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色男、金と力は…

 

「タイガーさん、この諺どういう意味ですか?

トレーニングセンターの休憩室で虎徹とバーナビーが小休止していると、

イワンが小さな本を持ってきて虎徹に見せた。

「おう折紙、また日本文化の勉強か。いつも熱心だなあ。」

虎徹が本を受け取り、折紙の指したところに目をやった。

「すごい、折紙先輩これ読めるんですね。」

バーナビーもつられて覗き込むが、心得のない異国語の縦に書かれた不思議な文体を

眺めるだけだった。

「文字が読めるだけで、ところどころ意味が分からなくて。特に諺は。」

イワンは気恥ずかしげに頭をかき虎徹を見上げた。

 

「色男、金と力はなかりけり…か。」

虎徹は微妙な笑いを浮かべ、バーナビーを見た。

「お前見てると、この諺って嘘じゃねえかって思うなー。」

バーナビーは意味がさっぱり分からず首をかしげた。

「色男って言うのはバーナビーさんみたいなイケメンのことですか?

イワンがそう聞くと、虎徹は苦笑いした。

 

今はバニーみたいなもてるイケメンをさすこともあるけど、本来は違うな。

色ってのは色ごとの略で、昔は女にだらしない遊び人をさしてたみてえだ。

こいつはそっち関係は潔癖すぎるくらいだからな。

で、色男の意味が単にイケメンだとしてもだ。

そういうやつは顔だけで金も力もないもんだって意味なんだが…。

現実にはバニーみたいな「天は二物を与えず」も嘘にしちまう奴もいるし。

残念ながら「負け犬の遠吠え」に聞こえるよなあ。

 

虎徹があえて諺を交えて言うと、イワンは理解できたようで頷きながら、

イワンはバーナビーを羨ましそうな眼で見つめた。

「バーナビーさんは容姿もですけど、お金持ちで力もありますよね。」

確かにこの諺は嘘だと言いたそうに納得した。

バーナビーは二人のやり取りを聞いていて、不思議そうな表情を浮かべた。

「そもそも色男何とかってその諺、前提条件がおかしくないですか?

その問いに今度は虎徹とイワンが首をかしげる。

「だって…。」

 

だって、女性を弄べるだけの容姿があったら、それ自体お金にできますよね。

モデルをするなり、身体を売るなり。

 

バーナビーの発想に虎徹は眩暈がした。

「おい、バニーちゃん…。なんつー発想してんの。オジサンついてけないわー。」

「実際、僕のグラビアとかの仕事はその範疇でしょう?

そう言われると、確かにそうだと虎徹はぐっと言葉を呑んだ。

「それに力も腕力だけが力じゃないでしょう。容姿を元手にした人脈も力のうちですよ。」

バーナビーは未成年のイワンの手前曖昧にぼかしたが、

虎徹は彼の言わんとするところを察して頷いた。

世の中、政府要人専門の高級娼婦というのはいる。

もしかしたら、高級男娼というのもいるのかもしれない。

 

「人脈…ですか。バーナビーさんはアポロンの社長の養子ですよね。」

イワンはそっち方面も強いんだろうなと、さらに羨望の眼差しでバーナビーを見た。

「お世話にはなりましたけど、養子縁組はしていませんよ。後見人というんでしょうか。」

親を亡くした後アカデミーを出るまで生活の面倒を見てもらった恩人ではあるが、

法的手続きを経た養父ではないとバーナビーは訂正した。

「といっても、マーべリックさんの権威を笠に着るのは嫌なんで余り公にはしてませんが。」

「メディア王が後見人とは最強の人脈だよな。けどその使い道ってどうなんだ?

虎徹がそういうと、バーナビーは悪戯っぽく笑った。

 

「そうですね、例えば僕が虎徹さんにこっぴどい捨てられ方をしたとします。」

突拍子もないバーナビーの発言に虎徹は面食らった。

「しねえよ!なんだよ、そのたとえ話!!

まあまあとイワンは虎徹を宥め、興味津々でバーナビーに先を促した。

バーナビーは虎徹に「例えばですから」と念押しした。

 

僕が虎徹さんにさんざん弄ばれた揚句、飽きて捨てられたとします。

あいにく僕は泣き寝入りで済ませる性質じゃありません。

このままじゃ腹の虫がおさまらない。

何か一撃喰らわせてやりたい。

となると、取りうる手段で一番きつい報復は社会的抹殺だと思います。

 

「しゃ…社会的抹殺って…。」

虎徹は余りにインパクトのある言葉に慄いた。

バーナビーは頷いて先を続けた。

 

僕はマーべリックさんに泣きながらこう訴えます。

「会社で深夜、虎徹さんと二人で残業しているときにレイプされた」…と。

 

イワンと虎徹はあんぐりと口を開け、バーナビーの狂言計画に驚愕した。

「するかあ!!!お前何言ってんの!?

本気で焦っている虎徹に、バーナビーはまた頷いた。

「そう、貴方は無実だ。でもそれを証言するすべがない。」

そう言われて虎徹は息を呑んだ。

 

そもそも、こういう事件に目撃者はいません。

そして計算ずくの狂言ですから、

虎徹さんにアリバイのない時間を設定するのも容易です。

警察や裁判も被害者の言い分を尊重しすぎる傾向にあるのが現実です。

まして、僕の後ろにはマーべリックさんがいる。

真実は簡単に捻じ曲げられるんです。

そして、虎徹さんはよくて失職。悪ければ塀の中に置引っ越しです。

強姦罪は重罪ですし、虎徹さんは超一級のNEXTですから、

アッバスでジェイクの使ってた個室かもしれませんね。

 

虎徹は青ざめた表情で若干震えながらバーナビーを見ている。

イワンもあまりにあまりなたとえ話に言葉が出ない。

 

「…とまあ、こんな使い道くらいしか思いつきませんが。なくはないですね。」

妙に綺麗な笑顔で悪魔のような「虎徹さん破滅計画」を披露したバーナビーに、

二人は力なく頷いた。

「金も力も権力者とのコネも持ってる色男を怒らせるなって事だな…。」

「勉強になりました…ものすごく。」

 

ずーんと無言の二人を見て、バーナビーはまた首をかしげた。

「どうしました。虎徹さん顔色が悪いですよ?

誰のせいだ…。

虎徹は言いたいことは山ほどあったが、なんでもないと手を振った。

<俺、バニーを本気で怒らせるのだけは絶対にやめとこう…。>