B 克服
<さあ今夜も始まりましたヒーローTVライブ!今夜の事件は―!!>
はるか上空でヘリの羽音が響き渡る。
「よっしゃあ!一番乗り!!このままぶっとばせバニー!!」
「しっかり掴っててくださいよ!!」
言うが早いかバーナビーはチェイサーのスロットルを全開にした。
周囲の車が事件を察知し次々と道を開ける。
市民の協力で混んだフリーウェイに一筋の緊急車両レーンが出来た。
「ども!ご協力感謝します!!」
礼を叫ぶワイルドタイガーに周囲から応援のパッシングが鳴り響いた。
「飛ばします!!」
前方を逃走する脱獄犯の車両がぐんぐんと目の前に迫る。
「よし、あいつの前の道を凍らせて…。」
「危険です!まだ一般車両が退避しきれていない!!」
「じゃあ氷で奴のタイヤをパンクさせる!!」
「了解、もうすこし車間詰めます!」
バーナビーがさらに加速しようとしたその時
斜め前方から何かが飛来するのが見えた。
「うっしゃああああ!!!」
カタパルトから射出されたアントニオが風を纏って逃走車両めがけ飛んでいく。
それはいつもより早く正確に犯人を捕えんとする巨大な弾丸。
だがそれに気づいた犯人はさらにスピードをあげ振り切った。
逸れた軌道を風で修正してバイソンがなおも追跡しようとする。
「うへえ…。やるねえあいつ…。」
タイガーはなおも犯人に向かおうとする人間砲弾に驚嘆の声をあげた。
「でも方向が…危ない!!」
飛んできたロックバイソンが後続していたチェイサーに接触する寸前、
眼の前に青い道が現れバイクが急に滑るように前方へと加速した。
「え!?」
「へへ、ブルーローズの真似。」
驚いた相棒を眼の端に捕え、ワイルドタイガーが得意げに鼻を擦った。
「うおお!!」
硬化することもできないままロックバイソンがフリーウェイの壁に激突した。
「バイソン大丈夫か!!」
タイガーはサイドカーから上体を捻って乗り出し後方を見た。
「彼の事はクロノスのスタッフとOBCクルーに任せましょう!追いますよ!!」
衝突騒ぎで距離を空けられた。
バーナビーはさらに加速して犯人を追った。
その時後ろから流線形のFR車が猛スピードでチェイサーを
追いあげ追いこして行った。
「んふ、お先ぃー!!」
余裕でワイルドタイガーたちに投げキッスをよこし、
ファイヤーエンブレムが逃げる犯人を猛追する。
「くそ、させるか!!タイガーさん、さっきのアレやってください!!」
「ええ!?お前コントロールできるんだろうな!?」
「僕を誰だと思ってるんです!さあ早く!!」
「わぁったよ!死ぬときは一緒だぞ!?」
「貴方と心中する気はありませんよ!!」
「やーんバニーちゃん冷たーい!!」
バカを言いながらも虎徹は周囲を巻き込まぬよう苦慮しながら
自分たちの前に氷の道を作った。
摩擦抵抗を失った車両が一気に犯人を追い上げる。
文字通りのアイスバーンをチェイサーがスピンすることもなく
氷上のスケーターのように滑走していく。
すると前方で激しくタイヤが軋む音が聞こえた。
「犯人が止まった!!」
「うおあ!バニーあの氷解かせ!!滑って激突する!!」
バーナビーは一瞬躊躇したが、意を決して小さな火の球を生み出した。
その熱さにバーナビーの手が微かに強張った。
「ボールみたいに投げろ!!イメージするんだ!!」
タイガーの言葉にバーナビーは右手を振りあげて氷の道に火球を投げつけた。
見る間に氷が解け、チェイサーは激突前にタイヤを軋ませてなんとか止まった。
肩で息をするバーナビーにタイガーはその背をぽんと叩いた。
「出来たじゃねえか、火のコントロール。よくやった。」
「はい…。」
掠れる声で答え、バーナビーは現場を把握しようと辺りを見回した。
「さあ、どうする?前も後ろもヒーローに挟まれてもう逃げられないわよ?」
犯人の前に回り込んだFR車が斜めに停められ、前への突破はできない。
犯人は車を乗り捨て、横目でフリーウェイの壁を盗み見た。
「はっ!お前ら今能力お取り替え中だろ!だったら…。」
ボン!
