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ペナルティ

 

「バーナビーブルックスJr、業務上過失致傷で3日間の活動謹慎処分とする。」

ユーリの厳粛な声にバーナビーは被告人席で項垂れ、小さな声でハイと呟いた。

その彼の後ろでガタンバタンと法廷に似つかわしくない騒音を立てて男が立ち上がる。

「待ってください!裁判官さん、バニーは悪くないんです!!こんなの不公平だ!!

無実だといわんばかりの虎徹の態度にユーリは眉根を寄せた。

「傍聴人はお静かに。これは法に則った判決です。」

「原告は犯罪者だろ!!あれは任務遂行上、必要な処置だったはずだ!!

「虎徹さん、いいんです。僕が悪いんです。」

「よくねえよ!だってお前は…!!

「静粛に!!

原告は別件で拘置中。

ヒーローの身元保護の原則のため原告側弁護士も別室でモニターを通じての簡易裁判。

ゆえに被告人と騒々しい傍聴人、

要するに渦中のヒーロー二人しかいない小さな法廷とはいえ、

まるで冤罪裁判のような言われようにユーリは不快の色を隠そうともしない。

「確かに原告は罪を犯しています。ですがそれが本件の正当性を立証するものではない。」

不服を隠そうともしない虎徹を振り返り、

バーナビーは力ない笑顔を浮かべ首を横に振った。

「判決に従います。お手数をおかけしました。」

素直に一礼したバーナビーの態度にユーリはふうと息を吐いた。

「貴方の気持ちは分かります。ただ、少し度を越してしまいましたね。」

「だから、こいつはただ俺を助けようと!!お願いします、分かってください!!

恩赦を縋るような虎徹の言葉にバーナビーはまた首を横に振った。

「いいんです。貴方が無事なら三日の謹慎くらい。」

なにもヒーローライセンスが剥奪されたわけじゃない。

経歴に少し傷がついたが、それで大切な人を護れたのなら些細な代償です。

そう言い募るバーナビーに虎徹は悔しそうな表情を浮かべた。

「ごめん…。俺のせいでお前のキャリアに傷が…。」

「こんなの傷のうちにも入りませんよ。それより少し疲れました。」

「そうだよな、慣れない裁判で気疲れしたろ。可哀そうに…。」

場所柄もわきまえずいちゃいちゃしそうな雰囲気を察して

ユーリは鬱陶しげな表情を浮かべひらひらと手を振った。

「さっさと退廷して自宅で謹慎してください。その続きはその後でご自由にどうぞ。」

早く帰れ。

ユーリはそう怒鳴りたいのを押し殺して何とか穏便に言った。

「はーい、失礼しまっす。」

「失礼します。」

退廷していく二人を見送りユーリは心底疲れ切った溜め息をついた。

「二人ともタナトスの声を聞け…。」

 

 

ことの起こりは三日前に遡る。

とある廃ビルの屋上で一人の女性が飛び降り騒ぎを起こした。

「死んでやる!絶対死んでやるんだから!!

「落ち着くっす!!早まっちゃダメっす!!

ミスバイオレットがビルの屋上に上がり女性を何とか説得しようとした。

「そこは危ないからこっちへ…。」

「来ないで!!

女性は古びたフェンスの向こうでヒステリックに叫んだ。

もう数十分はこんなふうだが、いつそこから身を躍らせるか分からない。

「嫌よ!絶対ここから飛び降りるんだから!!

もう何度となく繰り返された会話。

マスクのモニター越しにその会話を聞いてバーナビーは溜め息をこぼした。

「死ぬ気があるならもう飛んでるだろう。何が目的だこの女。」

向かいのビルの屋上でバーナビーは露骨に嫌そうに言った。

「死ぬ死ぬと騒げば周囲が言うことを聞くとでも思ってるのか。甘えるな。」

親しい人の非業の死を幾つも経験させられたせいか、

自分の命を盾にするような輩にバーナビーは人一倍手厳しい。

そんな彼の回線にくっくっと笑う相棒の声が聞こえた。

「まあそう言うなって。これも人助けだよ。」

女のいる位置からは真横にある非常階段に待機中のタイガーが

クローズ回線でバーナビーを宥めるように言った。

「どんなアホだって目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いだろ?

