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ギフト

 

2月に入ってからというもの、連日で届く大量の贈り物。

アポロンメディアの総務はあっという間に大きな段ボールで占拠された。

「もう無理です!そちらで処理できませんか!?

とうとう悲鳴を上げた総務は、その箱をヒーロー事業部に回すようになった。

なぜならその中身は…。

 

「毎年すげーなあ、バニーちゃんあてのチョコ。」

虎徹は日に二度は配達される大きな箱の前で呆れたように言った。

大人が一人入れそうな箱にぎっしりみっしり詰まった

チョコの山、山、山。

二部に移籍になった今も、従来と同じかそれ以上の量だ。

「これ、保安検査通った奴だけだろ?実際もっとあったわけだ。」

虎徹はヒーロー人気もここまで突き抜けると

恋人としても同業者としても、ヤキモチ焼く気も起きないと笑った。

「全部でどれくらいになるんだろうな。倉庫一杯とか。」

さすがにそこまで多くはないとバーナビーは苦笑した。

「まあ、これで全体の半分ぐらいだと思いますよ。」

バーナビーは箱を事業部の入り口横に押しやった。

「どうしても受け取れない種類のものもありますから。」

 

X線ではねられた危険物疑いのほかに、

総務で開封されて手造りと判断されたものは除去されています。

保安上ハンドメイドはNG、絶対食べないように言われてるので。

食品以外の物品は別で倉庫に保管されています。

これも不公平にならないよう、一律に処理されます。

ファンの心遣いを無碍にするようで心苦しいんですが。

 

バーナビーは困った顔でそう言った。

「まあ、しょうがないとはいえ気の重い時期だよな。」

虎徹はどことなく申し訳なさそうなバーナビーの肩に手を置き

大きな箱を見つめて言った。

「受け取るには量が多すぎるしな。ま、気持ちだけ受け取っとけ。」

バーナビーはそうですねと苦笑した。

「まあ、安全が確認された市販品は無駄にはしませんよ。」

そう言ってバーナビーは箱の中身を改めている。

「え?どうするんだ、これ。」

虎徹が不思議そうに訊ねた時、ヒーロー事業部に内線電話が掛かってきた。

「はい、ヒーロー事業部。…分かりました。すぐ下ろします。」

手短に会話を済ませた経理女史が電話を静かに切った。

「あんたたち、その箱エレベーターに乗せて頂戴。」

「ああ、来たんですね。じゃあすぐに。」

?と理解できない虎徹の横でバーナビーが頷いた。

 

なんだか分からないまま、大きな箱を二人ががりで抱え

資材用エレベーターに放り込んで一階を押す。

「バニー、どうなってんのこれ。」

虎徹はエレベーターホールから戻る途中、バーナビーに訊ねた。

「一階にあれを取りに来てくれる人がいるんですよ。」

「ふーん、倉庫にでも入れるのか?

バーナビーは静かに首を横に振った。

「虎徹さん、フードバンクって知ってますか?

虎徹は聞きなれない言葉に首をひねる。

「なんだそれ、食い物の銀行?

バーナビーは事業部に戻るとPCを立ち上げ、

ブックマークをつけていたフードバンクのサイトを表示した。

 

このフードバンクは店や会社で余った食べ物を、

恵まれない人に分け与えるボランティア団体です。

さっきのチョコレートは安全な市販品だけを、

シュテルンビルトの児童福祉施設に持って行って

子供たちに食べてもらうことになってます。

どうせ全部は食べきれないのなら、

こうした方がファンの方にとっても平等ですしね。

ちなみに、売名行為とか人気に胡坐を掻いた思い上がりとか

他社メディアに好き勝手に叩かれるのも面倒なんで

アポロンメディア名義で持って行ってもらってます。

 

