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C再誕

 

圧倒的有利かと思った闘いは思いのほか拮抗した。

老人は齢80を超えていると思われるのに、

痩せて軽くなった体を活かして敏捷に動き回る。

無論、NEXT能力など発動していない。

「うわ、なんだこの爺!

「若い時は軍属で鳴らした猛者って感じですね。」

虎徹とバーナビーはウロボロスとはいえ

頭脳担当だとばかり思っていた老人の格闘術に舌を巻いた。

「ふぉっふぉっ。人を見る目はあるようだな。」

老人はそこかしこ抜けおちた黄ばんだ歯を見せて嗤った。

「お前らみたいな見世物英雄にワシが捕えられるかな?

その言葉にバーナビーは長い脚を振り払い素早い連撃を叩きこんだ。

老人だからと言って加減する気は微塵もない。

だが老人も負けてはいない。

ヘタな武器より遥かに殺傷力のあるバーナビーの蹴りを

無駄のない足捌きで避ける。

「手錬だが、いかんせん歳だな。」

虎徹は老人が防戦一方になりはじめたのを見て呟いた。

やつが50歳若い時なら相当苦戦しそうな相手だ。

「喰らえ!

パンパン!

破裂音が朽ちたコンクリートに反響した。

だがバーナビーはひらりと蜻蛉を切って弾丸をかわした。

「バニーお前気をつけろよ!?

発動中とはいえ生身だ。

虎徹はバーナビーの前に立ちはだかるように躍り出た。

能力は切れたがスーツを着ている以上バーナビーの弾よけにはなってやれる。

無論、ヒーローの矜持にかけて老人に後れを取るつもりもない。

「うらあ!

「甘いわ!

拳銃を狙ったワイルドシュートを老人が銃で撃ち返そうとした。

「はっ!

鋭い声とともにバーナビーが虎徹の肩越しに何かを投げた。

100倍の投擲力で投げつけられたそれは拳銃などよりよほど威力があった。

「ぐ!

空を切ったのはタンクの破片だった。

ぐさりと突き刺さった右肩から鮮血を噴いて老人が地に膝を着く。

神経を切ったのかだらりと上肢が垂れ下がり、

カランと乾いた音を立てて拳銃が転がり落ちた。

「そらよっと。」

虎徹が咄嗟にそれを蹴り飛ばし老人の手の届く範囲から遠ざける。

「アンタの負けだよ爺さん。」

虎徹はそう言いながら同時にワイヤーで老人を拘束した。

「バニー、ナイスシューティング。」

「急所を外してしまいましたからナイスとは言えませんよ。」

ハナから急所など狙ってなどいなかったくせにと

虎徹は口ほどには非情になれない相棒に苦笑した。

「それで…だ。」

虎徹は老人を持て余したように見つめた。

「さてこの爺どうするかな。NEXTだと厄介だ。」

バーナビーはその言葉にリリスを振り返った。

「貴女の出番ですよ。」

リリスは痛む脇腹を押さえ老人に歩み寄った。

キィンと鋭い音がして青い光に包まれる。

「貴様…!

老人が逃れようと暴れたが虎徹がワイヤーを締め上げ失神させた。

リリスは老人にしばらく手を触れると二人を振り返った。

「これでこいつは半日ほどは能力発動できないわ。」

その言葉にバーナビーがふうっと溜め息をついた。

「貴女の力がリカバリでなくてよかったですよ。」

「…本当にごめんなさい。」

バーナビーの嫌味にリリスは申し訳なさそうに俯いた。

「ん、なにそれ。何の話?

虎徹は二人の顔を交互に見て首を傾げた。

「いえ、何でもありません。」

バーナビーは言外にそれ以上突っ込まないでくれと首を振った。

彼女の誘いに応じたことが、今になって考えると

ワイルドタイガーワンミニットへの侮辱に値するような気がした。

1分という厳しい制約の中で

虎徹はこうして自分を救いに来てくれたというのに。

けれど、彼女の能力がリカバリであってくれればという気持ちも確かにある。

そうすれば二人もっと高みを目指すこともできたのにと。

結局、能力の再生など叶わぬ願いだったのか。

バーナビーは小さく息をつき肩を落とした。

 