タイガーの言葉にバーナビーは渋々頷いた。

「どんなアホだってしくじったらこっちの責任ですからね。」

タイガーはワイヤーでの空中捕捉。

バーナビーはそれが失敗した時の対空救助要員だ。

「しかし結構な高さだな。マジでしくじったらアウトだ。」

タイガーはいささか不安げに下を見下ろした。

ブロンズの薄汚い裏路地に叩きつけられて死ぬなんて

たとえどんな事情があって自分で選んだ末路だとしても哀しすぎる。

「こういう時にスカイハイがいればなあ。」

「一部のみなさんは銀行強盗を追跡中です。援護は期待できませんよ。」

バーナビーは無い物ねだりはよせというようにバッサリと言い捨てた。

いざ女が飛び降りたらすぐ動けるように背中のブースターをオンにして

眼の前の中空を睨み据えたまま。

文句を言いながらも仕事は一部の頃と変わらないプロの姿勢だ。

タイガーは頼もしげにバーナビーの姿を見つめて頷いた。

「何があっても俺たちで救出するぞ。」

「当然です。」

 

動きがあったのはその僅か数分後だった。

「タイガーを呼んで!彼なら私の話を分かってくれるわ!!

ビルの上で女が突然叫んだ。

「へ、俺!?

だしぬけに指名され、タイガーがわけも分からないまま

非常階段から身を乗り出し女の方を見た。

「タイガーがここに来てくれるなら思いとどまるわ!!

その言い草にバーナビーは舌打ちした。

「やっぱりただの脅しだったのか。何様だと思ってるんだあの女。」

生きたくても生きられなかった人々を何人も見てきた彼にとって

自分の命を他者への脅迫材料にするようなこの手の人種は一番嫌いなタイプだ。

「どうせ自分勝手でろくでもない要求に決まってる。」

吐き捨てるようなバーナビーの言葉に同意しつつも

タイガーは無碍にも出来ないと腰をあげた。

―タイガーさん、聞こえますか?こちらへ応援お願いします!!

屋上のミスバイオレットが無線でタイガーを呼んだ。

「おう、聞こえてる。今そっちへ行くって姉ちゃんに言ってくれ。」

タイガーはバイオレットにそう応答し、向かいのビルに向かってサムアップした。

<行ってくるわ。>

―バーナビーさん、念のためそちらのスタンバイ続けてください。

一部にいた頃の機材を使っているアポロンコンビと違い

彼らの装備は事実上コスプレと市販の通信機器という程度の性能だ。

無線の音声はタイガーと同じ傍受システムを持つバーナビーにも聞こえた。

「了解。くれぐれも彼女を刺激しないで。」

その声にタイガーは苦笑した。

今この場にいるメンバーで一番女を刺激しかねないのはバニーちゃんだろうと。

やがてタイガーの説得に応じたのか、

女が古いフェンスを乗り越え屋上の向こうに戻っていった。

「やれやれ、これで一件落着か。」

バーナビーも撤収しようと背中のブースターをオフにして

その場を立ち去ろうとした時だった。

 

「タ…タイガー先輩!!

ミスバイオレットの悲痛な声が無線を通じて耳を劈いた。

「どうしました!?

バーナビーは弾かれたようにビルの窓から身を乗り出した。

「タ、タイガー先輩がたた…大変なことに!!

「落ち着いて!!何があったんです!!

動転するバイオレットの無線にバーナビーが叫んだのとほぼ同時に

彼女の背後で狂ったような笑い声が聞こえた。

「やったわ!!これでタイガーはずっとずっと私のものよ!!

 

「あの女、一体何を!?

再度ブースターを噴かせバーナビーは向かいのビルへ急行した。

そこにいたのはバイオレットと笑いつづける飛び降り女だけだった。

タイガーの姿はどこにもなく、飛び降り女は青く発行している。

「おい貴様!タイガーさんは!?

こいつはもはや要救助者ではなく犯人だ。

バーナビーは敵意も露わに女を睨み据えた。

「聞こえないのか!タイガーさんをどうした!!

「そ、それが…。」

バーナビーの後ろでバイオレットが女の手元を指さした。

そこには女が大事そうに捧げ持っているものが指の間からちらりと見えた。

「携帯?あれがどうしたんです。」

「タ、タイガーさんがあの中に…。」

「は!?

その言葉にバーナビーは信じられないという表情を浮かべた。

「あの女がタイガーさんの写真を撮ったらタイガーさんが…。」

うふふふと得意げに女はスマートフォンの画面をバーナビーに見せた。

「タイガーさん!?

画面の向こうでタイガーがここから出せと言わんばかりに硝子を叩いている。

だがその身体が発光しているにもかかわらずガラスには罅一つ入らない。

どうやら一種の異次元らしく、閉じ込められた者の能力は無効化されるようだ。

「貴様、写真で相手を閉じ込めるNEXT?

