寝ても覚めても
ああ、なんだか苛々する。
取材に撮影、ラジオにTVのインタビュー。
まるでロイズさんが僕の限界に挑戦したみたいな殺人スケジュール。
その合間に世界で一番自分が不幸だと思ってるような、
世間を舐めたバカの起こした爆弾騒ぎ。
それらを最高の外面で最高のパフォーマンスで応えてやっと一日が終わる。
ああ今日も未明から深夜までお疲れ様自分。
疲れ過ぎて食事もアルコールも摂る気がしない。
…ビールとマヨたっぷりのチャーハンだったら…。
いやいやいや!!
こんな時間にそんなもの摂ってみろ。
明日トレセンでどれだけ余分に運動しなきゃいけないことか!!
だいたいなんだそのチョイス。
まるで虎徹さんじゃないか。
でも美味しいよね。
あの人に教えてもらわなかったら人生損してた。
…じゃなくて!!
こんな時はさっさとシャワーを浴びて寝てしまうべきだ。
そう思うのに、イライラしてそんな気分にもなれない。
仕事と出動で疲れきっているのに目は冴えて気持ちは昂る。
ああ、虎徹さんがいればこんな日は飲み明かすんだけどな。
あいにく彼は短い休みを取って郷里に帰っている。
寂しいけどこればかりは仕方がない。
久しぶりに行くか、あれ。
僕は車のキーを手に家を出た。
午前一時、一人きりのショートドライブ。
招集がいつ掛かるか分からないからそう遠くまでは行けない。
面が割れてるから無茶な暴走行為もご法度。
暴れ馬のようなポテンシャルを持った僕の愛車も
この街では牧場に繋がれたポニーみたいなものだ。
一回でいいからこのスピードメーター振り切るくらいに飛ばしてみたいなあ。
そんなことを思いながら真面目な僕は制限速度ぎりぎりで我慢する。
けれど、この時間に環状高速を流すだけでも案外気晴らしにはなる。
シュテルンビルトの街を大きく三周して三層構造の上から下へ。
気分が乗ったらブロンズステージの端からあの夜景を見に行くのもいい。
道連れは深夜のラジオ。
下品でやかましい番組が多いこの時間帯、
虎徹さんが時々つけるのは古いオールディーズの番組。
選局をそのままにしていたから、聞き覚えのあるパーソナリティが
渋い声でリスナーに語りかけてくる。
流れるのはほとんどが僕が生まれる前のヒット曲。
虎徹さんだってたぶんまだプライマリぐらいだった頃の曲。
それでも会話の途切れ目にぽつりと『懐かしいな、これ』なんて言ったりして。
同意を求められても僕は初めて聞くんですけど。
でも良い曲ですね、好きだなこれ。
そう言うと彼はふにゃっと嬉しそうに笑う。
きっとそれは何か家族の思い出があるんだろうなんて思ったりして。
たぶん友恵さんとじゃなくもっと昔の。
きっとご両親やお兄さんとの。
虎徹さんは良くも悪くも鈍感だから、
友恵さんとの思い出の曲だったらそう言ってしまうはずだ。
「これ初めてデートした時に…あ、ごめん。」なんて。
別にいいのにな。
僕だって人のハイスクール時代の想い出にけちをつけるほど狭量じゃない。
そんな甘酸っぱい想い出は僕にはないから、すこし羨ましくはあるけど。
そんな彼が『懐かしい』としか言わないのはきっと、
もっと小さい時に聞いたか何かで、
その時の事をはっきりとは覚えていないからなんじゃないかなんて。
それだって僕にはうらやましい話なんだけど。
だから、ほんとはもっといろいろ聞きたいんだ。
僕の知らない虎徹さんの話を。
自分で言うのもなんだけど…だんだんストーカーじみてきたな。
うっかり彼のアパートの前まで車を走らせたりしたら終わってる。
…でも、会いたいな。
もう帰ってきてるとか…ないか。
あれば絶対連絡してくるはずだから。
こんな偏執的なまでに虎徹さんの事ばかり考えてるのも重いかな。
…重いよな。
普通に考えたら重すぎるだろう。
ちょっとまえまで自分の事しか頭になかったのに。
『ほんとお前は極端から極端へ跳ぶよな』
虎徹さんにもそんなことを言われたこともある。
って、また思考の基準が虎徹さんって。
ちょっとだけ癪だから、頭の中から虎徹さんにお引き取りいただこうかな。
僕はラジオを変え、目の端で流れる景色を見た。
適当に変えた局からブルーローズさんの曲が偶然流れだした。
大好きな人が自分を見てはくれない切なさを甘い声で歌いあげる。
ポップスは普段聴かないけど、素敵な曲だな。
でもこの曲はまたにさせてもらおう。
どう考えてもこの歌詞の『彼』は彼だから。
適当にチューニングを合わせて、
ありふれたヒーリング曲が流れたのを機にそこで放置する。
その時窓の向こうに金色の不死鳥が輝いているのが目にとまった。
ヘリオスエナジーの社屋、最上階に灯る煌々とした光。
へえ、こんな時間まで仕事してるのかあの人。
きっと今ごろ、夜更かしはお肌に悪いなんてぼやく暇もないんだろう。
ヒーローと巨大企業のオーナー業掛け持ちか。
ブルーローズさんの学生と歌手とヒーローもだけど、
皆すごいなあと心から感心する。
『お前もヒーローとタレントみたいな仕事掛け持ち、よく頑張るよなあ。』
この間、虎徹さんにそう言われたのをふと思い出した。
あれは夜遅くに帰社して報告書を書いてた時だっけ。
…って、だからどうしてあの人がすぐ頭に浮かぶんだ!!
