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コピーキャット

 

@偽物

 

「またかよ…。」

虎徹は眉間にしわを寄せ、読んでいた新聞紙を雑に畳むとデスクに放り出した。

「これでもう3件目ですね、偽ルナティック事件。」

バーナビーも自席でウェブニュースを睨み、渋い顔で類似記事をクリックする。

「本物も偽物も犯罪者には違いないんだが、どうにも嫌な事件だな。」

虎徹は席を立ちバーナビーの後ろに立った。

バーナビーの背中越しにモニターを覗き込むと新聞より詳細な写真が出ている。

「今回の被害者は悪党でも何でもない銀行員の男性だろ。」

バーナビーは頷きながら被害者の概要記事を虎徹に見やすいようにスクロールした。

「ただ零細企業への融資を断っただけで、真面目に仕事していた普通の市民です。」

「ヘリペリデスファイナンスのサウスブロンズ支店か。まあ物騒な場所ではあるな。」

仕事の帰り道、火のついたボウガンを射かけられ大火傷を負ったと記事は伝えている。

不幸中の幸いか、一命を取り留めた被害者はルナティックに襲われたと訴えているとも。

「でも本物だったら手を下す相手じゃねえよな。」

ルナティックの殺人は酷く独善的だが、そのスタンスはあくまで罪の断罪だ。

しかも奴が裁いた相手は殺人、強盗、強姦、放火などの

シュテルンビルト刑法において特に重罪とされる前科を持つものばかりだ。

今のところ、窃盗や軽犯罪者でタナトスの声を聞いた者はない。

バーナビーも記事を見て眉を潜めた。

「仮に被害者が何らかの経済犯だとしても、違和感を感じますね。」

この銀行員がウロボロスや他の反社会組織と繋がっているなら別だが、

それにしたってマネーロンダリング程度では奴は動くまい。

「偽物だとしたら性質の悪い犯罪だな。」

コピーキャットは往々にして本家より悪質だ。

虎徹は放っておくと厄介な事件に発展しそうだと感じた。

「興味深いのはこの記事ですね。」

バーナビーはさらに関連記事を広げて見せた。

「偽ルナティックの目撃証言まとめサイトです。」

「目撃者がいるのか。なになに、『本物にしては喋り方が変だった?』」

本物の喋り方を知っている市民がそんなにいるものか?

虎徹の疑問にバーナビーは唸るように鼻を鳴らした。

「結構よく見てますね。」

―喋り方が難解な語彙を連ねているが用法が間違っていた。

―ボウガンの火が赤かった。あれはガソリンに火を付けたものに似ている。

TVで見たのよりかなり背が低かった。

「なるほど、確かに本物じゃねえな。」

そういえばアカデミーの事件の時だけでも結構な人数に目撃されていたな。

動画サイトにも投稿されているようだし、本物と比べることは容易だろう。

「そんだけ市民が見てるのに本家がまだ捕まってねえのもどうなんだって話だな。」

虎徹はそれで未だに確保にいたらない本家ルナティックを思うと忸怩たる思いに駆られた。

「まあ、それについては今回は置いておきましょう。問題は偽物が跋扈してることです。」

確かに一般市民を狙う偽物の方が急務かもしれない。

虎徹は改めて今度の事件の概要を見直した。

「他には目撃談はねえのかな。」

「こちらはどうでしょうか。」

バーナビーが開いたのは大型掲示板のルナティック目撃スレッドだった。

市民の投稿にはこう書いてある。

 

>本物の言い方が弁護士かなんかみたいだとすると、この偽物は厨二くさいwww

>ガキのオヤジ狩りじゃねえの?ルナ様テラ迷惑wwww

>そのうちタナ声聞かされんじゃね??

 

「厨二?テラ迷惑??

文面の意味が分からず困惑する虎徹にバーナビーが苦笑した。

「『本物に比べると言い回しが幼稚な子供のようだ。本物もいい迷惑』という意味ですよ。」

虎徹はふーんと唸った。

「この『そのうちタナ声聞かされんじゃね?』って気になるな。」

バーナビーも険しい顔で頷いた。

「今回は暴行致傷ですから本人が出てくるかは微妙ですが、放っておけばいずれ…。」

いずれ本物が偽物の制裁に乗り出す可能性もある。

それ以前に本物を怒らせるほどの事件を防がねばならない。

 

その時オフィスに聞きなれたビープ音が鳴った。

<ボンジュールヒーロー!事件発生よ!!