ふいに遠くから緊急車両のサイレンが聞こえた。

「やれやれ、これで一件落着だな。」

虎徹は周囲を見回し、古びた籠の中にそれを見つけた。

「バニー、他の連中が来る前に着替えとけ。」

籠の中に丁寧に畳まれたバーナビーの着衣とPDAや携帯が入っている。

「そうですね。ちょっと失礼します。」

バーナビーは籠を持ち隣室の壁の陰に隠れた。

「なんだよここで着替えりゃいいだろ。」

「勘弁してくださいよ、女性もいるのに。」

ごそごそと衣擦れの音をさせながらバーナビーが口を尖らせる。

「その女がお前をひん剥いたんだからもう一緒だろ。」

リリスは今更思い出したように顔を赤らめた。

「あの、本当にごめんなさい…。私必死で…。」

「蒸し返されるとこっちが居たたまれないんで、忘れてもらえませんか?

バーナビーは手首にPDAを巻きながら物陰から戻ってきた。

呼び出し受信サインが点滅しているのをオフにしたバーナビーは

ふと思い当って携帯をポケットから取り出した。

着信履歴を見るとびっしり並ぶ「会社」とそれ以上に多い「虎徹さん」。

皆が自分の失踪を案じてくれたのがそれだけで十分わかる。

「虎徹さん、ご心配をおかけしてすみませんでした。」

バーナビーは虎徹に軽く頭を下げた。

「ん、ああ…。お前が無事でよかったよ。」

虎徹は培養液と汗で縺れたバーナビーの髪を梳きながら言った。

「お前ほどの猛者が拉致されたんだ。どんな怪我してるかと心配だった。」

薬で眠らせて能力を封じられただけなら外傷はないはずだが。

虎徹は心配そうにバーナビーの身体を見つめた。

「本当に怪我はないな?

バーナビーは頷いた。

「強いて言えば、人前であられもない姿にされた心の傷でしょうか。」

今更恥ずかしげに身を捩るバーナビーに虎徹はぶはっと吹きだした。

「よく言うよ!全裸で爺に蹴りかましといて!!

「ああ、この老人にも余すところなく僕の身体を見られてしまいました…。」

俯いて悔しそうに呟くバーナビーに虎徹の中で何かがブチ切れた。

つかつかと老人に歩み寄り襟元を掴んで締め上げる。

「おい爺もう一発殴らせろテメエよくも俺の・・・」

すっかり虚脱した老人の胸倉を掴んだ虎徹をバーナビーが回収した。

「冗談ですからその辺で。スーツに録画されてるの忘れないでくださいよ?

「だってバニー、こいつお前の裸見たんだぞ?

バーナビーは苦笑して虎徹を宥めた。

俺の、の続きを聞いてみたかった気はしたけれど。

 

やがて現場に到着した警察が老人に対NEXT用手錠をかけ連行していった。

「貴女も。」

婦人警官がリリスに同じ手錠をかける。

脇腹を覆う布とそれを染める鮮血に婦警は無線で救急隊を要請した。

「貴女は警察病院に収容します。詳しい話は怪我が治ってからお聞きします。」

婦警の言葉にリリスは大人しく頷き、一度だけ部屋の奥を振り返った。

無傷のタンクに泳ぐ幼い娘がリリスを見下ろす。

「刑事さん、あの子の遺体だけど…どうなるんだ?この人の娘なんだ。」

虎徹は現場に来た顔なじみの刑事に訊ねた。

「司法解剖して事件性がなければあの女性に返します。希望があれば市で簡単な葬儀も。」

「ちゃんと埋葬してくれるのか?

虎徹の問いにリリスが不安そうに二人を見つめた。

「もちろんです。市の管理する合同墓碑になりますがね。」

それを聞いたリリスはわっと泣き崩れ、救護隊がそのまま彼女を連れていった。

 

「バニー、俺たちも帰ろうぜ。」

虎徹はバーナビーに手を差しだした。

「はい。」

バーナビーも素直にその手を取り、二人黙って人気のない廊下を歩く。

バーナビーは何度か何事か言おうとしては口を噤んだ。

心配を謝らなければという思いと、

虎徹の能力再生を望んだことで彼を傷つけるのではという恐れがせめぎ合う。

虎徹はそんなバーナビーを見てふと立ち止まった。

「なあ、ちょっとだけ寄り道しても良い?

