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lovesong

 

「この番組いまいちですね。」

僕はそう言ってカーステレオのチューニングを他局に合わせた。

そんなに真剣に聞いてたわけじゃないけど、さっきから何なんだこの番組。

「そんなの気にしなくていいのに。」

ハンドルを握る虎徹さんはバニーちゃん繊細だからなあと笑う。

だって何の特集か知らないけど、死んだ恋人を想う歌ばかり流れるなんて。

「繊細なんじゃなくてただの嫉妬かもしれませんよ?

僕があえてそう言えば虎徹さんは肩を竦める。

「それはそれで満更でもないな。」

虎徹さんはハンドルを切りながら目線を車窓に向けた。

高速道路を環状線から湾岸線へ。

対向車線を大型トラックがひっきりなしに流れていく。

僕達のいる下り車線は空いているから気持ち良く車は走る。

車高の高い虎徹さんの4WDだといつもの高速の景色も違って見える。

「でも折角のドライブだ。楽しい曲の方がいいよな。」

「でしょう?

ラテン、ボサノバ、ラップにバラード。

いろんな歌が僕達の間を流れていく。

「映画特集なんだな。選曲がちょっと古いから俺くらいの世代向けかなあ。」

リバイバルもされてないし、バニーくらいの年代だと知らねえだろうなあ。

そんな虎徹さんの言葉に僕は改めて歳の差を感じる。

悪い意味なんかじゃない。

僕が知らないことを知っているのなら、それについて聞いてみたい好奇心…かな。

 

「今日は道が空いてるから思ったより早く着けそうだな。」

「ゆっくり出来そうですね。」

僕たちは視線を交わし笑い合った。

いつ呼び出されるか分からないあるかないかの休日。

ほんの束の間のことだって楽しまなくちゃ。

僕がそう言うと虎徹さんが嬉しそうに頷く。

「いい意味で変わったよな、バニー。今日は楽しもうな。」

「はい!

泳ぐには遅いけれど海を見に行こう。

遠くまでは行けないけど、近場にちょっといい場所があるんだよ。

虎徹さんにそう誘われたのは昨日の夜。

なんだか楽しみで昨夜はよく眠れなかった。

もっとも僕はもともと不眠症を長く患っていたので

一日寝足りないぐらいで今日フラフラするなんてことはない。

心配掛けたくないし、そのことは秘密だけど。

眠れない夜がこんなに楽しいなんて初めてだった。

どうせ寝つけないなら何を着て行こうかなんて

夜中にひとりファッションショーをしたりして。

でも新しい服を下ろしても彼は気づかないんだけどね。

この愛すべき朴念人は。

 

そんなことを考えていた時、曲が変わった。

フルートだろうか、どこか懐かしいような切ないイントロ。

「お、ちょうどいい感じに海の曲。でもこの海はダメだなー。」

虎徹さんは女性歌手の歌に苦笑している。

透明感のある歌声が変わらぬ愛を歌い上げる。

「何がいけないんですか?こんなに綺麗な歌なのに。」

虎徹さんはああと顎のあたりを掻いた。

「北極海で処女航海の豪華客船が沈没する映画の主題歌なんだよ。」

「それ実話であったあれですか?

100年くらい前にイギリスからアメリカに渡る船が沈んだんだっけ?

氷山に船がぶつかって恋人達が冷たい海に…。

「あれ…?

「どしたバニー?

僕はその映画観た覚えないのに、脳裡に蘇るセピアの映像は…。

「うろ覚えなんですけど、それ…両親が見て泣いてた気がします。」

僕が言うと虎徹さんはああと頷いた。

「お前んちのルーツも英国だろ。移住したなら曾祖母ちゃんとかの世代じゃねえかな。」

虎徹さんがそう言って僕は初めて気がついた。

数代前が移住してきたから僕はシュテルンビルトで生まれ育ったんだと。

僕の先祖もこの大陸に何かを求め海を越えてきたのか。

僕は両親が泣いていたその映画を無性に見てみたくなった。

「今度見てみようかなそれ。」

「それが良い。俺も付き合うよ。」

あれ見たらバニーちゃん絶対泣くぞ。

恋愛映画ダメな俺でもウルッときたもん。

虎徹さんはそう言ってから『あ』と素っ頓狂な声をあげた。

「どうしたんですか?

