炎の向こう側
出動を終えて俺がトランスポーターに戻った時、
バニーはラウンジのソファにぐったりと沈み込むように座っていた。
普段は行儀よく座るあいつが、この種の出動の後だけはいつもこうだ。
無理もないけどな。
あー、かなり顔色悪いなあ。
俺は備え付けの棚からタオルを出して汗を拭きながら、
あいつの横にも一枚抛った。
「バニー、辛いだろうがアンダースーツ脱いどけ。」
あんな状態でいつまでもこれ着てたら回復するものもしやしない。
アンダー脱いで温かいシャワーを浴びて。
あんな熱い場所で冷や汗だらけになった身体を温めないと。
「身体締め付けるとよけい具合悪くなって悪循環だぞ。」
バニーは椅子の背もたれに預けるように
凭れかけていた頭を上げ、声もなく小さく頷いた。
「…今日もお疲れ。よく頑張ったな、バニー。」
大丈夫かなんて野暮なことは、よほどじゃないと聞かない。
事情は分かってるんだから、ただ労ってやればいい。
「虎徹さんも…お疲れさまでした。」
バニーは真っ青な顔で、それでも口の端だけで笑って応えた。
「バニー、先にシャワー使うか?」
俺はまだ無理だろうなと思いながら一応そう聞いた。
椅子の背もたれにまた頭を預けたバニーはもう顔も上げずに、
手だけをひらひらと振った。
「まだ、少し無理そうなんで。虎徹さんお先にどうぞ。」
「んじゃ、遠慮なく。」
俺はその場でアンダースーツを脱ぎながら備え付けの簡易シャワーに入った。
「うぃー、生き返るわ―。」
ことさらに能天気なことを大声で言う。
あっちでバニーが笑ってくれてるといいなと思いながら。
毎度のことだが、俺は本当にバニーに感心する。
あんなひどいトラウマを抱えていながら、
あいつは火災現場で炎が苦手だということを忘れているかのように
いつもと遜色ない、むしろそれ以上の働きをする。
縦横無尽に火災現場を駆け抜け要救助者を誰より早く助け出す。
ヒーローインタビューでも、いつものキラキラオーラ全開。
そして…ここに戻ってくるといつもこうなる。
今日はまだましな方かもしれない。
酷い時は戻ってくるなり倒れたり、嘔吐が止まらない時もあるから。
前の火災現場出動の時は酷い過呼吸を起こしたっけ。
あれ、ほんと辛そうで可哀そうなんだよなあ。
あいつの心の中の4歳の坊やが悲鳴を上げるんだと思う。
こいつの心を救助する方法を誰か教えてほしい。
どれだけ沢山の市民を救えても、
たった一人の相棒を救う方法が分からないなんて。
助けてやりたいなんて、不遜なのかもしれない。
だけど、やっぱりこいつが苦しむのは見てられない。
「それでも、今はだいぶ楽なんですよ。」
この間バニーはそう言った。
貴方と打ち解けてない頃は、ここでさえ弱みを見せたくなかったから。
家に帰ってから一人で吐いたり、
過呼吸止まらなくてベッドで悶え苦しんだりしたんです。
でも今はここで苦しいって素直に言ったら、虎徹さんが背中を摩ってくれたり
大丈夫だよって、落ち着くまで抱きしめてくれるから。
だから、前よりずっとずっと楽なんです。
それ聞いた時、俺の方が泣きそうだった。
シャワーを終えてラウンジに戻ると、バニーはゆっくりと立ち上がった。
お、さっきよりは少し顔色落ち着いたかな。
「お先。ゆっくり浴びてきな。」
「はい。」
あ、そうだ。
「なあバニー、今日はどうする。家に泊まるか?」
バニーは少し考えて、いいえと首を横に振った。
「たぶん今夜は魘されると思うので、虎徹さんが眠れな…。」
だっ!
言うと思った!絶対そう言うと思った!!
「魘されんの分かってるから一緒にいたいんだよ!!」
あいつ今頃独りで悪夢に魘されてるんじゃとか思ったら
こっちもおちおち寝てられやしねえ。
だったら最初から横にいて、魘されたら抱きしめてやりたいんだよ!
…たぶん途中で寝落ちするけど。
俺がそう言うと、バニーはまだ少し青い頬を微かに赤く染めた。
「じゃあ…虎徹さんの家にお邪魔してもいいですか?」
そんな、はにかんだような顔で言うなよ。
そのまま一緒にシャワーに押し入りたくなるから。
「おう!一緒に飯食って風呂入ってあったかいベッドで寝ようぜ!!」
「…一緒に、はどこまでを指してるんですか。」
バニーは全くと肩をすくめた。
「そりゃ、バニーちゃんのお望みのままに。」
「…とりあえずシャワー浴びてきます。」
会話を終了させようとしたんだろうけど、妙にエロい意味に聞こえる。
うーん、あいつ出来るかな今日。
まあいいか、帰って飯食ってその時の様子で決めよう。
炎をかいくぐって、俺たちは今日も生き延びた。
だから今夜も飯食って抱き合って眠ろう。
それが生きてるってことだから。
たくさん互いの温もりを感じて。
それが生きることへの執着になるから。
それが炎の向こう側から帰ってくるための力になるから。
また、明日も頑張ろうな、バニー。
終り