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5.夜明け

 

あいつ本当に熱があるのか。

そう思うくらいバニーの攻撃は凄まじかった。

より的確により効果的に。

最小限の動きで最大限のダメージを機体に叩き込んでいく。

こうなるとパワードスーツの火力重視・機動力軽視の作りは弱い。

能力を発動したバニーの俊敏さをまるで捉えられていない。

火を噴く銃器はただ青い尾を引く兎の影を射るだけ。

「はああっ!!

気合一閃、強烈な蹴りがパワードスーツの装甲を大きく歪ませた。

「すげえ…。」

俺はバニーの戦闘力の高さに改めて感動した。

あいつはもともと機動力重視でヒット&アウェイ戦法が得意だ。

機動力のないパワードスーツはただ後手を引くばかり。

3分。

やれるかも…いや、バニーならやれる!!

 

「喰らえ!!

バニーは自分にマシンガンの照準を合わさせてから

初弾が来る前に懐に飛び込み、砲身の根元に踵落としを叩きこむ。

敵はその反動と照準が狂ったマシンガンの乱射で体勢が怪しくなった。

そこを突いてバニーが低く構えパワードスーツの膝関節っぽい部分に

強烈なローキックを喰らわせた。

重心の高いあの機体は一旦バランスを狂わせると脆い。

「これで終わりだ!!

Good Luck Mode!!

バニーは高々と舞い上がり、渾身の跳び蹴りを喰らわせた。

Tiger & Barnaby  Over&Out!!

操縦席の覆いが激しくへこみ煙を噴き上げ始めた。

バニーが素早く飛び退った次の瞬間、

燃料に引火したパワードスーツが派手な爆音を立てて四散した。

「やった!!

俺はバニーに駆け寄った。

「すげえ、お前身体はもうだいじょ…!!

バニーは俺の方を向くと、微かな声で何か言ってがくりと膝を突いた。

「おい、バニー!!

俺は地面にへたり込み俯いたバニーのフェイスガードを跳ね上げた。

蒼白の顔色。

額から流れ落ちる夥しい汗。

どう見ても能力行使で身体が限界を超えたとしか思えない。

俺は熱で痙攣するバニーの身体を支えた。

「…バカ!こんな体で無茶して…。」

でもあそこでバニーが発動しなかったら俺たち全員死んでいた。

「ありがとうなバニー…。」

バニーは不規則な息を吐きながらも微かに笑った。

「虎徹…さん…。後をお願い…します。」

「ああ、任せとけ。」

苦しかっただろうに、よく頑張ったな。

後はあの爺一人だ。

 

「ち…。どいつもこいつも役に立たん。」

CEOは辺りに倒れ伏すチンピラやパワードスーツの残骸を冷徹な目で一瞥した。

部下に対する思いなどこれっぽっちもない。

「やはり人間よりもアンドロイドで脇を固めるべきだな。」

はいはい。

お前のそういう考え、前に赤鼻のオッサンが散々御託並べたから

もう耳新しくもなんともねえんだよ。

「そんなに欲しけりゃテメエで創れ。バニーを巻き込むな!!

俺はバニーを背後に庇いCEOに怒鳴った。

「バカを言うな。H-01 のような優れた兵器が既にあるのに今更開発など!

CEOは何が悪いと言わんばかりに開き直っている。

あー、俺いっこだけロトワングの方がマシだと今思った。

土台はバニーの両親のパクリだとしても、

少なくともあのオッサンは自分で研究、発展させた。

それにくらべてこの爺はなんだ?

人のものを平気でかっさらって甘い汁を吸おうとする、その根性が気に入らねえ。

ロトワングがマーべリックにくっついたハイエナだとすれば、

この爺はそのハイエナにくっついた蛭だ。

だがこの展開はまずい…。

 

この爺はヒーローのバーナビーを脅迫、かつ俺たちを殺そうとした。

だが俺が把握している範囲内において、市民に被害がまだ出ていない。

こいつを確保する根拠がねえ。

無論俺たちも一市民には変わりない。

だがアレステクノロジーが兵器開発会社だと素っ破抜いていない今、

この爺は表向き何もしていないことになっちまう。

スーツ内蔵カメラとマイクで今の会話を記録できているが

確保する根拠としては弱い。

もっと決定的にアレス社の本性を暴露できれば…。

 

「で、ヒーロー諸君。私は何の罪で裁かれるのかね?

CEOはふんぞり返って偉そうに言った。

「証拠不十分で不起訴。この国は二重刑罰の禁止を法で定めている。」

くそ、その辺も踏まえてやってますってか?

