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3.本音

 

身体が動かない。

バーナビーは男がちらつかせる刃物を怯えたような素振りで見た。

演技をしながらも脳内は冷静に状況を把握分析する。

<やっぱりNEXT…。念動力系だったか。>

よりによって面倒な…。

バーナビーは危うくウンザリした気持ちが顔に出そうになった。

アニエスからの事前報告がないということは、

被害者ですら自覚しないほど短い時間だということだろう。

一般人なら眼の前で刃物をちらつかされれば

犯人に能力がなくたって誰だってフリーズする。

囮役の仲間には能力を使う暇も与えられずここへ誘導されたか。

<たぶんそう長続きはしないな。能力が切れた瞬間喰らわせる。>

バーナビーは指先を微かに動かした。

さっきよりは少し感覚が戻ってきたようだ。

「じっとしてて…。すぐ済むからねえ…。」

粘着質な視線をバーナビーの髪に向け、男は刃物を振りあげた。

ニタニタ嗤う口元からだらしなく涎が垂れ落ち、石畳に斑点を作った。

バーナビーはまだ思うように動かない脚を僅かに後ろに下げた。

<間合いが近すぎる…。早く切れろ…!!

逃げようとする獲物を見る男の眼が厭らしく細められた。

「その髪、ちょっと貰うよおおお!!!

「させるかあ!!

虎の咆哮に紛れて空を切るような射出音が微かに聞こえた。。

「んな!?

素っ頓狂な声を上げ男の動きが止まった瞬間、

バーナビーは身体の自由が戻ったのを感じた。

「ハアッ!!

鋭い前蹴りが一閃、犯人の手からナイフが弾け飛んだ。

驚愕と苦悶に男の眼が見開かれる。

「痛いいい!!痛いよおおお!!

男は癇に障るヒステリックな声を上げながら、

なおもワイヤーに抗ってバーナビーに近づこうとした。

「髪、髪ちょうだいいい!!

素手を振り回し、取り憑かれ狂ったように男が叫ぶ。

「うわ…キモっ…。」

ブルーローズは引いたような顔でガンを構えた。

「させるかっつーの!ブルーローズ、頼む!!

ワイヤーを引きながらタイガーが叫ぶや否や、

曇天に氷の粒が煌めき、周囲の気温が一気に下がった。

「私の氷はちょっぴり…」

「だっ!今日はTV入ってねえぞ!!そこ省略でいいだろ!!

「何よもう!(略)完全ホールドッ!!

不満げに頬を膨らませながらもブルーローズは犯人の下半身を氷漬けにした。

 

「犯人確保。すぐ警察を呼んでくれ。場所は…。」

タイガーがアニエスと通信している間に、

各持ち場にいた仲間が広場に集結してきた。

さっき囮を演じた年少組も有事に備えスーツを着ている。

「さすがブルーローズたちだね!

「私が介入する必要はなかったね。素晴らしい連携だった!!

「犯人、NEXTだったんですか?僕が襲われた時は発動光なかったけど…。」

「おおかた発動する前にファイアーエンブレムに襲われたんだろ。」

「ちょっとお、それどういう意味よお。こんなの趣味じゃないわ!!

仲間たちは犯人を取り巻き、それぞれが好きなように言っている。

犯人はヒーローほぼ総出演の現状に青ざめ、がたがたと震えている。

「ねえ、今回ってポイントはどうなるの?

ブルーローズは仲間と犯人を見て遠慮がちに聞いた。

「ブルーローズの総取りでいいんじゃない?

ファイアーエンブレムが最終的に犯人を確保したのは貴女だしと言った。

「でも…その前に捕まえたのはタイガーだし、それじゃハンサムにも悪いし…。」

全員の連携がなければ捕えることはおろか誘き出すことも難しかった。

ブルーローズは自分一人だけ良い目はできないと首を振った。

「おう、じゃあ皆にそう言っとくよ。」

その時アニエスとの通信を終えたタイガーが一同を振り返った。

「それならアニエスから伝言。全員一律100PTでどうだって。」

その言葉に全員がわっと歓喜の声を上げる。

 

「なんでだよ…。」

その時、男の低く籠った声が小さく聞こえた。

「なんでこんだけヒーローがいて、バーナビーがいないんだよ…。」

ヒーロー全員がはあ?と怪訝な声を上げる。

まだ気付かないのかと生温かい視線が幾つも男に浴びせられた。

「どうせなら、バーナビーの髪を切り取って捕まりたかった!!

