3.真相
バーナビーが市庁舎へ戻ろうとした矢先、ネイサンからメールが入った。
そこには彼女が黒だと感じた人物の経歴と関与が疑われる事件の記述。
「あいつか…。」
バーナビーは物凄い速度で考えを巡らせ、黒幕を仕留める算段を纏め上げた。
「あっちがそう来るなら…。」
バーナビーは口角をあげ狡猾な笑みを浮かべると、
ジャスティスタワー内の情報班がいる部屋に駆け戻った。
「折紙先輩、ちょっとお願いしたいことが。」
「はい、僕にできることなら何でも言ってください。」
「先輩にしかできないことです。よろしくお願いします。」
その言葉にイワンの表情が誇らしげに輝く。
傍でその話を聞いていたネイサンはふふっと微笑んだ。
「だったらアタシもお手伝いしようかしらあ。」
バーナビーはその言葉の意味を汲み、素早く計画を練り直した。
彼女が出てきてくれるなら舞台の設営と敵の招待が一層容易になる。
「ではこういう作戦で行きましょう。」
バーナビーは携帯で虎徹とアニエスにそれぞれ別個のメールを送信した。
「夫人とサムが襲われた!?」
PDA画面のアニエスに向かって叫んだ虎徹に、市長が慌てて席を立った。
「家内とサムは!!」
取り乱す市長をアントニオが宥めようとするが市長の動揺は収まらない。
「二人は無事、犯人はブルーローズたちが既に確保。…そうか。」
その言葉に漸く安心したのか、市長は執務の椅子にドスンと腰を落した。
その様子を横目に虎徹はアニエスとの話を続けた。
「ああ、ああ…。分かった。そっちの事は任せる。じゃあ。」
通信を切った虎徹に市長は深い溜め息をついた。
副市長がそっと彼の肩に手を置き、大丈夫ですかと声をかけた。
「…私は、市長の職を辞そうと思う。」
「市長それは!!」
副市長はその言葉に制止の声をあげた。
「もう疲れたよ。脅迫に暴行。私だけならまだしも、家内たちにまで…。」
「とにかく少しお休みになってください。」
副市長の労るような声音にも市長は頑なに首を振る。
その時、市長室に壮年の男性がノックの後一礼して入ってきた。
「市長、ヘリオスエナジーのシーモア様が火急の用件で面会したいそうです。」
秘書の言葉にも市長は首を横に振った。
「アポなしだろう。今誰にも会いたくないんだ、断わってくれ。」
「今、市長は無理です。どうぞお引き取りになって…。」
副市長がそう言いかけた時だった。
「副市長が代わりに面談したらどうなんだ?」
虎徹は疲れ果てた市長の顔を一瞥していった。
「市長はアントニオが警護する。万一に備え、俺はあんたを警護する。」
「貴方なにを言って…。」
虎徹の言葉を副市長が却下しようとした時だった。
「シーモア様も市長がご不在なら副市長でもいいからと。とにかくお急ぎだからと。」
副市長はその言葉に嫌そうな溜め息をついた。
市政の首長をなんだと思ってるのかしら。
だいたいこの街は大手企業のボスが大きな顔をしすぎるのよ。
あからさまに愚痴を言い、虎徹に警護お願いねと付いてくるように促した。
虎徹はアントニオにここを頼むと言い、副市長の後ろに従った。
目立たぬようにPDAを操作しながら。
―calling Barnaby sound only
「しかし市長の仕事も大変だな。ひっきりなしに客がきて。」
虎徹のフランクな物言いに副市長は少し疲れた顔で笑った。
「ヘリオスのオーナーも強引っすねえ。ノーアポで面会なんて。」
「ライフライン系統は水道以外すべて民間ですから。各社の協力が必要なんです。」
「そういやあれは落ち着いたのか?イーストブロンズの再開発。あっちはタイタンだっけ。」
副市長は一瞬眉を顰め、取ってつけたような微笑みを浮かべた。
「まあまあですね。気になりますか、あの件が?」
探るような彼女の視線に虎徹はへらりと笑った。
「そりゃ、うちの近所が綺麗で治安が良くなればサービス出動も減るしな。」
近所に買い物行くだけでひったくり現場に出くわしたりするんすよ。
商売柄、見て見ぬふりもできねえしな。
「大変ですわね。」
同情するような副市長の言葉に虎徹は頷いた。
「あの街の治安が良くなればシュテルンビルトはもっと住みやすくなるんだけど。」
虎徹は再開発ではなく治安と言ったが、副市長は頑迷な顔で頷いた。
「再開発は何が何でも為さねばならない事業ですわ。何としてもやり遂げて見せます。」
「アンタの方が市長より頼もしいな。次期市長選、出馬したらどうすか?」
虎徹がそう言うと、副市長は前向きに検討しますわと頷いた。
「アンタが選挙に出たらぜひ一票入れるよ。」
「光栄ですわ。ヒーローの票をいただけるなんて。」
