リユニオン
「皆いいわね?そろそろ始めましょうか。」
ネイサンは皆にグラスがいきわたったのを確認して肘でアントニオを促した。
「じゃあ、虎徹のリストラ慰労とライアンの歓迎会兼送別会と…。」
あとなんだっけとアントニオは折紙を見た。
「バーナビーさん達の一部リーグ昇格祝いとファイヤーエンブレムさんの快気祝いです。」
黒子のようにひっそりと佇む折紙がアントニオに耳打ちする。
「おおそうだった。とにかくいろいろおめでとう会だ!」
「ゴールドスミス君、こんにちは、そしてさようなら!!」
「何だそれ詰め込み過ぎだろ。でもありがとな。」
「おい牛!何か最初に余計なもん入ってなかったか?」
「そうですよ。リストラ慰労じゃなくてポセイドンライン再就職祝いですよ。」
「ドヤ顔してるけどバニーも間違ってるからなそれ。」
「もう何でもいいじゃない!」
「そうだよ、ねえネイサンさん。」
パオリンの『纏めて』という視線にネイサンはしょうがないわねえと苦笑した。
「皆今日はお疲れ様!色々あったけど皆無事でよかったわ。」
ネイサンのその言葉にカリーナとパオリンはうっすら涙目になる。
ひどい悪夢にうなされたが、今回は本当にこの子たちに救われた。
ネイサンは優しく眼を細め妹分たちに頷いた。
その奥ではお互いに蟠りや誤解の解けたアポロントリオがじゃれ合っている。
あそこも上手く収まってよかったとネイサンは胸をなでおろした。
「皆色々あったけど、仲間のおかげでお互いそれを乗り越えられた。それを祝して…。」
ネイサンは高々とグラスを掲げた。
「カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
ネイサンの音頭に8人が声をそろえグラスを掲げあう。
互いにお疲れ様、無事でよかったねと声を掛け合いながら。
「みんな、今日はアタシのおごりよ。もー、じゃんじゃん飲んじゃって!!」
その言葉を待っていたかのようにガタイのいいイケメンウエイターが
次々と料理の載った大皿を運んできた。
大きな肉の丸焼きに山盛りのパスタ、てんこもりのチャーハン。
節操のないメニューは仲間たちの好物を取りそろえた結果だ。
「すげえな、ほんとにいいのかこんなにご馳走になって。」
ライアンが訊ねるとネイサンはふふっと笑った。
「ここはアタシの経営する店なの。お酒も何でも飲んでね。」
「ライアンは成人済みだよな。さあどんどん呑め!」
「んじゃ遠慮なく。」
ライアンとアントニオはグラスをぶつけ、それぞれの酒を一気に飲み干した。
「せっかく出会えたのにもうお別れとは寂しい、そして残念だ。」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、湿っぽいのはなしにしようぜ。」
ライアンはそう言って敢えてバカバカしい小ネタを振った。
一昨日はアメジストタワーの件でいけすかない新人という印象を持っていた者もいたが、
あれだけの大事件を共に乗り越えた今となっては誰も気にしていない。
特に物珍しさからかパオリンは積極的にライアンに絡んでいた。
「ライアンさんすっごい大きいね。やっぱりお肉よく食べるの?」
パオリンはライアンの厚い胸をこんこんとノックするように叩いた。
「おう何でも食うけどやっぱり肉だよな!!お前も好き嫌いしないでいっぱい飯食えよ!」
言いながらパオリンの皿に大きな肉を取ってやるライアンにパオリンは頷いた。
「うん!ボクもっと大きくなりたいんだ!バイソンさんやライアンさんみたいに!!」
「おいおい、女の子なんだからあんまり厳つくなるとモテねえぞ?」
「女の子らしくなりたくないんだよ!モテるより強くなりたいんだ!!」
眉間にしわを寄せたパオリンにライアンは苦笑した。
「お前さん充分強いだろ。でももったいねえなあ。せっかく可愛い顔してるのに。」
その言葉にパオリンは可愛い、と復唱した。
「そうかな。ボクそういうの言われたことないや。」