「あれ見たら俺前よりもっと泣くかも。」

「どうしてです?

僕が聞くと虎徹さんは少し言いにくそうな顔をした。

「なんつーか、その…。」

「ヒロインが友恵さんに似てるとか?

僕の推論に今度は違う違うと慌てて首を振る。

「ヒロインが貴族階級で主人公は庶民なんだよ。」

 

船室が今のシュテルンビルトみたいに階級別になっててさ。

100年前に俺とお前が逢ってたらまさにこうだったろうなって。

それでも互いに諦められずに最後まで添い遂げようとするんだよ。

 

虎徹さんが言い淀んだ理由が僕がらみだと知ってなんだかくすぐったい。

シュテルンビルトにも格差差別は確かにあるけど、

100年前の階級社会だともっとすごいんだろうな。

その時代だったらたとえ僕が女の子でも虎徹さんとは叶わぬ恋だったはずだ。

でも、虎徹さんだったら…とつい想像する。

「身分違いの恋ってやつですか。でもあなたならそんな格差壊すでしょう?

「だっ!お前ロマンがないなー。」

虎徹さんは唇を尖らせた。

僕は身分に引き裂かれるロマンなんて欲しくない。

「自分を不自由にする家柄なんてくそ喰らえですよ。」

「良家のご子息がくそ喰らえとか言っちゃいけません。」

虎徹さんが笑って片手で僕の額を小突いた。

 

 

高速を降りて海沿いの市道を南へ。

「ちょっと窓開けようか。潮の匂いがしそうだ。」

虎徹さんがそう言って少しだけ窓を開けた。

海の側は風の音が案外強い。

ボリュームを少し上げると女性歌手の歌声が車内にほどよく響いた。

「お、これは戦闘機乗りの映画の主題歌だ。」

「それにしてはずいぶん穏やかな曲ですね。」

「エンディングのラブソングだからな。俺はタイムゾーンの方が好きだな。」

どんな曲なのかな。それもかかるといいのに。

そう思ったけど次に流れたのは明らかに違う曲だった。

これが戦闘機映画の曲だったら僕はその軍のいる国から即逃げる。

それぐらい能天気な曲だったから。

でもドライブで聞くにはちょうどいい、胸がはずむような明るいメロディだ。

「あ、これ聞いたことある。」

映画音楽に疎い僕でも知ってるのなら往年の名曲の部類かな。

案外そういう曲はCMや番組のSEで使われたりするから聞く機会が多い。

「プリティウーマンか。懐かしいなあ。」

その曲を聞いた虎徹さんは少し目を細めた。

ラジオから流れる屈託のない恋の楽しみを歌う男性歌手の歌。

可愛い女性(ひと)、か。

ちょっと僕には分の悪い曲だけどまあ良いか。

「これ俺が高校生の時、初めて映画館に観に行ったやつだ。」

虎徹さんは少し遠い目をした。

誰と、なんてわざわざ聞かない。

「どんな映画なんですか?

「古すぎてバニーは見てないか。恋愛映画なんだけどさ。俺途中で寝ちゃって。」

それはそれは。

さぞかし怒られただろうな、友恵さんに。

「よく振られませんでしたね。」

僕が笑いながら言うと、虎徹さんは眉根を寄せた。

「すっげえ怒られたさ。寝ても良いけど鼾掻くなって。」

うわあ、最低。

僕が友恵さんだったら絶対途中で帰ってた。

「寝ても良いけどって…最初から覚悟してたんですね友恵さん。可哀そうに。」

まだハイスクールの女の子にそこまで達観させるか。

余罪が山ほどあったんだろうなあ。

僕死んだらあの世で友恵さんと良い友人になれるかもしれない。

「いくら趣味じゃない映画だからって鼾はないでしょう。」

「でもさあ、それ初デートでさ。前の日緊張しすぎて寝られなかったんだよ。」

その言葉に僕はつい吹き出してしまった。

僕も昨夜眠れなかったなんて絶対言ってやらない。

「虎徹さん…可愛かったんですね。ハイスクールの時は。」

僕は笑いを堪えもせずに言ってやった。

「笑うなよ。お前だって初デートの想い出くらいあんだろお?

