グラビア
「虎徹さん、ああいうタイプが好みなんですか?」
買い出しの帰り、僕がそう聞くと虎徹さんはぶっと吹き出した。
「な…あ、さっきのあれ!?お…男なら誰でも持ってんだろ、あれくらい。」
虎徹さんは視線をあちこちに泳がせて早口で言い訳した。
そんなに慌てて弁解しなくてもいいのに。
僕は食料品の袋をブラブラさせながらそう思った。
「あーでもバニーはあんまああいうの見なさそうだよな。潔癖なとこあるし。」
虎徹さんはバツが悪そうにそう言って僕から目を逸らした。
未だにそんなふうに見られてるんですか僕は。
まあ貴方をオジサンと呼んでた頃はそうでしたけどね。
ああそうか。
潔癖でいてほしいという願望なのかもしれない。
僕は勝手に納得した。
まあ確かに僕はそういう本は見ないけど。
その代わりにするものくらいあるけど、黙っておこう。
「みませんね、そういう雑誌は。」
僕がそう言うと虎徹さんは妙に嬉しそうに笑った。
「しかし、お前にあれ見られた時は肝が冷えたわー。」
虎徹さんはぐったりしたような顔で言った。
「別にあれぐらいでへそ曲げるほど子供じゃありませんよ。」
「ほんとにそう思ってる?何か怒ってねえ?」
虎徹さんは窺うように僕をちらちら見ている。
僕は『面白くはない』という雰囲気だけは醸し出した。
ネイサンさんが虎徹さんの家でどこからか持ってきた週刊誌を見て、
僕は不快感どころかちょっと嬉しかったくらいなんだけど。
だって、雑誌の女性はどれも金髪の白人だったから。
それもセミロングのカーリーヘア。
これって僕の代わりだったんですよね。
全裸に香水だけをまとって寝たという
往年のセックスシンボル女優のファンとは聞いたこともないし。
でも面白いからもうちょっといじっとこうかな。
「まあいいですけどね、“あれくらいのオカズ”誰でも持ってますよね。」
僕は怒ってるわけじゃないと伝えるために敢えて大げさに笑って見せた。
なのに虎徹さんはなぜか困った顔で肩をすくめる。
「バニーの口からオカズってなんか…。似合わねえな。そういうの縁なさそうだし。」
貴方言ってることが矛盾してますよ。
縁なさそうって…。
悪かったですね、どうせ僕は童貞ですよ。
しかも、貴方のおかげで僕は女性の写真をそういう目的には
使えない人種になってしまったんですけど。
ちょっとムカついたからイジリをイジメに変更だ。
「虎徹さんのオカズはオリエンタル系だと思ってました。」
虎徹さんはハアと溜め息をついて僕の頭をこつんと小突いた。
「オカズオカズって連呼しないの!お行儀悪いぞ。」
「じゃあ…夜のお供?」
「もっと悪いわ!!」
虎徹さんは僕の首を片腕で軽く締めた。
「お前なんか悪い意味で大人になっちゃったなあ…。」
ほんとこの人僕に夢を見過ぎている。
寂しそうにぼやく虎徹さんを、僕は本気でこの人大丈夫かと思った。
だって初めて会った時僕は既に23…いや、すぐに誕生日が来たから
実質24歳のいい大人だったのに。
そう言ったら笑われた。
「いんや、あの頃のお前はハイティーンの子供みたいなもんだった。」
ひどいなあ、それ。
まあ否定はできないけど。
「もちろんオリエンタル系も嫌いじゃないよ。でもなあ。」
虎徹さんは僕の首を絞めていた腕を緩めて僕の肩を抱くように
肘から下をだらりと垂らした。
そりゃうちの田舎はオリエンタル系ばっかりだし、
東洋美人も綺麗だなと思うけどさ。
俺が抱きたいとまで思ったのは人生で二人だけだから。
ああいう雑誌は逢えない人の代替品だろ。
だから却って東洋系の女じゃ用を為さないんだよな。
こいつは友恵じゃねえからそういう気になれねえなって。
で、もちろんアングロサクソン系の他の男は無理。
だってそれお前じゃねえもん。
そもそも俺、お前以外は男無理だし。
そしたらさ、なんかアングロサクソン系のお姉ちゃんに行きついたんだよな。
キャッチコピーが「ハンサムウーマン」ってのにつられて。
ネイサンとかアントニオとかがお前の事ハンサムって綽名で呼ぶじゃん。
バニーちゃんの代わりにちょっとくらいなるかなーって。
…怒った?
あ怒ってない。
そう?ならいいけど。
虎徹さんはまた僕の顔色を窺うようにちらっとこっちを見て、
今度は空を見上げた。
つられて見上げると、上層のない抜けた空間に煌々と月が輝いている。
こういうと世の女性に怒られそうなんだけどさ。
俺にとって友恵はもう性愛の対象じゃねえんだ。
楓の母で、俺の嫁さんだった人。
家族って括りになるっつーか、亡くなってるからかもだけど。
で、こういうとさらに怒られそうだけど…。
離れてる間も“ああ、抱きたいなー”って思ったのはお前だった。
あいつも同じように想ってくれてるかな。
それとも他の誰かいい人見つけたかな。
綺麗な女の子と所帯持つんだったら、祝福してやんないといけないのかな。
他の野郎だったら…俺立ち直れねえなとか。
「僕だって貴方以外の男は圏外ですよ。」
僕はそう言って荷物を持っていないほうの手を虎徹さんの腕に絡めた。
「ほんと僕らっていやになるくらい似た者同士ですよね。」
虎徹さんのアパートメントが見えてきたので僕は結論だけを
彼の耳にささやいた。
「え、それマジで?」
虎徹さんの浅黒い頬にさあっと赤みが走った。
「僕、先に戻ってますね。」
僕は言うだけ言って身を翻すように虎徹さんから離れアパートメントへ走り出した。
「え、あ、おい!バニー、待てって!!」
虎徹さんが慌てて後を追ってくる足音に笑いながら。
僕の夜のお供は、貴方のグラビアでしたよ。
「セクシーをワイルドタイガーにならえ」って見出しの
男性向け雑誌の記事、前にあったでしょう?
貴方以外ではもう駄目だったんです。
ねえ虎徹さん…僕をこんなふうにした責任取ってくださいね?
さっきとびきり熱のこもった声でそう囁いた。
<雑誌だろうと妄想だろうと、僕以外を想うなんて許しませんからね?
僕が負けを認めるのは友恵さんだけですよ。>
心の中にそんな真意を隠して。
終り