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怪談

 

「それは・・・お前だ!!

 

ギャアアア!!

うわあっ!!

わあっ!そしてわあっ!!

キャーッ!!

わあああっ!!

イヤアアアン!!

うわあ!誰だ俺のケツ揉んだのはモウ!!

 

イワンの突然の大声に幾つもの悲鳴が重なった。

「終りです。その、どうでしたか?

イワンはトレセンの灯りをつけ、皆を見回した。

「はー、怖かったあ。でも面白かったよ折紙さん!!

「怖かったわけじゃ…。お…折紙がそんな大きい声出すとか思わないし…。」

「恐ろしかったね。とてもフィアフルだったよ!!

「先輩…いまの実話ですか…。」

「かっわいー、バニーちゃん怖かったんだ。」

「ああん、ほんと怖かったわあ。」

「そうか?お前余裕で俺のケツ…。」

 

わあわあと騒ぐ皆にイワンは座を白けさせないですんだようだと安心した。

話者の席をそっと立ち、聞き手側の座るロングベンチに移動して

呑みかけのお茶をすすり長い話で渇いた喉を潤した。

<やっぱり怪談ならジャパンのイナガワは鉄板だなあ。>

きのう徹夜で…途中二、三回気絶したけどネタを仕込んだ甲斐があった。

「次は誰が行く?

虎徹が周りを見回した。

今しがたのイワンの話が怖すぎて、みんな手持ちのネタが軽かったかと

躊躇するような目で互いに譲り合う。

「じゃ、私がするわ。この間学校で友達のジェーンが見たんだけど…。」

カリーナが話し手用の一人掛け椅子に腰かけて話しはじめた。

友達視点の学校の怖い話。

怪談としては伝統的なフォーマットだがその分期待感が高まる。

「ジェーンはその時私とエミリーを待って一人でその廊下にいたの。」

放課後、一緒に帰る友達を待つ光景。

今日は新しいカフェでお茶しよう、そんな女の子らしい約束。

一同は身構えることもなくどこか懐かしいような光景を想像していた。

だが一向に戻ってこない友達。

人気のない夕暮れの校舎。

ふと見ると古びた鏡がそこにあった。

少女は何気なくそれを覗き込む。

 

時間は午後44444秒…。

 

「でね、私がジェーンにどうしたのって聞いたら…。寒いって言うの。」

恐ろしげに身を震わし、カリーナは話の間を少しためた。

「寒い?7月にかい。風邪を引いたのかな。」

「しっ、スカイハイ。まあ聞こうや。」

虎徹が続きを促すとカリーナはぎこちなく頷いた。

寒いの…カリーナ達もこっちにおいでよ…。

上擦った尋常じゃない声。

プロシンガーの本気の感情表現パネエとイワンは身震いした。

こっちってどっちだよ…。

流れの読めない若干一名を除き、みな緊張した面持ちで続きを待つ。

「ジェーン、こっちって?

「そう聞いたらジェーンが私たちを振り返って聞いたこともない声で…。」

ごくりと誰かが喉を鳴らす。

地獄だよおおお!!!

歌で鍛えた声量ある声が暗い部屋に響き渡った。

 

だあああ!!!

・・・・・・・・・・

やだあああ!!

うわああああ!!

イヤアアアン!!

ケツを揉むなあああ!!!

済まない話の流れがよく分からなかった。

後で説明してやる。

 

カリーナは周囲の絶叫によしと頷いた。

「ご清聴ありがとうございました。」

ステージを終えるような礼をしてカリーナはベンチ側に戻った。

 

「怖いよお!そんな学校やだよボク!!

「学校の七不思議ってやつですね。怖かったです…。」

「すまないよく分からなかった。」

「・・・・・・」

「あれ、おい、バニー?うわ、目え開けて気絶してるよこいつ。」

「ちょっと大丈夫ハンサム!?

「…ケツでも揉んだら目え覚ますだろ。」

「ああ?いま何言った牛。」

「こうお?

「俺のを揉んでどうするんだよモウ!!

「んじゃ俺が。」

どさくさに紛れてバーナビーの臀部に触れようとした手が

電光石火の早業で捻りあげられた。

「あだだだ!!!バニー、冗談だって!!関節極めるな!!

「貴方って人は!人前でなにしてるんですか!!

「おまわりさーん!こいつ痴漢でーす!!

打って変わったようなカリーナの『電車で痴漢を見つけた女子高生ボイス』に

恐怖に湧いた部屋がどっと明るくなった。

 

「後はタイガーだけよね。」

バーナビーは自称『超常現象を信じないので怪談はできない』そうだし。

ネイサンは含みのある笑みをバーナビーに向けた。

「その割にはさっき…。」

ぷっと笑ったカリーナにバーナビーは憤懣やるかたなしと

言わんばかりにふいと顔を背けた。

「えー、バーナビーさんはないの?凄いの期待してたのに。」

怖い話が一番好きらしいパオリンがつまんないのと頬を膨らませた。

「こらこら、怖い話苦手な奴に仕込みさせたらイジメだろ。」

虎徹のフォローにバーナビーはさらに口角を下げる。

「べ、別に…怖いわけじゃ…。」

いつもの意気軒高なバーナビーらしからぬ歯切れの悪い声に

年少組が好意的な笑いを洩らした。

「バーナビー君にも弱点があるんだね!!意外だ!そして予想外だ!!

