーナビーの基礎パーソナルデータ。

今日の出動における発動時、非発動時の身体能力値の推移。

もちろん発動継続時間の記録は0コンマ000秒単位で記録している。

「タイガーの発動時間には0.001秒のズレもない。減退は完全に止まっている。」

その言葉とデータにバーナビーはほっと息を吐いた。

「身体能力値はむしろ最近向上しているね。相当トレーニングしてるようだ。」

「本当だ…。虎徹さんいつの間に…。」

バーナビーはタイガーのデータを見て目を丸くしている。

一度は君の足手まといになると思って身を引いた彼だ。

もう二度とそんな理由でコンビを解消されないために頑張ってるんだね。

だからバーナビー、僕からも言わせてもらうよ。

「彼のことは心配ないが、君の記録を見ると最近無茶が多いね。」

そう言うとバーナビーはふっと困った表情を浮かべた。

「やっぱりそう見えますか…。」

本当言うとね、タイガーが言ってきたんだよ。

君の行動が最近何か焦っているようで心配だと。

特に君のスーツは機動力をあげるためにパワー重視のタイガーのものよりは

僅かだけれど装甲が薄いからね。

タイガーは自分の減退が原因で君に何かあったらと思うと心配だって。

そう言うとバーナビーはふうと息を吐いた。

「虎徹さんの4分間を補佐しようとして心配かけたんじゃ本末転倒ですね。」

その気持ちは彼にちゃんと届いていると思うよ。

けど、今のままではいつかどちらかが大怪我を負いかねない。

そうなる前に、すこし方法論を変えてみないか。

「そう…ですね。」

根は素直なバーナビーは僕の言葉をすんなり聞き入れてくれた。

「こういう方法はどうだろうか。」

僕はPCの画面を切り替えバーナビーに提示した。

メカニック室スタッフ全員で何時間もかけて導き出したT&Bサポートプランのデータを。

緑の瞳に喜びと希望の色が浮かんだ。

 

 

C PM900 虎徹とバーナビー

 

シャワーを浴びて髪を拭いているとドアの開く音が聞こえた。

「お疲れ様です。」

ヒーローインタビューを終えてトランスポーターに戻ってきたバニーは

少し疲れていたようだけどいい顔をしていた。

「おうお疲れ!今日もがっつりポイント稼いで皆に追いついたな。」

俺は言いながらバニーにスポーツ飲料の入ったボトルを投げた。

「ありがとうございます。虎徹さんのアシストのおかげですよ。」

ペットボトルのふたを捩じ切るように開け、バニーは中身を一気に喉に流し込む。

「今季末、KOHは厳しくても上位3位圏内狙えるんじゃねえの?

普通だったら無理だけど、バニーだったらいけるかもしれない。

俺がそう言うとバニーは穏やかな笑みで首を横に振った。

「ふふ、欲張らず地道に行きますよ。とりあえず今季は、ね。」

なんだそれ、謙虚なバニーちゃんなんて似合わねえよ。

「ポイントの鬼と呼ばれた元KOHがそんな小ぢんまりすんなよ。」

「そんなふうに言われると欲が出るから煽らないでくださいよ。」

バニーはまんざらでもなさそうに笑った。

「いいじゃん、ガンガン欲張っていけよ。俺が全力でサポートするから。」

 

そう、俺はもともとポイントにはさほどこだわらなかったが、

これからは特にサポートと救助で点をあげて行こうと会議で皆に言われたんだ。

俺の無理な犯人確保はバニーに負担となって跳ね返るからと。

「タイガーのポイント数は多少減るが、長い目で見てそれがいいんじゃないか?

斎藤さんはデータをあげそう言った。

犯罪者をバニーが捕まえてくれるのなら俺には異存はない。

俺はヒーローとして悪党を捕まえ市民を救助できればそれで満足だから。

俺があっさり承諾するとロイズさんは少し驚いたような顔をした。

まあ、入社当初の俺を思い出せば…なあ。

そしてそれはロイズさんだけじゃなかった。

「そんな。虎徹さんがサポートだけに甘んじることありません!!

バニーは俺がサポート要員化されるのをためらったが俺は首を横に振った。

「バニー、今までのスタイルをちょっと変えるだけだ。お互いそのほうがいいんだよ。」

俺はお前の隣で一線に立てるなら他には何も望まねえ。

そのかわり、お前が俺の分まで悪党を捕まえるんだ、責任重大だぞ?

俺がそう言うとバニーはしばらく考え込んで、首を縦に振った。

「虎徹さんがそう言うなら…。」

それで事業部とメカニック室皆で知恵を出し合い、方向性が決まった。

まあその会議で俺とバニーは居た堪れない思いをしたわけだが。

俺は斎藤さんに少々無茶なトレーニングをしていたのを指摘され、

バニーはここ数日間のやや浅慮ともいえる行動を指摘された。

お互いがお互いを思うあまりやらかした無茶を淡々と列挙された揚句、

「相棒思いもほどほどにしてちょうだい。」とロイズさんに呆れられた。

「互いに感化されて性格が入れ替わったみたいだな。」

ベンさんなんてそんなこと言って大笑いしてるし。

俺とバニーは互いに顔を見合わせ、笑うしかなかった。

 

「でも今日の連携はほんと気持ち良く決まりましたね。」

バニーはタオルで汗を拭いながら笑った。

「バニーも暴走せずに済んだしな。」

「少しは分かってもらえました?貴方の無茶な突撃に僕が今までどんな思いしてたか。」

うわ、それ言われると辛い。

「虎徹さん…。」

?

バニーはまだスーツを着たまま俺の隣に座った。

「これからも、ずっとヒーロー一緒にやっていきましょうね?

…ああ。

もう二度とあんなだまし討ちみたいにお前を一人違うステージに追いやったりしないよ。

「もうコンビ解消できねえぞ?市民の声でこうなったんだから。」

「それはこっちのセリフです。もう独りで舞台から降りさせませんよ。」

俺たちは軽く睨みあい、ちょっと噴き出して笑い、そして約束のキスをした。

「ずっといっしょだよ、俺の大切な相棒。」

 

 

終り