虎徹はそう言ってバーナビーの手を引き、

表玄関に繋がるのとは違う廊下に歩みを進めた。

廊下は敷地の奥へと続き、ところどころ崩落した壁から月光が差し込む。

「こんな夜更けに病院の廃墟で肝試しでもする気ですか?

バーナビーはいささか薄気味悪そうにあたりを見回している。

「あー、そうだな。ここ元病院だもんな。“でる“かもな。」

虎徹はさしてそう思っているふうでもなく、

重いスーツの足音を朽ちてそこかしこ床が抜けた廊下に響かせた。

「バニーちゃん怖かったら俺にしがみついて良いんだぜ?

「誰が。別に怖くなんか。」

からかうようなその言葉にバーナビーはふいっと顔を背けた。

虎徹がそっとスーツの側頭部を操作すると、メットのモニターに並ぶ情報。

<要救助者:心拍 上昇、 脈 頻脈 、呼吸 やや早い>

それは手を繋いでいるバーナビーのバイタルサイン。

虎徹はフェイスシールドの中で笑いを噛み殺した。

繋いだ手がつい震える。

すると、とたんに跳ねあげられるシールド。

「やっぱり!!!酷い!僕のバイタル見て笑うなんて!!

唇を尖らせるバーナビーに虎徹は涙目ですまんすまんと謝った。

それでも怒って帰らないのはここで一人になりたくないからだ。

「なんか出たら俺が守ってやるからさ。」

虎徹はぎゅっとバーナビーの手を握った。

「そういう台詞はブルーローズにでも言ったらどうです?

つっけんどんに言い捨てるがバイタルは雄弁に正常値をさしている。

ほんの少しだけ早い心拍と僅かに上がった体温以外は。

<ほんと正直で可愛いウサちゃんだよなあ。>

虎徹はこれ以上バーナビーの機嫌を損ねるとまずいと思い下手な歌を歌い始めた。

昔楓に歌ってやったお化けなんていないさという古い歌を。

やがて虎徹は目指す場所で立ち止まった。

そこは病院の中庭だった場所のようだ。

 

「ずいぶん草ぼうぼうになっちまって。綺麗な庭だったんだけどな。」

虎徹の遠い目と寂しげな物言いに聡いバーナビーは気がついた。

ああ、この病院は…と。

「もう8年も経つのか…。」

虎徹は早いもんだと小さな声で言った。

「ここ、友恵さんが入院していた病院だったんですね。」

バーナビーが遠慮がちに言うと、虎徹が頷いた。

「楓が産まれたのも友恵が亡くなったのもこの旧シュテルンビルト市民病院だった。」

虎徹はそう言うとふと思い当り、バーナビーに笑いかけた。

「多分だけど、お前が産まれたのもここじゃねえかな。」

楓が産まれた頃でさえ、ここは市内で一番大きい病院だったから。

虎徹の言葉にバーナビーは眼を見開き周囲を見回した。

母さんが命がけで僕を産んでくれた場所。

きっと父さんが涙目で僕の誕生を喜んでくれた場所。

そう思うと、ただ不気味だったはずの廃墟に

在りし日の病院の姿が目に浮かぶような気になった。

「思えば俺っていろんなものを失くしてきてるなあ。」

虎徹はふいに空を仰いでしみじみと言った。

 

友恵を亡くして、楓と一緒に暮らせなくなって。

トップマグが買収された時は俺終わったって思ったわ。

アポロンメディアに移籍になってお前と出逢って。

で、能力減退だ。

あげく…殺人犯の濡れ衣で社会的生命まで潰されそうになってさ。

 

あげくあの事件で命まで失いそうになって。

そう言いかけた虎徹は間一髪で言い替えた。

あの一件がバーナビーの心の傷になっているのは承知している。

バーナビーは黙って虎徹の話を聞いていたが、

やがて長い息を吐きだした。

「それを言うなら僕も同じですよ。」

 