もはや市長を立てるそぶりもない彼女の口調に虎徹は確信を強めた。
そしてそれはその様子を聞いていた相棒も同じだった。
秘書が二人を会議室に案内すると、そこにはもう役者がそろっていた。
「お待たせしました。今回の事件の主役をお連れしました。」
虎徹がそう言うと副市長は驚いて周りを見回した。
壁際にブルーローズ、ドラゴンキッドが夫人、サムと共に控えている。
スカイハイは窓の向こうでホバリングしているのは外からの狙撃を警戒して。
重厚なソファに鎮座するのはこの街の重鎮たち。
ネイサンはヘリオスエナジーのオーナーとして。
その隣にタイタンインダストリーのスミス建設部長が憔悴した顔で。
マーべリックはバーナビーに協力するといい、この場に馳せ参じたという。
そして何故か…。
「市長!?どうしてここに!!」
副市長が驚きの声をあげた。
脇に警護役のバーナビーを従えた市長が哀しげな眼で副市長を見ている。
「残念だよ。君を信じていたのに…。」
「何のことでしょうか。」
市長は周囲を見回して憐れむような目を副市長に向けた。
「君が私を…いや、シュテルンビルト市民を裏切っていたなんて。」
副市長は焦りの色もあらわに首を横に振った。
「これは何かの誤解ですわ!」
虎徹は副市長の背後を護る体裁をとって扉の前に立ちはだかった。
無論、副市長の逃亡を阻止するためだ。
だが副市長は逃げる気などないらしい。
「ところで一体…何のお話なんでしょうシーモア様。これは何のおつもりで。」
顎をあげ、傲然とした面持ちで副市長はネイサンを睨んだ。
だがそんな威嚇、ネイサンには笑っているのも同然の効果しかない。
「あらあーん、まぁだシラを切るのぉ?副市長さん。」
「君の悪事はみんな彼が話してくれたよ。」
マーべリックはスミスの肩を叩き、副市長に穏やかな目を向けた。
「私は…副市長に脅されて…。」
弱々しいスミスの言葉に、副市長はどういうことだと彼を睨みつけた。
だがスミスは迷いなく言い切った。
「副市長に逆らえばこの街で仕事できなくなると…。」
副市長は目を見開いた。
いくらなんでも、そんなことはひとことも言っていない。
だがスミスの目は嘘を言っているというより、
追い詰められて隠していた事実を話す顔だ。
「どういう…ことなの…。」
「君がスミスと癒着、談合していたそうだね。再開発の見返りに…。」
市長がスミスを見ると、スミスは悄然とした顔で言った。
「手付金として…50万シュテルンドルを副市長に…。」
「嘘おっしゃい!!誰がそんなことを!!」
マーべリックはばさりと紙の束を机の上に放り投げた。
「わが社の優秀な記者たちが何年もかけて追いかけた君の汚職の記録だよ。」
ネイサンがあらなあにと白々しい声をあげてその資料を取りあげた。
―公立高校建設に関わる副市長と建設業者の収賄について
―ブロックスブリッジ補修工事における副市長の贈賄。
「やあだ、アンタお金大好きなのねー。あれもこれも一枚かんでたのぉ?」
わざとらしいその言葉にバーナビーはつい苦笑した。
マーべリックに報告したのは彼女の情報を受け取ってからだ。
ネイサンの勘と調査をもとにアポロンメディアのデータバンクをもってすれば
副市長を追い落とす決定的な証拠を掴むのは容易だった。
<一応マーべリックさんに根回ししておいてよかった。>
彼の地位があれば社内秘のデータすら持ち出せると、
言わば仕事に親のコネを使うようで気は引けたが。
<マーべリックさんがスミスまで口説き落として連れてくるとは予想外だったけど。>
バーナビーはどうやってあいつを説得したんだろうとは思ったが、
スミスが口を割る結果になるのならなんでもいいかと事態を見守った。
「君の目的は私を更迭させ、暫定の市長職に就任すること…だね?」
市長は副市長に言った。
「市長の中途辞職に際しては副市長が暫定で市長を代行すると法で定められている。」
副市長は市長から目をそらした。
「慣例だが、その次の選挙は副市長の不戦勝であることが非常に多い。」
マーべリックの言葉にネイサンが大仰に身を捩った。
「市長を嵌めれば次の任期は自分のものってことぉ。やーだ腹黒い。」
副市長は悔しげにぎりっと歯を噛みしめた。
「副市長、もういいだろ。」
責めて己の手で幕を引かせるように虎徹が穏やかに言った。
諦めな副市長さん。
アンタはスミスと長年上手い汁を吸いあってきたな?
立ち退き反対派の件は、スミスをけしかけて仕組んだことだろ。
贈賄のネタと市長を陥れるための罠を兼ねてたな。
合理的なこって。
だからアンタ、あまりにも冷静すぎたんだよ。
いつも傍観者みたいな顔してたの自覚なかったか?
