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番外編 僕たちとみんな

 

虎徹とバーナビーが噂にドッキリで逆襲した数日後、全員の予定を繰り合わせて

ロックバイソン主催焼き肉大会in牛角は約束通り執り行われた。

「かんぱぁい!」

「バイソンさん、ごちそうになります!!

「食べよう。そして食べよう。」

「よーし食べるぞおお!!

「もうヤケよ!今日はお腹はち切れるまで食べてやる!!

他人の事情をネタに、他人の懐で焼肉食べ放題にありついた面々は嬉々として

すさまじい量のオーダーをしていく。

「悪いなー、アントニオ。なんでか知らねえけど?ゴチになっちゃって。」

「ロックバイソンさん、いただきます。遠慮なく。」

まんまとアントニオをはめた虎徹とバーナビーは極上の笑顔を本日のスポンサーに向けた。

アントニオはどこか虚ろな目で曖昧に頷いた。

 

「ちょっと、虎徹さん。それまだ生焼けですよ。」

「いいのいいの、俺は焼き肉とかステーキはレア派なんだよ。」

「レアと生焼けは別物でしょう。お腹壊さないで下さいよ?

「だーいじょうぶだって。ほら、お前も食ってみ。あーん?

「遠慮します。僕はウェルダン派なんで。」

カミングアウトして気が楽になったのか、遠慮なく絡んでくる虎徹に、

バーナビーはちょっと失敗したかもと後悔した。

その時、次々と運ばれる肉を平らげていた虎徹はふと視線を感じ正面を向いた。

「ファイアーエンブレム…?なんか、ねっとりガン見すんの、やめてくれる?

虎徹はテーブルの向かいに居るネイサンに遠慮がちに言った。

ネイサンの二人を見つめる視線が濃い。

異様にからみつくように濃い。

…が、その眼に否定的な色はなく、どこか見守るような優しさもあった。

「アドバンテージどころか、とっくに決着がついていたとはねえ…。」

可哀そうだけど、こればっかりは仕方ないわねとネイサンは隣の妹分を見遣った。

カリーナは食べていたかと思うと放心したり、ときどき涙目になったりしていた。

たまに小さな声で「負けた…。…男に…負けた…。」と呟きながら。

パオリンは「人のことはそっとしておこう」というイワンとの約束通り、

二人に構わず終始笑顔で焼き肉を5人前以上は平らげた。

イワンは何とか平静を保とうと努力しているのがいじらしく、

あえて二人に一生懸命話しかけるが、時折なぜか赤面している。

キースも同様だが年長である分如才なくごく普通に二人に接していた。

ある意味、一番超越していると後日他のメンバーから称賛されるほどに。

 

アントニオは小さな声で「友恵さんも浮かばれねえな…。」と呟いたが、

隣に居た虎徹が眼で制したのに気付き、済まんと素直に謝った。

亡き妻の名を出してバーナビーを傷つけるつもりはなかった。

「あれで結構気にしてんだ。こいつの前でその話だけは、なしにしてくれ。」

虎徹は小声でそう言って、そっとバーナビーの様子を窺った。

幸い、アントニオとは虎徹を挟む形で傍に座っていたバーナビーは

反対側の隣に居たイワンやパオリンと談笑していて、

アントニオの失言には気付かなかったようだ。

「だったら、それは外してやれよ。あまりにも無神経すぎるだろ。」

アントニオはバーナビーの注意がイワンに逸れているのをそっと確認してから

小声でそう言うと、虎徹の左手の薬指を指さした。

「いいの。この件については二人の間で話し合い済みだから。」

虎徹がそう言うと、アントニオはまだ何か言いたそうな顔で暫く逡巡し、

今度ははっきりした声で言った。

「そうか…。だったら、絶対幸せになれよ、お前ら。」

虎徹は一瞬驚いてアントニオの顔を凝視し、やがて嬉しそうに頷いた。

虎徹は背を向けていて気付かなかったが、アントニオはその時確かに見た。

バーナビーが眼鏡をずらし、そっと目頭を拭ったのを。

<友恵さん…。もう、いいよな。こいつもまた幸せになってもさ…。>

アントニオは優しかった友恵を思いつつも、

あまりにも早く妻を亡くした親友と、今まで孤独な人生を送ってきた青年を見遣った。

二人のくすぐったそうな、なんとも幸せそうな表情に、

アントニオはもう虎徹の選択をどうこう言うまいと決めた。

 

「バーナビーさん、大丈夫ですか?