「動機は何かと思えば…ただの偏執狂か。」

バーナビーは腰に手を当て、やれやれと男を見下ろした。

「うるさい!このまま黙って捕まるものか…。」

男は固められていない、素手だと思われた右手を“青年”に振りあげた。

「せめてお前のその髪だけでも!!

男の手が空に弧を描いた。

その手首から銀の糸が迸るように現れシュンと空を切る音とともに、

バーナビーの頬に紅い線が走った。

「バニー!!

咄嗟に飛びのいたバーナビーは手の甲で頬を伝う血を拭った。

「貴様…。」

腹立たしいが、確保した犯人への暴力は司法局から認められていない。

バーナビーが忌々しげに犯人を睨んだその時だった。

「てんめえええ!!

タイガーが気色ばんで男の胸倉を掴み、その左頬を殴りつけた。

「ぐはあ!!

男は口の中を切ったのか、口角から一筋の血を流した。

 

「あらやだ。」

「タイガーさん…。」

「やるじゃねえかタイガー。」

タイガーの報復行為を誰も止めないのに驚いたバーナビーは

なおも拳をあげそうなタイガーを制止した。

「タイガーさん!何やってるんですか、貴方…!!

掴まれた肩ごしにタイガーはバーナビーを振り返り叫んだ。

「るっせ!ちょっと黙ってろバニー!!

その言葉に男がまた驚愕で眼を見開いた。

「え…バニーって…まさか…。」

バーナビーは男を冷たい眼で見たまま、髪を解き黒縁の眼鏡を外した。

「バーナビー…。本物!?じゃああっちで俺が見たのは…。」

男はゆっくりと折紙に視線をやった。

「拙者でござるよ。」

折紙のシルエットが揺らぎ、いつもの赤いジャケットを着たバーナビーに変わる。

「くそ…くそお!!

じたばたともがき暴れ、男は歯噛みした。

「この僕の髪を狙うなんて、いい度胸してるよ全く。」

「しかも往生際の悪いこと。」

タイガーは男の手から隠し持っていた武器を取り上げた。

「ふうん…。超硬度ワイヤーね…。」

武器を投げ捨てると、タイガーは大きな掌で男の両顎を一掴みにして睨んだ。

「俺と同じ道具で、俺の大事な相方の顔に怪我させてくれるとは…。」

男は上玉の獲物が囮捜査のヒーローだとようやく理解して

がたがたと震えだした。

「司法局が許すならぶっ殺したいよお前。」

そう吐き捨てるとタイガーは男の顔から手を離した。

 

「バニー、怪我は大丈夫か?

タイガーは男をほかの仲間に任せるとバーナビーに歩み寄った。

「はい、ほんのかすり傷ですよ。心配ありません。」

そう言いながらも喋ると痛むのか、バーナビーは苦痛に顔を顰めた。

「傷、ちょっと冷やしとくね。」

ブルーローズはバーナビーの頬に手を翳し、冷気を傷口に送った。

「酷い…。結構深く切れてる。痕残らないといいけど…。」

ブルーローズは痛々しそうに眉根を寄せた。

「女性が切られたんじゃなくてよかったと思うことにしますよ。」

自分より悲愴な顔のブルーローズにバーナビーは優しく笑った。

「だから嫌だったんだ…。」

タイガーは悔しそうに呟いた。

「タイガーさん?

様子がおかしいとバーナビーとブルーローズは顔を見合わせた。

「俺はなあ、ほんとは嫌だったんだよ。バニーを囮に使うのは!!

