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10か月

 

@ 分かりはじめた1

 

「暇だ…。」

TVの正月特番を眺め俺はぼやいた。

「正月に入院とかありえねえよなあ。」

セブンマッチで大怪我した俺は正月を病院で過ごす羽目になった。

シュテルンビルトは地元ほど正月を祝わねえにしても味気ねえ事この上ない。

「せめて誰かいればなあ。」

仲良く入院していたスカイハイやロックバイソンは年末に退院していった。

バイソンなんか瞬殺されたせいか怪我は少なかったし、無理もないけど。

潜入捜査がばれてジェイクにひどい傷を負わされ、

セブンマッチに出ることもできなかった折紙も昨日退院していった。

今、このひろーい病室にいるのは俺一人。

「暇だーーーーーーー!!

俺は誰もいなくなった大部屋であんまりワイルドじゃない吠え声をあげた。

その時シュンと自動ドアのあく音がした。

「病院では静かにしてください。他の方に迷惑ですよ。」

窘めるような顔で入ってきたのはバニーだった。

よっしゃ、話し相手ゲット!

この際小言でも嫌味でもなんでもいいわ。

「おーバニー。悪いな毎日来てもらって。」

俺は見舞いに来てくれたあいつに片手を振った。

とたんに脇腹に走る鋭い痛み。

「いってえ!!

「もう、無理しないでくださいよ。一時は危篤だったの分かってるんですか?

バニーは着くなり早速小言を言いはじめた。

けど、前みたいな険のあるものじゃなくて、何だろう・・・もっと情のある感じ。

そう、母ちゃんが出来の悪い子供にするみたいな。

…って、一回りも年下の奴に子供みたいに叱られる俺って…。

とにかくこいつの雰囲気は随分柔らかくなった。

「どうですか、怪我の具合は。」

バニーは傍の椅子に座ると、そう言って心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「怪我はだいぶマシなんだけどここ退屈なんだよ。早く退院したいのになあ。」

俺は話し相手ができたのでついベラベラと愚痴を言ってしまった。

「酒は飲めないし飯はまずいし。看護婦さんたちは綺麗だけどおっかねえ人多いしさあ。」

俺の言葉にバニーは眉間にしわを寄せハアと溜め息をついた。

「全く…。怪我人の自覚あるんですか?こ…おじさんが一番酷い怪我を負ったんですよ。」

 

あれ、今おじさんっつった?

しかも虎徹さんって言いかけてわざわざ言いなおした?

「なんだよバニーちゃん、また虎徹さんって呼んでくれよー。」

俺がそう言うと何故かバニーは顔を赤らめた。

「え、あ…それは…。」

え、なんでそこそんなに照れるとこ?

「どしたのバニー?

「あ…その…なんか言いにくくて…。」

バニーは目を逸らし妙にモジモジした。

あー、そうか。

こいつ完璧主義だから発音間違えるの恥ずかしいんだ。

「確かに俺の名前ってこっち出身の奴は発音しにくいみたいだな。」

ベンさんも今は言えるけど、初めはコテスに近い発音してたし。

俺がそう言うとバニーは首を横に振った。

「いえ発音の問題ではなく…。その、今更…どの面下げてって言うか…。」

「へ?

なんだそれ?

