←TOP


Special Last 5minutes

 

「このクソ野郎!!こんな大事な日に手ぇ煩わせんじゃねえ!!

ワイルドタイガーは確保した強盗犯の襟首を掴み、罵声を浴びせた。

締めあげられ、揺さぶられる犯人のカボチャマスクがぐらぐらと揺れる。

「や、止め…。お前それでもヒーロー…。」

「ふざけた覆面なんかしやがって!なんでよりによって今日なんだよ!!

周囲にいたヒーローが何事かとタイガーを凝視した。

「人様に迷惑かけるのも大概にしろってんだよ!!

その声色に異常を感じたバーナビーが慌てて駆け寄る。

「ちょ…タイガーさん!落ち着いて!!どうしたんですか一体…。」

バーナビーに諌められ、タイガーは漸く我に返った。

私情で犯人を痛罵したことに気づき、気まずさでふいと顔を逸らす。

「…悪い。こいつやるわ。連行頼んでいいか?

タイガーはそう言うと、呆然自失した犯人を叩きつけるように地面に放り出した。

「ちょっと頭冷やしてくる。」

がしがしと頭を掻くようにヘッドガードを擦り、

タイガーは現場の片隅に力ない足取りで去って行った。

「…タイガーさん?

彼の背にいつもと違う雰囲気を感じ、バーナビーは怪訝に首を傾げた。

明らかに様子がおかしい。

まるで何かに傷ついているような…。

バーナビーは犯人を再度確保し警察に引き渡すと、

夜の闇に独り消えた相棒を探した。

 

「本当に…。なんで、今日なんだよ…。」

タイガーはフェイスガードをあげ、夜の冷気に顔を曝した。

晩秋の夜風が汗ばんだ顔を撫でていく。

「折角…今年こそはって思ったのに…。もう、時間ねえよ…。」

タイガーは左腕に仕込まれた時計のギミックを作動した。

1031234812秒>

刻々と刻まれるカウントダウンに、タイガーは溜め息をついた。

12分しかない。

だいたい、この後すぐに撤収したとしても、

トランスポーターでスーツを着たままでは味気なさすぎる。

「今年こそ、なんか喜ばしてやりたかったな…。」

煌々と夜の闇を照らす満月を見上げ、虎徹は一人ごちた。

 

去年のサプライズはダダ滑りだった上に、

バーナビーとの関係もまだぎこちなかった頃で、はっきり言って失敗だった。

だが、あれから共にいろいろな事件を超えてきた今年は、

二人の関係も比較にならないほど親密になった。

だからこそ…。

「俺はただ、普通に祝ってやりたかっただけなのにな…。」

 

一年の付き合いの中で、タイガーが知ったこと。

それはバーナビーの物欲のなさと、優しい思い出に残るような経験の乏しさだった。

形に残るモノを贈るよりも、何か心に残る記憶をあげたい。

そう思っていろいろ考えていたが、結局何もしてやれそうにない。

出動の一つや二つは覚悟していたが、

今日一日で大規模な事故二件と深夜に起きた強盗事件で、

昼過ぎからの時間の大半を、スーツを着て過ごす羽目になった。

ささやかな祝いの食事どころか、普通の夕飯すらまだ取っていない。

「結局、何もしてやれないのか…。」

これじゃあ不発に終わった去年のサプライズ以下だな。

タイガーは重い溜め息をついた。

 

「タイガーさん。」

後ろから呼ばれて、タイガーは一つ息を整え振り返った。

バーナビーがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

「おうバニー。さっきは悪かったな。面倒かけちまって。」

バーナビーは様子を窺うようにタイガーの眼を束の間見つめ、

微かな笑みを浮かべて彼の隣に並び立った。

「今日は出動多かったし、疲れてるんじゃないですか?

労るような声色に、タイガーは困ったような表情で肩を落とした。

「ん、ああ…。そうじゃないんだ。」

「なにか、あったんですか?

心配そうなバーナビーの顔を見て、タイガーは苦笑した。

「まあ、大事な用があったっつーかな。私用だから言えたことじゃねえけど。」

その表情に、バーナビーの顔色がさっと変わった。

 

そう言えばこんな大事な日ってさっき言ってましたけど、

もしかして楓ちゃんがこっちに来てるとか…。

なんで早く言わないんですか!!

ここはいいから、もう楓ちゃんのところに…。

 

あまりにも見当はずれなバーナビーの発言にタイガーは目を丸くした。

「いやいや、べつに楓はこっち来てねえから。てか、もしかしてお前忘れてる?

バーナビーはきょとんとした顔でタイガーを見つめた。

「はあ?何をです?

本気ですっかり忘れているらしいバーナビーに、

タイガーはやれやれとスーツ内蔵の時計をもう一度作動した。

1031235535秒…>

無駄に大仰なエフェクトと共に合成ボイスが無情に時を告げた。

「バニー、誕生日おめでとう。…ごめんな、飯でも誘おうと思ってたんだけど…。」

申し訳なさそうな風情のタイガーに、バーナビーは嬉しそうに眦を緩めた。

「…忘れてました。ありがとうございます。覚えててくれたんですね…。」

「ったりめーだろ。だいぶ前からいろいろ考えてたんだけどな。」

タイガーはスーツの両手を見て溜め息をついた。

「こんな恰好で言ったって、味気ないったらありゃしねえよな。」

あれこれ考えたけど、とうとう31日はあと5分しかなくなってしまった。

そうぼやくタイガーに、バーナビーは屈託のない笑みを浮かべた。

 

タイガーさんらしくないですよ。

5分あれば結構いろいろできるってことは、

僕たちが誰よりも一番よく知ってるじゃないですか。

 

「って言ってもお前、ここで5分以内で出来るお祝いなんて…。」

皆目見当がつかないと、タイガーは首をひねった。

「できますよ。5分もかかりません。僕が欲しいのはこれですから。」

バーナビーはそう言うとヘッドガードを外し、静かに目を閉じた。

タイガーはあまりにも欲のないバーナビーのリクエストに相好を崩した。

「そんなんで良いのか?

「十分です。早くしないと、日付が変わってしまいますよ。」

そう言われてタイガーも慌てて邪魔なヘッドガードを外し足許に転がした。

そっとバーナビーの細い顎に指をかける。

「誕生日おめでとう、バニー。」

タイガーは目を閉じ、バーナビーの薄い唇にそっと優しいキスを落とした。

 

「ありがとうございます、虎徹さん。」

頬を包む温かい手に自身の両手を添え、バーナビーはこの上なく幸せそうに笑った。

11月を迎える直前の、特別な5分が静かに過ぎて行った。


終り