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旅の終わりに

 

26回目の誕生日は異郷の地で迎えた。

マーべリック事件の後、生まれて初めてシュテルンビルトを離れ

早くも10カ月が経とうとしている。

今日みたいな日は家にいなくてよかったと心の底から思う。

ゴールドステージのマンションにいたら、どれほど辛いと思ったことだろう。

今年はもう、あの懐かしいパウンドケーキは届かないのだから。

 

「サマンサおばさん…。僕はまた独りになりました。」

僕は小さな宿の窓から天を見上げ、おばさんの笑顔を思い出した。

二年前、本当は沢山の人に囲まれていたのに独りだと思っていた。

去年、21年ぶりに大切な人と過ごす暖かい誕生日を過ごした。

そして今、僕はまた独りでいる。

 

事件の後、ロイズさんはヒーローをやめると言った僕を慰留してくれた。

虎徹さんは、行くあてがないなら俺の実家に来ないかと言ってくれた。

うちの会社で働かないかと言ってくれたファイヤーエンブレムさん。

寂しくなると別れを惜しんでくれたヒーローの皆。

今まで関わった芸能関係の人たちからもいろんな声を掛けてもらった。

 

もちろん、優しい声ばかりじゃなかった。

一部の報道で僕がマーべリックの手駒だったと非難する声もあった。

傷つきはしたけど、無理からぬことだと僕は沈黙を通した。

反論は奴らを喜ばせるだけだ、そう思ったから。

僕よりもよっぽど激怒したのは虎徹さんだった。

「バニーが共犯!?ふざけるな!!

OBCを通じてワイルドタイガーが興奮を抑えもせずに反駁した。

「バーナビーはこの事件で一番の被害者だ!!4歳で親を殺されてるんだぞ!!

それでもまだ文句のあるやつは出てこい!!俺が相手になってやる!!

まずい、ワイルドタイガーでさえ共犯だと取られかねない。

そんな僕の心配は杞憂で済んだ。

マーべリックに冤罪を掛けられながらも

奴の罠と闘いぬいたワイルドタイガーの怒りの声は

市民に僕の無実を信じさせるのに十分だった。

他のヒーローや、マーべリックの悪事をすっぱ抜いたヒーローTV

助力もあって、僕はそれ以上糾弾されていない。

僕は最後の最後まで、虎徹さんに守られてしまった。

 

「やっぱり、行くんだな。」

「みなさん、本当にありがとうございました。」

皆にお礼を言って、それでも僕は独りになる道を選んだ。

マーべリックに操られていた21年間。

虎徹さんに依存していたここ1年間。

僕は自己を確立しないままこんな歳になってしまった。

だから、優しい人たちから離れて、自分の脚で立って考えたい。

そう言って僕は旅に出て今ここにいる。

 

東洋、西洋。

都会、田舎町、はては荒野で野宿してみたこともある。

善良な人、普通の人、小悪党、犯罪者。

平和な場所、紛争地域、人の通らない荒野。

たった10ヶ月で世界のすべてを見たわけじゃないけれど、

だいたいの縮図は俯瞰できた。

 

ヒーローとして知られていない場所だけに、

誘拐やら窃盗やらの犯罪に巻き込まれたこともある。

窃盗犯を返り討ちにして警察の前に捨てといたり、

胡散臭い売春窟に敢えて連れ込まれ、

見張りをぶちのめした揚句に、監禁されていた部屋の壁を蹴破って

捕らわれていた子を全部解放してやったこともあった。

よく考えたら壁を壊す必要はなかったなと今更思う。

誰かさんの影響だ、絶対。

もちろん今の僕には逮捕権も何もないから、

こういう活動はこっそり闇討ちなんだけど。

現役だったらポイントどれだけついたかな、なんて思ったりもした。

 

そんな悪戯を繰り返しているうちに気がついた。

僕はいつの間にか、ヒーローが天職だったと思っていることに。

あいつに仕組まれた生き方だったはずなのに、

僕はあの街で人を助けることに生きがいを見出していた。

そこで初めて、シュテルンビルトに帰ろうかと思った。

「サマンサおばさんの命日前には帰ろうかな…。」

12月には両親の命日もある。

いずれにせよ、フラフラできるのは11月が最後だな。

さあ、どうしようか。

シュテルンビルトにはまっすぐ帰るか、それとも…。

 

そんなことを考えていると、携帯が微かに振動した。

メール?

…僕に今メールをくれそうな人なんて一人しか思い当たらない。

登録外のメールアドレスだが、僕は慌ててそれを開いた。

アドレスは変わっていたけど、送信者は見てすぐ分かった。

 

wildtiger-k_k@

sub 誕生日おめでとう!!

バニー、誕生日おめでとう!!

楓がお前にってケーキ焼いたんだ。

俺も手伝うって言ったら邪魔しないでって怒られた(泣)

だから俺からはこっちをプレゼントするぜ。

鏑木酒店の一押しロゼワインだ!

シュテルンビルトにいたら送ったんだけど、

まだ旅の途中かもしれねえから画像だけ送るわ。

一回くらいこっちにも来いよ。

あ、今いるとこはヒーローTV見られるのか?

見られるんなら来月から要チェックだぞ!

絶対びっくりするから!!

じゃあまたな!

 

添付画像には虎徹さんと楓ちゃんがケーキとワインを捧げ持っていた。

 

「虎徹さん、楓ちゃん…。ありがとう…。」

僕は目頭が熱くなるのを感じた。

10か月もの間、知っている人すべてから遠ざかって、

いつしか誰とも連絡を取らなくなって。

今僕がここで死んでも誰にも伝わらないな、なんて思ったこともあった。

でも、虎徹さんはこうやって節目節目に連絡をくれる。

未だに人との距離の取り方の分からない僕に教えるように。

 

「返事、打たないとな。」

その前にこのアドレスを登録しないと。

何を書こう。

話したいことが多すぎて困ってしまう。

ああ、まずはケーキとワインのお礼か。

それと…。

 

11月からヒーローTV?

要チェックって何だろう。

まさか、と思うけど…。

 

「それは、直接聞いてみようかな…。」

僕は虎徹さんのメールを打ちながら、

11月はオリエンタルタウンを目指す旅にしようと思った。

そしてそこが旅の終わりだ。

12月にはシュテルンビルトに戻ろう。

もし僕の予想が外れていなければ、シュテルンビルトに戻ったら

きっと忙しくなる。

こんなふうに当てもなくフラフラなんてもうできなるだろう。

でも、それでいい。

目指す場所は見つかった。

 

僕は虎徹さんへのメールを送信すると、

携帯で列車の乗り継ぎを検索した。

ここからオリエンタルタウンへの遠い遠い道のりを。

それは、懐かしいあの街への帰路の始まり。