卵投げつけられても取ってつけたような悲鳴だけで。
なにもかも知ってたからだろ。
頭はいいが、ちょーっと演技力が足りなかったな。
虎徹の言葉に副市長は長い溜め息をついた。
「…どこで分かったの。」
白旗宣言ともとれる副市長の言葉に虎徹は彼女の小脇に抱えるタブレットを指した。
市長が襲われる心当たりはと聞いた時に、アンタそれ見せてくれたろ。
地上げの方に俺たちの眼をやりたかったようだが、
どうにも話の持っていき方が強引だった気がしてな。
うちの優秀な相方に聞いたらやっぱり『再開発が臭い』っつったんだわ。
で、調べたらこうなったってわけ。
「私の負けね…。」
肩を落とし観念した副市長の姿を見て虎徹はドアを開けた。
「君が…糸を引いていたとはね。」
アントニオに付き添われ、心底残念そうな市長が入ってきた。
「え!?」
同時にバーナビーの側にいた市長は光と共に折紙サイクロンに姿を変えた。
万一のための影武者というわけか。
副市長はバカバカしくなって声をあげて笑った。
「ずいぶん豪華キャストの茶番劇ね。シナリオも最低だし。」
「私は君を心から信頼していたんだが…。残念だよ」
市長は哀しそうな顔で腹心の部下を見てうっすらと涙を浮かべた。
翌日の新聞と報道は副市長の贈賄事件でもちきりだった。
副市長とスミスは逮捕され、再開発は市議会の審議に戻されたと各紙報じている。
「しかし、お前がマーべリックさんまで連れ出してくるとは思わなかったよ。」
虎徹はオフィスで新聞を読み終えると机にばさりと投げ出した。
「まあ、報道規制でも掛かってるのかなと思ったので。」
バーナビーは裏技なんであまり多用したくないんですがと笑った。
あの後バーナビーがマーべリックに協力の礼を言うと、彼は言った。
「水臭いじゃないか。私は君の役に立つならどんなことでも協力するよ。」
そしてあの市長は優柔不断な面もあるが、優秀な男だ。
こんな卑劣な手段で失職させるわけにはいかない。
まだまだシュテルンビルト市政に携わってもらわなければねとも。
そう聞いて虎徹はふーんと唸った。
「何でか分からんが、ずいぶん買ってるなあ。あの市長のこと。」
「市長もマーべリックさんに頭が上がりませんね。」
ジェイクの時といい、肝心な時にマーべリックにおんぶ抱っことは。
そもそも傀儡政権と言われるのはそういう面があるからなんだが。
これで少しは自覚を持ってくれればいいんだけどなと
虎徹は紙面に載る市長の頼りない笑顔を見た。
「でもさすがですね、虎徹さん。」
「んー?」
仕事にかかるでもなく、ボールペンを弄びながら虎徹はバーナビーに眼を向けた。
「タブレット見た時点であの女が臭いと思ったんでしょう?」
「勘でな。でもお前も疑ってたんだろ?セオリーっつーか、根拠なんだったんだ?」
虎徹にそう聞かれ、バーナビーはふと目を泳がせた。
「え、何その挙動不審。」
虎徹は二人の間にある二台のサブデスクに身を乗り出し
両手でバーナビーの顔を捕え至近距離で覗き込んだ。
「おじさんの目を見て言ってみなさい?」
「…勘です。」
眼をそらし、ぼそりとバーナビーが言った。
「は?」
「だから、僕も勘なんですよ!!」
その言葉に虎徹は吹き出した。
「お前!あんだけ勘で物言うの嫌ってたのに!!」
「しょうがないでしょう!虎徹さんの癖がうつったんですよ!!」
ひーひー笑う虎徹を睨んでバーナビーが唇を尖らせた。
「それを言うなら虎徹さんだって妙に理屈っぽかったじゃないですか!!」
「あー、セオリーでな。バニーちゃんの影響で。」
まだ涙目で笑いながら虎徹は言った。
「お互い、たいがい感化されてんのな。」
その言葉にくすくすとバーナビーが声を潜めて笑う。
SP任務の間見ることのなかった屈託のないその表情がやけに可愛く思えた。
虎徹はつい頬を寄せキスをしようとしたその時…。
「あんた達!いい加減仕事しな!!ほら昨日の護衛任務の報告書さっさと出す!!」
眦を吊り上げた経理女史の鋭い声に二人は飛び上がった。
「イチャコラするのは退勤後に好きなだけしな!今は勤務中だよ!!」
母親に叱られた子供のように二人は大きな体躯を縮こまらせる。
「返事!」
「「はい!!!」」
虎徹は慌ててレポートパッドにペンを走らせ、
バーナビーは物凄い速度でタイピングしていく。
虎徹は何か走り書きしてペンと共にバーナビーのデスクにさっと回した。
―仕事終わったらうちで続きしねえ?
バーナビーは素早くペンで返事をそこに書きつけ虎徹に返した。
―yes!
「そこ!学生みたいに手紙まわさないの!!懐かしいことするんじゃないよ!!」
経理女史は怒鳴りつつもデスクのPCでウェブニュースを見て微笑んだ。
―ヒーローありがとう!
イーストブロンズ地区強制立ち退き中止へ。
住居を奪われずに済んだ住民たちが古い塀にペイントアートで感謝のメッセージ!
“Thanks a lot !HEROES!!”
終り