←TOP



星に願いを

 

「じゃあ明日の夕方迎えに来ますんで。これで二日間乗り切ってください。」

虎徹の手に荷物を押し付けるとADと思しき若いスタッフは

二人を岸に残し船に乗り込んだ。

「お二人で協力して頑張ってください!!

ドルルッとエンジン音を唸らせ、小型クルーザーが波の彼方に消えていく。

「行っちゃいましたね…。」

バーナビーはハアと息を吐き白砂のビーチに座り込んだ。

「普通こういう仕事って売れない芸人がするもんだろ?なんで俺たちが…。」

虎徹も唇を尖らせ浜に腰を下ろした。

「二部で出動は先輩方に任せとけ、お前らは視聴率を稼げ…ってとこでしょうね。」

さほど不満げでもなく淡々とした口調で言いバーナビーはごろりと砂に身を横たえた。

「バニー、こういう娯楽番組は文句言うかと思ったけど。」

「僕が仕事を選ばないのは虎徹さんが一番よく知ってるじゃないですか。」

そういやそうだったと虎徹はいろいろ思い出した。

放っておいたらフルヌード撮影さえ請けかねない危うさが

一時のバーナビーにはあった。

「さすがにこういったバラエティの仕事が来るのは予想外でしたが。」

「こんなのヒーローの仕事じゃ…って言える身分じゃねえか。」

虎徹の分を弁えたような言葉にバーナビーがくすっと笑った。

「んだよ。」

「だって、貴方がそんなこと言うなんてあまりにもらしくないから。」

どこか楽しそうなバーナビーの笑顔に虎徹もへへっと笑い髭を掻いた。

「ま、考えようによっちゃ役得かもな。」

虎徹もバーナビーの隣に寝転がり、そっと手を握った。

「綺麗なビーチでふたりきりなんてこんな機会でもなきゃ…なあ。」

「無人島サバイバルごっこ、せいぜい楽しみましょう。」

二人はチュッと軽いキスを交わし笑いあった。

 

バラエティ番組を見ないバーナビーにはいわゆる鉄板ネタや

視聴者の期待するお約束が分からないからという虎徹の意見で

バーナビーが撮影し、虎徹が大仰に探検する絵面をとることになった。

「これがスタッフのくれた俺たちの生命線でっす。」

コミカルな雰囲気で虎徹はジャーンと口で言いながら鞄を開けた。

「なんじゃこれは。」

虎徹はスタッフから預かったリュックサックを覗き込み呆然とした。

500mlの水が入ったペットボトルが一本。

食卓塩の瓶。

使い捨てのガスライターが一個。

「つまりこれで自給自足しろってことですね。」

水と塩は最低限の生命の保証。

ライターはさすがに原始人のような発火までは期待しないという意味か。

「ん、なんか紙が入ってる。」

虎徹はそれを読み、半笑いでカメラにそれを向けた。

―能力発動は一人につき一日一回まで。※万一の際の危険回避は使用可

「ご丁寧なことで。」

バーナビーはふーんと納得したように頷いた。

「一時間ごとに発動してたら食料確保にしろ難易度下がって面白くない…か。」

虎徹は不敵な笑みを浮かべ、片手の平にもう片手を拳にしてパンとぶつけた。

「ワイルドにサバイバルするぜ!!

そう言ってカメラをバーナビーから貰い彼を映す。

バーナビーもフッとTV用のキメ顔でカメラに微笑む。

「スタイリッシュにサバイバルしますよ!!

 