突如、犯人の真横にあった車が爆発炎上した。
「だったらなんだ!?逃げられるとでも思ってるのか。」
放った炎とは対照的に、冷たい声でバーナビーが言い放った。
<この子って本当に任務中はトラウマどこかに置いてくるのね。>
ファイヤーエンブレムはバーナビーのプロ意識に舌を巻いた。
一昨日の様子からはまるで別人のようだ。
「大人しく投降しろ。次は当てるぞ。」
バーナビーは犯人に向かって伸ばした右手に火球を生み出した。
「ネ…ネクストが自分たちだけだと思うなよ!!」
脱獄犯が半狂乱でそう言い、青い光が立ち昇った。
みるみるその身体が鈍い銀色に包まれていく。
「みんな気をつけろ!こいつの能力はなんだアニエス!!」
PDAで情報を取ろうとするタイガーに犯人が叫んだ。
「俺の能力は『全身鋼鉄化』!!牛野郎さえいなければ俺だってヒーローになれたんだ!!」
既存のヒーローが類似した能力を持っていたがために
憧れのヒーローになれず挙句、それどころか罪まで犯した。
犯人はそんな泣きごと逆恨みをつらつらと言いたてた。
「そうだよ、牛野郎さえいなければ!!」
「ああ?なぁにを寝ぼけたこと抜かしてんじゃ…!?」
ファイヤーエンブレムが啖呵を切ろうとした時だった。
バリバリバリ!!!
凄まじい音を立てて一筋の雷が犯人を打ち据えた。
金属の身体を駆け抜けた電撃に声もなく脱獄犯が地に膝をついた。
「ヒーローは能力のみにて在るにあらず。お主の心根はヒーローの器にあらず。」
せっかくの雷遁を生かさず、つい見切れていた折紙が
重い声でそう言い犯人に向き合った。
―ヒーローになりたかった服役囚。
折紙は去来する思いを押さえて背中の大手裏剣を構えた。
周囲の空気がパリパリと乾いた音を立てる。
「脱獄犯!雷の力もて成敗いたす!!」
「ち…。電気はあんまり好きじゃねえんだよなあ。」
大抵の攻撃は効かないが雷撃だけは相性が悪い。
男は必死で虚勢を張った。
「ドラゴンキッドの雷ならヤバかったが、所詮付け焼刃だな。」
その言葉に折紙はならばと再び雷撃を喰らわそうと身構えた。
<って言ったものの、こいつはヤバい。何とか逃げねえと。>
逃走を図った犯人は眼の端で反対側の壁を見る。
だがそこにもヒーローが二人、仁王立ちで睥睨している。
「てか、誰が何の能力だか紛らわしいんだよお前ら!!」
脱獄囚は反対側の壁際を押さえていた彼女らが何の能力かも考えず突進した。
二人の目がキンと青く光る。
「サア!!」
「舐めないでよね!!」
「ギャアアアア!!」
<ああーっと!!これは凄い!!カンフーマスターと女王様の女子コンビ攻撃だぁ!!>
100パワーを借り受けた二人に抜き手と蹴りで吹っ飛ばされ
犯人がヒーローたちの包囲網ど真ん中に押し戻された。
「すげえ!やるじゃねえか二人とも!!」
「お見事です!!」
これはポイント持っていかれても納得だなとバーナビーは
女子ふたりの見事なコンビプレイを称賛した。
だが…。
「へっ!俺に物理攻撃は効かねえよ!」
へらへらと嗤い脱獄犯がブルーローズたちを指さした。
「お姉ちゃんたちと遊ぶのはまた後でな。」
5分たったら女二人は無力だ。
逃げ道を見出した犯人は口の端で笑った。
その顔を見てタイガーはやれやれと肩を落とした。
「どうするバニー。あいつ5分たったらキッドたちのとこ突破できると思ってんぜ?」
言外にバカじゃねえのあいつというニュアンスを含ませタイガーは苦笑した。
「5分持ちこたえさせませんよ。」
バーナビーはハアッと能力を発動させ両掌から凄まじい炎を浴びせかけた。
「どうしたあ?この程度じゃ俺は融けねえぞ??」
炎に包まれてへらへらと笑う犯人を忌々しげに睨み、ファイヤーエンブレムは歯噛みした。
自分ならもっと火力をあげられる…だが彼には…。
<温度をあげればあの子の精神がもたないかもしれない…!!>
だがバーナビーは炎をいきなり止めた。
「タイガーさん!思いっきり氷を浴びせてください!!」
「え?あ、ああ!!おりゃあああ!!」
いきなりそう言われ訳が分からないなりに、タイガーは渾身の力で犯人を凍りつかせた。
