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VS

 

タンッ!

軽やかに床を蹴ったパオリンの小柄な体がバーナビーの懐に飛び込んだ。

下から突きだされた拳を流すように手で払いながら、

バーナビーは己が優位に立てる間合いを取らんと半身のまま後方に下がる。

攻撃が不発に終わったパオリンが体勢を立て直す前に、

ぶんと空を切る音が彼女の耳に迫った。

リーチの長い回し蹴りに水平移動は不利。

咄嗟にしゃがみこんで、そのままバーナビーの軸足を狙う。

両手をつき、薙ぎ払うように両足をバーナビーの足許に叩き込んだ。

が、当たる直前で標的が消える。

回し蹴りはフェイント!

パオリンは後ろを取られたことに気づき、すぐさま体勢を整えた。

ハアッ!!

サア!!

バーナビーの踵落としがパオリンの頭上寸前で、

パオリンの抜き手がバーナビーの顎下を貫く姿勢で

美しいクロスカウンターのまま二人は静止した。

 

わあっとトレーニングセンターに歓声が響いた。

「すごい!カッコイイ!!なんでそんなことできるの!!

「僕初めて組手を見ました!!すごく綺麗でした!!

「素晴らしい!!そしてエクセレントだ!!

仲間の称賛に応えるより先に、二人は礼に則って互いに一礼する。

「カンフーの達人とKOHの組手、流石だわー。惚れ惚れしちゃう。」

「達人に負けてないバーナビーと体格差を感じさせないドラゴンキッド。見事だ。」

パオリンは仲間たちの手放しの賛辞に顔を赤くした。

「ちょっと、そんなに言われると恥ずかしいよ。」

「いつの間にこんなに集まってたんですか。全然気付かなかった。」

まだ上がる息を整え、流れる汗をタオルで拭いながら

バーナビーとパオリンは仲間の称賛に気恥ずかしそうに笑った。

 

「ほい、二人とも良いもの見せてくれたからこれやるよ。」

虎徹はパオリンとバーナビーに冷えた缶を差し出した。

パオリンにはウーロン茶を、バーナビーにはスポーツドリンクを。

さっきまでの気迫が嘘のように二人の顔が幼く綻ぶ。

「ありがとうございます、虎徹さん。」

「タイガーさん、いただきます!!

 

「しかし本当に達人とは凄いですね。動きについていくので精一杯でした。」

バーナビーはまだ弾む息を持て余しながらパオリンに言った。

「バーナビーさん強いから、本気でやってもいいのが楽しかった。」

パオリンはそう言って悪戯っぽく笑う。

「どっちも見事だったよなー。特にドラゴンキッドの間合いの詰め方。」

虎徹の称賛にバーナビーも頷いた。

「あの距離に迫られると、僕の攻撃はほぼ無効なんですよね。」

ドラゴンキッドは照れ臭そうに首を横に振った。

「でも、バーナビーさんの脚のリーチに入るの凄く緊張したよ。」

二人の言葉を聞いていたキースがふむと唸った。

「バーナビー君は超近接戦、キッド君は中距離戦が課題だと分かったわけだね。」

パオリンとバーナビーは顔を見合わせ、屈託なく笑いあった。

「ノリで始めただけなのに、良い収穫だったね。」

「本当です。超近接戦の対策をしなくては。」

その言葉に、カリーナはふと思いついて虎徹を見た。

「ねえハンサム、タイガーともやってみたら?

カリーナが虎徹とバーナビーに言った。

「超近接戦だったらタイガーの十八番でしょ?ちょうどいいじゃない。」

その言葉にまた周りがわっと盛り上がる。

「あらー、バディ対決?面白そう。」

「それボクも見たい!!

「体格差もありませんし、また違う組手が見られますね。」

「興味深い!そしてぜひ見てみたい!!

勝手にやんやとはやし立てる仲間に虎徹は困惑した。

「おい勝手に決めるなよ。第一バニーは今終わったばかりで疲れ…。」

「僕は構いませんよ?