唇を尖らせた虎徹さんがふいっと顔を逸らす。

危ないから前だけはちゃんと見てくださいね?

「なあなあどんなんよお前の初デートの前。興奮して寝れなかったりした?

虎徹さんの好奇心とちょっとした期待。

学生時代に何か思い出があるんじゃなく、自分とのデートだったらいいなって期待。

なんか悔しいな、その通りなのが。

「初デート前夜にワクワクってのはありませんでしたよ。なんせいきなりでしたから。」

僕がそういうと虎徹さんはあれ?という顔をした。

二度目はテンプレート通りにお誘いを受けて待ち合わせしたから

虎徹さんはそれだと思ってたんだろう。

もう、しょうがない人だ。

自分で話を振っておいて忘れてるなんて。

これじゃ友恵さんもすぐあきらめるはずだ。

「貴方仕事帰りにいきなり僕を拉致したでしょう。夜景見に行こうぜって。」

覚えてないんですかと今度は僕が唇を尖らせて見せた。

「え、あれが初デートだったのお前。」

虎徹さんは意外だったのか一瞬目を見開いた。

曲が変わってすこしレイジーなものになる。

「そっか…。あんときか。」

 

 

あれはまだジェイクを倒す前の事だ。

僕はその日、出動で大きなミスをした。

人命に関わる大きなミスを。

それでもその日も最高ポイントを叩きだしヒーローインタビューのマイクが向けられて。

僕は何もできなかった。

そう叫ぶことなど許されなくて。

必死で期待されるヒーロー像を演じてトランスポーターに戻った僕は

その場に膝から崩れおち涙が止まらなかった。

その時だった。

「斎藤さん、チェイサー借りても良いっすか。」

何を思ったのか虎徹さんが僕を引っ張り起こしサイドカーに押し込んだ。

「何をする気ですか!降ろしてください!!

僕の抗議も全く聞き入れず虎徹さんは僕を攫って夜の街を駆け抜けた。

ようやく止まったそこは郊外の丘だった。

「よし、泣いて良いぞ。」

虎徹さんは低い声で言った。

「あの街じゃお前が安心して泣ける場所は自分の家くらいだろ。」

虎徹さんはそう言って僕の頭を撫でた。

「オジサン最近目も耳も悪くてさあ。お前がここで何叫んだって気付かねえよ。」

そう言って僕の背中に自分の背中をくっつけた虎徹さんは言った。

「バニー、お前はよく頑張った。悔しかったな。辛かったな。」

そう言って、僕の手をずっと握ってくれていた。

 

 

「あの時の丘がどこにあったのか覚えてなくて。」

僕は何となく外の景色を見ながら言った。

「でも、虎徹さんがあそこに連れていってくれて本当に嬉しかったんです。」

あそこからは街が一望できるから。

あの光の数だけ護らなければならない人がいると思えたから。

だから、あのツーリングが僕の初デートだと思ってるんです。

僕がそう言うと虎徹さんは本当に嬉しそうな顔をした。

「じゃさ、帰りに寄ろうかあの丘。」

虎徹さんはそう言って海とは反対側の山の斜面をさした。

「だいたいあの辺だから。海見て、陽が暮れたらあそこに行こう。」

また一緒にあの街の光を見て、これからも一緒にがんばろうって約束しよう。

虎徹さんのその言葉に僕は頷いた。

車の中に優しい恋の歌が甘く響いた。