「で、これからどうしますか?タイガーさん。」

カメラを構えたままバーナビーは虎徹に訊ねた。

「そうだな。陽が高いうちに寝場所と食糧を確保しよう。」

「分かりました。とりあえず高台に昇ってみますか。」

この辺りで寝たら満潮時に水浸しになるかもしれない。

バーナビーの言葉に虎徹は頷いてバーナビーの手からカメラを再び取った。

「俺が撮るよ。視聴者のニーズから言えばバニーが映ってねえと。」

山歩きに慣れていないバーナビーにカメラを持たせたまま

不安定な道を歩かせるのは危険だ。

虎徹はそんな本音をもっともらしい理由に隠してカメラを構えた。

白砂のビーチから草木の生い茂る原生林に足を踏み入れると

ギャアギャアと聞いたこともない鳥の声が辺りに響き渡った。

「この島って肉食獣とかいねえだろうなあ。」

虎徹が警戒したように辺りを見回すとバーナビーはまた楽しそうに笑った。

いつの間に拾ったのか、手にした長い木の枝を弄びながら。

「虎が獣を恐れてどうするんですか。」

「んなこと言ったってお前…。それこそ虎とか熊とかでたらどうすんだよ。」

学校のサマーキャンプしか経験のない虎徹は

鬱蒼とした森に言い知れぬ不安感を感じる。

「能力使えば撃退はできるだろうけど、元々連中の縄張りだしそれも可哀そうだろ。」

バーナビーは虎徹の優しい物言いにふっと目許を弛めた。

「熊なら大きな音でちょっと脅かしたら巣に帰ってくれますよ。それより…。」

バーナビーは真剣な面持ちで周囲の草むらを長い棒で突いた。

「もっと危険なのは蛇です。あれは音もなく忍び寄り自分より大きい生物を恐れない。」

虎徹はうわっと声をあげ、落ち着かなさそうに周りを見回した。

「昔近所のおじさんが蝮に噛まれて脚がパンパンになってたの覚えてる。」

バーナビーはさらに険しい顔で首を横に振った。

「蝮なんて可愛いですよ。ハブやブラックマンバに比べたら。」

あんなのがいたら発動する暇もなく噛まれてスタッフと連絡がつく前に、

亡くなった僕の両親や貴方の奥さんとあっちでご対面ですよ。

バーナビーは草をかき分けカメラに笑って恐ろしいことを言った。

「あ、ハブとブラックマンバは編集で脚注いれてくださいね。」

「何その蛇!なんでそんなに詳しいの!!

あの世間しらずでどこかズレてたバニーちゃんはどこ!?

虎徹は面食らいながらも、以前より逞しくなったバーナビーになんだか嬉しくなった。

<俺が田舎の親父になってぐうたらしてる間にいろんな経験してたんだなあ。>

そういえば都会育ちの割に教えなくても危険な場所を避け

ひょいひょいと的確に足場を渡るように歩いている。

「バニー、実はこういう経験ある?

バーナビーはうーんと言っていいものかという顔をしてから

まあいいかとにっこりと笑った。

「引退期間中にあちこち放浪して、東南アジアや南米の森林地帯にも行ってみました。」

あちこち旅行してたとは聞いていた虎徹もさすがに驚いて目を見開いた。

「何しにそんなとこ!?

「なんて言うか…。これ、まずかったら編集お願いします。」

バーナビーは長い棒で草をかき分けながら淡々と話した。

 

4歳以降の人生をあの男にいいようにされて、改ざんされた記憶もめちゃくちゃで、

自分の存在に自信が持てなくなったんです。

それで…命の起源というか。

ああ、そんなかっこいいもんじゃない。

今そこで生きることに必死にならないと簡単に死ねる場所に行ってみたんです。

灼熱のサハラ砂漠。

アイスランドの氷河地帯。

ブラックマンバはアフリカ大陸で何度か見ました。

そんなところを彷徨って、危ないところを沢山の人に助けてもらって。

僕も能力使って山賊に誘拐された子供助けたりして恩返しして。

食べて寝てひたすら歩いて。

そうするうちに、くよくよしていたのがバカバカしくなったんです。

そうしたらセブンマッチの後みたいにぱあっと世界が開けて。

こんどこそ本当の意味で『世界が違って見える』って思いました。

綺麗だったなあ、砂漠の端から昇る朝日。

 

といいながら虎徹を見ると彼の顔はひどい有様だった。

「…って!なんでタイガーさんがそこで泣くんですか!!

バーナビーは虎徹からカメラを奪い取り彼に向けた。

「だってお前…。苦労して、あんな目に遭って…。でもこんな立派になってよお。」

ぐずぐずと鼻をすすり虎徹はアイパッチの上から眼をこすった。

「カットするなよ今の!生きるのに疲れた現代人への教訓だぞ!!

「もう、バラエティには向かない辛気臭い話ですよ。」

バーナビーはほら、タイガーさんなんか笑い取ってくださいよと

無茶ぶりしながらカメラを回す。

その屈託のない顔は以前の彼と変わらなくて、

虎徹は嬉しくなって側にあった蔓をおどけて力いっぱい引っ張って見せた。

「うわ!

コントのようにどざどさと木の実が虎徹の頭に降り注ぐ光景に

バーナビーはそのネタいただきと笑ってカメラを回した。

 

「おー、ここなんかいいんじゃねえ?

