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My secret number

 

あいつが歩くたびにピョコピョコという擬音が聞こえるような気がする。

別に歩き方まで兎っぽいとかじゃなくて。

「おい、大丈夫か?

左足を引きずりながら右足で飛び跳ねるように

オフィスの書類棚と自席を往復するバニーに、俺は見かねて声を掛けた。

「ファイルくらい取ってやるから。足痛いんだろ。」

「ありがとうございます。でもこれくらい大丈夫です。」

バニーは痛みで顔を顰めながらも、俺に無理に笑おうとする。

「何が大丈夫だよ。いつものブーツ履けねえくらい足腫れてるんだろ。」

「…。」

バニーは気まずそうな顔で俯いた。

その足元は珍しくスニーカーで、左足は踵を踏みつぶしている。

「こういう仕事なんだ。怪我は恥じゃねえから気にするなよ。」

「はい…。」

返事は素直だけど、本心は納得してねえな。

現場で怪我した自分が許せないって顔してやがる。

無理もねえか。

こいつの場合、足は武器でもあるんだし。

「現場で一瞬でも油断するなんて、プロ失格ですね…。」

「油断?あれは不可抗力の事故だろ。」

実際こいつが油断してた様には見えなかった。

いくら注意しようが、ヒーローだって怪我ぐらいする時はする。

「ま、捻挫くらいで済んでよかった。そう思っとけ。」

「そう…ですね…。」

あらまあ、こりゃかなり凹んでんなあ。

でも、めったに見られないバニーのこういう顔をつい可愛いって思った。

 

昨日の事件は犯人こそ粗暴なだけの単独犯だったけど、

天気と場所がとにかく悪かった。

雨の降りしきる廃工場。

そこら中に捨て置かれた油の缶が転がってて、

それが劣化して漏れ出してたもんだから俺も何度かすっ転んだ。

バニーが犯人に猛追して渾身の跳び蹴りを喰らわしたんだけど、

着地した時に雨と油で濡れた地面があいつの足を掬った。

バニーのスーツは俺のと違って足の可動性が高い。

それが災いして、足首はたやすく捻じれてしまった。

それでも往生際悪く逃げようとする犯人を

取り押さえたのは流石KOHとしか言いようがない。

 

が、ヒーローだって人の子。

痛いもんは痛い。

…って言えないのが、バニーちゃんのバニーちゃんたるゆえんというか。

弱みの見せ方とか人への頼り方に関してだけは、

学習能力0なんだよなあ…。

 

「あれ?…ああ、しまった。」

何やら机の上を探していたかと思うと、バニーはまた立ちあがった。

「今度はなんだ?取ってきてやるから座ってろって。」

俺がそう言うと、バニーはいえ、と首を振った。

「資料をロッカーに置いてきてしまったんで、取ってきます。」

「お前な、こういう時くらい甘えなさいっての。」

俺だっていつもデスクワークでお前に手伝ってもらってんだし。

バディは何も現場だけの関係じゃねえの。

それはそう畳みかけて、バニーを無理矢理座らせた。

「でもこんなことでお使い立てするなんて…。」

まだそんなこと言ってんのかよ、椅子に座るのでさえ足痛いくせに。

 

その時ずっと黙っていた経理のオバちゃんが顔をあげた。

「バーナビー、無理して長引かせるほうが虎徹の迷惑になるよ。」

オバちゃん、ナイスアシスト!!

バニーは母親にしかられた子供のような顔で項垂れた。

「済みません、虎徹さん…。じゃあお願いします。」

「おう、何を取ってくるんだ?

「ロッカーを開けた上の棚にCDロムが入ってるので、それをお願いします。」

「了解。で、ロッカーの暗証番号は?

ここの会社、情報商売だけに社員のロッカーまで

デジタルキー掛かってんの、面倒くせえんだよなあ。

「え…?

「どした?番号教えてくれないと開けられねえだろ。1031?

まあ普通は誕生日だよな。

どうせちょっとした私物しか入れてねえだろうし。

「あ…。いえ、番号は…5102です。」

…へ?

なんでまたそんな覚えにくい番号…。

まあ、いいや。

「ご、いち、ぜろ、にっと…。」

俺は忘れないようにその数字を手の甲にペンで走り書きした。

「よろしく、お願いします…。」

何故か頬を染めてバニーは妙に小さな声で言った。

 

ロッカールームの壁に掛かった操作パネルの前に立ち、

さっき手の甲に書いた番号を入力する。

すぐ近くでバニーのロッカーの扉がカチャと軽い音を立てた。

「おー、さすが整頓されてるなあ。」

ロッカーの中を見て性格出てるなあと感心した。

「えーと、ああこれか。」

俺は頼まれ物を手にすると扉を閉め、もう一度パネルを操作する。

「閉めんのまでこれってのが面倒なんだよなー。」

えーと何番だっけと手の甲を見る。

5102closeキーっと。

しかし本当に何の数字なんだろう、これ。

そういや昔、こういう数字覚えるときは語呂合わせとかしたなあ。

例えばこれだったら…。

 

…え?あれ??

5102…これってさあ…。

「こてつ」って読めねえ?

 

「…ぷっ…。」

か、可愛い事してくれんじゃねえのバニーちゃん!!

道理で番号教えるとき妙にモジモジしてたはずだよ。

自分だけの秘密の番号が俺の名前って。

そりゃ言うの恥ずかしいわ。

俺には知られたくなかっただろうなー。

あ、やべ、ほっぺた緩んで元に戻んねえ。

いや、これマジでなんか嬉しいって!!

 

「だったら俺も番号変えねえとなあ。」

もちろん0821にさ。

帰りにでも設定変えようっと。

俺はロッカーの扉が閉まったのを確認すると、

それこそ兎のように跳ねるような、

ご機嫌な足取りでオフィスに戻った。

 

 

終り