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サプライズ リターンズ

 

その日僕がトレーニングルームに入ると、

みんなの態度があからさまにおかしかった。

みんながちらちらと僕を見て、そのくせ話しかけてくる様子はない。

以前の僕なら無視していた。きっと気にもしなかったはずだ。

けれど人との接し方を少し覚えつつある最近は、

他人のこういう態度に何か落ち着かないものを感じる。

 

「あの…。」

僕は近くにいたスカイハイさんに声をかけた。

「な、なんだいバーナビー君。私は知らないぞ。そして何も聞いていない。」

僕が聞く前に、スカイハイさんは上ずった声で噛みながら答えた。

…ある意味、この人に聞いて正解というか…。

何かあります、そして隠してますって言ってるようなもんじゃないか。

「でも、スカイハイさん…。」

この正直者に畳みかけてみようと思った時だった。

「ちょっと、ハンサム。あっちでタイガーが捜してたわよ。」

露骨に怪しいスカイハイさんをフォローするように、

ファイアーエンブレムさんが割って入った。

相手が悪すぎる。この人に話術で勝てる自信は全くない。

「…そうですか。ありがとうございます。」

僕はそう言って、彼女が指さした休憩室へ移動した。

 

虎徹さんが僕を捜しているはずがない。

仕事の都合で遅くなった僕は、

先に来ていた虎徹さんとここで少し話をして、ついさっき別れたのだから。

つまりこれはファイアーエンブレムさんが

厄介払いをしていると察して僕は席を外した。

「…なんなんだ、一体…。」

僕は自販機にPDAをかざし、紅茶のボタンを押した。

妙に苛々して、普段は押さない砂糖増量のボタンに自然に指が伸びる。

「はあ…。」

なんだか知らないが気分が悪い。

こんな精神状態でトレーニングしても故障するのがオチだな。

今日はこれ飲んだら帰ろうかと思った時だった。

 

シュンと空を切るような音がして誰かが入ってきた。

「あれ、バニーまだここにいたのか。…なんか、あったのか?

虎徹さんは僕の顔を見て、気遣わしげな顔で僕の隣に座った。

「虎徹さん。今日はもう帰ったんじゃ?

「ん?ああ、俺はうっかり忘れ物…。ああ、あった。」

虎徹さんはそう言って辺りを見回し、

テーブルの上にあるIDカードホルダーをポケットに押し込んだ。

「危うく明日、会社のゲートで通せんぼされるところだった。…で、どうした?

この人、変な時に聡いんだよなあ。

こういう時の虎徹さんに隠し事をしても無駄なのは学習済みだ。

僕は素直にさっきの経緯を話した。

 

「ふーん…。そりゃ、気の悪い話だな。」

虎徹さんは何か考えるように空を睨んでいる。

「でも心配ないと思うぜ。お前が悪いとかじゃねえよ、多分。」

そう言って、虎徹さんはがしがしと乱暴に僕の頭を撫でた。

「どうして、そう思うんですか?

僕は今でも人との距離の取り方が下手だから、

知らないうちに誰かを傷つけたんじゃないかと…。

僕がそう言うと、虎徹さんはハハッと小さく笑った。

「そんなんで冷たくなるんなら、お前がデビューした時にとっくになってるよ。」

そんな言い方しなくても…。

でも、それもそうか。

酷かったもんな、以前の僕の態度。

「はっきり言えねえから、察してほしいんだけど。」

虎徹さんはぼりぼりと髭のあたりを掻いて、ちょっと言い淀んだ。

 

「俺ぁ、なんとなく見当つくけど。ばらすわけにもいかねえし。」

?

「まあ、去年あんだけ大失敗したのに懲りねえよなあ。特にスカイハイ。」

!

「ま、もうちょっとここで待ってようや。俺も付き合うからさ。」

ああ、そうか。今日は…。

っていうか、虎徹さん…。

ばらしてるのと同じです。

でも、そこは突っ込まないでいてあげよう。

僕を安心させようとしてくれてるんだって分かるから。

「しっかし、俺まで蚊帳の外って酷くねえ?

