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プレゼントを君に


「なんすか、この段ボール。」

俺は会議室のテーブルと言わず床と言わず、

無造作に積み上げられた段ボールの山を見て首を捻った。

「ファンから送られてきた誕生日プレゼントだよ。バーナビー君のね。」

ロイズさんは面倒そうにそれらを一瞥し、俺に向き直った。

「虎徹君、悪いけどこれチェックしといて。」

「は、チェックって?

そう聞くと、ロイズさんはまた面倒そうに眉を寄せる。

X線検査とかは終わってて、特に危ないものはもうハネてあるから。」

ロイズさんは手に持っていたチェックシートを俺に渡し、

じゃあよろしくと説明もせずに忙しなく出ていった。

 

X線検査するの!?ファンからのプレゼントに??

大手企業の考えることはよくわからん。

それ以上に分からないのは…。

「…誕生日に危険物送りつけられてんのかよ、あいつ…。」

そういやたまにあるよな。

人気アイドルが顔に塩酸掛けられたりとか。

もっともバニーにそんなことする奴は相当な命知らずだとは思うが。

多くの女性を虜にする王子様は、

見方を変えれば非モテ男の憎悪の対象ってことか…。

 

「確かに、本人に渡す前にチェックが要るよな。」

去年の自分ならこんな仕事、さぞ文句タラタラでやっただろうなあ。

俺はアイツの付き人じゃねえとか言って。

俺はそう思い苦笑した。

もちろん今は違う。

あいつに危害を及ぼすようなものを、俺が事前に始末できるんだ。

喜んでこの仕事やらせてもらうぜ。

「可愛いバニーちゃんに怪我させてたまるかっつーの。」

俺はシャツの袖を捲り、段ボールと向き合った。

 

ロイズさんのおいていったチェックシートによれば、

爆弾とか刃物とか化学薬品系などの、

<空港で機内に持ち込もうとしたらテロリスト扱い>的な危険物は

社のセキュリティによって既に除去されているとのことだ。

手紙にカミソリとかならまだしも、

さすがに爆弾出てきたら、本人に来てもらうしかねえなあ。

…あれ?

じゃあ、俺が除去する対象って何なんだ?

俺は首をかしげながら手近にあった段ボールを開いた。

手紙、手編みのマフラー、香水…。

どれがよくてどれが悪いかさっぱり分からない。

「なんか、こういうプレゼントを俺が処分するのって気が引けるなあ。」

チェックシートを見ながら俺はぼやいた。

 

破棄する物品

手作りの食品・・・何が入っているか分からないため

香水・トワレ類・・・劇薬である可能性もあるため

生体からなる有機物質

 

趣旨は分かるけど、手作りのものとか抹殺するのは特に気が引ける。

もちろん毒が入っている可能性もあるから、情に流されるわけにもいかない。

心の中でごめんなと謝ってからゴミ袋へ入れた。

「最後の奴、意味分かんねえぞ。有機物質って、野菜とかか?

野菜ってやっぱり人参だろうか。

いや、それ以前になんでそれが除去対象なの?

そんなどうでもいい事を考えながらリストに引っかかったものを

大きなゴミ袋に放り込んでいった時だった。

俺は箱の中から出てきたそれを見てドン引きした。

 

「うっわ…。こいつら最低…。」

それを見て、俺は人手によるチェックの真意を理解した。

それは絶対にバニーには見せられない、最悪の贈り物だった。

 

裸の男の写真。

しかも、カメラの前で耽ってやがる。

男なら誰でも分かる、独特な臭いのする白濁した液体の入った瓶。

<生体からなる有機物質>…って、これかよ!!

 

それらはおそらく、一人分ではなかった。

複数の男が、あいつをそういう目で見ている。

手の届かない美しい偶像を穢す妄想を、本人に叩きつけようとしている。

 

「こいつら…どこの誰だ!ぶっ殺すぞ!!