「単にお前がそれ言われて喜ぶタイプじゃねえからまわりも言わねえだけだろ?」
女性らしさというパオリンには地雷の話をしているのに、
当のパオリンは言われ慣れない褒められ方をして満更でもない表情をした。
それがあまりに意外で、カリーナとイワンは遠巻きに二人を眺め顔を見合わせた。
「あの二人意外に仲いいわね。」
パオリンの肉汁のついた口許をナフキンで拭ってやるライアンに
カリーナは微笑ましげな眼を向けた。
「そうですよね…。パオリンさんはああいう男らしい人の方がお似合いですよね…。」
その光景にイワンは嫉妬すら抱けず、しゃがみこんで床に「の」の字を書きだした。
ちらりとライアンを盗み見てハアと溜め息をつく。
190センチ近い身長と堂々たる体躯、華のある容姿。
周囲を圧倒するNEXT能力。
そしてどうやらゴールドステージ相当の財力もあるようだ…。
イワンはブツブツとそんなことを呟き、のの字を今度は両手で書き始めた。
「僕に…勝ち目なんて一つもないですよね…。」
「ちょっと!そういう意味じゃないったら!!」
カリーナは恋する男も結構めんどくさいと肩を竦める。
その時パオリンの歓声が上がった。
「カリーナ見て見てー!!ライアンさんすごいよ!ほら!!」
見ればライアンが片腕にパオリンをぶら下げたままその腕を上げ下げしている。
「ほーれほーれ。」
恋のライバルというよりあれじゃ日曜日の公園でよく見る絵面だ。
「…兄妹みたいって言いたかったんだけど、どっちかって言うと親子だわあれは。」
カリーナは何やってんのあの娘と苦笑いで言った。
「折紙先輩、大丈夫ですよ。」
その様子を見ていたバーナビーがそっとイワンに寄り添った。
「ライアンのストライクゾーンはカーシャ・グラハムのような豊満な女性だそうです。」
その言葉にカリーナは眉根を寄せイワンは愁眉を開いた。
「それならパオリンはド圏外ですね!!」
ぱあっと表情を明るくするイワンにバーナビーは微笑んで頷く。
「そういう意味においては眼中にないでしょうね。」
カリーナはじっと自分の胸を見つめた後わなわなと震えた。
「なによそれ!男ってサイテー!!女の子をバストで品定めするなんて!!」
「失礼な。僕は胸部の大小で女性の価値をはかりませんよ。一緒にしないでください。」
「男と付き合ってるあんたはそれ以前の問題よ!!」
思わずぷっと噴き出したイワンは女王様と王子様に睨まれひいっと声をあげて
虎徹の後ろに逃げ去った。
「お前ら何があったか知らねえけどあんまり折紙苛めんなよ。かわいそうだろ。」
イワンを庇い咎めるような虎徹の声にバーナビーとカリーナはイワンに怨嗟の目を向けた。
「お慈悲を王子様女王様!!」
その様子にライアンとパオリンがけらけらと屈託なく声をあげて笑った。
ネイサンがその光景にふっと微笑んでその輪に歩み寄った。
「最初はやな感じと思ったけど、アンタもこうしてみるといい男ねー。」
ネイサンはシナを作ってライアンにすり寄った。
「ど…どうも。」
妙な色香を漂わせるネイサンにライアンは若干引き気味に応えた。
なんだか知らないが眼が怖い。
前のめりすぎ食い気味の肉食系女子みたいな気配がするのは気のせいか。
「ね、今度食事でも…。」
その言葉にライアンの目に動揺の色が浮かんだ。
「と…ところでネイサンさん、身体はもう大丈夫なんですか?」
気配を察したバーナビーが矛先を逸らそうと、そう訊ねるとネイサンは嫣然と微笑んだ。
「ええ。酷い目にあったけど、一山乗り越えて女をあげたって感じかしら。」
オンナ…ねえとライアンはどう接していいものか距離を掴みきれず様子を眺めた。
他のヒーローの様子を見ていると、ネイサンは女性として扱われているようだ。
そんなライアンの観察する視線を感じてネイサンは悪戯っぽく笑った。
「うふ、貴方も良いオシリしてるのねー。」
ネイサンはライアンの発達した臀部を遠慮なく揉んだ。
「どわあ!!何すんだよアンタ!!」
「いいじゃなあーい。減るもんじゃなし。」