俺たちが歯噛みしたその時、夜空に見慣れた飛行船が浮かびあがった。

側面に据え付けられた巨大モニターが緊急速報を流している。

そこには…。

「アレステクノロジー社、違法な兵器密輸で警察が強制捜査!?

俺がCEOの遥か後ろを見て叫ぶとCEOは顔色を変えた。

「どういう…ことだ…。」

奴も夜空の広告飛行船を呆然と見ている。

その時上空に聞きなれたヘリの羽音が響き渡った。

<今タイガー&バーナビーがアレス社社長と対峙しています!!

マリオの派手な実況がここまで聞こえる。

どうなってんだ一体!

 

―タイガー、バーナビー、聴こえるか。

斎藤さんの声だ。

―ロイズ部長とアニエスたちの調査が成功したよ。

―既にアレス社の悪事は司法局に告発された。

 

その時PDAがビープ音を響かせた。

<ボンジュール!ヒーロー!!

今度はアニエスだ。

<詳細はあんた達の方が分かってるわね。その悪党を捕えなさい!!

 

「了解!

CEONEXT能力者かどうかは不明だが、俺たちだけでも何とか…。

「ふ、ふはははははは…!!

CEOが壊れたように笑いだした。

「何がおかしい!!いい加減観念…何!?

CEOの後ろから新たなパワードスーツが現れた。

くそ!さすがにもう相手しきれねえぞ!!

「死ねヒーローども!!

パワードスーツが俺たちに銃口を向けた。

咄嗟に俺は動けないバニーを庇うように覆いかぶさった。

こんなとこで死ぬわけには!!

こんなとこで死なせてたまるか!!

 

その時パワードスーツが突如火を噴いた。

機体を覆う蒼い焔…。

俺は反射的にパワードスーツの後ろのビルを見上げた。

雨の夜空に浮かび上がる白と青の派手なマント。

「ルナティック!!

ゆらりと首を回し、ルナティックはCEOを指した。

「貴様の悪事は掌握している。」

「な…何を!!

CEOは知らぬ者のないクリミナルキラーの出現に動揺している。

「その罪科は既に白日の下に晒された。タナトスの声を聞け。」

燃える矢を番えたボウガンがCEOを狙った。

相変わらず何言ってるかさっぱりだな、あの野郎。

だけどはっきりしてるのは、CEOを殺る気だって事だ。

「待てルナティック!!

眼の前で非合法な処刑を見過ごすわけにはいかない。

俺が咄嗟に叫ぶとルナティックはゆっくりとこちらを向いた。

「この咎人まで庇い立てするか、ワイルドタイガー。解せぬ。」

「何が解せないんだよ!!

「この者を放置するは数多の無辜なる市井の民を死に至らしめる。」

…そう、だ。

それでも…ヒーローが人殺しを見過ごすわけには…。

だけどこの爺は何万もの人を殺そうと…。

「戦乱の神を騙る愚か者よ、死して罪を償え。」

「う、うわああああ!!!!

俺の逡巡の隙を突いて、炎の矢が放たれた。

「た、助けてくれ!!ギャアアアア!!

火を吹いて転げまわるCEOに二度、三度、青い炎が放たれた。

「ルナティック!!

「咎人に裁きを。それが私の定め。」

言うだけ言ってルナティックは姿を消した。

ごうごうと大雨が降りしきる闇の中、

もう動かなくなったCEOの上で青い炎がいつまでも揺らめいていた。

また眼の前でルナティックの凶行を止められなかった。

けれど、何より胸が重いのは…。

「俺…は…。」

奴を止める気も起きなかった自分の本心かもしれない。

「虎徹…さん…。」

バニーの小さな声に俺は我に返った。

「自分…を…責めないで…。」

それだけ言うとバニーは意識を失った。

 

 

それから俺は夜通しあちこち走り回るはめになった。

まず初めにバニーを救急車で病院へ。

バニーはひどい肺炎を起こしていて、数日入院する必要があると言われた。

そのまま付き添ってやりたかったが、そうもいかなくて

司法局やら会社やら警察やらを右往左往。

電話で済ますには事情がややこしすぎたのもあるが、

危ない橋を渡ってくれたロイズさんやペトロフ管理官に直接会って礼を言いたかった。

そんなこんなで、俺がフラフラになりながら

バニーの病室に顔を出せたのはもう明け方になる頃だった。

さすがに寝てるかと思ってそっと中に入ると、

バニーは横たわったまま窓の向こうに昇る朝日を見ていた。

「バニー、気がついたんだな?

「虎徹さん…。」

バニーはゆっくりと首をこちらに巡らせた。

「身体はどうだ?

