Special Last 5minutes
「このクソ野郎!!こんな大事な日に手ぇ煩わせんじゃねえ!!」
ワイルドタイガーは確保した強盗犯の襟首を掴み、罵声を浴びせた。
締めあげられ、揺さぶられる犯人のカボチャマスクがぐらぐらと揺れる。
「や、止め…。お前それでもヒーロー…。」
「ふざけた覆面なんかしやがって!なんでよりによって今日なんだよ!!」
周囲にいたヒーローが何事かとタイガーを凝視した。
「人様に迷惑かけるのも大概にしろってんだよ!!」
その声色に異常を感じたバーナビーが慌てて駆け寄る。
「ちょ…タイガーさん!落ち着いて!!どうしたんですか一体…。」
バーナビーに諌められ、タイガーは漸く我に返った。
私情で犯人を痛罵したことに気づき、気まずさでふいと顔を逸らす。
「…悪い。こいつやるわ。連行頼んでいいか?」
タイガーはそう言うと、呆然自失した犯人を叩きつけるように地面に放り出した。
「ちょっと頭冷やしてくる。」
がしがしと頭を掻くようにヘッドガードを擦り、
タイガーは現場の片隅に力ない足取りで去って行った。
「…タイガーさん?」
彼の背にいつもと違う雰囲気を感じ、バーナビーは怪訝に首を傾げた。
明らかに様子がおかしい。
まるで何かに傷ついているような…。
バーナビーは犯人を再度確保し警察に引き渡すと、
夜の闇に独り消えた相棒を探した。
「本当に…。なんで、今日なんだよ…。」
タイガーはフェイスガードをあげ、夜の冷気に顔を曝した。
晩秋の夜風が汗ばんだ顔を撫でていく。
「折角…今年こそはって思ったのに…。もう、時間ねえよ…。」
タイガーは左腕に仕込まれた時計のギミックを作動した。
<10月31日23時48分12秒>
刻々と刻まれるカウントダウンに、タイガーは溜め息をついた。
後12分しかない。
だいたい、この後すぐに撤収したとしても、
トランスポーターでスーツを着たままでは味気なさすぎる。
「今年こそ、なんか喜ばしてやりたかったな…。」
煌々と夜の闇を照らす満月を見上げ、虎徹は一人ごちた。
去年のサプライズはダダ滑りだった上に、
バーナビーとの関係もまだぎこちなかった頃で、はっきり言って失敗だった。
だが、あれから共にいろいろな事件を超えてきた今年は、
二人の関係も比較にならないほど親密になった。
だからこそ…。
「俺はただ、普通に祝ってやりたかっただけなのにな…。」
一年の付き合いの中で、タイガーが知ったこと。
それはバーナビーの物欲のなさと、優しい思い出に残るような経験の乏しさだった。
形に残るモノを贈るよりも、何か心に残る記憶をあげたい。
そう思っていろいろ考えていたが、結局何もしてやれそうにない。
出動の一つや二つは覚悟していたが、
今日一日で大規模な事故二件と深夜に起きた強盗事件で、
昼過ぎからの時間の大半を、スーツを着て過ごす羽目になった。
ささやかな祝いの食事どころか、普通の夕飯すらまだ取っていない。
「結局、何もしてやれないのか…。」
これじゃあ不発に終わった去年のサプライズ以下だな。
タイガーは重い溜め息をついた。
「タイガーさん。」
後ろから呼ばれて、タイガーは一つ息を整え振り返った。
バーナビーがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「おうバニー。さっきは悪かったな。面倒かけちまって。」
バーナビーは様子を窺うようにタイガーの眼を束の間見つめ、
微かな笑みを浮かべて彼の隣に並び立った。
「今日は出動多かったし、疲れてるんじゃないですか?」
労るような声色に、タイガーは困ったような表情で肩を落とした。
「ん、ああ…。そうじゃないんだ。」
「なにか、あったんですか?」
心配そうなバーナビーの顔を見て、タイガーは苦笑した。
「まあ、大事な用があったっつーかな。私用だから言えたことじゃねえけど。」
その表情に、バーナビーの顔色がさっと変わった。
そう言えばこんな大事な日ってさっき言ってましたけど、
もしかして楓ちゃんがこっちに来てるとか…。
なんで早く言わないんですか!!
ここはいいから、もう楓ちゃんのところに…。
あまりにも見当はずれなバーナビーの発言にタイガーは目を丸くした。
「いやいや、べつに楓はこっち来てねえから。てか、もしかしてお前忘れてる?」
バーナビーはきょとんとした顔でタイガーを見つめた。
「はあ?何をです?」
本気ですっかり忘れているらしいバーナビーに、
タイガーはやれやれとスーツ内蔵の時計をもう一度作動した。
<10月31日23時55分35秒…>
無駄に大仰なエフェクトと共に合成ボイスが無情に時を告げた。
「バニー、誕生日おめでとう。…ごめんな、飯でも誘おうと思ってたんだけど…。」
申し訳なさそうな風情のタイガーに、バーナビーは嬉しそうに眦を緩めた。
「…忘れてました。ありがとうございます。覚えててくれたんですね…。」
「ったりめーだろ。だいぶ前からいろいろ考えてたんだけどな。」
タイガーはスーツの両手を見て溜め息をついた。
「こんな恰好で言ったって、味気ないったらありゃしねえよな。」
あれこれ考えたけど、とうとう31日はあと5分しかなくなってしまった。
そうぼやくタイガーに、バーナビーは屈託のない笑みを浮かべた。
タイガーさんらしくないですよ。
5分あれば結構いろいろできるってことは、
僕たちが誰よりも一番よく知ってるじゃないですか。
「って言ってもお前、ここで5分以内で出来るお祝いなんて…。」
皆目見当がつかないと、タイガーは首をひねった。
「できますよ。5分もかかりません。僕が欲しいのはこれですから。」
バーナビーはそう言うとヘッドガードを外し、静かに目を閉じた。
タイガーはあまりにも欲のないバーナビーのリクエストに相好を崩した。
「そんなんで良いのか?」
「十分です。早くしないと、日付が変わってしまいますよ。」
そう言われてタイガーも慌てて邪魔なヘッドガードを外し足許に転がした。
そっとバーナビーの細い顎に指をかける。
「誕生日おめでとう、バニー。」
タイガーは目を閉じ、バーナビーの薄い唇にそっと優しいキスを落とした。
「ありがとうございます、虎徹さん。」
頬を包む温かい手に自身の両手を添え、バーナビーはこの上なく幸せそうに笑った。
11月を迎える直前の、特別な5分が静かに過ぎて行った。
終り