さっそくオネエの洗礼を受けたライアンに虎徹とアントニオが笑い転げている。
「よかったなライアン。ネイサンに気にいられて。」
「よくねえよ!オッサンも揉まれてみろ!!」
若干ネイサンから逃げ気味に反駁するライアンに虎徹はへらっと笑った。
「無理無理。ネイサンの好みはお前やアントニオみたいなガチムチだから。」
「おい虎徹!こいつと一緒にするな!!」
「あー、悪い悪い。確かにオッサンと一緒にしたんじゃライアンが可哀そうだ。」
「そうですよ。アントニオさんとは肌の張りが違います。」
「そういう意味じゃねえ!!あとバーナビー何気に虎徹よりひどいぞ!!」
「なんでもいいから助けてくれ!!」
ライアンの悲痛な声にバーナビーはしょうがないなと助け船を出した。
「ネイサンさん、あんまりやるとアントニオさんが妬きますよ。」
その声にライアンの尻を一通り堪能したネイサンは手を止めた。
「あら、それもそうね。ごめんねえ〜牛ちゃん。」
ネイサンはアントニオにしなだれかかるふりをして物凄い力でホールドし、
そのまま隣室に消えて行った。
「あっちで妬かせちゃったお詫び、たっぷりおわびするわあーん。」
「どわあああ!!妬いてねえ!止めろおお!!」
ネイサンは構わずアントニオを引きずるように連れて行った。
扉の向こうからアントニオの悲鳴が聞こえたが誰も気にしていない。
ライアンはまだネイサンの手の感触の残る尻を落ち着きなくもぞもぞとさすった。
「あー、びっくりした。マジでヤられるかと思った。助かったわジュニア君。」
「後輩を助けるのは先輩の役目ですから。ねえ、虎徹さん?」
くすくすと笑いながらバーナビーが横目で虎徹を見た。
「お前それ嫌味で言ってるだろ。」
「そんなまさか。お姫様だっこ3回とか一本釣り1回だなんて誰も。」
「だっ!やっぱ嫌味じゃねえか!!」
本当の意味では何度も助けられてきたのだからあながち嘘ではない。
けれどバーナビーはそれを虎徹に言うつもりはなかった。
しかし…。
「ジュニア君も先輩にたくさん助けられてすっかり感化されちゃったんだよねー。」
へ?と虎徹が変な声を出した。
一方バーナビーは嫌な予感がした。
「ライアン?一体何を言って…。」
「『今を受け入れて生きていくことを教えてくれた。』だっけ?」
ライアンのその言葉にバーナビーはびくっとなった。
「ん、何の話だ?」
首を傾げた虎徹にライアンはにやりと笑った。
「こ、虎徹さん!そういえばルナ・・・」
話を逸らそうとしたバーナビーにライアンはさらに大声で被せた。
「『思いとどまらせてくれた人がいる。』とも言ってたよなー。」
ニヤニヤと笑いながら続けたライアンをバーナビーは物凄い形相でにらんだ。
だがライアンはどこ吹く風で話を続けた。
「ジュニア君はそういう恩人がいたから自分もアンドリューを止めたかったんだってさ。」
漸く話が呑みこめた虎徹は少し照れたような目でバーナビーを見た。
「バニー、お前…。」
「ライアン!!」
今にも泣きそうな顔のバーナビーにライアンは肩をパンパンとたたいた。
「ま、積もる話は二人でしたら?コンビ解消されてすっげえ寂しかったみたいだし?」
暴露話をここまでされてバーナビーは真っ赤になった顔を俯けた。
「お邪魔虫はあっちで皆と遊んでるからよ。」
ひらひらと手を振ったライアンは虎徹に耳打ちした。
「相棒は返したんだ。後はあんたの役目だぜ?」
がんばれよーと呑気な声で言い、ライアンはダーツに興じている折紙たちに
俺様も混ぜろよといいながら二人の側を離れた。
「バニー…あのさ。」
虎徹が声をかけると、バーナビーはそっと彼の手を取った。
「バルコニーで…。」
他の人に聞かれるのは気恥ずかしい。
その気持ちを汲んだ虎徹は頷いて、バーナビーの震える手を繋いだまま
屋外に出るスライドドアを開けた。
もう春先とはいえ、ゴールドステージに吹く風は表層を渡るそれより幾分冷たい。
虎徹はほんのりとライトアップされた店先の街路樹を見て腕を摩った、
「まだ結構寒いなー。」