本人にあっさりと受理され、虎徹は恨めしげな眼でバーナビーを見た。

「お前―。空気読めよ…。」

めんどくさいなーと顔に書いてある。

虎徹は外野でよかったのにと肩を落とした。

その様子にアントニオがハハッと声に出して笑った。

「なんだ虎徹、自信ねえのか?まあお前も歳だしな、無理すんな。」

アントニオの一言で虎徹のワイルド魂に火がついた。

「んだとコラ!牛は黙ってそこで見てろ!!やるぞバニー!!

うわあ、単純…。

本人を除く7名の心の声に気づく風もなく、

虎徹は肩をいからせトレーニングルームの中央に歩み出た。

二メートルほどの距離をとり、虎徹とバーナビーは向かい合って立つ。

「あんたたち、分かってるだろうけど能力はナシよ?

ネイサンの言葉に虎徹はだっと叫んだ。

「当たり前だろ!!施設潰れるわ!!

「それ、壊し屋が言っても説得力がないですけどね。」

苦笑しながらバーナビーが言った。

 

「じゃあ、ボクが審判やるね。両者、礼!

パオリンの声に二人が軽く腰を折る。

「よろしくお願いします。」

「よろしくお願いしまっす!!

礼を終えた途端、二人の眼が鋭く光る。

「始め!

パオリンの号令に、虎徹が素早く床を蹴った。

「うおら!

上空から打ちおろして来る拳を避けようともせず、

バーナビーはすれ違うように蹴りを見舞う。

「ハッ!!

「っと!!

虎徹はその脚に両手をつき、弾くように脚を流して

そのまま蜻蛉を切りバーナビーの背後に降り立った。

その着地を狙い、バーナビーが素早く突き蹴りを繰り出す。

「ヤア!!

「ふん!

蹴りの射程外にいったん飛び出た虎徹が、再度床を蹴り

バーナビーの懐に飛び込むや否や抜き手を放つ。

 

「すごい…。」

「タイガー君は本物の虎のようだね。」

「バーナビーさんは兎っていうより鹿か何かみたいですね。」

「あらあ、そんな可愛い感じしないわよお?

「いや、似てるぞ。大型の草食獣は蹴りで外敵を殺すこともある。」

「ていうか、あの二人マジでやってるよね。」

 

さっきとはまるで違う雰囲気に一同は息をのんだ。

お互いに一歩も譲らない激しい攻防。

体格も能力も似通った二人だからこそ、遠慮ない本気の打ち込みが続く。

互いの癖を知りつくした上での、巧妙な駆け引き。

 

虎徹が一瞬、息切れでもしたかのように動きを緩めた。

その瞬間、機を逃さずバーナビーの渾身の蹴りが放たれる。

にやり。

虎徹が口角を上げ微かに笑った。

バーナビーの蹴りが決まる直前に半身で避け、

逆にバーナビーのがら空きになった懐に入る。

同時に素早く顎下めがけて抜き手を放つ。

バーナビーは咄嗟にのけ反ってそれを避け、

その勢いのまま後方へ上体を倒した。

勢いよく振りあげられた長い脚が虎徹の鳩尾を狙う。

 

「なんて奴らだ、急所狙いの連続だな。」

「正式の武術組手じゃないし、こういうのも面白いですね!!

「でも、あまりにもルール無用って感じね。」

少し呆れたようなカリーナに、パオリンはううんと首を振った。

「そうでもないよ?