「…もうほっといてください。」

このままだとバーナビーはリアルorz状態になりそうだ。

虎徹はニッと笑ってバーナビーの肩を抱いた。

「俺のはバニーと一緒に体験した話だから二人分ってことで、な?

「は?

何のことだと虎徹を見上げると、いいからと虎徹は眼で訴えた。

<お前は俺の話に適当に乗っかって調子合わせろ。>

小声で囁かれ、よく分からないままバーナビーは頷いた。

怖い話が苦手以前に、まともな学生時代を過ごしていない。

バーナビーは怪談の進め方自体を知らないのだと虎徹は心得ていた。

<でもバニーは頭良いからな。話を変えない程度に調子合わせてくれるだろ。>

虎徹とバーナビーは話者の椅子を二脚にし、準備を整えた。

「じゃあ、ワイルドにオオトリを務めさせてもらうぜ。」

虎徹の声のトーンが変わり、一同が息を呑んだ。

 

その日、俺とバニーは撮影の仕事で郊外の方に行ってたんだ。

機材トラブルやなんやで時間かかってさ。

終わったのは日付が変わるころだったかな。

その時バニーがすげえ疲れてたんで、俺が運転してたんだ。

「バニー、寝てていいぞ。着いたら起こすから。」

「すみません…。」

よっぽど疲れてたんだろうな。

車出してすぐバニーはことんと寝ちまった。

俺は帰り道の途中、幹線道路からわざと逸れて山道に入ったんだ。

ナビもあるし、この山突っ切ったら小一時間は早く帰れるかなと思って。

道は単純な一本道だった。

街灯がねえんで、俺はハイビームにしたまま慎重に運転した。

「あれ、道が分かれてら。」

ナビには道が一つしかなかったんだけど、眼の前にはわかれ道があった。

獣道とか農道って感じじゃなくて、旧国道って感じの寂れた道。

「あちゃー、このナビってバージョンが追いついてねえのか。」

どっちなんだろうと思ってたら、横で寝てたはずのバニーが言ったんだ。

「そこ…左です…。」

「あれ、バニーこの道知ってんの?

俺はそう聞きなおしたんだけど、バニーはまた寝ちまった。

まさか寝言じゃねーよな。

俺はとりあえずバニーの言うとおり左にハンドルを切った。

遠くに家の光がぽつぽつ見えたんで、集落を抜ける道かな。

でもなんでバニーこんな田舎道知ってるんだろう。

そう思ってたらまたわかれ道だった。

「次は…右です…。」

右ね。はいはい。

右にハンドルを切ると…なんか道が細くて舗装がなくなった。

「おい、ほんとにあってんのかこの道?

俺はバニーに聞いた。

バニーは目を閉じたまま頷いた。

「そこ、きつい坂だからアクセル踏んでください。」

俺はなんか引っかかったけど、バニーの言葉に従った。

思いっきりアクセル踏み込んだら、確かにすげえ坂だった。

「下り坂のな!!!

 

わあああ!!

ひいいいい!!

きゃああああ!!

危ない!止めるんだ!!

イヤアアア!!

モ…モウ…

 

眼の前に古びたガードレールがどんどん迫る!!

俺は必死でブレーキを踏みサイドブレーキを引いた。

車は崖から落っこちる手前でなんとか止まった。

「おいバニー!お前一体!!

俺はバニーを揺さぶってどういうつもりか問いただしたんだ。

そしたら…うっすらと目を開いたバニーの口から知らねえ女の声で…。

 

死ネバヨカッタノニ…。

 

 

イヤアアア!!!

も、もう駄目でござるウウウウ!!

やだあああ!!!

ドワアアアアアアア

おいネイサン本性でてんぞ

誰の声だい?亡くなった奥さんじゃないのかい?

うんスカイハイとりあえず黙ろうか。

 

俺はバニーを見ると、すげえ顔色悪くて冷や汗かいてるのに気がついた。

よく見ると震えてるバニーの膝になんか落ちてる。

それは田舎のお袋がくれた神社のお守りだった。

助手席のサンシェードのとこに挟んでたのがさっきの急ブレーキで

落っこちてバニーの膝に乗っかってたんだ。

「う・・・ああ・・・。」

魘されるみたいなバニーの声に、俺はぞっとした。

バニーに取り憑こうとした何かがこれを嫌がってるみたいな感じだった。

俺は咄嗟にそのお守りをバニーのジャケットのポケットに押し込んだ。

そして何とか車を元の道に戻して、来た山道を戻ったんだ。

とにかくここはヤバい。

俺は必死で幹線道路まで戻って何とかふもとの町まで帰ったんだ。

「バニー、大丈夫か?

