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戦い済んで陽は昇り

 

「虎徹さああん!!

ジュニア君がまた泣きながらオッサンにしがみついた。

リベンジ秘書君のメカ蟹ぶっ倒した現場からトランスポーターに撤収した途端、

ずーっとこの調子だ。

さっきキメ顔でサムアップしてたイケメンはどこに消えたんだよ。

これほんとに同一人物か?

ジュニア君って実は二重人格とか言わねえよな??

「きょてつさん、ぼぐ・・・ぼぐ・・・。」

もう何言ってんのか分かんねえほどしゃくりあげる27歳児を

オッサンはこれまた親みたいな優しい顔で抱きしめてる。

「バニー、この間は金目当てとかひどいこと言ってごめんな。」

「僕こそ…。その程度とか言ってごめんなさい…。」

「いーのいーの。バニーちゃんはなんも悪くねえよ。嫌なこと言わせちまってごめんな。」

「虎徹さああん!!

あーもーうぜえ。

何回目だよそれ。

つきあってらんねえから先にスーツ脱いでシャワー浴びてきたけど、

着替えて戻ってきてもこいつらは未だにアンダースーツのまま抱き合ってる。

…つうか、なんかアブナイ雰囲気漂わしてる気がするんだが。

違うよな。気のせいだよな。

「バニー、本当に俺とコンビでいいのか?

「いいもなにも、僕は虎徹さんじゃなきゃダメなんです。」

そこまで言うか。

「ジュニア君そんなに俺様とのコンビ嫌だったわけ?凹むわー。」

からかったらジュニア君は慌てて俺に向かってぶんぶんと手を横に振った。

「い、いえ!!別にそうじゃないけど、僕…僕…。」

真に受けんなよ。

こいつほんとにあのバーナビーかよ。

それもすげえ顔。

涙と鼻水でぐずぐずになってやがる。

あー、写真撮りてえ。

流石にぶっ殺されそうだけど。

そういう飾ってねえ人間撮るのって面白いんだよな。

もちろんネットに晒すなんてしょうもねえ事はしねえ。

俺はあくまで生の人間像を撮るのが楽しいだけだからな。

それにしてもジュニア君の印象すげえ変わるわー。

くるくる変わる表情見てると案外面白い奴なんだなと思う。

それに本人は自覚ねえみたいだけど、かなり顔に出る性質だ。

特に今のジュニア君の心の中は分かりやすすぎるほどだ。

「ほんとジュニア君オッサン大好きなんだな。」

オッサンにハグされて気持ちが落ち着いてきたのかジュニア君は

オッサンの腕の中で嬉しそうに微笑んでいる。

えーと、その顔はどう解釈すればいいのかね??

これまたすげえ美人なもんだから破壊力半端ねえ。

って、おちょくったつもりだったのになんで俺が動揺してるんだよ。

「貴方のことも好きですよ、ライアン。」

ふわっとした綺麗な笑みを浮かべてそんなこと言うなよ。

オッサンの半分ぐらいは、だろ。

ほんと顔に出やすいよな。

そう言うとジュニア君は少し頬を染めてむうと口角を下げた。

あー残念、女の子だったら速攻口説いてたのにな。

そう言ったら気位の高い猫みたいにふいっとそっぽを向いた。

「例え女性だったとしてもホイホイ乗り換えるほど僕は尻軽じゃありません。」

…乗り換える?

…誰から??

まあ、いいか。

しかしほんとイメージ違いすぎて面白いな。

「なあおっさん、ジュニア君って元々こういうキャラなわけ?

だとしたら猫の革何枚被ってるんだって話だ。

「さっきのイケメンヒーロー様どこに落っことしてきたんだよ。」

けどオッサンは首を横に振った。

「いんや、いつものキメキメのバニーもさほど造ったキャラじゃねえよ。」

いやいやいや。

さっきのヒーローBBJと今のこの状態とギャップあり過ぎんだろ。

俺がそう言うとオッサンは苦笑してジュニア君の髪を撫でた。

…普通、ただの相棒にそういう仕草するかね??

「んじゃあ、この『でかい子供』はあんたにだけ見せる一面ってことか?

まあ出会って三日そこらだ。

俺に心を開けって方が無理な話なんだろう。

というか、こんな心の開き方されても困る。

こいつ女だったら彼氏にべったり依存するタイプだな。

俺様そういう重い女はちょっと勘弁だわ。

付き合ったら結構めんどくさいタイプだなジュニア君。

ふとそう思った時、バラバラだったパズルが完成したような気がした。

…あれ??

…こいつらまさか。

…いや、いくらなんでも考えすぎか。

でもそう考えると色々と辻褄合う気もするけど。

「どうしたライアン。何か心配事か?

オッサンが気遣わしそうな眼で俺の顔を覗き込んでる。

「いやなんでも。それよりオッサンずいぶんジュニア君手懐けてんじゃん。」

俺の言葉にオッサンはえ?と首を傾げた。

「結構めんどくさいタイプだろジュニア君。」

「僕はめんどくさいタイプじゃありません!