「ふぐあああ!!」
「やべ、やりすぎた!!」
全身を覆いつくした氷をすぐさま紅蓮の炎が焼き尽くす。
「ハアアッ!!」
見る間に氷が解け、襲ってくる熱さで犯人が踊りだした。
「おいせっかく凍らせたのに…!!」
なにやってんだと言うタイガーにファイヤーエンブレムはそうかと叫んだ。
「金属疲労ね!タイガー、金属は熱と冷気を交互に浴びせると劣化するの!!」
懸命に炎を噴射するバーナビーにタイガーは頷いた。
「バニー、替われ!!」
バーナビーが手を休め、直後に凄まじい冷気が犯人を取り巻く。
絶対零度と紅蓮の波状攻撃に犯人が激しくもがきだした。
「熱い寒い熱い寒い!!!」
氷が解けきったところでバーナビーは女子二人を振り返った。
「今です!」
ブルーローズとドラゴンキッドが二人声を掛け合うこともなく
絶妙のコンビネーションで二重の蹴りを犯人に叩き込んだ。
「サア!!」
「完全ホールドッ!!」
「ふが!」
珍妙な声をあげるとそれっきり犯人は地面に倒れ伏した。
<凄い凄い!ガールズパワー炸裂!!華やかなグッドラックモード決まったあ!!>
マリオの熱狂的な実況がここまで聞こえる。
皆は互いの顔を見て笑い合った。
「折紙さん雷遁決まったね!」
「キッド殿こそ華麗な100パワーでござった。」
「いいなー、そっち。ね、タイガーどうだった私?」
「ん?ああ、すげーすげー。カッコよくぶっとばしたなー。地面凹んでんぞ。」
「タイガーさんそれ褒め言葉になってませんよ。」
「タイガーのバカああ!!」
「アンタってほんと馬鹿ねえ。」
「フォローできませんね。」
「え、なんで俺が怒られてんの?」
やんやともりあがる仲間を遠巻きに見ていたのは
ロックバイソンとスカイハイだった。
「俺…結局うまく風の力使えなかった。すまんスカイハイ。」
「おたがいさまさ。私も見切れてみたけど上手く出来ただろうか。」
「…なんかいねえと思ったら。見切れは別によかったんじゃないのか?」
「そうかい?折紙君の代わりなら見切れなければと思ったんだが。」
「それ本人に言うなよ?」
「なぜだい?」
アニエスが視聴率を見てほくそえんでいる。
「いいわー!最高の演出になったわあー!!」
ケインとメアリーはやれやれと息をついた。
「そろそろ三日目が終わる。スワップ効果の切れる頃ですね。」
「皆さんお疲れさまでした。」
二人が画面の向こうのヒーローたちを労っている間も
アニエスの笑いは止まらない。
「番組に協力する条件でスワップ犯と刑期の司法交渉できないかしら。」
あー。
もはや突っ込む気力もない。
部下二人は疲れた体に活を入れた。
「メアリー、このまま深夜枠用の編集するぞ。」
「はい。」
「ちょっと!上司をスルーするってどういうつもりなの!?」
アニエスの声に二人はハイハイと気のない声をあげた。
「バニー、お疲れ。」
「お疲れさまでした。」
トランスポーターに戻ると二人は拳をぶつけあった。
「やっぱ100パワーじゃねえとしっくりこねえよなあ。」
「本当ですね。炎はやっぱりファイヤーエンブレムさんにこそふさわしいです。」
さっき外で試してみたらもう火も氷も出なかった。
無駄に発動してしまったが事件直後だし、まあ招集が掛かる確率は少ないだろう。
やれやれとラウンジのソファに腰を落とし虎徹は大きく伸びをした。
バーナビーも火を扱ったにしては随分落ち着いている。
隣に座りタオルで顔を拭うその横顔はどこか晴れやかだ。
「バニー、火のトラウマちょっと克服できたな。」
虎徹はそう言ってバーナビーの汗でもつれた髪を梳いた。
「ほんの少しだけですけどね。」
バーナビーはそう言って気恥ずかしそうに笑った。
その笑顔に虎徹はなんだか嬉しくなった。
少しでも過去の痛手から立ち直ることが出来たのならと。
「お祝いにこの後一杯奢るよ。火ぃ噴きそうな四川料理どうだ?」
「いいですね。氷みたいに冷えたビールと。」
「よっしゃ、とっととシャワー浴びて着替えようぜ。」
「はい!!」
二人は競い合うようにアンダースーツを脱ぎ、狭いシャワーブースに飛び込んだ。
終り