ただいま
「いやあーん、それもう同棲じゃなぁい。」
くねくねと身をよじらせ、ネイサンは虎徹の尻を揉んだ。
「いや同棲じゃねえし、『他の奴と同棲してる人間』のケツを揉むなよ。」
虎徹も慣れた手つきでネイサンの手を払う。
あんと不服そうな声で手を引っ込めながらもネイサンは
なおもねっとりとした視線を虎徹に注いだ。
「で?どうなの、可愛いウサちゃんとのラブライフは。」
「だから、そんな良いもんじゃねえんだよ。」
虎徹は心底困ったように溜め息をつき頬を掻いた。
二部に移籍になってからというもの、細かい呼び出しが飛躍的に増えた。
一件当たりの拘束時間は少ないものの、スリやひったくりは強盗より遥かに多い。
去年の年末だったか、帰社して着替えてる間にまた呼び出されるを繰り返した結果、
しまいにはアンダースーツのままトランスポーターで
次の呼び出しまで待機したこともある。
暖かくなってきた最近は痴漢やストーカーがやたら多い。
防犯意識の低い田舎娘が進学や就職でシュテルンビルトに移住してくるからだ。
「うちの田舎じゃあるまいし、女がアパートの一階で窓開けて寝るなよなあ。」
虎徹は三件連続続いた家宅侵入者を警察に引き渡してから愚痴をこぼした。
「オリエンタルタウンはそんなことできるんですか!?」
「よくあるよ。ド田舎だと近所の人間は悪さしないと思ってる地域もあるんだよ。」
都会育ちのバーナビーは信じられないと首を振る。
虎徹はカルチャーショックだろとバーナビーに笑った。
そんな話をしていると今度はひったくり発生の連絡が入った。
「そんなこんなで絶え間なく呼び出されて終わったら午前3時とかが続いてよ。」
「あらま大変。一部でも夜中の呼び出しはあるけど、そんなしょっちゅうじゃないものね。」
ネイサンは心配そうに虎徹を見た。
慢性的な寝不足なのか、どことなく覇気がない。
もっとも一度コールが掛かれば眼の色が変わるのは重々知ってはいるが。
「で、それが何であんたんちで同棲に繋がるわけ?」
「ああもう同棲でいいよ。それがバニーの方が家に帰れねえんだよ。」
虎徹はまんざらでもなさそうに笑った。
二部の事件はほとんどがブロンズか近郊のダウンタウンで起きる。
最初のうちこそゴールドの自宅に戻っていたバーナビーは
やがて会社で疲れた顔を見せるようになった。
「出動の後いちいち家に帰るのが面倒くさくて…。」
事件現場から自宅に戻ろうとするとどうしても1時間はかかる。
ヘタをすると帰宅途中に呼ばれて現場にUターンということもままあった。
一時は馬車馬のように働いた自分でも、いくらなんでもこのままでは死ぬ。
帰社するトランスポーターで会社まで戻ってきてそのまま仮眠室に
なだれ込む日が一週間続いているとバーナビーは欠伸交じりに言った。
「どうも仮眠室って眠れないんですよね。」
もともと睡眠障害の気があったバーナビーが雑魚寝などできるはずがない。
「酸素カプセルとかトランスポーターのラウンジも試したんですが今一つ寝れなくて。」
バーナビーは口許に手を当て小さく欠伸を噛み殺した。
「馬鹿!だったらなんでうちに来ないんだよ!!」
「だってあまりに頻度が高すぎて、いくらなんでも迷惑…。」
「なわけねえだろ!!別に毎日来たって良いよ!!俺疲れたら鼾掻くけど。」
「虎徹さんの鼾は慣れてるから今更うるさいとも思いませんが…。」
「だったら決定。深夜の呼び出し後は俺のアパートに帰宅。」
有無を言わせぬ勢いで虎徹は自宅の合鍵をバーナビーに押し付けた。
「撮影の後とか別に深夜でなくても良いから。好きな時に来い。」
バーナビーは暫く鍵を眺め、嬉しそうにはにかんで笑った。
「ありがとうございます。」
その顔が可愛くて、虎徹は思いだしただけでも目尻が下がる。
「ヒューヒュー、ファイヤーヒュー!!」
ネイサンは嬉しそうに身をくねらせ、虎徹の腰をさらに撫でまわした。
「だから他にパートナーがいる奴を触るなっつの。」
「それでどうなのよアッチの方は?」
「スルーかよ!」
「もう、正直に白状なさい。もっと揉むわよ!?」
アッチってどっちだよとすっとぼけようかと思ったが、
虎徹はちょっと聞いてほしくなってはーっと溜め息をついた。
「それがないの。」
ネイサンはない、と反芻して眼を見開いた。