どことなく気まずい雰囲気を壊そうと虎徹は明るい声で言ってみたが、
バーナビーのいささか緊張した面持ちに虎徹はふっと息を吐いた。
「バニー、まずはお前に謝んねえとな。」
真摯な虎徹の言葉にバーナビーはまだ紅潮した顔をあげた。
「一昨日はお前が金目当てみたいな言い方をして済まなかった。」
虎徹はそう言って頭を下げた。
ブルーローズに聞いたよ。
お前が孤児院に寄付したり慰問したりしてるって。
『不自由だと思いませんか』って言った意味、そんときやっと分かった。
もっと自由になる金があればその子たちに色々してやれるのに。
お前のそんな優しい気持ちを俺は踏みにじっちまった。
知らなかったとはいえ、お前にはほんと許されないような暴言を吐いた。
本当に済まなかった。
バーナビーは驚いた表情を浮かべ、やがて穏やかに微笑んだ。
「顔をあげてください。僕だって語弊のある言い方で貴方を傷つけた。」
二部がヒーローとして劣っていると誤解されても仕方のないことを言いました。
確かにやりがいという意味では物足りなさを感じていましたが、
二部ヒーローを全否定する気なんてなかったのに。
そこを第二のステージと前向きにとらえていた貴方には本当に失礼なことを…。
バーナビーの謝罪に虎徹はいいんだと首を横に振った。
「お互い言葉が足りなかった。んで、そこをよく聴く心の余裕もなかった。」
そこから出たすれ違いが互いを傷つけ、そのことで自分を傷つけもした。
虎徹は今度こそちゃんと伝えなくてはと、一旦息を継いだ。
「俺の真意は『お前の足手まといになりたくない』ただそれだけだったんだ。」
だまし討ちみたいに一人で1部に追いやってごめんな。
若くて能力もあるお前の未来を俺が潰すわけにはいかなかったんだ。
寂しいけど、辛いけど、それでも俺はお前の手を放さなきゃって。
お前が立ちすくむのならあっちへ突き飛ばしてでも送り出さなきゃって。
それが本当の愛情だと思い込んでた。
だからマリオがトリオを組めだのアニエスが1部昇格を認めるだのと
お膳立てをしてくれても、すぐにホイホイと受けられなかった。
俺はまた、お前の足を引っ張ってしまいはしねえかって。
虎徹はそう言って困ったように笑った。
「でもさ、なかなか首を縦に振らない俺にお前なんか泣きそうな顔してんだもん。」
その言葉にバーナビーの喉が震えた。
「どうあっても…もう僕とは組む気がないのかと…。怖かったんです…。」
だから本当は貴方とまた組めて嬉しいのに、あんな憎まれ口を利いてしまって…。
そう続けたバーナビーを虎徹はそっと抱きしめ、柔らかな髪を梳くように指を通した。
「ばーか、昔に比べたらあんなの憎まれ口のうちにも入んねえよ。」
初めて会った頃の1割にも満たない小さく柔らかな言葉の棘。
寂しかった気持ちを素直に出せなかった、ただそれだけのことだ。
「ライアンに言われるまでもなく、お前の相棒務められるのは俺だけだ。」
抱きしめる腕の力を強め、虎徹はバーナビーに言った。
「もう何があっても離れてやんねえから覚悟しとけよ?」
バーナビーはその言葉にふっと笑った。
「僕が粘着気質なの知ってるでしょう?もう勝手に表舞台から降りさせませんよ。」
二人は互いに笑い合うと目を伏せ、そっと唇を重ねた。
「うおすげえ!俺様、野郎同士のキス初めて見た!!何だあの濃いベロチュー!エロい!!」
「いやーん、いい感じい。」
「モウ2度と離れないって言ってそうだな。」
「仲良きことは美しき哉、ですね。」
「すばらしい再結成だ、そして大団円だ!!」
「タイガーさん達、仲直りして良かったね。」
「う…タイガー。よかったのよね、これでよかったのよね。」
硝子ドアに張り付いた7人のオーディエンスに
気がついたバーナビーがエスケープしそうになり、虎徹が慌てて押しとどめるまで後30秒。
「お前らデバガメしてんじゃねえよ!!」
虎徹の叫びに室内でどっと笑いが起こる。
二人の再々結成を仲間たちが笑って祝福していた。
終り