虎徹とバーナビーはアニエスの話を聞きながらトランスポーターに走った。

―また偽ルナティックが現れたわ!その場所は…

 

シルバーステージの女子高に偽ルナティックが現れ学校教員一人が襲われたという。

現在偽ルナティックは近くにいた女子生徒を攫って逃走中。

 

「偽物がとうとう本物に似せる気もなくなったか!!

「うわっ面だけの薄っぺらいコピーキャットなんてそんなものですよ!!

本物は歪んでいるなりにも己の正義観を持っている。

だがこの偽物は己の罪を他人に擦り付けようとするただの卑劣漢だ。

二人はひとしきり犯人を罵りながら装備を整え現場に急行した。

「急がないと、本物が制裁に現れるかもしれねえ。」

「まあ、こちらとしては纏めて確保したいところですがね。」

偽物よりマシというだけで本物だって犯罪者にすぎないんだ。

そう息巻くバーナビーに虎徹は苦笑した。

「二兎を追うものは一兎をも得ず、欲張るなよバニーちゃん。」

「そういう例えに兎を使わないでください、気分の悪い。」

バーナビーの反論に虎徹は今度は吹き出した。

「とうとう自分で兎キャラ認めやがった。」

その言葉にバーナビーははっと気がついて顔を赤くする。

「なんでもいいから捕まえますよ!!

 

 

「お願いヒーロー!ジェーンを助けて!!

涙目で駆け寄ってきた女子学生に二人はえっと目を見開いた。

栗色がかった金髪を振りみだし駆け寄ってきたのは素顔のブルーローズだった。

「お前の学校だったのか…。」

呟いたタイガーにバーナビーは、今は初対面のふりをしてくださいと制し、

一市民を見る目でカリーナの肩を優しく抱きとめた。

「お嬢さん、お友達を連れ去った男を見ましたか?

「ルナティックに似てたんだって?どんなやつだった?

カリーナは硬い表情で頷いた。

「変な男がいきなり先生に襲いかかって、その後友達を…。おねがい、早くジェーンを!!

『犯人は5.6フィートほどの痩せた男で本物じゃない。武器はボウガン、NEXTかは不明』

友を助けてと嘆願する演技に紛らわせてカリーナは犯人の特徴を

素早く的確にタイガーたちに伝えた。

『ジェーンは攫われた女子生徒の本名。友達なの!お願い、私もすぐに後を追うけど…。』

タイタン社のトランスポーターがまだこちらに来ておらず、

友を攫った悪漢をみすみす見送った悔しさを滲ませカリーナは唇を噛んだ。

「お友達は僕達に任せて。貴女は安全なところへ。」

『俺たちが先行する。お前の友達は俺たちが必ず助けだす。』

二人の演技と真意を聞いてカリーナは力強く頷いた。

 

少女を抱えたルナティックもどきがひらりひらりと身も軽やかに街を駆ける。

「助けて!!

少女の叫びにバーナビーはダブルチェイサーのスロットルを全開に噴かせた。

あと少しで届きそうな距離に、ジェーンは縋るように必死で手を伸ばした。

だがそれを嘲笑うように犯人はひらりと身をかわし逃げる速度を速める。

「させぬ。」

「くそ!なんかの能力使ってやがるな!!

機を見てワイヤーを引っ掛けようと狙うタイガーが苛立たしげに言った。

脚で移動しているのになかなかバイクが追いつかない。

犯人の身体から立ち上る見慣れた青い光。

「おい、奴は一体何の能力者なんだ!

タイガーはアニエスに情報はないのかとPDA越しに叫んだ。

「結構スピード出てやがる。ヘタに転倒させたら女の子が大怪我だ!

「分かってます。確実に犯人を足止めしなくては。」

バーナビーはこれ以上距離を開けられないよう速度を増し犯人を追った。

スピードメーターが限界まで降りきり、これ以上の加速は危険だとアラームが鳴る。

「くそ!チョロチョロと鬱陶しい能力だなおい!!

「能力が移動系でまだよかったですよ。本物の火炎放射よりは遥かに楽だ。」

バーナビーがそう言いながらも運転に苛立ちが混ざるのを感じて

タイガーはフェイスシールドの下で苦笑した。

その時追い風に乗って微かな冷気が二人を包んだ。

「ご学友を攫われて怒れる女王様がご到着のようですね。」

バーナビはバックミラーを見ると青い小さな点がぐんぐん大きくなるのが映った。

「ここは女の友情に敬意を表して、サポートしてやるか?