虎徹さんは大きく溜め息をついた。

「えっ、本当に聞いてなかったんですか?

独りになった僕のところに戻ってくる役回りだったのかと思ったら。

虎徹さんは渋い顔で何度も頷いた。

 

マジで何にも聞いてねえよー。

忘れ物してなかったら普通に帰ってたぞ。

たまたま俺が戻ってきて、お前の話聞いてやれたから良かったけど、

主役傷つけて、本人が帰っちまってたらどうする気だったんだか。

「タイガーがあっちで捜してる」って、計画に俺入ってんじゃん。

大方、連絡役が俺に言った気になって忘れてたんだろうけど。

…あ!

 

虎徹さんは何を思い出したのか、いきなり大きな声で叫んだ。

「どうしたんですか?

僕が聞くと、虎徹さんは目を泳がせた。

「あ…いや、その…。」

「なんですか虎徹さんまで。はっきり言ってくださいよ。」

虎徹さんは気まずそうに小さな声で言った。

「俺も、言った気になって忘れてた…。」

「何をです?

 

お前、今日誕生日だから飯でも食いに行こうって。

言った気になって終了してたわ。

俺も歳かねー。ボケの始まりかよ。

 

虎徹さんはごめんと言って両手を合わせ、

拝むような格好で僕に軽く頭を下げた。

「それはまた…すごい自己完結ですね。」

気持ちは嬉しいけど、あまりのボケっぷりに笑うしかない。

「でも、この後サプライズだったら飯行くタイミングないよな。」

虎徹さんはがっかりしたように肩を落とした。

「終わってから、お酒一杯ごちそうしてください。他の人抜きで。」

僕がそう言うと、虎徹さんは救われたように笑ってくれた。

「あ、それでいい?んじゃ、そうしよう。決定な。」

なんで僕がフォローしてるんだか。

まあいいや。

 

その後、折紙先輩が露骨にぎこちなく僕を呼びにきた。

明らかに人選ミスだろと虎徹さんが笑ってる。

もちろん、気がつかないふりくらいしますよ。

僕はそう言って、虎徹さんに笑い返した。

「さあ、お先にどうぞ。」

先輩はそう言って僕を扉の前に立たせた。

 

派手なクラッカーの破裂音。

舞い散る紙ふぶき。

Happy birthday Barnaby!!

何人もの声が重なる。

「みなさん、ありがとうございます。すごく嬉しいです。」

僕がみんなに頭を下げると、後ろにいた虎徹さんにまた荒っぽく頭を撫でられた。

「誕生日おめでとう、バニー。」

 

「これ、みんなからプレゼント!

ドラゴンキッドさんが僕に差し出したのは、大きな虎のぬいぐるみだった。

「去年のウサギが独りじゃ寂しいだろうからって、あの娘が選んだのよ。」

ファイアーエンブレムさんが艶っぽく笑って言い、

話を振られて、ブルーローズさんがぷいと顔をそむけた。

「…二匹一緒じゃないと、締まらないでしょ。」

彼女の心中を思うと、申し訳ない気分になってしまう。

それでも、あえてこれを選んでくれた彼女の気持ちが素直に嬉しい。

「みなさん、本当にうれしいです。ありがとうございます。」

僕がそう言うと、虎徹さんは僕の肩に手を置いた。

「よかったな、バニー。」

僕は虎徹さんのほうを振りかえり、小さく頷いた。



父さん、母さん。

この世に生を授けてくれてありがとうございます。

僕にもやっと、大切にしたい人たちができました。


スカイハイさんがサプライズの成功を大仰に喜んでいる。

折紙先輩が迎えに行く時緊張したと笑っている。

向こうで伝達ミスをしたロックバイソンさんが虎徹さんに締められている。

 

「今度誰かの誕生日サプライズをするときは僕も混ぜてくださいね。」

隣にいたブルーローズさんに言うと、彼女はふっと不敵に笑った。

「あったり前でしょ。あんたは二回したんだから頑張ってもらうわよ。」

僕は勿論と言いながら虎のぬいぐるみを見た。

何処となく彼に似ているそれが、僕に優しく微笑んでいるように見えた。

 

終り