虎徹はサイトを眺めた後、へえと感心したように唸った。

「お前、いいとこあるじゃん。」

「まあ、だてに僕も孤児やってませんよ。」

照れ臭そうにそう言ったバーナビーの頭を虎徹の大きな手が撫でる。

<こいつ、良い意味で変わったなあ。>

長年の苦労や寂しさを昇華して、同じ境遇の子供に手を差し伸べるとは。

目の前で困っている子供をスルーした三年前とは大違いだ。

一年の休職を経て、少し大人になったバーナビーを

虎徹は嬉しそうに目を細めて見つめた。

「まあ、本当は捨てるのに気が引けたからこうしてるだけなんですけどね。」

バーナビーはそんな格好いい理由じゃないと白状した。

<それでも昔のお前なら、捨てるのに躊躇なんかしなかっただろうさ。>

虎徹はサイトに掲載された子供たちの写真を見た。

「この子たち、絶対喜んでくれるよ。」

「そう思うと、僕も気が楽なんです。」

自分のことを気にかけてくれる人がいる。

それは自分が独りじゃないと思える大切なこと。

バーナビーは優しかったサマンサを想い、

彼女に貰ったものを少しでも他人に返せたらと思ったと

少し寂しそうに言った。

虎徹は何も言わず、ただバーナビーの背をぽんぽんと叩いた。

 

「あ、そうだ!

しんみりした空気をぶち壊し、虎徹がだしぬけに叫んだ。

「五月蠅いよあんた。」

経理女史がじろりとにらんだ。

そんな彼女を気にする風もなく、虎徹はどたばたと自席に戻る。

「あのさ、手作りってこれもNGかな。」

虎徹はピンク色の包みを自分のデスクから取り出した。

「なんですかそれ、虎徹さんの手作りですか?

バーナビーはその包みに胡乱な目を向けた。

「まさかチョコまみれのチャーハンとかじゃないでしょうね。」

「なんでだよ、んなわけあるか!…楓だよ、楓。」

そう言うと途端に虎徹はぶすっとふくれっ面でそれを突き出した。

「『これバーナビーに渡して』って家に送ってきたんだよ。」

それを聞いてバーナビーは両手で大事そうに受け取った。

「ありがとうございます。もちろんこれは大事にいただきますよ。」

嬉しそうに言うバーナビーに、虎徹は複雑そうに顔を顰めた。

「俺にはって聞いたら『ない』の一言だぞ。ひどくねえ!?

虎徹は唇を尖らせ、ぶうたれた。

「そんなヤキモチ焼かないでくださいよ、お父さん。」

笑いながら言うバーナビーに、虎徹は耳を塞いでイヤイヤと身を捩る。

「止めろー!お父さん言うなああ!!二重に凹むー!!娘はやらんぞー!!

バーナビーは楓からのプレゼントを大事そうに抱えた。

「楓ちゃんにお礼言わないと。メールアドレス教えてください。」

もちろん本人の了解をとってからでいいですから。

バーナビーがそう言うと、虎徹は真剣な顔でぶんぶんと首を横に振った。

「俺から伝えとく!楓とメルアド交換とかお父さん許しませんよ!?

楓が男とメールなんて10年早い!

つーか、バニーもやっぱり若い女がいいんだな!!

虎徹がそんな訳のわからないことを言い出したので、

バーナビーはやれやれと溜め息をついた。

「虎徹さん、相変わらずバカですね。全然変わってませんね。」

一年の休職で何か変わったのかと思えば…。

バーナビーは軽く眩暈がした。

こういう時は放置プレイに限る。

バーナビーは経理女史に向き直ってにこやかに笑った。

「僕これからグラビア撮影の仕事なんで、今日は直帰します。」

バーナビーはそう言うとチョコの包みを大事そうに持って出ていった。

背後で虎徹のあんまりワイルドとは言えない遠吠えと

経理女史のワイルドな吠え声が聞こえたが気にしないことにした。

 

「…ああ、虎徹さんに渡そうと思ってたけど…。ま、いいか。」

バーナビーは出かける支度をしようとして開けた

ロッカーに入ったままの緑の包みを見た。

それはネット宅配で取り寄せた上質なウイスキーショコラ。

もちろん虎徹に贈るために購入したものだ。

「折角の本命だし、もうちょっとまともになってから渡そう。」

今日一日放っておけば正気に戻るだろう。

バーナビーはあっさりそう決めると

緑の包みの隣にピンクの包みを置いて仕事に向かった。

 

 

終り