タイガーがどこか楽しげに言うのを聞いてバーナビーはハアと呆れたような息をつく。

仲間意識となれ合いは全く似て非なるものだ。

この心優しい相棒はその線引きが時々曖昧だなと。

「余計なお世話ですよ。そんな事しなくても彼女は自力でポイントをもぎ取るでしょう。」

「違いない。」

先行したはずの自分たちに猛然と追いつき追い越していく白いバイク。

その軌跡に残る氷の轍をよけながら二人は苦笑した。

「んじゃあこっちも本気で捕獲行くか。」

「しっかり掴っててください!飛ばしますよタイガーさん!!

 

シュテルンビルト港の埠頭まで追い込まれた犯人は

ジェーンの背中にボウガンを押し当てたまま三人のヒーローと対峙した。

「その娘を放しなさい!!

ブルーローズの怒声が夕暮れの埠頭に響く。

「我はルナティック。この娘は罪を犯した。これは贖罪なり。」

偽物の真似事にイラッとしたブルーローズは言葉を荒げそうになったが、

友達を楯にされては迂闊に動けない。

「その子が何をしたって言うのよ!!

「貴様には関わりなきこと。立ち去れヒーロー共よ。」

一市民ならともかく、何度もルナティックと相対したヒーローが

こんな偽物見抜けないとでも思っているのか。

舐められたものだとバーナビーは呆れかえった視線を偽物にぶつけた。

フェイスシールドを上げていたら敵が間違いなく逆上するような

心の底からバカにしたような冷たい視線を。

タイガーは相棒の心情を空気で感じ取りやれやれと肩を竦めた。

タイガーはその現場経験値の数だけこんなバカはいくらでも見てきた。

この手合いはうっかり刺激するとロクなことにならない。

<とりあえず本物扱いしとくか。>

タイガーはそう決めると穏やかな声で話しかけた。

「おいルナティック、ずいぶん荒っぽいことするな。思慮深いお前らしくないな。」

タイガーはあえてこの男を偽物と弾劾するのを避け、

犯人の真意を聞きだそうと目論んだ。

バーナビーはタイガーの意図を汲み黙って見守った。

『本物』はそれなりに荒っぽく思慮深いといえるかははなはだ疑問だが。

「我は我の正義を行うのみ。貴様らに邪魔立てはさせぬ。」

バーナビーはふうっと息をついた。

「ところでどうして今日は『我』なんです?いつもは『私』なのに。」

暗に演技の粗を指摘された偽ルナティックが黙りこんだ。

タイガーがぎょっとした顔でバーナビーを見た。

『おいバニー、ヤバいって。この手の奴は図星射られると暴れるぞ。』

『過度の本物扱いも相手を増長させます。ここらが潮時でしょう。』

バディ間だけに開かれた極秘回線でやり取りして犯人の出方を二人は窺った。

切れるか、しらばっくれるか。

判断しかねたのか偽ルナティックが束の間逡巡した。

その隙をブルーローズは見逃さなかった。

 

「ハアアッ!!

「ぐ、ぐああ!!

ボウガンを持った上腕から肘、前腕、ボウガンの矢の先までを氷で固められ

犯人が忌々しげな声で右手を振りまわした。

「腕が、腕が動かない!!

到底本物とは似ても似つかぬ貧相な叫び声をあげ、犯人が馬脚を現した。

「いいぞブルーローズ!

すぐさまタイガーは竦み上がって動けないジェーンと犯人の間に割って入り、

素早く少女の身柄を保護した。

「怖かったな。よく頑張ったな。」

「あ…ワイルド、タイガー…。私…私…。」

「さあ、もう大丈夫だ。」

優しい声と背を摩る温かい手の感触に少女が泣き崩れた。

「ひっく、うっく…。」

「俺に掴っていいから、あっちまで歩けるか?

少女は嗚咽を漏らしながらも頷き、タイガーの腕にしがみついた。

その様子に一瞬ブルーローズはジェーンに羨望の目を向けてしまう。

タイガーは友の無事を確認させるように、彼女に大きく手を振った。

「ブルーローズ、そっちは完全ホールドしちまえ。」

その言葉にカリーナの心がヒーローのそれにすぐに戻る。

ブルーローズは目の前のコスプレ男に怒りの眼差しをぶつけた。

タイガーはポイントは彼女のものだなと笑いながらサムズアップする。

「二度とバカな真似しないようにお仕置きしてやれ。」

「あったり前よ!!よくも…!!