タイガーはやり場のない怒りを吐き出すように言った。

 

あんとき、お前が囮になるのナイスアイディアみたいな流れだったけど。

俺も頼んだとかつい言っちゃったけど。

ほんとはお前をヒーロースーツもなしに正体のわからない犯罪者に

丸腰で接触させたくなんかなかったんだ。

…お前の脚は武器だから丸腰と言えるか微妙だけど…。

けどさあ、言えねえだろ。

何かあったらって心配だからやめてほしいとか。

自分よりランキング上位のKOHつかまえて言えるわけねえだろ。

ブルーローズみたいな若い女の子だったら年長者の配慮ですむけど。

お前にそれ言ったらただの侮辱だろ?

だから…ああ、もうなんつーかさあ!!

 

肝心なところが言葉にできない。

タイガーはだっと短く叫んだ。

 

「ワイルドタイガーとしては賛成したけど、一個人としては反対だった。」

でしょ、とバーナビーは頬を押さえて言った。

「…つっ…。」

喋るとやっぱり痛い。

「ハンサム、喋ったらだめよ。傷広がっちゃう。」

顔を顰めたバーナビーにブルーローズは心配そうに言った。

バーナビーは彼女の気遣いに目礼で答えた。

「すみません。タイガーさんが本心で反対してるのは分かってました。」

バーナビーはいささか喋りにくそうにしながら言った。

 

万が一を考えるとブルーローズさんに押し付けるわけにはいかない。

スカイハイさんは上空からの援護をしてほしい。

折紙先輩には僕のダミーと撒き餌の二役をやってもらう必要がある。

本命の餌…金髪は僕しか残りません。

タイガーさんが僕に一番近いC班についてくれたのも、

僕との連絡役をする意図だけじゃないのは分かってました。

なのに…僕は…。

 

周りとの連携が功を奏して任務遂行はできたが、

それと同時に虎徹の心をないがしろにせざるを得なかったジレンマ。

バーナビーは申し訳なさそうに眉根を寄せた。

 

「あー、もー。そこから先は会社でもあんたたちの家ででもやってくれる?

ブルーローズは聞いてらんないとばかりに肩をすくめた。

「それ以上言うなら、二人とも口凍らすわよ?

二人の顔にリキッドガンを向け、ブルーローズは銃口をちらつかせた。

「あー…ごめん。」

「すみません、お見苦しいところを…。」

タイガーとバーナビーは顔を見合わせ、素直に詫びた。

「あらあーん。アタシはもうちょっと聞いてみたいわー。」

「俺はタイガーにまた惚気聞かされるんだろうな…。」

「さっき犯人殴ったタイガーさんカッコよかったよ!!

「でも…あれちょっとまずいんじゃ…。」

「何をだい?私は見てない!そして目撃してない!!

スカイハイのあまりに爽やかなルール違反黙認宣言に

全員が苦笑して同意するように頷いた。

 

「ほらタイガー、ここはいいからハンサムを病院へ。」

ハンサムの綺麗な顔に痕が残ったらあんただって嫌でしょ?

そう言ってブルーローズはタイガーとバーナビーを

広場から追い出すように急きたてた。

「ん、ああそうだな。バニー、一応病院行くぞ。」

「え、こんなの放っておいても…。」

「だーめ。ブルーローズのいうとおり、痕残ったらどうすんだ。」

バーナビーはこれくらいでガタガタ言ってたら

ヒーロー業なんかできないと困惑した。

その時バーナビーとふと眼があったブルーローズは

『行きなさい』というように手をひらひらとさせた。

「分かりました。大人しく病院行きますよ。」

バーナビーは虎徹の肩越しにブルーローズにそう言った。

虎徹はふと思い出してパンツのポケットから縒れたハンカチを引っ張り出した。

「ほらバニー、これで傷押さえとけ。」

「…遠慮します。なんか却って化膿しそうだ。」

「っだ!

虎徹に促され歩き始めたバーナビーは一度だけ振り返り

ブルーローズに眼で礼を言った。

<囮役、真っ先に回避させてくれた借りは返したわよ?

ブルーローズは心の中でそう言って、唇の端で少し笑った。

 

 

 

終り