イワンが心配そうにバーナビーの顔を覗き込んでいる。

<ああ、折紙!そこに触れるな!!そっとしといてやれ!!

アントニオは心の中で折紙の気遣いをたしなめた。

「ん?どうしたバニー、大丈夫か?

背後の騒ぎに虎徹もバーナビーのほうを振りかえり、様子を窺っている。

「ああ、大丈夫です。ちょっと眼に…。」

ハンカチで目頭を押さえているバーナビーに、パオリンが済まなさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、ぼくがこれ飛ばしちゃったから…。」

パオリンが虎徹に見せたのは唐辛子入りソースの瓶だった。

「はいい!??

アントニオが突拍子もない声で叫んだので全員の眼が彼に注がれた。

「そっち?ねえ、そっちで泣いてんの!?

「は?何だと思ったんです?

バーナビーはまだ目をハンカチで擦りながら、怪訝な顔でアントニオを見た。

どうやら、アントニオのエールは年少組の馬鹿話とおふざけに掻き消されたらしい。

アントニオはがっくりとうなだれ、なんでもないと手を振った。

「バニー、擦んねえで洗面所で目ぇ洗ってきたほうがいい。」

「そうですね。ちょっと失礼します。ドラゴンキッドさん、気にしないでくださいね。」

虎徹に促され、バーナビーは目を押さえたまま席を立った。

 

「バーナビーさん、大丈夫かな…。あとでちゃんと謝らなくちゃ…。」

「しかし隣の折紙が無事で、二人隣りなうえに眼鏡までしてるハンサムの目に入るって…。」

「奇跡だ。そしてミラクルだ。」

「どんだけ運悪いのよ。」

「それ言わないでやってくれる?バニーのパラメーター、運だけはないに等しいから。」

「なんかゲームの天才キャラみたいですね。もうそこでしかゲームバランス取れない的な。」

 

「虎徹なんかに惚れちまった時点で不運の極みだろ。」

 

アントニオのぼそりとした呟きに、一同は一瞬の沈黙の後大きく頷いた。

「「「「「確かに!!」」」」」

5人分の同意の声が綺麗にハモった。

「だっっ!!ひっでええ!!

虎徹が唇を尖らせていると、バーナビーが戻ってきて何事かと一同を見まわした。

年少組はさっと席を立ち、面倒くさい中年の隣を取り扱い責任者に押しつける。

「何を膨れてるんですか、虎徹さんは?

虎徹は助けを求めるような視線をバーナビーに送った。

「こいつらが、『バニーは俺に惚れた時点で不運の極み』だってんだよ!酷くね!?

バーナビーは他の面々に視線を戻し、真面目くさった顔で頷いた。

「確かに。」

「バ…バニーちゃーーーーーーん!!

泣いて縋る虎徹をあしらうようにバーナビーは身を離した。

「ちゃんをつけるなと言ってるでしょう。いい年して泣かないでくださいよオジサン。」

 

二人のじゃれあいをしげしげと眺めていた女子部は好奇の目が遠慮なく全開だ。

「あ、今ツン帰ってきたよ。」

「本当、久しぶりねぇ。」

「ハンサム、あんた絶対そっちが本性でしょ!!

 

アントニオは二人を気持ちの上で遠巻きに眺め、小さく呟いた。

「俺…これから絶対いろいろ巻き込まれるんだろうな…虎徹に…。」

 

アントニオの懸念は杞憂では済まなかったが、それはまたのお話になる。