忌々しげなバーナビーに女は得意そうに頷いた。

「そうよ。これでタイガーはずっと私と一緒に居るの。もうどこにも行けないわ。」

「初めから、これが狙いだったんだな。自殺騒ぎは狂言だったと。」

うふふと笑いながら女は頷いた。

「タイガーはかよわい市民に優しいもの。こうすれば絶対にうまくいくと思ってたわ。」

そう言って女は満足げにスマホに口づけた。

画面の向こうで虎徹が嫌そうに顔を顰めフェイスシールドを下ろした。

「可愛い。タイガーって日系なのよね。こういう奥ゆかしいところが素敵よね。」

どことなく勝ち誇った顔で女がバーナビーを見た。

 

どうしようとバイオレットがバーナビーを見たその時だった。

「きゃああ!!

バーナビーは女を容赦なく殴りつけると持っていたスマートフォンを奪い取った。

「能力を解除しろ。」

「嫌よ!!タイガーは渡さない!!私とずっとずっと一緒に居るんだから!!

半狂乱でスマホを取り返そうとする女にバーナビーは舌打ちした。

「預かっていてください。」

バーナビーはスマホをバイオレットに押し付けると、

女の手を後ろに捻りあげた。

「痛い!市民に何するのよ!!

「今の貴様はただの犯罪者だ。大人しく言うことを聞け。さっさと能力を解け。」

女は強情に首を振りつづけた。

「嫌よ!デビューしてからずっとずっとタイガーだけを見てきたのよ!!

 

彼が左手に指輪をしてることは知ってたわ。

奥さんがどこのだれか分かったら永遠に閉じ込めてやろうと思ってた。

だって私にはそれが出来るもの!!

でも死んじゃったんだってね?

あははは!

タイガーを一人占めするから罰があたったのよ!!

トップマグに居た時からずっとファンレターを送りつづけたのに

アポロンに移籍した途端タイガーったら全然返事もくれないんだもの。

正直言ってアンタも目障りだったのよねえ。

コンビだからってずっと一緒に居るとか、ありえないでしょ?

でもやっとチャンスが来た。

タイガーを永遠に離さないチャンスがね。

もう分かったでしょ!

さあこの手を放しなさいよ!!

 

気違いじみた口上にバーナビーは心底蔑んだ表情を浮かべた。

どうやら同時に複数の相手をカメラの中には閉じ込められないようだ。

「言いたいことはそれだけか。タイガーさんを解放しろ。」

「だれが!アンタの言うことなんか聞かないからね!!

バーナビーは後ろ手に捻りあげた手を解放した。

「うふふ、おバカさん。」

咄嗟にバイオレットに駆け寄ろうとした女の首にすぐさまバーナビーの手が掛かる。

「バカはどっちだ。」

 

バーナビーは女の襟元を掴んで古いフェンスに歩み寄った。

軽く蹴飛ばすと老朽化した柵はがしゃんと乾いた音を立てて倒れた。

「ちょ…どうする気よ!!

バーナビーは女の首根っこを掴んだまま倒れた柵を踏み越えビルのヘリに立った。

「タイガーさんの奥さんは『罰が当たった』んだっけ?

シールドを跳ね上げたバーナビーは女の首を掴んだままビルのヘリに立たせた。

「ちょっと…アンタ何やってんのよ…。」

「どこの誰か分かったらどうする気だったって?

TVでは聞いたこともない乾いた声に女は唾を飲み込んだ。

「分かるよ。大切なものを奪われる怒り。」

バーナビーは片手で女の首を持ったまま、自分もビルの端に上った。

「分かるよ、自分の大切なものを横取りされる不愉快さ。」

女の身体が小刻みに震えはじめた。

「僕も今、全く同じものを感じてるよ。君に対してね。」

その言葉に女の息が不規則になった。

「大切な人、その人の大切なものを侮辱された怒り、君なら分かるよね?

ぐいと喉元を圧迫され女が咳き込んだ。

「待って…。ねえ、ヒーローがこんなことして…。」

「ここから飛び降りるって言ってなかったっけ?…手伝おうか。」

 

バイオレットはバーナビーのまさかの行動に言葉を失った。

「タ…タイガーさん!どうしたら!!

縋る思いで画面を見たバイオレットはタイガーの口の動きに気がついた。

「バーナビーさん!タイガーさんが!!

バイオレットは画面をバーナビーに向けた。

<やめろ!それ以上はお前の身が…!!

