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Turf

 

「俺たちの名前をつけたダービー?

虎徹はアニエスの話に驚いて配られたもう一度書類を見た。

それはよく見ると競馬のオッズ表だった。

「いいのか?ヒーローがそんな博打に関係して。」

虎徹は競馬新聞のような書類をパンパンと指で弾いて言った。

「競馬は紳士のスポーツですよ?そこは心配ないのでは。」

バーナビーは虎徹の言葉の意味を理解しかねた。

馬術のどこが悪いというのだろうと。

「え?あ、あー。お前んとこのルーツだとそういうことになるか…。」

虎徹はバーナビーの言葉にどこから説明しようかと頭をかいた。

確かに英国ではそうだったような気もするが、

この資料を見る限り、日式の賭場を想定するほうが正しい気がする。

<心配しなくてもこのレースはチャリティーよ。>

アニエスの有無を言わせない声がトレセンに響く。

<貴方達が騎乗するわけでもないし、レース自体はただの草競馬よ。>

<ただ名前を借りるだけだから。あんた達は賭けられないしね。>

<貴方達の仕事は、レース前のイベントにゲストとして参加、盛り上げること。>

<じゃ、頼んだわよ!

その概要だけを伝え、アニエスの通信は一方的に切れた。

 

「なんかよく分かんないんだけど、歌は歌えるのかしら。」

「ボク馬って近くで見たことないんだ。楽しみだなー。」

「僕もです。触らせてもらえるかな…。レース前だと難しいかな。」

もとより賭けごとに興味のない未成年チームは

イベントさえ盛り上げてくれたら後は好きにしていいという話に

きゃっきゃと湧いた。

「慈善で賭け金の収益を恵まれない人に還元するのか、素晴らしいね!!

「どうせなら優雅に英国式にしてほしいわあ。」

キースとネイサンもレース自体には興味がないのか、

イベントをどう盛り上げるかということに気を取られている。

「かけられねえのか、残念だな。」

アントニオだけが中年男らしくがっかりと大きな肩を落とした。

 

「へー、馬の名前おもしろーい。」

パオリンが資料を見て言うと、他の者もどれどれと書類を回し読みする。

「我々の名前が臨時でつけられるんだね。凝っているそしてよくできている!!

「わあ、ボクの馬カッコいい!!すっごく速そう!!

「私のも綺麗な感じ。どうせならローズって入れてほしかったけど。」

「これ…名前にずいぶんむらがあるような…。僕なんてそのまんまですよ。」

 

1.セイギノコワシヤ 7歳 穴

2.オレノバニーチャン 5歳 本命

3.ハイハハーイ 5歳 対抗馬

4.サンダードラゴン 3歳 

5.アイシクルクイーン 3

6.ミキレショクニン 3歳 

7.ヤキニクテイショク 7歳 大穴

8.ゴージャスファイヤー 7

 

「ちょっと!僕の馬、名前おかしいでしょう!!

バーナビーはどう見てもBBJ担当と思しき馬を指して憤慨した。

「何の公開羞恥プレイなんですかこのネーミング!!

「まあ、ハンサムはもともと本名だしねえ。いじりにくかったんじゃない?

「…俺の馬ほどじゃないと思うぞ?焼き肉定食って…。しかも大穴…。」

「結構うまいけど、誰がつけたのかしらこれ。」

 

「あ、それ俺だ。」

?と一同が虎徹を振り返る。

「そういや先月くらいだったか、競馬の名前つけてくれってアニエスに頼まれてよ。」

適当につけてそれっきり忘れてたわ。

あっけらかんと言い放った虎徹の襟首を4本の腕が掴んだ。

「お前のせいかあ!!

「なんて名前つけてくれたんだ貴方!!

「ちょ、お前ら首絞めんな!!ギブギブ!!

「構わん!バーナビー蹴り殺せ!!

「おい牛!!発動して羽交い締めとか…うわあ!!バニ!ストップ!!ストオオオップ!!

宙を舞ったバーナビーの蹴りが虎徹の鳩尾に綺麗に入…るかと思わせて

バーナビーは寸前でひらりと脚をかわした。

虎徹の猫髭を撫でるように擦りあげ、そのまま着地する。

虎徹の顎にチリチリと焦げるような熱感を残して。

「…死ぬかと思った…。」

「奇遇ですね、僕も恥ずかしくて死にそうですよ。」

得も言われぬ美しい笑みを湛えてバーナビーは虎徹に言い放った。

「バニーちゃん怒ると美人度増すけどめちゃくちゃ怖ええ…。」

肩で息をして虎徹はどっと脱力した。

「僕のは随分投げやりな…。いいんだ、どうせ僕なんて…。」

「私のも…ちょっとセンスがどうかと思うね…。そして残念な感じだね…。」

かなり不満そうな男性陣を横目にネイサンはそうねえと唸った。

「女子は割とカッコイイのにね。」

ねーっとパオリンとカリーナは顔を見合わせる。

「変なのつけるとあとが怖かったんじゃないですか?