よくも私の大事な親友を!!

言葉に出せない怒りを凍てつく冷気に変えて。

ブルーローズはフリージングリキッドガンを犯人に構えた。

その時だった。

 

「ぐ…ぐああああ!!!

凍りつくはずだった偽ルナティックの身体が青い焔に飲みこまれた。

「熱い熱い熱いいいいい!!

悲鳴が響き、チャチな衣装が瞬く間に燃えさかる炎に包まれる。

「え!?

「まずい!!

咄嗟にタイガーは目の前の惨状を少女に見せまいと大きな手で彼女の目を覆った。

「お嬢ちゃんしっかり目ぇつぶっとけよ!トラウマになっちまう!!

ジェーンはがたがたと震えながらもしっかりと頷き、

タイガーの手を自分の顔に押し付けるように自分の手を添えた。

「どこだ!?どこにいる…!!

バーナビーは視線を巡らせ本物の出現位置を見つけようとした。

ふと地面に不自然な影を見つけバーナビーは頭上を仰いだ。

「いた!あそこです!!

バーナビーの指差した先、傍の倉庫の屋根の上に奴はいた。

手にしたボウガンの先に本物の証である青い焔を揺らめかせて。

「私の名を騙り欲望のままに罪を犯す卑劣なるものよ。タナトスの声を聞け。」

炎を消そうと地面に身を打ちつけるように転げまわる偽物に、

真ルナティックが二の矢を放たんとボウガンを構えた。

「本物…。くそっ!!

バーナビーが舌打ちして助走をつけ飛び蹴りを食らわさんと宙に身を躍らせた。

「邪魔をするな。」

そのバーナビーを飛ぶ鳥でも落とすかのようにボウガンの連射が襲う。

「ハアッ!!

ハンドレットパワーを発動し、下から迫る幾つもの矢を手刀で薙ぎ払って

バーナビーがルナティックに迫った。

「愚かな。」

至近距離でバーナビーの胸元にボウガンをあてがい、

ルナティックが引き金を引こうとしたその時…。

ズダアアアンン!!

垂直に走った稲妻がルナティックを打ち据えた。

「ぐ!!

その隙をついてバーナビーが凄まじい蹴りを浴びせかけた。

ルナティックも何とか立て直し再びボウガンを構える。

しかしバーナビーの背後から強烈な疾風が追い風となり襲いかかった。

放たれた矢が全て軌道を狂わせ地面に落ちていく。

「スカアアアイハアーーーーーーイ!!!

「ハアアッ!!!

追い風の援護を受けてバーナビーがルナティックに強烈な一撃を繰りだした。

ルナティックの細い体躯が弧を描き倉庫の屋根に叩きつけられる。

 

ほどなく倉庫の周囲に他のヒーローたちも続々と集結してきた。

「烏合の衆がぞろぞろと…。」

ルナティックは地面に倒れ伏した偽物を一瞥し、ボウガンの先をだらりと垂らした。

「愚か者どもよ。真相も知らぬまま勝利の美酒に酔うがいい。」

ルナティックは用はすんだとばかりに陽炎のように姿を消した。

 

「なんだ?まだ何かあるみたいな言い方しやがって。」

ロックバイソンが誰もいなくなった屋根を見上げ首を傾げる。

「ただの負け惜しみでしょ。あーあ、今日は無駄足だったわねえ。」

ファイヤーエンブレムは駆けつけた警察と話すバディや

まだ泣きじゃくる被害者少女に寄り添うブルーローズに視線を遣った。

「結局、犯人は何がしたかったんでしょうね。」

折紙は救急車に運び込まれる犯人を怪訝な面持ちでみつめた。

「意識が戻ったら警察でたっぷり白状させられるよ。」

ドラゴンキッドも女の子を拉致した犯人には同情できないのか、

幼い顔に似つかわしくない妙に冷たい目で走り去る救急車を見送った。

「なにか、まだ引っかかるものを感じる事件だね。」

スカイハイの言葉に皆は頷いた。

彼は会話の空気を読むのは下手だが、こと現場勘の鋭さは

10年選手のタイガーやバイソンに引けを取らない。

そしてそれは杞憂では済まなかった。

 

 

続く