変態どもの送ってきたものをゴミ袋にぶち込みながら、俺は本気で吠えていた。

その時くすくすと小さな笑い声が聞こえた。

「社内で物騒ですよ、虎徹さん。」

ふいに背後から掛けられた声に、俺は慌てて手にした変態写真を破り捨てた。

振り返るとバニーが入口に寄りかかって笑っている。

「あ、バニー。こっちくんな。見ないほうがいい。」

バニーが余計なものを見ないように、俺は手を突き出して来るなと制した。

「大丈夫。何が送られてきたかは想像つきますし、慣れてます。」

意外にもバニーは落ち着いた声でそう言った。

 

「よく…あるのか?こういうこと…。」

言いながらも俺はそこらにあった変態どもの贈り物を纏めてゴミ袋に投げ込んだ。

「たまに、社のセキュリティをすり抜けてくるのがあるんですよ…。」

困ったような顔で笑い、バニーは別の段ボールを開いた。

「こうして送られてくる物の9割は、ファンの方の好意なんですが…。」

バニーは箱の中から手編みのマフラーを取り出し、

拙い編み目を微笑ましげに眺めながら、こともなげに恐ろしい事を言った。

「残りの1割は悪意と狂気ですね。」

悪意と狂気って…。

外に出たら5秒で人垣ができる、今をときめくKOHの言葉とは思えない。

「人目にさらされるって、そういうことなんですよ。」

なんで、そんなに平気そうな顔で言えるんだ?

俺は口に出さなかったが、頭のいい相棒は理解してしまった。

「もともとウロボロスを誘き出すための顔出しヒーローですから。」

「こんなもんじゃなく、狙撃くらいは覚悟してたってか。」

塩酸や毒入りケーキなんかじゃ済まない、

犯罪組織の本気の殺意をその身に受ける覚悟あってのメディア露出…か。

だがそれとこれとは悪意の質が違う。

「それにしたって、これは酷過ぎる。」

ある意味、口封じの狙撃のほうがまだまともな思考回路だ。

俺は腹が立ってゴミ袋を蹴りつけた。

「ロイズさん、作業を頼む人選を間違えましたね。」

バニーは苦笑しながら言った。

 

君の身の安全を一番に考えてくれそうだから、虎徹君に頼んだよ。

ロイズさんはそう言ってました。

でも、こういうものを虎徹さんが見てしまったら、

僕以上に不愉快な思いをするんじゃないかと思って来たんですが…。

すみません、やはり嫌な思いをさせてしまいましたね。

 

「なんでお前が謝るんだ。悪いのはこの変態どもだ。」

バニーは静かに首を横に振った。

「貴方に不快な思いをさせたのに、そうやって憤ってくれることが嬉しいんです。」

だから、僕は貴方に謝らないといけないんですとバニーは言った。

「…おまえ、いろいろ考えすぎだよ。」

俺はバニーの頭を軽く小突いた。

「俺は、お前の保安係を任命されて嬉しかったんだからさ。」

そう言った途端、バニーは頬を僅かに染めて嬉しそうに笑った。

「そうそう。そんな顔見せてくれたら、それだけで十分だから。」

俺はなんか嬉しくなってバニーに抱きついた。

 

「じゃあ、虎徹さんの誕生日の時は僕に保安係やらせてくださいね。」

バニーは屈託なくそう言って笑っている。

「そうだな、俺に危険物送ってくる物好きがいたら…。」

見てみたいけどなと言おうとしたら、バニーの膝が軽く持ち上がった。

「そいつを探し出して蹴りいれてきますよ。」

…犯人さん逃げて―。

「うん、まあ、それより先に自分に変なもの送りつけた奴蹴ってきたら?

「それもそうですね。ウロボロスよりは楽に見つけられそうだ。」

冗談だったんだけど。

今夜シュテルンビルト湾に死体浮いてたらどうしよう。

バニーのアリバイ偽証でも考えといたほうがいいかもしれない。

俺はこのどこかズレた相方が

愛おしいのか恐ろしいのかどっちなんだろうと思った。


終り