4歳で両親を殺されて帰る場所を失って。

無我夢中で走りつづけた20年の意味もあの事件で無に帰した。

ヒーロー仲間以外では私的な友人もいませんしね。

KOHだ王子様だと持て囃されても、

糸口を見つければ容易に市民が総攻撃してくるような危うい偶像です。

僕にとってはヒーローと貴方だけがこの手に残った大事なものです。

 

虎徹はバーナビーのどこか捨て鉢な言い方を否定せずただ頷いた。

失って傷ついて、それでも立ち上がって何かを求めて。

自分たちは性格も育ちもなにもかも正反対で、

それなのに心の芯の部分があまりにも似通っていた。

だからこそ、と虎徹は思う。

「あの女に俺の能力再生を持ちかけられたんだってな。」

虎徹が静かに問うと、バーナビーはバツが悪そうに俯いた。

「ああ、勘違いするなよ?俺は別に責めてるわけじゃねえから。」

虎徹はそう言って枯れた噴水の縁石に腰掛けた。

「俺さ、あの女がお前をそうやって誘き出したって聞いて許せなかった。」

 

お前が俺と一緒に一部リーグに戻りたい。

名声や成績なんて関係ない。

マーべリックの思惑を離れて、それでもあの頃以上に二人一緒に

ヒーローの頂点を一緒に目指したかった。

お前はただ純粋にそう願っていたんだ。

そしてそれ以上に、お前は分かってくれていたんだよな。

俺が能力減退でどれほど傷ついたか。

心の奥底ではまた5ミニッツに戻れたらって願っていることを。

それを理解してくれてたんだよな。

そう思ってくれてるのは分かってたし、嬉しいよ。

だから許せないんだ、あの女が。

お前の俺を思いやる気持ちを、

俺と一緒にいたいって思ってくれる気持ちを、

たとえどんな拠無い事情があったとはいえ

あんなやり方で踏みにじったリリスを俺は許せなかった。

 

バーナビーは虎徹の震える拳にそっと自分の手を重ねた。

「それでも、娘を喪った彼女の痛みも分かるから苦しかったでしょう?

虎徹ははっとした顔でバーナビーを見た。

「バカですよね、皆。失くしたものは元には戻らないのに。」

無いものねだりをして迷走して人を傷つけた。

自嘲するように言い放ったバーナビーの手を握り

虎徹は静かにそうだなと頷いた。

「それでも、自分で立って歩くしかないんですよね。」

NEXT能力や胡散臭い研究など必要なかった。

自分の心ひとつで再生もできるし、自滅もする。

「それは分かっているんですけど…難しいですね。」

いつになく自信なさそうなバーナビーに虎徹は頭を掻いた。

「うん。俺さ、そういうの考えるのやめたわ。」

驚いて虎徹の顔を凝視したバーナビーに虎徹は笑いかけた。

 

俺だって前みたいにお前と全力で走りたいけど、限界は見えてるし。

でもいつか俺がお前の隣に立てなくなっても。

そうなったら今度は後ろからお前を支えてやるから。

なんなら下に回ってお前を上に放り投げてやるよ。

知ってるだろ、俺はしぶといからな。

ちょっとやそっとじゃお前の人生から消えてやらねえよ。

だから、お前はもう迷うな。

多少スタンスは変わるかもしれねえけど、俺はこれからもお前と一緒だから。

だから、もう独りで危ない橋渡って俺の前から消えないでくれ。

俺…お前の身に何かあったらって思ったら…。

本当に心配だったんだからな!!

 

そう言って虎徹はバーナビーを痛いほど抱きしめた。

スーツ越しでも分かる虎徹の体温。

背中に触れる彼の手がまた微かに震えている。

「ごめんなさい…。」

「ん、ほんと無事でよかった…。」

二人は後はただ抱き合った。

失った形に拘泥するのではなく、この人となら新しい道を切り開いて行ける。

新しいパートナーシップを再生していける。

バーナビーは虎徹のフェイスシールドを下ろし、その口の部分にキスをした。

「なんだよ、直接してくれよ。」

「帰ったらね。」

バーナビーはそう言って笑うと正面玄関に向かって駆け出した。

「帰ってしないんですか、今の続き。」

振り返ってそう言うバーナビーに虎徹も笑い後を追った。

「心配させた詫びにキスだけじゃ許さねえよ?

 

 

終り