「はあああ!!???何よそれ!!何のための同棲よ!?まさかアンタもう枯れたの!!?」
「枯れてねえよ!!ねえんだよ!時間も体力も気力も!!」
深夜遅く、ひどい時は明け方帰ってきてシャワーを浴びて寝る。
会社やトランスポーターで浴びた時はそのまま寝ることもある。
「あら、それじゃ過労の寝不足だったのね?夜通しお楽しみだったのかとおもったわあ。」
「あのな。俺まだ枯れてないけどそこまで若くもねえよ。」
「何言ってんの、ウサギちゃんはまだやりたい盛りでしょ?」
「いや、あいつも淡白な方。根が寂しがりだからスキンシップは好きだけどさ。」
それでもバーナビーも疲れ過ぎていて、ハグしたらそのまま寝てしまうなんてザラだ。
虎徹がそう言うとネイサンは大変ねえと本気で虎徹たちを心配した。
「言っちゃなんだけど、二部ってもっと楽かと思ってたわ。」
「うん、俺もそう思ってた。甘かったわ。」
「それじゃ帰ったら寝るだけなのも無理ないわねえ。」
「寝るっつーか…落ちる?今朝はソファでふたり折り重なって寝てた。」
早朝4時ごろ帰ってきた二人はロフトに上がる気力もなく、
着替えもせずにソファに倒れ込んだ。
3時間後バーナビーの携帯アラームが鳴り響くまで一瞬だったような気がする。
ほんの数時間仮眠をとって慌ただしく出社。
出勤と出動と各種メディア媒体の仕事。
家に帰ってまた呼び出されて。
「ヒーローに復帰できたのは嬉しいんだけど、バニーとろくに話もできねえんだよ。」
せっかく家で半同棲状態なのに、酒の一つも酌み交わせていない。
「俺だってたまにはイチャコラしたいんだけどなー。」
情けない声で言い、虎徹はしょぼーんと両肩を下げた。
「同棲とは言えなくても、せっかく合鍵渡したのにさー。」
ふうんとネイサンは中空を睨んだ。
その時ネイサンのPDAがけたたましく鳴った。
<ボンジューヒーロー!!>
ネイサンは眼でじゃあねと言い、虎徹は頷いて頑張れよと手を振った。
珍しく呼び出しのないままその日の仕事も終わった。
「さて帰るか。」
ネイサンにああは言ったものの、虎徹は帰途に就く足取りが軽いのを感じた。
以前なら早く仕事が終わった日は飲みに行ったが、そんな気にはなれない。
合鍵を渡したのに自分が午前様ではバーナビーが可哀そうだ。
そう思うとついまっすぐ帰ってしまう。
「バニーだって自分ちに帰る日もあるのになあ。俺浮かれ過ぎだろ。」
そう思いつつ、ちょっと期待してしまう自分に虎徹は苦笑した。
けれどそれはお互いさまなようで。
携帯を見るとバーナビーから案の定メールが入っていた。
<撮影が早く終わったので虎徹さんの家に来ました。
食事の支度をしておいたので、食べないで帰ってきてくださいね。>
その文面に虎徹の頬がまた緩む。
「ちょ、何この可愛いメール!保護するぞもう!!」
家で帰りを待っていてくれる人がいる幸せ。
6年前に失って二度と手に入らないと思ったあの温かさ。
「バニーはそれを4歳で失ったんだもんな。…可哀そうに。」
きっとバーナビーも本当は寂しかったのかもしれない。
一人に慣れ過ぎて自覚していたかは分からないけれど。
今ごろあいつも自分と同じ想いでいてくれるといいな。
虎徹はそんな気持ちでメールのレスを素早くしたためた。
<飯楽しみにしてる!すぐ帰るから!!>
そう返事を打って足早に駐車場へ向かう虎徹はふと思った。
「あいつ、飯作れたっけ…?」
一瞬何か嫌な予感もしたが気のせいだろうと虎徹は気にするのをやめた。
きっと仕事帰りにデリにでも寄ったんだろう。
「じゃあ俺もあいつに何か買ってってやろうかな。」
ロゼワインで一杯やるのも良いけど、
プリンとかそういうお土産っぽいのも家族みたいで良いな。
そんなことを考えながら車に乗り込みキーを回す。
「確かにくそ忙しいけど、なんかいいなあこういう生活。」
虎徹はしみじみと思いながらアクセルを踏み込んだ。
一度はあきらめたヒーロー業をして、
しかもこんなふうに誰かと寄り添って生活できるなら、
不規則できつい生活でも幸せだと思える。
喧嘩もするかもしれないけど、
それでも一人の夜を幾つも超えるよりずっといい。
たくさん話をして、笑って、抱き合って。
今夜は心ゆくまで互いの体温を感じたい。
「バニー、今帰るよ。」
明かりの灯る家であいつが待っている。
虎徹は幸せな気持ちで家路を急いだ。
終り