 

言葉は直接には聞こえなかった。

だがその言葉の意味を理解したうえで、バーナビーは女ごとビルから身を躍らせた。

その瞬間スマホが大きく振動した。

「バニー!!

「うわああ!!

ひときわ大きな声と光る画面に驚いたバイオレットがスマホを放り出した。

光はそのままタイガーの姿となり、屋上の床にがしゃんとスーツの音を軋ませた。

「タイガー先輩どうして!?

「バニー何やってんだバカ!!

スマホから飛び出したタイガーはそのままビルの端へと駆け寄った。

屋上から身を乗り出してみると、ギリギリまで自由落下した

バーナビーは一気にブースターを噴かせゆっくりと降り立った。

下で待機していた警察に何やら話し女を引き渡している。

強引に飛び降りさせられ、失神したのかぐったりとした女を二人の警官が

その両脇を抱え警察車両に押し込んで走り去っていった。

「…ムチャしてんじゃねえよ…。」

どっと気が抜けたタイガーはその場にへたり込んだ。

見れば地上でこちらを振り返ったバーナビーがサムズアップしている。

「何やってんだよバカヤロー!!

虎徹は一度サムズアップした指を下に向けた。

地上でバーナビーが笑っている。

 

 

その翌日、バーナビーは司法局から無茶な確保を咎められ呼び出された。

タイガーを救出するための行動にしてはいささか手荒に過ぎたと。

結果論として、女がスマホから一定距離以上離れたので

タイガーにかけられた能力は解除された。

だが当局はバーナビーがそれを見越しての飛び降り行為とは判定しなかった。

その結果が3日間の自宅謹慎だ。

その顛末にロイズは長い溜め息をつき、ベンは大笑いした。

「…バーナビー君、君ねえ…。」

「その…いろいろとご迷惑をおかけしました。」

「うん…まあ、次からは気をつけてね?

「クールで賢い奴かと思ってたら虎徹に似ちまってまあ。」

「ベンさん酷でえ!!俺でもあれはしませんよ!!

そう言ったら叱られ慣れていないバーナビーがしょんぼりとうなだれたので、

虎徹は家まで送ってくると言ってバーナビーを連れ部長室を逃げるようにあとにした。

 

「バニー…。ありがとうな。」

バーナビーの家に向かう車の中で虎徹は言った。

「虎徹さんだって僕がああなったら助けたでしょう。お互い様ですよ。」

バーナビーの言葉にハンドルを切りながら虎徹は首を横に振った。

「お前、あの女が友恵の事なんか言った時にブチ切れたろ。」

硝子越しに聞こえたバーナビーの怒りの声に虎徹は手で顔を覆った。

バーナビーが友恵の死を『罰が当たった』と侮辱されたのに激怒し

あんな無茶な行動に出た。

「大切な人の大切なものを侮辱された怒り」

そのために自身の立場まで危うくするような暴挙に出るほど、

バーナビーは自分を想ってくれていた。

友恵はただバーナビーを傷つけるだけの存在じゃなかった。

彼は友恵との過去丸ごと自分を想ってくれている。

そのことが虎徹はただ嬉しかった。

バーナビーが言いようもなく健気で、この上なく愛おしかった。

「ほんと、俺は果報者だよ。お前と出逢えてこんなふうに想ってもらえて。」

照れ屋な虎徹の口から聞かされる率直な想いの言葉に

バーナビーは頬を染め、ふいと助手席の窓に額を預けた。

「友恵さんがあんな女に好き勝手言われるのが腹が立っただけですよ。」

硝子に照れた顔を映したままバーナビーは目を閉じ寝た振りをした。

「お前がそこまで頑張ってくれたんだ。俺もお前の事護るからな。」

この件でバーナビーを責めるものがいたら俺が許さない。

その言葉にバーナビーの閉じた眦が微かに潤った。

法廷で必死に自分を庇おうとした彼の優しさが胸に蘇る。

「なんだったら連帯責任で俺も3日謹慎しようかなあ。お前んちで。」

その言葉にバーナビーはぷっと吹き出した。

「それじゃ謹慎になりませんよ。」

「いいんだよ。司法局も謹慎喰らわせたってポーズが必要なだけなんだから。」

虎徹の憚りない言い草にバーナビーは今度は声をあげて笑った。

「じゃあ、処分受けてちょっと傷ついたんで慰めてください。」

その意味深な表情に虎徹は口の端だけで笑った。

「よろこんで。」

 

終り