いきりたったジュニア君をオッサンがまあまあと宥めている。

でもオッサンはめんどくさいという部分を否定しなかった。

やっぱ当たってんじゃん。

「まあ、バニーは礼儀正しいけど俺やお前ほどボーダーレスなタイプじゃあねえな。」

パーソナルスペースが広いタイプってか?

それどころじゃなかったろ、ジュニア君。

「ジュニア君、俺とのコンビ相当不本意だったみたいだし。心の奥で拒否ってる的な?

「だから何度も言いますが僕はそんなつもりは!!

「だな。バニーは頑張ってライアンと上手くやろうとしてたよな。」

どこがだよ。

そう思った俺にオッサンは何か懐かしいものを思い出すような目で話しはじめた。

 

バニーは別にお前を拒否してはいなかったと思うぞ。

現にセクシー姉ちゃん捕まえた時、お前の指示に従ったんだろ?

俺と組んだ当初のこいつだったら断固拒否してたぞ。

「貴方の指図は受けません!」とか言ってさ。

まあこいつの心の重荷になってた件があるかないかって差もあるけどな。

それを勘定からどけても、こいつはお前を信用してたよ。

お前を信じてなくてTVの前だから自分を装ってたわけじゃねえさ。

ただ、こいつは素の自分を人に見せるのが苦手なんだ。

ほら、ヒーローだ王子様だって持ちあげられるだろ。

こいつ根がまじめだから、人の期待に応えなきゃって気負うんだ。

お前にもちゃんと先輩ヒーローとして振る舞わなきゃって頑張ってたんだと思う。

俺には最初から取り繕うのを放棄してたぶん、素の自分をさらけ出しやすいんだよ。

 

オッサンがそういうとジュニア君が激しく首を横に振った。

「僕は虎徹さんを軽んじて素を出してるわけじゃありません!

オッサンはその言葉に優しく微笑んでジュニア君の髪を撫でた。

「うんうん、分かってるよ。バニーちゃんは俺を信じてくれてるってことくらい。」

ジュニア君はオッサンの言葉に安心した子供みたいな笑みを浮かべた。

うわ何今の顔。

27歳の大の男がする顔じゃねえよ。

もちろん悪い意味じゃなくて。

人間歳食うとすれちまうから、こういう純粋な好意ってなかなか顔に出ねえんだよ。

特にジュニア君みたいな他人との間に硝子の壁を造るタイプは。

まじでオッサンすげえな。

ジュニア君完全になついてるというか…心酔っつうか。

いや、これってやっぱりどう見ても…。

 

「あのさ、ついでに聞いていい?

話しながらも未だに抱き合った状態の二人に俺は思い切って訊ねた。

「あんたらって、もしかして付き合ってるとか?

その問いに二人は同時に首を傾げた。

「なぜ?

「そのカッコ。付き合ってなかったら逆に根掘り葉掘り聞きたいんだけど。」

その問いに二人は初めて俺がここに居るのに構わず

0距離でひしと抱き合ってることを思い出したらしい。

「…あ。」

「…ばれました…?

それで隠してるつもりだったってんならどう隠してるつもりだったのか聞きたいんだが。

いそいそと離れる二人に今更感を感じる。

「もう隠しても仕方ねえか。」

「そのようですね。」

隠してなかった。

ぜんっぜん隠せてなかったから!!

オッサンは照れ笑いし、ジュニア君の方は観念したみたいに肩を落した。

「僕たちは一部リーグの時から付き合ってました。もう3年になります。」

「へえ結構長いんじゃん。」

それ、女だったら結婚迫られてたぜオッサン。

男同士ってその辺気楽なのかね。

「一時は引退で自然消滅しかかってたけど、復帰で元鞘っつうか…なあ。」

「ねえ。」

二人は気まずげに俺を見た後もじもじと互いの視線を絡めあった。

 

なるほどな。

単に慣れたコンビを解消させられただけじゃなかったんだ。

愛し合ってる二人がシュナイダーのビジネス的判断で引き離されたと。

別の男をあてがわれ、スターダムの階段を駆けあがれと追い込まれたジュニア君。

ジュニア君のために身を引けと脅され、戦力外通告で解雇されたオッサン。

で、互いに連絡しづらい状況になって『もうあの人とは関係ありません』発言ね。

そのまま別れても何の不自然もないシナリオだな。

…って俺、完全に憎まれ役ポジションじゃねーか。

うーわ、やってらんねー。

人を勝手に当て馬に使うなっつうの。

あのオカッパ爺、さっき一発殴っときゃよかった。

 

「で、それはどこまでの人間が知ってんの。」

べらべら喋る気はねえけど、事情を知ってる人間に口閉ざす必要もねえからな。

「ヒーロー仲間と会社関係はまあだいたい…。」

「もちろん公式には公表してねえけどな。」

そりゃそうだろ。

にしても、すげえ茨道だな。

オッサンもだけど、特にジュニア君。

さっき会った女の子ってオッサンの娘だろ?

結婚指輪してるけど、バツ一?