ほんと僕どんどん重い奴になってないか?
車を飛ばして環状高速から湾岸線へ。
前は真夜中の海なんて真っ暗だろうと思っていた。
ところがブロックスブリッジとその向こうの工業地帯は深夜になると
その武骨さを闇に熔かし地上の星を輝かせる。
この辺りはあまり治安のいい場所じゃないけど、僕にとっては逆に都合がいい。
ファンやパパラッチどころか猫の子一匹いやしない。
気晴らしのドライブでまでサインを強請られたんじゃウンザリするし、
一人で夜の散歩をしてるだけで写真撮られた揚句に
あちらに都合のいい捏造記事なんか書かれたら面倒だ。
すばらしきかな治安危険地帯。
強盗だって人影のないこんな所じゃ商売あがったりでシマを張らないし、
顔出しヒーローやってるおかげで暴走族に絡まれることもない。
まあ、喧嘩売ってきたら暗い所に移動してお相手するのも悪くないけど。
良い場所なんだけど、一つ失敗した。
…寒い。
まだ初夏にもならないこの時期、河を渡る風はかなり冷たい。
この数カ月、すっかり人肌に慣れてしまった身体が
20年以上に渡って飼いならした孤独を完全に忘れ去ってしまったようだ。
人間楽な方にはすぐ慣れるって本当だな。
…帰ろう。
結局のところどこにいたって一緒だったんだ。
虎徹さんがいないこの街では。
ああ、もういいや。
開き直って重いキャラで生きて行こう。
僕は寝ても覚めても彼の事ばかり考えています。
悪いか!ってね。
たぶん虎徹さんもそういうの嫌いじゃない。
もう骨の髄まで虎徹さん病に感染しました。
…あ、『病気』はまずい。
訂正、虎徹さん色に染められました。
うわ、自分で言ってても気持ち悪い。
でもまあ…そんなもんか。
そんな阿呆なことを考えていたら、
死んだように沈黙していた携帯がだしぬけに甲高い音を闇夜に響かせた。
―メール着信あり:虎徹さん
僕は慌てて新着フォルダを開いた。
To バニー
寝てたらごめんな。
こっちの用事が早く終わったから、明日の始発でSBに戻るよ。
そっちにつくのは昼過ぎだから、お前は仕事中かな。
明日の晩、出動なかったら飯でもどう?
もー、俺こっち帰ってから調子狂うわ。
三回くらい『どうするバニー?』って無意識で言って楓に
「お父さん、ウザい。バーナビーさんに嫌われるよ!!」って言われた。
ひどくね?俺一応あいつの親よ? (T_T)
法事でぼけーっとしてたらカッコ悪いとか罵られるし。
友恵の法事ならまだしも顔も見た事ねえ親戚の法事だぜ?
かーちゃんのねーちゃんの…ダンナ?
暇だから坊さんのお経の間、ずーっとお前のこと考えてたわ。
…ってキモかったらごめんm(__)m
俺どんどん重いオッサンになってくの感じるわー。
バニーちゃんに嫌われてたら俺もう生きてけないかも(^^ゞ
飯、明日の夕方ぐらいまでにはメールくれよな。
じゃ、おやすみlil’ bunny
僕はなんだか無性に嬉しくなった。
車に駆け戻り、ドアを閉めて結構な音量でラジオを流す。
「おかえりなさい!」
まだ帰ってきてもいない彼からのメールについそう言ってしまった。
重いの大歓迎、嫌うわけなんてない!!
だってそれはお互いがそれだけ求めあってるってことだ。
どれほど重くたって、相手も同じなら天秤は傾かない。
僕は返信を手早く打って送信した。
―明日の食事楽しみにしてます。
僕もずっとあなたの事ばかり考えていました。
おやすみなさい、my dear tiger
終り