俺は傍の椅子に腰を下ろし、バニーの額にそっと触れた。

「まだ少しだるいですが、さっきよりは随分楽になりました。」

バニーはまだ少し青い顔で笑った。

熱は完全には下がっていないが、確かにさっきほどではない。

点滴がよく効いているんだろう。

「無理するなよ。肺炎こじらせると命に関わることだってあるんだ。」

俺がそう言うとバニーは少し微笑んで小さく頷いた。

「虎徹さんは怪我はないんですか?

「ああ、俺は数ばっかのチンピラしか相手にしてねえからな。」

俺がそう言うとバニーは困ったように笑った。

「それでも1分で殲滅できる数じゃありませんでしたよ。」

ああ、車内のモニターで見てたのか。

よかったー、1分で全滅できて。

あんなこと言って討ち漏らしたらカッコ悪いからな。

「凄かったです…。あの時の虎徹さん。」

「惚れなおした?

「そういうこと言わなきゃもっと格好いいのに。」

バニーは呆れたように唇を尖らせた。

そしてややあって、真剣な面持ちで言った。

「あれから…事件はどうなったんですか?

俺は首を横に振った。

 

警察がアレステクノロジー社に踏み込んだ時にはもぬけの殻だったらしい。

たぶん、警察内部にウロボロスと内通している奴がいたんじゃないかとか、

いろんな話が出てるけどまあその辺は憶測の域って奴だ。

あの社長もトカゲのしっぽだったみたいだな。

『尾を咥えた蛇』のトカゲのしっぽ切りってのも変な例えだけど。

…まあ、お前が20年かけて調べても手掛かりひとつ掴ませないような組織だ。

警察がちょっと調べただけで捕まるならゃお前も苦労しないよな。

真相は闇の中…てとこだな。

 

「そう…ですか。」

バニーはすこし気落ちしたように眉根を寄せた。

「ルナティックはなぜCEOを殺しに来たんでしょう…。」

バニーは腑に落ちないという表情で言った。

「兵器密輸なら間接的には人が死にますが、それだけでしょうか…。」

確かにルナティックの殺しは独善的ではあるがあくまで犯罪者の粛清だ。

俺もその点は気になって警察と司法局で聞いてみた。

「あの社長、社内の役員を何人も謀殺してたらしい。」

 

なんでもアレス社は先代まではオーナーの名字を冠した

普通の精密機器会社だったらしい。

それがあの禿爺の代になって、まともな社内勢力を全て抹殺して

実態を兵器密輸会社に路線変更したそうだ。

自分の親父を殺して会社を乗っ取ったって話もあるらしい。

その頃から蛇のタトゥをしたガラの悪いのが社内に跋扈して

今のアレステクノロジーになっていったそうだ。

 

「こんな近くにウロボロスがいたのに…何も気づかなかったなんて…。」

バニーは俺の話に溜め息をついた。

ロイズさんのメールがふと脳裏によぎる。

真実に気づいても記憶を上書きされてたかもしれないと。

でもそのことには触れたくない。

なんにせよ、もう終わった話だ。

アレスの事もマーべリックの事も。

「あ、あのさ。バニーにはいい話も預かってきたんだ。」

俺はバニーに元気出して欲しくて、ことさら明るい声で言った。

「なんですか?

「ロイズさんが、お前のスポンサー見なおそうって。」

 

今回の事件はマーべリックの縁故スポンサーが起こしたことだろ。

これを機にマーべリックに縁のあったスポンサーは全部切ろうって。

そこと同じくらいかそれ以上の支援者が列を作って待ってるから、

お前は何も心配しないで良いからってさ。

ロイズさん、ほんといい人だよな。

お前がまたゴシップで叩かれるんじゃないかって心配してた。

もう報道関係には手を回してるから何も心配しないで良いからってさ。

だからお前はゆっくり休んで、早く身体治せよ。

 

俺がそう伝えるとバニーは嬉しそうに笑った。

「虎徹さん…。」

「ん?

バニーはゆっくり起き上り、傍に座っていた俺に腕を回すとそっとキスした。

「ありがとうございました。『護る』って言ってくれたの、すごく嬉しかった…。」

まだ青い頬をうっすらと染めて笑うバニーが可愛くて

俺もバニーを抱きしめてキスした。

「俺もお前の護りたいって気持ち、嬉しかったよ。」

 

いつまでも抱き合う俺たちを昇りはじめた朝日が照らす。

いつの間にか雨は止み、窓の向こうは綺麗な青空。

ずぶ濡れ兎が飛び込んできた長い長い夜が漸く明けた。

 

 

終り