「あぁ?

口を滑らせたイワンはネイサンに睨まれひっと引き攣った声をあげた。

慌ててキースの背に隠れるが、空気の読めないキースはフォローするそぶりもない。

「まあ勘弁してあげようよ。折紙も悪気はないんだし。」

怯えるイワンが可哀そうになってきてカリーナはそっと助け船を出した。

「まあ、確かに遊ばれてるのは結局タイガーに甘いあの二人だけだしね。」

「スカイハイさんは?

「見たまんまだからそれこそ悪気はないんでしょ。思いつかなかっただけって感じ。」

「っていうか、途中で飽きたような気もします…。」

折紙の遠慮がちな物言いに全員が瞠目した。

「「「「「「それだ!!」」」」」」

「ちげーよ!!!

忙しかったから適当に書いてOBCに送ったらあっちも忙しかったのか、

そのまんま通ってしまっただけなのに。

虎徹はぶんむくれて唇を尖らせた。

 

 

そして当日。

―以上をもちましてヒーローによるパブリックショータイムを終了します。

―レース開始は…

「やれやれ、何とか終わったな。」

イベントが終わって解散するとすぐ、虎徹は着替えて大きく伸びをした。

「この後すぐレースが始まるんですね。」

「バニー、馬見に行かねえ?

虎徹はパドックを指して言った。

「見学できるんですか?

「俺らは馬券買えねえから、代わりにヒーローの特別席を用意してくれてるんだってさ。」

二人がそう話していると、運営スタッフがあのと遠慮がちに声をかけた。

「よろしければパドックのそばでご覧になりませんか?

「え、いいの?

虎徹が嬉しそうに尋ねるとスタッフは笑顔で頷いた。

「折角だし行こうぜバニー。」

遠くのパドックで馬の嘶きが聞こえる。

バーナビーは目を眇めてそれを眺めた。

思えば大きな動物を間近で見たことなどない。

「面白そうですね。行きましょうか。」

バーナビーの笑みに虎徹も嬉しそうに頷いて、こっそり耳打ちした。

「内輪で賭けねえ?一等の単勝10ドル。」

「貴方って人は…。」

バーナビーのあきれ顔にも屈せず虎徹は競馬新聞代わりの資料を持ち出した。

「どいつに賭ける?俺は自分のでも良いけど敢えてヤキニクテイショクかなー。」

「大穴狙いですか?まあ10ドルなら負けても惜しくないし勝てば大きいか。」

「そうそ。夢を見るのよ、こういう時は。」

「僕はせっかくですから自分のにします。」

「バニーちゃんはオレノバニーチャンね。手堅いなあ。オッズ1.2倍だぜ?

「名前を言わないでください!!しかもいろいろ語弊があるし!!

「なんだよー。俺のだろー?

ニヤニヤする虎徹にバーナビーは黙って肘鉄を喰らわせた。

「どうぞゆっくりして行ってください。」

スタッフは馬と騎手の邪魔にならない一角に二人を案内すると、

一礼して去っていった。

「おー、なかなか迫力あるなあ。」

虎徹はすぐ傍を通る馬の群れに感嘆の声をあげた。

ブルルルッ!!

鼻息荒く前足を踏み鳴らす牡馬にバーナビーは息を呑んだ。

至近距離で見る馬がこんなに美しいとは。

「凄いな…。躍動感ってこういうのを言うのかな。」

 

ブルルッ

よーしよし、いい子だ落ち着け。

 

宥める声に眼をやると艶やかな黒毛の馬が荒々しく脚を踏み鳴らしている。

その頭にはWTを意識したらしい白と緑の覆面を被せられている。

 

「あーあー、セイギノコワシヤえらい興奮してんなあ。」

虎徹はなかなかパドックに入ろうとしない牡馬に嘆息した。

「やる気がみなぎってますね。案外来るんじゃないですか?

バーナビーは後ろ脚で立ち上がる美しいサラブレッドに眼を細めた。

「いや、ああいうのは気が散漫になってるんだよ。バニーのは良い感じだけど。」

隣の二枠に大人しく収まった金の鬣を持つ美しい白馬は解放の時を待っている。

「ああいうのが勝つんだよ。さすが大本命だな。他は…。スカイハイのかな。」

バニーチャンより若干大きな、微かに葦毛の馬も泰然と待っている。

「ヤキニクテイショクはどうです?

「えーと、何処に…。いた!!

ヤキニクテイショクはパドックに入ろうとせず、

後方をうろうろしては馬糞をぼとぼとと落としている。

「…コメントに詰まる光景ですね…。」

「人間でもいるだろ?緊張しすぎて腹下す奴。あれと同じだ。」

「全然だめじゃないですか。」

「だから当たればでかいんだよ。」

「どうします?まだスタートしてないから替えても良いですよ?

「いや、もう大穴狙いで!!