ぐったりしてるバニーをゆり起したらやっと眼が覚めたけど、

さっきのこと何にも覚えてねえって言うんだ。

「ただ、凄く気分が悪くて…。」

俺はバニーが心配だったんで、すぐ近くに見つけたモーテルに入ったんだ。

部屋でバニーを休ませてから、俺は気になって宿のマスターに聞いてみた。

「あの山を越えようとしたらツレが急に具合悪くなって…。」

そしたらマスターはああと頷いた。

「あんた達NEXTかい?

「ああ。二人ともそうだけど…。それと何か関係があるのか?

「あそこはね…。」

なんでも50年近く前、魔女狩りならぬNEXT狩りで大虐殺があったらしい。

以来…廃村になって、民家の光なんかあるはずがないって…。

NEXTがあそこを通ると、皆事故に遭うらしい。

いまもあそこを彷徨う村人の無念が『仲間』を自分のところに引き込もうと…。

「そうか…。でもマスター、そんな古い話よく知ってるな。」

「それはそうさ…。」

マスターは俺の顔を見てニイーーーッと笑ったんだ。

私もそこの出身でね。

 

 

イヤアアア!!!

もーやだあああ!!!

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!!!

グワアアアア!!!

怖い!そして怖いよ!!!

だからネイサン本性しまえって。スカイハイくっつくな。

 

虎徹の話が終わったとみたバーナビーは部屋の灯りをつけた。

5人はアントニオにしっかりくっついている。

「おー、皆怖がってくれたか。よかったよかった。」

虎徹は大成功と嬉しそうに笑っている。

<虎徹さん、よくそんな話アドリブで思いついたな…。>

バーナビーは隣で聞いてるだけで噴きでる冷や汗を拭おうと

ジャケットのポケットからハンカチを取り出した。

「あれ、バーナビーさん何か落としたよ?

パオリンはしゃがんでそれを拾い上げた。

「これ…神社のお守りですね。」

「こんな仕込みまでして芸が細かいわね。」

イワンとカリーナの言葉にバーナビーは驚いて首を横に振った。

「虎徹さんの今の話は即興で、僕はこんなもの預かった覚えは。」

?という空気が周りに広がる。

虎徹はふいに気遣わしげな顔でバーナビーの肩を抱いた。

「お前あの時かなりやばい状態だったからな。覚えてないのも無理ないか。」

「は!?

その言葉にバーナビーは虎徹の顔を凝視した。

「先週のロケ、帰りの車で具合悪くなったろ。」

「あ…あれは疲れからくる酷い車酔いで…。」

「その時のこと詳しく覚えてるか?

「いえ…山道で気分が悪くなって…。気がつくと途中のモーテルで…。」

部屋がしーーーーーーんと静まり返った。

「人種や宗教に関係なくお守りって効くんだな。」

虎徹はバーナビーの手からお守りをひょいと摘まみあげた。

「神様仏様、バニーを護ってくれてありがとうございます。」

虎徹はそれを恭しく捧げ持ち、畏まった礼をした。

「そそそ…それじゃ…。」

「今の話は本当に…。」

「バーナビーさんとり憑かれたの!?凄いね!!

「う…。」

 

うわああああああああ!!!!!!!

 

凄まじい声とともに一条の青い光が天へと舞い上がった。

「…いっちゃった。」

「わあ、跳んだ跳んだ。」

「僕初めてハンサムエスケープ見ました。」

「凄いね!司法局を貫いて行ったよ!!

「どうすんのアレ。ほっといていいの?

「賠償金は虎徹もちな。」

「え!?なんで俺!?

 

納得いかねえと虎徹は手の中のお守りを弄んだ。

「あ、これまた車に戻しとかねえとな。」

バーナビーが眼を離したすきにネタで押し込んどいたんだけど

ちょっとやりすぎたかなと虎徹は天井の大穴を見て頭を掻いた。

ふとイワンは虎徹の手の中にあったお守りの文字を見た。

―交通安全―

<あれが霊験あらたかなジャパニーズオフダ…。凄い魔力だ!!

「あー怖かった。」

「面白かったね!!

「タイガーさんのが一番怖かったですよ。」

わあわあと盛り上がっていたその時、ジャスティスタワーに全館放送が入った。

 

―ワイルドタイガーさん。至急、司法局にお越しください。

繰り返します。ワイルドタイガーさん・・・

 

「あ、ペトロフ管理官の声だ。」

「いまの天井やぶりの賠償金の事じゃない?

「でもブチ破ったのハンサムでしょ。」

「ブチ破らせたのはタイガーだもの。」

「あ、そっか。」

「虎徹、しっかり払えよ。」

 

虎徹は天井を見上げた。

上の階からペトロフ管理官が凄い顔で虎徹を見下ろしている。

「私の執務室でお話ししましょうか。」

「こっちの方が怖いわあ!!

 

終り