ほら、とパオリンは虎徹を掌で指した。

 

タイガーさんはバーナビーさんの眉間とかこめかみは狙ってないんだよ。

そこは武道でもよく狙う急所なんだ。

でも、そこ狙うと眼鏡壊しちゃうからね。

バーナビーさんにとっては眼つぶしと同じ効果になっちゃうから。

 

それからバーナビーさんはタイガーさんの脚には一切攻撃してない。

相手の体勢を崩すのは基本中の基本だけど、

拳闘主体のタイガーさんの脚を潰すのは卑怯だと思ってるみたい。

バランスを崩そうとはするけど、直接には蹴ってないよ。

 

「凄いよね、即席の組手であそこまで意思疎通するなんて。…あ。」

パオリンは息をのんだ。

「決まる。」

 

「ハアッ!!

「オリャア!!

虎徹の拳がバーナビーの鳩尾を突き上げ、

バーナビーの爪先が虎徹のこめかみを打ち据える。

まさにその寸前で二人は静止した。

その美しさに一同は言葉もなく、室内に静寂が訪れる。

「…おい、ドラゴンキッド。」

「終わりましたよ、審判さん。」

言葉もなく見とれていたドラゴンキッドははっと我に返った。

「あ、りょ…両者それまで!!!

二人はさっきの開始位置に戻り、互いに一礼した。

 

「すっごおおおい!!

「カッコよかったです、お二人とも!!

「素晴らしかった!!そして素晴らしかったよ、とても!!

「ああーん、二人ともご褒美にチューしてあげる!!

「やめとけよ。ハンサムが顔引き攣ってるぞ。」

 

虎徹は皆の賛辞に照れ臭そうに笑った。

「いやー、バニーとのガチ勝負って想像以上にきっついわー。」

バーナビーはまだ整わない荒い息をつきながら、

さっき虎徹に貰ったドリンクの残りを一気に飲み干した。

「虎徹さんの攻撃は一発は重いのに、手数が多いんで振り回されました。」

バーナビーは改めて虎徹の攻撃の細かさに驚嘆したように言った。

懐に入られると、その手数の多さと打撃法の多彩さに翻弄される。

いったん虎徹は細かく刻んでくると思いこむと、

大振りなパンチの際に生まれる隙すら罠に見えた。

「バニーの攻撃で怖いのはそのリーチだよなー。そこに入れとか鬼だわ。」

虎徹はさっきドラゴンキッドが言ったことを思い出して言った。

「自分の射程距離に入ろうと思ったら蹴りが飛んでくるからなー。」

蹴り技は拳闘に比べて大ぶりになりやすい。

その分、バーナビーは巧妙にフェイントを絡めてくるので

そこを見極める目と飛び込む度胸が要った。

バーナビーと虎徹は互いに見合わせて笑った。

「俺、こいつだけは敵に回したくないわ。」

「虎徹さんと本気でやりあったらどっちか死にますね。」

WKOで共倒れかもな。」

「スーツ着てたらそれもあるかもしれませんね。」

 

二人を見ていたヒーローたちもその様を想像して首を傾げた。

「どういう状況で二人が闘うことになるんでしょうね。」

「そりゃ、タイガーが浮気とかじゃなあい?

「浮気!?タイガーさんが!?出来るのそんな器用なこと!!

「それはよくないね!不誠実だ!

「それは蹴られても当然よね。」

「虎徹、潔く死ね。」

 

虎徹は一方的な状況設定にだあっと叫んだ。

「なんで俺が悪い前提なの!?

バーナビーはくっくっと喉で笑いを噛み殺している。

「まあ、虎徹さんが浮気するとは思いませんけど。」

「だよな!?さすがバニーは分かってくれ…!?

虎徹はほっとしたように相棒を見た。

しかしそこにいたのは妙に真剣な眼をした相棒だった。

「僕を本気で怒らせたら、その時は命はないと思ってくださいね。」

 

「バニーちゃん怖えええ!!

虎徹はもしかして俺なんかえらいのと付き合ってる?

この日やっと気がついた。

 

虎徹はこの時まだ知らない。

そう遠くない未来に、本気のバーナビーの蹴りを浴びる日が来ることを。

後日、復帰した際に彼は語る。

「あ、俺死んだ。」と三回は思ったと。

 

 

終り