「だって…すごく勝手じゃないですか…。」

いつになく歯切れの悪いバニーの言葉を要約するとこうだった。

一回り以上も年長者でしかもヒーローの10年選手でもある俺に

初対面からオジサンと侮蔑的な呼び方をしつづけたこと。

俺がルナティックから庇った頃からはさほど反目していなかったのに、

どうにも引っ込みがつかなくなったこと。

セブンマッチの直後どさくさ紛れに虎徹さんと呼んでみたものの、

今までひどい呼び方をしてきたのに

いまさら知らん顔で名前を呼ぶことに心苦しさを感じること。

「なんだ、ずいぶんややこしいこと考えてたんだなお前。」

俺はバニーの真面目すぎる一面に苦笑した。

それ言ったら初対面で年下とはいえ成人男性に

ウサちゃん呼ばわりした俺も同罪だと思うんだけど。

もう、お互いさまでいいじゃん。

俺はそう思ったんだけどバニーは違ったようだ。

「その…今まで失礼な呼び方をしてすみませんでした…。」

意を決したようにバニーは立ち上がり俺に向かって頭を下げた。

こいつ…本当に生真面目だよなあ。

何事もなかったように虎徹さんって呼んだらいいのに。

「バニー、良いからそこ座って。」

バニーは俺の顔色を窺うような目をすると素直に椅子に腰を戻した。

「よっと。」

俺はベッドの端ににじり寄り、そっとバニーの頭を撫でた。

「気にしてねえよ。俺こそあん時嫌がるような綽名つけちまって悪かったな。」

バニーは首を横に振った。

「虎徹さんにそこまで言わせたのは僕の不遜さが原因です。」

ああもう、お互い水に流したらいいのに。

でも…意外と可愛いとこあるんだなこいつ。

 

「あのさ、お前さえよかったらこれからもバニーって呼びたいんだけどいいかな。」

俺的には、もうずいぶん前から“ウサちゃん”って意味じゃなかったんだよ。

RobertRobになるみたいな。

もちろんお前が不快だったら改めるけどさ。

俺がそう言うとバニーは苦笑して今度は首を縦に振った。

「虎徹さんにだけは、バニー呼びされてもイヤじゃないです。」

お、今度はちゃんと名前言ってくれた。

「実は生まれて初めてなんです。ニックネームで呼ばれたの。」

そう言ってバニーは擽ったそうな笑顔を見せた。

ほんと可愛いなあ。

お前こんな表情もできるんじゃねえか。

和んで気が緩んだ俺はつい口が滑った。

「俺さ、お前が初めて虎徹さんって呼んでくれたの嬉しくてあの日飲みに行っちまった。」

それを聞いたバニーの眉間にまた皺が寄った。

それは菩薩が般若になったような豹変ぶりだった。

「なんてことを!!バカですか貴方は!!

 

病院抜け出して飲みに行くとか信じられない!!

貴方ほんとうに死にかけた自覚あるんですか!!

それでなくても大怪我してるところ脱走して傷口開いたのに!!

…でも、そのおかげで僕はジェイクに勝てたんですから

そこは感謝しますけど…。

それにしたって脱走して飲みに行ったなんて!!

それで悪化したらどうするんですか!!

人に心配かけるのも大概にしてくださいよ!!

 

凄い剣幕で捲し立てるバニーに俺は笑いそうになった。

だってあのバニーがさ。

感謝してるとか心配掛けるなとかさ。

ああ、ちゃんと人と接することができるようになったんだなあって。

俺はやっと分かった。

バニーがどんなに無理をして生きてきたのかを。

今までこいつは必死で人と距離をとって虚勢を張って生きてきたんだって。

お前友達いねえだろとか、俺もずいぶん酷いこと言ってしまった。

俺もバニーに倣って頭下げたほうがいいかな。

「もう!何笑ってるんですか!!

またプンプン怒りだしたバニーに俺は涙目で謝った。

底冷えの1月、何故か俺の心は温かかった。

 

 

A想いに気がついた4

 

 

あれ、虎徹さん今日遅いな。

出社時間はとうに過ぎている。

虎徹さんの出勤はいつもギリギリだけど、それが不思議と遅刻はしない。

「もしかして直行の仕事かな。」

僕はふとPCのスケジューラーを立ち上げた。

425日 ワイルドタイガーの項をクリックする。

「やっぱり直行だ。へえ…アパレル系のスチル撮影か。」

珍しいなとは思う。

けれど、虎徹さんはあれでとても綺麗な体型をしている。

日系人は歳の割に若く見えるし、トレーニングをサボる割に無駄な肉は全くない。

それに白人種に比べて肌の肌理が細かい。

ちょっとがに股なのが難点だけど、

黙って立ってたらプロのモデルが裸足で逃げる容姿だと思う。

ロイズさんも虎徹さんの商業的価値に気がついたのかな。

こういう仕事が目いっぱい突っ込まれている。

「こんなのヒーローの仕事じゃないってぶーぶー言ってそうだなあ。」

そんな光景が目に浮かんで僕はつい笑ってしまった。

 