まさか不倫じゃねえよな。

それはないか。

ジュニア君って潔癖っぽいし、さっきの娘ちゃんも普通に接してたし。

男同士で片方元ノンケのバツ一子持ちかー。

ジュニア君なら毎晩違う女抱こうと思えば楽勝だろうに。

オッサンだってスタイルいいし、いわゆるイケおじってやつだ。

その気になりゃ女はいくらでも寄ってくるだろう。

スペックの無駄遣いってまさにこのことだな。

ジュニア君が今27歳だっけ?

2427歳の一番いい時期をこのオッサンとねえ。

てか男同士って別れなかったらこの先どこに行きつくんだ?

 

俺がそんなどうでもいい事をつらつら考えていると、

二人はだんだんいたたまれなくなったような顔になってきていた。

「ライアン、ひきましたか?

あ、やべ。

軽蔑して言葉がないと勘違いされた。

「いや別に引きゃしねえけど。他人のことだし。」

あんたらが今幸せだったらそれでいいんじゃねえ?

外野がどうこう言うべきことじゃねえだろ。

俺の反応に二人はほっとしたような顔をした。

「でもさ、オッサン。あんま不実なことはすんなよ?

ジュニア君は火遊びには向いてなさそうだし。

その言葉にジュニア君は眉を潜め、オッサンは一瞬きょとんとした。

「ああ、これのことか?

オッサンは自分の左薬指を指した。

オッサンの横でジュニア君が止めろと無言で首を横に振っている。

「さっきの女の子に顔向けできねえような恋愛じゃねえだろうな。」

「ばーか。不倫じゃねえよ。嫁さんはもうあそこだ。」

そう言ってオッサンは上を指さした。

天井…じゃない。

もっと遥か上だ。

「…悪い。」

知らなかったなんて言い訳はせず、俺はただ頭を下げた。

離婚か不倫かという考えしかなかった。

オッサンがあまりに飄々としてるからそんな哀しい選択肢が出てこなかった。

この歳で、まだ年端もいかない子どもがいて嫁さんに先立たれていたなんて。

「本当に済まなかった。」

ジュニア君はだからやめろと言ったのにと言いたげな溜め息をついた。

「いいよ、頭上げろって。お前がひれ伏してどうすんだよ重力王子。」

オッサンは大して気を悪くした風もなく笑っている。

そういえば解雇にしてもオッサンだのアライグマだのの暴言にしても、

こいつは取り乱したり怒りを露わにはしなかった。

なぜか、そんなの慣れてるよというような空気を漂わせて。

サンドバッグになるのに慣れた腑抜けかと思ってた俺は大バカだ。

こいつはただそこにある現実を全部受け止めようとしてただけなのに。

それでも譲れないものは譲れないと闘う強さだって持っていたのに。

 

「オッサン、あんたほんとでかい人だな。」

「へ?俺この3人で一番背は低いぞ。」

ずれたことを言いカラカラと笑うオッサンに、俺は素直に敵わねえなと思った。

正直俺はこいつを状況に流されるロートルだと思っていた。

けど、大間違いだった。

こいつは酸いも甘いも…いや、たぶん辛酸を多く舐めて

それでも逆境にひれ伏さなかった本当のヒーローだった。

ああ、だからジュニア君はこのオッサンに惚れたんだ。

分かる気はするよ。

まあ俺はあの踊り子姉ちゃんやプロデューサーみたいな

ムチムチボインボインの方が好みだけど。

ところでこいつら、どっちがネコなんだろう。

そこは直球で虎が兎を食っちゃった図でいいのかな。

さっきのジュニア君のふわっとした微笑みからするとそれっぽいな。

「ジュニア君、ほんとの本当にオッサン大好きだったんじゃねえか。」

俺がそう言うとジュニア君も今度は頬を赤く染めて少し視線を逸らした。

「まったく、何が『もう関係ない』だか。」

その言葉にジュニア君の顔に焦燥が走った。

けどオッサンの方が上手だった。

「はは、俺のこともう関係ないってか?言いそう。久々のツン発動だな。」

ジュニア君図星射られて涙目になってやんの。

眼で俺に『どうして喋っちゃうんですか!!』って文句言ってら。

「そんな顔しなくても本気じゃなかったって分かってるって。」

ジュニア君の頭をぽんぽんと撫でてオッサンがサラッと流した。

あ、それで済んじゃうんだ。

心底ほっとしたようなジュニア君の顔ったら。

何か俺、当てつけられてねえ?

「ほんとあんたらお似合いだよ。ずっと仲良くやってけよな。」

そう言うと二人は気恥ずかしそうに笑った。

「よっしゃ!じゃあ今日はバニーの家で3人で飲み明かすか!!

オッサンは勝手に決めて盛り上がっている。

「おいおい良いのかよジュニア君。」

聞けばジュニア君がしょうがないなあと苦笑した。

「家でいいですよ。多分今、虎徹さんの家は酒瓶だらけでひどいことになってますから。」

「げ、ばれた!?

「貴方、追いつめられるとすぐアルコールに手を出すでしょう。」

なにそれ単なるダメ親父じゃん。

さっきの俺の尊敬返せ。

俺が笑うと二人も笑った。

 

終り