「…貴方、典型的なすってんてんになるタイプですね…。」

この人が博打にハマりそうになったら全力で止めよう。

バーナビーはそう心に誓った。

 

「それにしても、馬って本当に綺麗な生き物なんですね。」

バーナビーは大人しく時を待つ数頭の馬を見た。

資料によると栗毛がサンダードラゴン、

やや葦毛がかった白馬がアイシクルクイーン、

褐色がゴージャスファイヤー。

黒鹿毛の美しいのがミキレショクニン。

「あの辺が女子部馬ですね。あれはどうです?

虎徹は資料を見た。

「能力はいいんだけど女の子二人のは長距離の経験がない。ちょっときついかな。」

「短期決戦型の彼女たちらしいですね。」

「ミキレショクニンはよく分かんねえな。たまに来るみたいだけど。」

「先輩みたいに他の馬に見切れてたりして。」

「ありそうだなー。」

虎徹は大人しい葦毛の馬を好ましげに眺めて笑った。

「ファイアーエンブレムの馬がちょっと引っかかるんだよな。勘だけど。」

虎徹はそう言って妙にそわそわ動く馬を見た。

その時場内アナウンスが間もなくメインレースを開始すると告げた。

「お、そろそろ席に行くか。頑張れよヤキニクテイショク!

「応援してるよ。…オレノバニーチャン。」

バーナビーが妙に気恥かしそうに言うと虎徹はなんだか嬉しくなって

バーナビーの微かに赤い頬を突いた。

 

 

「賭けはドローでしたね。」

「まっさか、ああなるとはなあ…。」

帰りの車の中、虎徹は頭を抱えた。

ゲートが開くや否や先頭に躍り出たのはオレノバニーチャン、

ハイハハーイ、サンダードラゴンの三頭だった。

「鉄板な出だしかと思ったら来ましたね、セイギノコワシヤ。」

やや後方にいたセイギノコワシヤは前シーズンのWTさながらに

猛追し4位に追いあげた。

そのままあっという間にバニーチャンの後ろを陣取り、

車で言うなら煽り走行のごとくぴったりとその後ろをつけた。

…が、何故かそれ以上抜こうとしない。

バニーチャンも後ろをつけられたのが嫌なのか必死で離そうとするが、

セイギノコワシヤはどこまでも後ろを追ってくる。

堪りかねたのかバニーチャンはゴール直前でスピードを突如落とした。

追突しそうになったセイギノコワシヤはサイドに抜けそのまま

勢い余ったかのように一位でゴールした。

「結局セイギノコワシヤはどうしたかったんでしょうね。」

虎徹はバーナビーの言葉にふいと目を逸らした。

「虎徹さん?

「…あいつ…発情期だったんだと思う…。」

「はつじょうき・・・。発情期ぃ!?

競馬用語かと思って復唱したバーナビーはどういうことだと虎徹を見た。

「バニー、資料あんまり見なかったろ。バニーチャンな、牝馬。女の子。」

「はあ!!??それが何で僕の馬!?

「たぶん毛並みとレース戦績がダントツ一位だから…。」

バーナビーは眩暈がした。

「つまり若い女の子馬のお尻をさかったおじさん馬が執拗に追い回したと。」

「そう言わないでくれよー。俺の方が公開処刑だよあの結果。」

虎徹はうっすら涙目だ。

「明日のタブロイド、WT馬がBBJ馬に猛烈ストーキング!!とか書かれる絶対…。」

「どうりで抜かないわけだ。」

バーナビーは納得と呆れの溜め息をついた。

眼の前にご褒美をちらつかせることを

馬の鼻先に人参ぶら下げてとはよく言うが、まさか女の子の尻とは。

バーナビーはおかしくなって運転しながらぷぷっと小さく吹きだした。

「まあ、本人に似てないような似てるような?

「俺がいつお前のケツ追い回したよ?

「夜はご執心じゃないですか。」

「あんまり言うと昼間に公衆の面前でその尻追い回すぞ。」

「どうぞ?タブロイドに『WT白昼堂々、相棒にセクハラ!!』まあ売れそうな見出しですね。」

「ゴメンナサイ。」

虎徹はしょんぼりと肩を落としいじけたように窓に額をくっつけた。

その姿にレース直後の虎徹を思いだしバーナビーはまた笑った。

「ヤキニクテイショクはもっと悲惨でしたね。」

「まさかあっちも牝馬とはなー。ゴージャスファイヤー…。」

虎徹はあまりにも出来過ぎなハプニングを思いだして笑った。

「そのまんまでしたね。ファイヤー姉さんにお尻追っかけられて。」

「そのままコースアウトで失格とはなー。何やってんだよアントン!!

「アントニオさん関係ないでしょう。」

運転しながらけらけらと楽しそうに笑うバーナビーに虎徹は相好を崩した。

「でもまあ…。」

バーナビーは混み始めた夕暮れの高速道路に少しスピードを緩めて笑った。

「結構楽しかったです。」

屈託のないその表情に虎徹もそうだなと笑った。

「今度いっぺんメインレース見に行くか。」

 

 

 

終り