今ごろの撮影なら夏物か。

あの浅黒い肌には鮮やかな色の夏物がきっと映えるだろうな。

素肌に麻のジャケットなんかも似合いそうだ。

「虎徹さん、意外と胸筋のあたりとかセクシーなんだよな。」

ワイルドの名に恥じないって言うか。

野生の獣みたいなしなやかな美しさ。

僕はふとこの間見た彼の身体を思いだした。

「僕なんか10年経ってもああなれる気がしないな。」

僕らはトランスポーターや更衣室で互いの全裸を見る機会が多い。

出動前は緊張状態にあるからそうバカな真似はしないが、

出動後…特に首尾よく二人ともポイントを勝ち取った時なんかは

会社の更衣室でふざけて裸でシャワーの掛け合いしたりとかする。

僕は子供の時あまりバカなことをする機会もその心の余裕もなかったから

そういうおふざけに初めはとても面食らった。

けれど虎徹さんのいい意味で子供じみた面に、

出動後のストレスを緩和してもらっているんだとあるとき気がついたんだ。

逆にポイントを逃した憤懣もそうやって発散させたり。

もちろん大きな被害や犠牲がない時だけの事だけれど。

「虎徹さんって良い体してますよね。」

この間僕がそう言うと虎徹さんは飲みかけていたスポーツドリンクを

思いっきり気管に流し込んでしまった。

「ぶほ!なに、バニーちゃん俺の裸にムラッと来たの!?

「バカなこと言ってるとドリンクの残り気管に流し込みますよ。」

「やめて!聞くだけで鼻が痛い!!

なんでむせて鼻から噴くとこまで想像するんですかと僕は笑いながら言った。

「さすがグラップラーというか、細いのに上半身の筋肉凄いなって。」

僕は体質のせいか、どれだけ良質の蛋白質を摂っても

何故か上半身の身にならない。

「バニーは上半身スラッとしてるもんな。でも俺お前の脚とケツ好きだぜ?

そう言われて僕は急に恥ずかしくなった。

「な…何言ってるんですか!!

「おい〜。誤解すんなよ?別にそっち系の意味じゃねえし。」

虎徹さんは慌てて僕に弁解した。

「心配しなくても貴方がヘテロだって事はよく知ってますよ。」

彼の左手を見て僕はそう言った。

どうしてあの時あんなに胸が苦しかったんだろう。

そう、彼にセクハラ臭い意図はなかった。

それは分かっている。

どうして彼に体の部位を褒められただけで顔が赤くなったのか。

全く、10代の女の子じゃあるまいし。

でも…それが何だかとても嬉しかったんだ。

最近僕はどうかしていると自分でも思う。

 

それをいうなら、今だってそうだ。

どうして彼がオフィスに姿を現さないくらいでこんなにも物足りないんだろう。

今や僕たちはお互いヒーロー界…

いやシュテルンビルトで押しも押されもせぬ位置にいる。

虎徹さんに単独の取材が入ることだって飛躍的に増えた。

以前は中高年男性がファンのほとんどを占めていたワイルドタイガーに、

今年に入って20代から30代女性ファンが急激に増えたとも聞く。

時々綺麗な女性にきゃあきゃあ言われている虎徹さんを見ると

無性に胸が苦しくなる。

別に僕のファンが減ったわけじゃないのに。

僕のファンが多少彼に心変わりしても良いけど、

虎徹さんに慣れ慣れしく触れないでほしいと思う。

彼の隣、そこは僕の立ち位置なんだからと。

「バカか僕は…。彼女気どりの女の子みたいだ。」

 

その時経理のマダムが僕をじっと見ているのに気づいた。

いけない、仕事中にどうでもいい考えごとしてるのばれたかな。

彼女はいい人だけど仕事には厳しい。

「ねえ、バーナビー。」

来た、お小言かな。

僕はつい首を竦めた。

「はい。」

「あんた最近好きな人でも出来た?

?

僕がポカンとしていると彼女は優しい笑みを浮かべた。

「なんかそういう表情してたから。良い顔するようになったわね。」

30分も仕事しないでボケッとしてたのは見逃してあげるから顔を洗ってきなさい。

僕は女史にそう言われて時計を見た。

「す…すみません!!

本当に始業から30分経っていた。

そんなに長いこと虎徹さんの事を考えていたなんて…。

「若いって良いわねえ。」

オフィスを出ていく僕の後ろで楽しげなマダムの声が聞こえた。

 

好きな人が出来た…。

そうか僕は…。

うららかな四月の朝、僕は初めて自分の気持ちに気がついた。

 

 

続く