虎徹は小高い丘の上に見つけた小さな岩穴を指した。

そこは大きな岩の一部がえぐれて体格のいい男二人が

楽に横になれる広さの洞穴だった。

奥行きは数メートル、高さは二人がギリギリ立てるかどうか。

「寝るだけなら十分ですね。前で火を焚いておけば蛇も来ないでしょうし。」

火を焚くと聞いて虎徹はふと小声で『大丈夫か?』と聞いた。

バーナビーはそれには笑顔で頷くにとどめた。

それから二人は魚を獲ったり薪を集めて夜を超える準備をする。

「これが今日の夕飯です。さすがに能力なしは無理でした。」

素潜り漁は時間に余裕のあるバーナビーが行い、

虎徹は能力を温存したまま田舎育ちの知恵を見せた。

「これが食える木の実、葉っぱだ。皆は自分が分かんねえもんは食うなよ?

そう言ってアケビやヤマモモなどの果物を岩場に並べる。

「凄い!いつの間にデザート確保してたんですか!?

バーナビーは熟れたアケビを珍しげに眺めて言った。

「カメラに写ってるぞー。俺がアケビアタック喰らってるとこが。」

「あれですか!?

さすが『転んでもただでは起きない男ワイルドタイガー』。

バーナビーはそんな感じでテロップお願いしますと笑った。

「これからこの魚を料理していきます。」

「バニーが食料確保頑張ってくれたから飯は俺が腕をふるうぜ!

さりげなくバーナビーのデスクッキングフラグをへし折り、

虎徹はバーナビーにカメラを持たせた。

 

 

「ちょっと順調すぎて面白くないかな。」

夕食後バーナビーはカメラの映像をチェックして言った。

「いいんじゃねえ?連中も能力切れで崖から落ちそうとかは期待してねえよ。」

虎徹は疲れたと丘に寝っ転がり空を見上げた。

「おー!すげえ星!!

バーナビーも空を仰ぎ、わあと歓声を上げる。

「これはちょっとオフにしましょう。」

バーナビーはカメラのスイッチを切り、側に転がした。

空いた手で虎徹の手を握りはあっと溜め息を吐く。

「やっぱり、誰かが傍にいるっていいですね。」

「んー?

満足そうなバーナビーの声に虎徹は穏やかに先を促した。

「どんな綺麗な景色を見ても、一人だと何だか物足りなくて。」

どこに居ても『ああ、ここに虎徹さんがいたらなー。』なんて思って。

バカみたいでしょう?

生きる意味を探しに行ってるのにね。

淡々とそういうバーナビーの手を虎徹は強く握った。

「バカみたいなんて思うわけねえだろ。」

 

自分は一人で生きなきゃいけないんだって

そう必死で肩肘張って人を遠ざけてた数年前のお前が聞いたら仰天するぞ。

お前はちゃんと自分の生きる意味を旅の中で見つけたんだろ。

立派だよ。

よく頑張ったな、バニー。

 

暗闇でぐすっと鼻をすする音が聞こえた。

虎徹はバーナビーの顔を見ず、ごそごそと傍ににじり寄るとそっと肩を抱いた。

「カメラは切ってるしこの暗闇だ。お星様しか見てねえよ。」

手探りで髪を撫で、虎徹はそのまま空を仰いだ。

「泣き虫なのは相変わらずだなー。」

「感情が豊かになったって言ってくださいよ。」

「はは、物は言いようだな。」

それでもバーナビーの気持ちが少し落ち着いたのを感じ、

虎徹はよしよしとバーナビーの背中を撫でた。

無数の流れ星が次々に夜空を横切る。

『バニーちゃんが幸せになれますように!!

いきなり早口言葉のように立てつづけに三回唱えた虎徹に

バーナビーはなんですかと不思議そうに訊ねた。

「知らねえの?流れ星が消える前に三回願い事を言うと叶うんだぞ。」

虎徹はでも今のは言葉が長すぎたといい、また空を仰いだ。

「バニーの幸せバニ…あ、くそ!

また失敗と頭を掻く虎徹にバーナビーは嬉しそうに笑った。

「よし次こそ!

「じゃあ僕も。」

 

バニーの幸せバニーの幸せバニーの幸せ!!

虎徹さんの幸せこて・・・ああ!!

 

二人は身体を寄せ合い無数の星に互いの幸せを願った。

でも二人とも知っていた。

その願いは今既に叶っていることを。

 

 

終り